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五十六話『猛者共の向かう先』

誤字脱字報告、反応が遅くなりましたがありがとうございました!

気を付けてはいるのですが、どうしてもしょうもないミスをしがちなので……。これからも、気になる点がございましたら気軽にご指摘いただければ幸いです。

 

 ――――鮮烈。


 それが、今の戦闘を語るには最も適した言葉だった。

 おとぎ話に出てくるような神狼に、臆することなく距離を詰め火花を散らす二つの影。

 彼らを取り囲む観客でもあり、参戦者でもある他の冒険者たちはその戦いに見惚れつつも、自分が入り込む隙を伺っていた。


 だが、はっきり言って、他の者が介入する余地などないと断言できる攻防。

 

「――――ふッッッ!!」


 巌を思わせる巨躯を持つ男は、その体に見合うとびきり大質量の剣をあろうことか片手で振るう。風を押しのけ、あらゆるものを切り裂かんとする斬撃は、残念ながら寸でのところで回避された。

 が、そうなることを分かっていたかのように、彼は続いて二撃三撃と繋いでいく。

 その一つ一つが大砲に匹敵する威力だというのは、彼が踏み込むたびに起こる地鳴りが雄弁に物語っていた。

 

 流石のフェンリルも、それだけの攻撃を危惧してか、やや意識はゴウゼルの方に寄っているように思えた。



「――――こっちを無視してんじゃねえぞ、犬っころッッ!!」


 だが、フェンリルの注意が薄れていたサイケもまた、ゴウゼルと肩を並べる存在であるということを忘れてはならない。

 放たれた鋭い突きの一撃は、もはや破裂音すら伴ってフェンリルの体へと迫る。


 反応が僅かに遅れ、狼は腹部に切り傷を作った。

 すかさず穂先で攻撃すべく切り上げ――――ようとして撤退。


「……なんつう威力と速さだ」


 先ほどまでサイケが立っていた場所には、フェンリルの前脚が振り下ろされており、地を踏み砕いていた。攻撃が躱されたことで、フェンリルは牙をむき出しにし、殺意の籠った眼差しでサイケを忌々しそうに睨む。

 それに対し、サイケは不遜に笑った。


「はっ、上等。それでこそ『Ⅳ+』だ」


 槍の尻を地面にたたきつけて、己を奮い立てると、サイケは再びフェンリルの懐へと潜り込む。


 縦横無尽に、僅かな明かりを反射する青っぽい軌道が、瞬く間にフェンリルの爪らしき輝きと交錯する。

 周囲の者達が置いてけぼりにされているのを他所に、彼らが一息するごとに、追いきれないほどの互いの攻撃がぶつかり合う音が鳴り響いた。

 

 サイケは生憎、ゴウゼル程の膂力(パワー)は持ち合わせてはいない。


 だが、それを補って余りあるほどの敏捷力(スピード)があった。

 同じ『A』ランクの中でも、彼に追従できるほどの者は三人といないだろう。


 苛烈を極める猛攻の波に、たまらずフェンリルも一旦後ろへと飛びのき距離を取る。

 その肌には、所々凌ぎきれなかった傷跡が刻まれ、薄灰色の毛皮にうっすらと紅色の斑点が浮かぶ。


 だが、それはサイケも同様。装備の守りの薄い箇所は引き裂かれ、致命傷とは程遠いが、切り傷のようなものが無数に刻まれていた。

 

「……なるほど、『風の守り』ってやつか?」


 その原因にすぐに行きついたサイケが、眉を顰めながら呟く。

 戦闘しながらも、フェンリルは彼の持つ莫大な魔力に物言わせ、人間ならばかなりの負担を強いるはずの『風属性魔法』を展開しているのだ。

 

 魔力で形成された風の刃は、剃刀のような切れ味を持っていながら、空気であるため視認できないという極めて厄介な性質を持つ。

 

 常人離れした肉体の持ち主であるサイケだからこそ、この程度の傷で済んでいるだけであり、駆け出し冒険者であれば、その『バリア』だけで戦闘不能に追いやられるだろう。

 

「――――はァッッ!!!」


 引いたフェンリルに追撃の手を緩めることなく、ゴウゼルが接近して両手剣を彼の首元めがけ振り下ろす。処刑人を思わせる必殺の一振りを前に、フェンリルは一切の動揺を示さずに、ただ魔力を発散した。


 刹那、彼を覆っていた風の鎧が爆風となって、自らを傷つけんとする不遜な輩を一掃する。


 それは、様子をうかがっていた『B』の冒険者は勿論、距離を置いているそれ以外の者達まで踏んばらなければならない程だった。

 近くにいたゴウゼルはもろに喰らって、数メートル程度吹っ飛ばされるが、受け身を取って立ったまま着地する。


「……ぐ」


 だが、咄嗟のことだった故に、内部に伝わる衝撃までは対処できず、やや損傷を受けた。


『グルルル……』


 軽く身を揺すって、フェンリルが魔法を使用したことによる魔力の乱流を治める。

 ただ、彼を包む空気の渦は未だ健在だった。

 一体どれだけの魔力をその身に宿しているのか。数多くの魔物と渡り合う経験がある冒険者ほど、その異常性に喉を鳴らす。


「――――だらァッッ!!」


 そんな恐怖が伝播するよりも早く、サイケが残像を残して跳躍し、フェンリルの頭上から強襲する。だが、それも当たらず。

 ひょいと避けた狼は、そのまま彼に体当たりを食らわせる。たったそれだけの攻撃でも、体重差を考えれば十分な威力だ。


 弾き飛ばされたサイケは、そのまま地面を転がって何度か跳ねた所でようやく停止する。


「だ、大丈夫かッ!? サイケさん!」

「……あぁ、心配すんな。こんくらい何ともねえよ」


 血の混じった痰と軽口を吐き出しながら、それでもやや堪えたようで彼の表情に先ほどのような余裕はない。僅かに攻撃を受けた脇腹を庇いつつ、立ち上がる。

 そして、背後で彼の身を案ずる者達を睨みつけて、叫んだ。


「――――いつまでビビッてやがんだお前らッッ!!」


 突然飛んできたげきに対し、冒険者達の肩が跳ねる。

 それを見たゴウゼルは、その隙を埋めるために既にフェンリルに向かって再び走っていた。


 振り返らずとも彼の動きを把握しているサイケは続ける。


「お前らがここに来たのは観戦のためかッ!? ちげえだろうがッ!」


 彼らが戦いに介入できないのも無理はない。

 何故なら、ここまで桁外れの魔物を相手取るのは『A』ランクであるサイケとゴウゼルですら稀だ。そんなものを相手にして、さらには連携まで図らねばならないともなれば、想像を絶する負担が強いられるだろう。


 だが、そんなのは言い訳にならない。

 例え、最前線の二人にランクで劣ろうと、彼らは既に“一流”の冒険者なのだ。

 それを、サイケは訴えかける。


「――――()()()()たきゃ、()()()()()ッッ!」


 その一言で、他の冒険者の瞳に火が付いた。


『――――ッッ』


 熱意は加速し、音のない雄たけびがこの平原に響いたような錯覚を生んだ。

 それを見て、サイケはフェンリルに向き直って――――小さく()()()

 

 夜明けまではまだまだ長い。


 ■■■


 フェンリルに相対する冒険者達が再び気合を入れ直して、ようやく『B』の冒険者たちが加勢し始めてからしばらくした頃。

 


「――――『輪舞火』」


 鬼火のように宙を踊る火の玉が、自身を取り囲む冒険者たちに襲い掛かる。


「く、またそれかよ!?」


 代り映えのしない攻撃方法。だが殺傷力の高い『炎属性』の魔法故、うかつに距離を詰めることも許されず、彼らは不本意ながらも、己の“時間稼ぎ”に付き合うほかなかった。


 だが、その炎魔法を使う度に、体内をめぐる魔力がごっそりと削り取られる感覚が襲いかかる。

 自分は元々、属性適性はそれほど高くない。それを無理して『得意とする者』と同等に扱おうとすれば、過剰な魔力が要求されるのは至極当然であった。


 幸いなことに、魔力自体は人よりも多少勝っている自信があったので、その『量』と『ポーション』にものを言わせることで、何とかこの場を凌いでいた。

 ……しかし。


「……さっきから戦っていて思ったが、お前、魔法以外は大したことないな?」

「――――さぁ、どうだろうな」


 額に流れる冷汗は、無理がたたったことによる疲労故か。それとも図星を突かれたことへの動揺か。

 どちらにせよ、懐にある『ポーション』は数えられる程度しかない。フェンリルに使用している『隷属』の負担も相まって、余裕はすでになかった。


 これ以上、自分を不利に追い込む要素はできる限り排除していかねばならない。


 そう思い、残り少ない『ポーション』の一つを取り出して飲み干す。


「『破衝』」


 その直後に、彼らに最初に見舞った魔法を放つ。

 まだこの魔法は世に多く知られていないため、使用は控えなければならないのだが、そんなことを言っていられるような状況でもなくなってきたため、やむを得ず発動した。

 

 だが、さすがは一流の冒険者ともいうべきか、最初に発動した時点である程度耐性をつけたようで、今回はそれほど効いた様子はない。


「……っ、二度目はねえよ」

「そうか。なら、これはどうだ? 『輪舞火』――――『破衝』」


 まずは先ほど同様、こぶしほどの大きさを持つ炎を生み出し、宙に浮かべる。

 そして、それらを解き放つと同時に『破衝』も発動。これにより、一瞬動きを封じられ、『輪舞火』への反応が遅れる。

 

 さて、これをどう凌ぐか。


「――――『盾壁』」


 ――――その短い言葉で、あっという間に『輪舞火』を見舞われた者たちと火球の間に、岩の壁がせりあがってきた。

 そんな強固な守りの前に、成すすべなく衝突した火球は即座に霧散する。


 今の一瞬で、そんな規模の魔法を展開できるだけの魔力を練り上げる時間は、自分が攻撃した冒険者たちにはなかった。

 ――――つまり。


「……不覚です。まさか魔力回路を直接揺さぶるような魔法があるとは」


 いつの間にか、後衛の者たちが起き上がっていた。

 

「ですが、次はないです。遅くなりましたが、これで皆さんの援護ができます」


 さて、いよいよ後がなくなってきた。

 前衛の者を退けつつ、後衛の魔法にも対応しなければならないとなると、もはや自分の手には負えない。

 壁が崩れ落ち、その向こうには冒険者たちが笑みを浮かべて、各々が構えを取っているのが見えた。


「さぁどうする? おとなしく捕まるってなら大歓迎だぜ?」

「何やら姑息な魔法を使っていたらしいですが、私たちが復活した以上、もうその手も使えませんよ」


 ――――ああ、そうだ。確かに、これ以上は自分ではかなわない。

 相手は『B』ランク冒険者。向こうは戦闘の専門家である。それに対し、こちらが研究がメインである魔導士。どうあってもかなう道理はない。


 ――――だから、()()()()だ。


 懐からありったけの『ポーション』を取り出して、そのすべてを飲み干し、空になった小瓶を放り投げる。

 限界を上回る魔力を摂取したことで意識がかすみ、猛烈な吐き気が襲ってくるが、かまわず体内の魔力を練り上げて、右手に集約させる。

 ……そして、腕を天に掲げていった。

 


「――――()()、フェンリル」

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