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五十八話『アラン』

一か月は死守……!

 ――――自分の家系は、先祖代々、王家に使える騎士の一族だった。

 故に、王の剣となり盾となることは己にとって誉れであり、王の喜びは我が喜びも同然。……そう、言われ続けてきた。


 だが、ここ数十年の功績が芳しくないことが原因で、我が一族に向けられるのは冷ややかな眼差しばかり。そんな時、自分は陛下直々の勅命を奉じた。

 それが、次なる戦のための研究に尽力せよとのことだった。


 最初は、騎士の端くれである自分が、なぜ学者紛いのことをせねばならないのかという不満もあった。しかし、ことの概要を知るごとに段々と不満は期待へと変わっていった。

 さらには、成功の暁には我らの爵位を一つ上げるという破格の報酬まで提示されたため、これはもう、何が何でも成し遂げざるを得なくなった。


 それからは、冒険者として活動していくために、必要な技能を全て叩き込まれた。

 魔物との戦闘や、野営、冒険者に関する基礎知識。さらには立ち振る舞いから悟られぬように、騎士だった頃の口調や仕草を矯正されること数年。

 そこでようやく今のパーティに入った。


 そんな自分に与えられた新たな名――――アラン。


 任務だと自身に言い聞かせ続けた故か、はたまた教育の賜物か、不思議と今の“仲間”とやらには全くもって愛着という感情は抱かなかった。

 かつて、仲間の一人が死んだときも表面こそ装いはしたが、特に感情が揺さぶられることもなく、気を抜けば名前まで忘れてしまいそうな程だった。


 昔、絆だの友情だのといった言葉で飾られた絵本を読んだことがあったが、いざ同じような環境に置かれてみると、あれの何が良かったのかと理解に苦しむ。

 

 そして、今。

 ……所詮こんなものかと思いつつ、手元に握られた小瓶詰めの『剛薬』に目を落とし、フェンリルへと視線を流した。

 ()()()()、やつはまだ誰一人として殺していない。当然だ。この冒険者たちもいずれは戦力になってもらうのだから、それをむざむざと減らすわけにはいかない。


 ともあれ、そろそろ頃合いだろう。

 今も別の場所から機をうかがっているであろう、やつがいる方向へ注意を向けた。

 そして、それに応えるように、自身の腕に刻まれている魔力で描かれた紋章――魔導紋――による合図がなされたことを確認し、小瓶の中身を気づかれぬように呷った――――。


 ■■■


「……? アラン?」


 真っ先に反応したのはロイだった。

 普段とは様子の違う彼に対し、心配と不安が仄かに混じる声をかける。……が、その言葉への返答はなく、ただアランは独り言でもいうかのように呟いた。


「――――行くか」


 刹那。土煙を巻き上げて、アランの姿はロイの隣から消えた。

 すぐ近くにいた彼とジーナは衝撃のあまり顔を覆い、また突然の現象に困惑で思考が染まった。


 土煙が晴れ、ようやく二人が何が起きたのかを認識できるようになった時、周囲から驚愕の声が上がっていることに気づく。


「おい……あいつ誰だ!? 一人でフェンリルのところへ突っ込んでいったぞッ!?」


 その言葉で、一気に視線はフェンリルのいる方角へと引き寄せられた。

 

「――――アラン?」


 再びその名を口にする。 

 

 自身の仲間が、今しがた、隣でただ呆然と事の行く末を見守ることしかできなかった者が、あろうことかフェンリルと剣を交えている。


 まさか、今の一瞬でやつとの間合いを詰めたのか。

 『D』ランクのはずの彼に、何故そんな芸当ができるのか。

 彼の纏う、フェンリルとも負けず劣らずの魔力は何なのか。


 様々な疑問が脳内で渦巻く中、ロイはそれらを全て振り払ってただ叫ぶ。


「――――ッッ! やめろ! アラン、そいつはお前が勝てる相手じゃ――――」


 はて、と。

 そこまで言って、ロイは止まった。

 

 自分の言っていることは正しい。相手は『B』や『A』ランクの冒険者をいとも容易く沈めた怪物。どう逆立ちしたって、『D』ランクの自分たちが相手取れるようなものではない。

 ――――なら、何故アランはフェンリルと相対してまだ生きているのかと。


「……なんだかよくわからねえが、今のうちに寝てる奴らを回収するぞ!」


 どうも原理は不明だが、なぜだかあの同業者はフェンリルと互角にやり合えているらしい。

 その事実だけを確認し、救護班は倒れている冒険者の回収に向かった。


 笑ってしまうような適応力だが、事情を知らない者からすれば街の存亡がかかる規模の戦いなのだ。無駄な思考は省くに越したことはない。

 そう言った意味では非常に合理的な判断といえる。

 

「……何が、起きてるんだ」


 ただ、なまじこの状況がおかしいと思える情報がいくつかあるだけに、ジーナとロイは思考が追いつかず、事態に置いてけぼりにされていた。

 

 ■■■


 戦いながら、かつてないほどの高揚感を覚えていた。

 体が羽のように軽いという表現があるが、比喩などではなく、まさしく羽そのものになった感覚。だが自身の放つ一撃は鉛の如き重さ。


 これが『剛薬』による力なのかと、思わず口元が綻ぶ。


 『A』ランクの者でさえも目で追えていなかったはずの攻撃が、全て捉えられる。


 右前脚による踏みつけ、そこを軸に時計回りに回転、そして噛みつき。面白いほどに次の行動が()()()

 後はその合間を縫って攻撃を入れるだけだ。


「ハッッ――――!」

『――ガァッ!』


 『剛薬』なしでは一秒と相対していることを許されないであろう自分が、手加減されているとはいえフェンリルと互角に戦えている。

 愉しくない筈がないだろう。

 

「――――ッ!!」

『ァァァッッ!!』


 血が滾る。マグマのごとく煮えたぎり脈動する血液が、己をもっと高みへと運ぶかのように。

 思考が追いつかない。考えるころには、既に考えうる最適解以上の行動を起こしている。


 文字通り、一段階上の領域に足を踏み込んだかのような別世界が広がっていた。

 咆哮と共に振るわれるかぎ爪を長剣で受け流し、その反動さえも利用して斬りつける。さながらその光景は、フェンリルと舞踊しているように映ることだろう。

 

 ――――もっと、もっとッッッ!! 高みへッッ!!


 立て続けに奏でられる武器同士の衝突音によるデュエットを背景に、舞う。舞い続ける。


「はっ、はははッッ!」

『ガァァァッッ!!!』


 そんな時――――ふと、視界の端に自身を見つめるロイの姿が映った。


 思えば、やつも自分がそうなるよう誘導したとは言え、なかなかの手練れだった。

 手合わせの際には自身と互角の打ち合いを演じ、稽古を重ねるたびにどんどん攻撃は鋭く、重いものへと変わっていった。

 才能もあったのだろう。時々垣間見せる自分以上の成長に、嫉妬に近い感情を抱いたことさえもあった。


 ……だが、それがどうした。

 今となってはやつと己の力の差は歴然。

 見ろ。あの眼差しを。


 遠い者を見るかのようなあの瞳。やはり、自分は選ばれた者なのだ。


「これで、俺も……見返せるッッ!」

『――――ガァ……グルァァアァァアアァッッ!』


 その時、一際強い咆哮をフェンリルが発したかと思うと、ゴウッと、彼が纏う魔力が間欠泉のごとく立ち上った。


『……グルル――』


 開いた傷、滴る血液はそのままに、神獣の纏う雰囲気がさらに強くなった。

 やつが足を踏み出すごとに大気が撓み、地が軋む。目に宿す殺意を一層強めて、本当に撃ち抜かんとばかりに己へとその紅い瞳を向けた。


『――――ガアアアアアァァァァァッッ!!』

「良いぞ……そう来なくてはなァッ!」


 ■■■


「――――う、そ、だろ?」


 昂るアランを他所に、離れたところで見守るローブの男は顔色を青白くしていた。

 それもそのはず――――フェンリルと自身の間に通っているはずの魔力の線が、先ほどの咆哮を境にぶっつりと切れてしまっているのだから。

 それが示すことはただ一つ。


 彼と、フェンリルの間にあった『隷属』の効果は不完全な状態になってしまったということだ。


「――うっ、げほ、おえッ……がは」


 最後の瞬間、急激に魔力を彼に吸われてしまったことで、男に強烈な倦怠感と吐き気、それから虚無感が一度に襲い掛かった。

 慌てて残しておいた『ポーション』を飲んで最低限の魔力を補給し、症状の緩和を試みるが、一向にそれは収まらなかった。


「……な、んで」


 魔力回路のつながりは切れているというのに、今なおもすさまじい勢いで魔力が流れ落ちていく。

 

「……まさか、魔力を供給する繋がりだけは残しやがったのか……? あいつ……」


 命令も、視界の共有も一切できないのに、未だに魔法は継続している。そして今なお減っていく魔力から、その予想へとたどり着く。

 

「……逃げ、ろ。……アラ、ン」


 声を発することすらままならない中、届くこともない呻き声を最後に、男の意識は途切れた。


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