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六十二話『決着』

「あがッ…………ガァァァッ!」


 バチバチバチッッと、空気が爆ぜる音を伴って翠色の電光が宙に散る。


「今からお前を助け……られるか分かんねえが、とりあえず耐えろ」

「な……にを」

「『剛薬』の魔力を全部使って、お前の魔力回路を修復するんだよ。その間にお前が耐えられなきゃ死ぬし、そもそも魔力回路自体が修復出来るものなのか分からねえから、これは賭けだ」


 そう言って、自身が手に握るイドリスに目を向ける。

 零斗が咄嗟に抜きはらったのは、普段使用する普通の短剣ではなく、様々な魔法を内包するイドリスだ。


 確かにイドリスの《悪食》では魔力を吸い出すことはできても、魔力回路には何の手出しも出来なかった。


 が、同時にイドリスが持つ《回復》なら話は別だ。


 本来なら地上なら魔素が薄すぎて、得られる回復力もせいぜい生物が本来持つ治癒能力を少し強化する程度が限界だった。

 しかし、アランの体内で今も暴れ狂う大量の魔力があれば、『迷宮』にいるときと同等の回復が行えると零斗は踏んだわけだ。


 ここで問題となるのは『魔力回路』は()()を持たない器官であるという点。いくら回復力を跳ね上げさせたとはいえ、そもそも修復できない物なら元も子もない。


「………よし、これはクリアか」


 目を凝らしてアランの魔力回路を()()、徐々にズタズタになった回路が修復され始めたのを確認し、零斗がその問題はないと判断する。

 しかし、次に問題となる点が同時に発覚した。


『……っ、イドリス。もう少し早くできないかッ!?』

『無茶言うんじゃねェっ!? これでも全力だっつうのォ。そもそも、あれだけ回復速度が早いお前が異常なだけだからなァ!』


 念話で焦燥を露わにする零斗に、余裕もなくイドリスが叫ぶ。


「ぐ……あ、っぁぁああ」


 直後、パキパキとした音がアランの身体から鳴ったのを聞いて、零斗がいよいよ焦りを隠せなくなりはじめ、呟く。


「このままだと、()()()()……」


 ()()()したアランの左腕……さらに細かく言えば指先から手の甲にかけてを見て、零斗が歯噛みする。


 そう、最大の問題は、回路の修復と魔力の消費のつり合いが全く取れていないということだ。


 先ほどまでのアランの魔力回路の様子を例えると、穴だらけのホースに絶えず水が流されているようなものだった。

 本来なら、瞬時に生命維持に必要な魔力すらも速攻で底をつき、すぐにでもこの『結晶化』が起こってもおかしくはなかった。


 そうならなかったのは、『剛薬』によって生成された魔力がホースから流れ出ようが、外界からの魔素の侵食に耐えられるほどの量だったからに他ならない。

 

 しかし、今はその魔力を《回復》による回路の修復に割り当てることで、急激に欠乏し、身体を守るための量すら枯渇しつつあるのだ。

 そのため、こうしている間にも既にやや青味を帯びる濁った結晶はアランの左肘まで到達してしまっている。


 ――――どうする。


 零斗が着々と進みゆくアランの結晶化を睨みながら思考を巡らす。

 

『おい、このままだとこいつ、先に死んじまうぞ!?』

『だからどうするか考えてんだよッ! …………いや、待て。お前、《悪食》と《回復》の同時展開はできるか?』

『同時にだとォ!? 出来るかもしれねえが、やったことねえから保証はできねえぞォ!』

『構わない。なら、《回復》をしながらアランの身体に入る魔素を、結晶化するよりも早く《悪食》で喰え』

『はァッ!? テメェ! それがどんだけむずいことか分かってて言ってんのかッ!』

『知らねえよ。聞いてんのは――――できるか、できないかだ』

『……クソっ、後で覚えてろよお前ッ!』


 そうイドリスが言うや否や、翠色の稲妻の中に赤黒い閃光が混じり始めた。

 

「これで止まらねえなら……」


 零斗が言いかけたところで、アランの結晶化が止まるとまでは行かずとも、目に見えて侵食が遅くなった。

 それを確認したところで、冷や汗を掻いたままではあるが、ようやく零斗の口元に笑みが浮かんだ。


「よし……これなら間に合う」

『テメェェェェッ! 死ぬほどきついじゃねえかよォッ!』

『武器だから死なねえし大丈夫だろ。もう少し頑張れ』

『クソったれガァァァッッ』



 その後、何分経ったのかは分からなかったが、一先ず魔素の侵食と拮抗できる程度にアランの回路が修復されたところで、零斗はイドリスを引き抜いた。

 無論、剣を突き刺した箇所の修復も忘れずに、だ。


「さて、これでお前が死ぬことはなくなったわけだが……」


 そういって、アランの左腕に視線を移すと、零斗は表情を曇らせた。


 結局、あの後完全に結晶化が収まったのはアランの左腕が完全に飲まれてしまってからだった。結晶化はどういう原理か、完全にその中身までをも変えてしまう。

 つまり、アランの左腕は今後治ることはない。自業自得とはいえ、これから先、彼は隻腕として生きていかなくてはならないわけだ。


 説得する際にロイとジーナを持ち出したというのに、これから冒険者としてやっていくことが難しくなってしまった彼に、零斗とて何も思うところがないわけでもない。

 何を言うべきか分からずに、少しの間零斗が黙りこくった。


「……そんな顔するなレイ。本来俺はここで死んでいたんだ。それを助けてくれて感謝することはあっても恨むことはねえよ」


 そんな彼を見かねてか、苦笑を浮かべて完全に正気に返ったアランが声をかける。


「……あぁ」

「ま、折角助けてもらった命だ。片手でもうまくやっていくさ。……死ぬ覚悟を聞いてきた時は流石にビビったが、確かにありゃその覚悟が必要だったな」


 回路修復時の苦痛を思い出しているだろうアランが、笑いながら言った。

 

「……にしても、お前、殺されたんじゃなかったのか? それに聞いていた外見とは全くかけ離れているが」


 アランの言う通り、本来『灰瀬零斗』という人間はこの場に存在しない筈である。

 なまじ事情を知っているだけに理解が追いつかず、また冷静な思考力を取り戻したことで次々とアランの口から疑問がわき出た。


「……ま、色々あってな。あ、一応忠告しておくが、俺の正体を口外するようなら今度は躊躇いなく殺すからな」


 適当にはぐらかして答える気がないことを伝えつつ、さらっと脅迫めいた口止めをする零斗。


「……お前がいうと笑えねえな」


 口端をひきつらせたまま、零斗の言葉にただアランは首を縦に振った。


「そもそもお前は俺の命の恩人なんだ。んなこと言わなくても大抵の頼みは聞いてやるよ」

「……ほう?」


 ニィと、アランの言葉を聞いた途端に零斗が口角を吊り上げる。


『あーぁ。こいつの前でそういうこと言っちゃうのは悪手なんだがなァ』


 既にカリスが犯した過ちを知っているイドリスは、内心でアランを憐れむ。そして、零斗のこれ以上ない凶悪な笑みを見て、失言だったかとアランが己の口に手を当てるがもはや手遅れだった。


「なら、俺の問いに嘘偽りなく答えてもらおうか?」

「……碌な質問じゃなさそうだな」

「何、聞きたいのは一つだけだ――――」


 零斗が口を開いた時、アランの目が見開かれる。



「――――お前、それをどこで……」

「なるほど、どうやらお前は知っているらしいな。お前ら、もとい()()()()()()()()()はそれだな?」

「……あぁ。だが俺も全容はよく知らねえ。分かっていることと言えば、勇者が大きく関わっているらしいってことくらいだが――」

「待て、誰か来る」


 アランが話すのを途中で制し、零斗が気配がする方へと目を向ける。


「……この感じ、『A』ランクのどっちかだな」


 なぜここにという疑問が残る一方で、一先ず自身の存在を悟られるのはマズいと、この場から離れるべく零斗が立ち上がる。


「良いか、念を押すが俺がここに来たことを誰にも話すなよ」

「わーってるっての。ほら、さっさと行け」


 何となく状況を察したアランに促され、零斗は暗闇に姿を消した。

 

 代わりに零斗が行った方角とは反対の位置から、一人の男が姿を現す。


「――――おーい、大丈夫か?」

「……サイケ?」


 小声でアランが疑問を覚えた口調で呟く。

 確か彼は先ほどフェンリルと戦っていたはずである。それはもう終わったのだろうか。

 そう、アランが考えていると、駆け寄ってきたサイケが、アランの左腕を見て目を険しいものへと変える。


「……それはどうした」

「まぁ、無茶の反動ってやつですかね」


 苦笑交じりにアランは答える。

 まさか『剛薬』を重ねて使った副作用だとは口が裂けても言えないだろう。


「ふむ、思ったより傷が少ないな。ポーションでも持っていたか?」

「そんなところです」


 これまた痛い所を突いてきたなと、アランが適当にはぐらかして言ったのを見て、サイケはフッ、と笑いを溢す。

 そして、次の瞬間、凍てつくような眼差しと共に続けた。


()()()()()()

「――――え?」


 刹那、血しぶきが宙を舞った。


 ■■■


「治療班! 急いでゴウゼルさんの回復を!」

「おーい、こっちにもポーション回してくれ!」


 指示が飛び交い、冒険者達は慌ただしい様子でそれぞれの役割に従事していた。だが、その声は焦燥に満ちたものでも、悲哀に満ちた物でもなく、冒険者らしい活気あるやり取りであった。

 その原因は何かといえば、生気を失い、地に伏したフェンリルの骸である。


 先ほど、無事ゴウゼルとサイケ、またその他多くの者による連携によって、無事フェンリルを討伐することに成功したカリス率いる冒険者一同は後処理を行っていた。

 

「……ふむ、一先ずは決着がついて何より、かな」


 冒険者が各自判断し、勝手に最適な行動を取っていることで、もはや手持ち無沙汰になってしまったカリスは、その光景を眺めながら呟いた。

 

「そうね。……後半は危なっかしい所もあったけど」


 アンナがそれに続いて言った。


「結局、フェンリルの『隷属』の効果が切れて、大幅に弱体化したところをゴウゼルとサイケの二人が討伐、か」

「カリスさん。フェンリルの操作をしていたと思しき男を捕らえました」


 周辺の警戒にあたっていた冒険者が、縄で縛りあげた男をカリスの前に出す。既に気を失っているのを見たカリスが、冒険者をねぎらう言葉をかけると、続けて別の作業にあたらせた。


「さて、君にも聞くことはたっぷりあるから、十分寝ておくんだよ」

「……あら? カリス。サイケさんの姿が見えないんだけど」


 そう言われ、周囲を見渡すカリス。


「これは……まさか」

「……? カリス?」


 急に走って、警戒に当たる冒険者たちの元へ向かったカリスにアンナが困惑したような声を漏らす。


「作業中すまない、サイケはどこに行ったか知っているか!?」

「それが、俺達は止めたんですけど、アランを助けに行くって一人で森に……」

「――っ、至急、動けるものは僕についてきてくれ。……アランの元へ向かう」


 嫌な予感。そう、あくまで予感の範疇を出ない。だが、積み上げられた勘がカリスに告げていた。


 ――――まだ、終わってはいないと。

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