六十四話『鬱積』
カリスの脳裏に、『なぜ』という言葉がいくども浮かんだ。
一人、暗闇に佇む彼の側には二つの身体が認識できた。そして、そのどちらにも息がないことは、その出血量から見て明白である。
何を言うべきなのか。何から言うべきなのか。そう、カリスは惨状を目の前にしてフリーズする。
それに対し、白髪の青年は何も語らない。
しかし、彼の手に握られた、巨大なケモノから取られたような爪から滴る血液が、この場に起きたことを全て表しているように思えた。
――――“まさか”と、懐疑ではなく、疑問に近い発言を、カリスはこの一瞬で生じた様々な思考と共に咄嗟に飲み込む。
自分は今夜、初めて彼と出会う。
そういうことにする。フェンリルを討つのに一役も二役も買った――――いわば英雄である彼らを手にかけた疑いがある人物。何をどう間違っても、そんな者と面識があると思われないために。少なくとも、今はそうするべきだ、と彼の理性と直感が揃って結論付けた。
そして、ようやく自分に求められている言葉を理解し、カリスが初めて口を開く。
「……これは、君がやったのか?」
どうか否定してほしいと、心のどこかで願いながらカリスが放った問い。
「――――半分はそうだな。まぁ、もう半分も俺がやったといえばそうなのかもしれないがな」
返ってきた答えに、カリスの目が見開かれる。
肯定……少なくとも否定ではない答えは、カリス以外の者の表情を怒りに染めさせるには十分すぎるものだった。
「半分はって……テメエ、自分が何しでかしてんのか分かってんのか?」
今にも斬りかからんとするのを何とか堪えているような雰囲気で、冒険者の一人が零斗に言った。
彼以外の冒険者も同感の意を示すように、揃って零斗に対して敵意の籠った眼差しを向けている。大罪を犯した疑いがあるのだから、至極当然のことではあるが、その光景に既視感を覚えた零斗が、思わず苦笑を浮かべる。
「……またコレか」
小さい呟きに、『また濡れ衣か』という含みを持たせて溢す。
だが、今回に関してはアランはともかく、サイケは間違いなく自分の手で殺めた。それが例え、自分に非がなかったとしても、その事実は揺るがない。
――――と。
ふと、零斗がこの状況に違和感を抱いた。
いや、この場を見れば、真っ先に自分が疑われることは間違いないのだが、そこではなく、彼らの自分に向ける目に何かが欠けているような気がしてならないのだ。
「ッ、テメエ、何笑ってやがんだッッ! 手負いの猛者を奇襲して殺せたことがそんなに嬉しいのかよッ!?」
そう罵倒されて、零斗は得心いった。
そう、彼らは本来、零斗と相対するにあたり、恐怖を持ち合わせていなければおかしいのだ。
単身ではなかったとはいえ、フェンリルという怪物相手に、最前線にてまともにやり合えていた者達を無傷で倒している不審人物。
そんなのがいざ目の前にいたら、まずは警戒と恐怖を抱くのが道理であろう。
だが、先ほどサイケたちが繰り広げていた死闘を彼らは見ており、アランに至っては彼らの目の前で必殺の一撃をフェンリルから受けて退場してしまっている。
それを踏まえれば、確かに、彼らの目には零斗は手負いの冒険者を襲った卑劣な男に映るのも納得がいくことだった。
「……おい、ちょっと待てよ。そいつの手に持っているのは何だ……?」
声を荒げていた冒険者とはまた別の者が、フェンリルの爪が握られた零斗の手を指差して言った。
「まさか……それは、フェンリルの爪……か?」
「……なるほど、わかったぞ。俺達が必死に戦っているのを横目に、美味しいとこだけ持っていこうとしたが、運悪くそこの二人にバレて、口封じに殺した。違うかッ!?」
勝手に話を進めていく彼らに、零斗は心底呆れながら口を開いた。
「大した妄想だな。生憎だが、その推理は間違っている。俺はフェンリルの素材に微塵たりとも興味はないし、お前たちの戦いっぷりとやらも一切見ちゃいない」
「黙れ。口ではどうとでも言える。興味がないか。ならその手に持った物は何だ? 結局お前の言い分は聞くに値しない。それに殺したという点については否定しなかったな? それが証拠だ。外道が」
「随分と都合の良い解釈だな。否定をすれば言いがかりをつけ、何も言わなければ肯定と見なすか。話にならん」
「あぁ、そうだな。話ならギルドの牢越しにたっぷりと聞いてやる。カリスさん、さっさとこいつを捕らえましょう」
その一言で、カリスを除いた冒険者の全員が各々の武器を抜いて、臨戦態勢に入る。一方で零斗は、武器を握るどころか、構えすらも取らずに黙ってその様子を見守っていた。
あとはカリスの声一つで零斗を取り囲んで攻撃するのみ。そんな状況下で――。
――――、一瞬。
カリスと零斗の視線が交差する。
前者の葛藤と迷いを覗かせる瞳は、『どうすべきだ』と彼には似つかわしくない思いを零斗に伝える。対して、零斗は眉一つ動かさない。
それは諦観か、はたまた余裕の現れなのか。カリスには見当がつかなかったが、――――微かに、『任せる』という意思をそこから感じ取った。
……随分と重い荷を投げてくれたものだと、苦笑したい気持ちを抑えながら、カリスは刹那の内に思考を巡らせていく。
そして、通常よりもほんのわずかに長い程度の瞬きをした後に、カリスは口を開いた。
「――――これより、彼を拘束する」
気が付けば、夜は明け、雨は既に止んでいた。
■■■
「まーた牢屋だ。この世界に来て何度目だろうな?」
あの後、あまりにあっさりと捕まった零斗は、カリスに連れられギルド地下にある檻へと収容され、既に半日以上が経過していた。
冗談めかしてそう言う零斗に、カリスは複雑そうな眼差しを向ける。
「……ギルドに報告したところ、すぐに王都から使者が来るみたいだ。おそらく、君はそのまま王都へと連行されるだろう」
沈んだ声でカリスが零斗に淡々と告げる。
「だろうな」
特に変わった様子も見せず、零斗が答える。
「素材の横領に、二人の殺害――――それも弱っていた同じ冒険者だ。……ははっ、死刑で済めばいいな?」
乾いた笑いを伴って、まるで他人事のように語る彼に、カリスが眉を顰めて口を開いた。
「……教えてくれ。君が敢えて捕まってくれたわけを」
茶化すような雰囲気を纏っていた零斗が、そう言われたことで、それを捨て、普段通りの口調に戻って言った。
「あの場で逃げたら、より損害は大きくなると判断した。それだけだ」
「……具体的には?」
敢えて深く内容を言わなかった零斗に、それでもとカリスが追及する。
「どうせ予想はできてるだろ」
「どうかな。僕の妄想と、君の考えが合っているとは限らないよ?」
「……言ってろ」
聡いカリスのことだ。そうはいっても大筋は合っているだろう。
そして、零斗が言及を避けた意味も理解して、それでも挑発したのだ。それほどに零斗の口から直接聞きたいらしい。
ならばと、零斗は気が進まないながらも口を開くしかない。
「まず、俺が逃げたことであの場の責任を全て――――カリス、お前に負わされる」
ギルドマスターである以上、出向いた現場の全責任はカリスが持つことになっている。
フェンリルとの戦闘中ならまだしも、終わった後の衰弱した者達が己の監督不届きによって殺害されたこと。加えて、その犯人に逃げられたとあれば、最悪の場合、投獄も考えられるだろう。良くて辞職だ。
つまり、零斗はカリスを庇ったことになるわけだが、そんな彼の面目に泥を塗るようなことをわざわざ言う必要もないと、零斗は深く言及をしなかったといえる。
だが、既に助けられておいて面目も何もないというのが、カリスの考えであったため、それは無駄な気遣いに終わったわけであるが。
「次。俺が捕まることによって、あの夜に起こったことを全部俺がやったことにできる。つまり、『剛薬』やら何やらの件も、全部が俺が計画したことにできるわけだ」
やや強引だが、それでも『相手』は乗ってくるだろう。
何せ、無実の青年一人を拷問にかけることに何らためらいがなかった連中だ。これだけお膳立てしてやれば、喜々としてそれくらいのことはやってくると零斗は踏んだ。
「裏を返せば、濡れ衣を着せる対象がいないとなったら、口封じをしなきゃいけなくなるわけだ。さて――――いったい、何人が消されるんだろうな?」
国ぐるみで人体実験をした上に、危うく魔物の暴走で街が一つ滅ぶところだった。
そんなことが明るみに出れば、危なくなるのは自分達の首だ。故に、上の者らは手段を選ばずに来るだろう。
「それが、俺が捕まることにより、俺が全てやったことにすりゃ、面倒事を引き受けるのは俺だけ。こんなコスパが良いことあるか?」
「……言っている意味が、分からないな」
「ん? ……あぁ、コスパってのはコストパフォーマンスの略で、費用対効果ともいうんだが……」
「違う。……いや、その言葉もよくわからなかったんだが、僕が言いたいのは君の考えだ。なぜそこまで自分を犠牲にするんだい? それも助ける義理なんてないはずの僕らを」
緊張感の欠片もない零斗の言葉を強く否定しつつ、カリスがここまでで最も疑問に思っていたことを口にした。
「僕は、君の話から、君はもっと打算的な人物だと思っていた。いや、そうなるのが自然なんだ。それだけの経験をしているんだからね。――――だが、『魔力中毒』の件といい、今回の件といい。君はさして自分に利がない行動ばかり取っている。黙って傍観することもできたはずなのに、だ。それはなんでだ?」
「……」
「もしかして君は……そうあることを自身に――――」
「それ以上は、踏み込み過ぎだ、と答えさせてもらおう」
カリスが何かを言いかけたところで、零斗が制した。
「それに、お前は何か勘違いしているようだが、俺が捕まることで俺自身に利がないわけじゃない」
「え? それはどういう――――」
その時、階段を降りてくる足音がしたため、途中で言葉を止め、足音の主が来るのを待った。
「――――カリスさん。彼と面会したいという方がいらっしゃっているのですが……」
現れたのはギルド職員の女性だった。
ここへは自分がいる間は来ないようにと言ってあったため、何か重大なことが起こったのかと身構えたカリスだったが、その内容に拍子抜けする。
「素性は分かるかい?」
「はい、どうやら彼とは同じパーティだったらしいのですが……」
そう言われ、カリスが無言で零斗の方へと視線を向ける。
一見すれば、彼が殺めたうちの一人は、最近組んでいたパーティメンバーの一人である。それを事情の知らない他の者が聞いたら何と思うか。また、どんな罵詈雑言を浴びせたくなるかは想像に難くない。
一応、逃走の意志はないことと、カリスが直についていることから面会自体は可能であるが、本人がそれを望むか望まないかはまた別問題である。
それを問うべく、カリスが視線を投げたのだが、彼の答えは。
「…………させてくれ」
承諾の意志だった。
あと……ちょっとで一章終わる予定です。
来月までには終わらす予定なので、良ければお付き合いください……。
あと、誤字脱字報告等が万が一ございましたら、気兼ねなく、お気軽に指摘していただけると幸いです。




