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五十三話『予知夢』

 ひと時の静寂が場を支配した。

 誰もが何が起こったか理解できずに言葉を失う中、根元から折れた短剣を鞘に納めながら零斗は言った。


「――――で? これは()()()なんだ?」

 

 未だに茫然自失といった表情のロイに、零斗が澄ました顔で問いかける。

 

「……まさか、狙ってやったのか?」


 あり得ないという言葉がロイの脳内を埋め尽くした。

 いや、百歩譲って短剣だけが砕けるなら分かると。


 だが、何が一体どういう理屈で()()()()()()()()()になるのか。一瞬魔法の類を疑ったロイだが、そのような形跡もないために納得できないまま、自身の手に握られた根元から先のない剣を眺めた。


「んなわけあるか。ただ、()()()()()()()()()()()()()だけで、()()()()()()()()()()()んだろ」

「いや、それで説明できると思っているのか……?」

「なら逆に、俺がこうなることを見越して攻撃したとでも? それこそあり得ないだろ。てか、さっさと勝敗を決めろ。勝ちか負けか――――それとも引き分けか」


 やや強引な話題の逸らし方に唖然とするロイだったが、あくまでも()()()()()()にするつもりだと理解し、僅かに苦笑を浮かべながら答える。


「――――引き分けで良いよ」


 元より、この勝負の結果自体にロイは興味がなかった。

 ただ零斗と剣を交えたい。ただそれだけの思いで模擬戦を挑んだに過ぎない。


「そうか。なら、あの賭けもなし、だな」


 覚えのない零斗の言葉に、ジーナとアランが首をかしげる。


「……ロイ、賭けって何のこと?」

「あぁ、“俺が勝ったらレイはうちのパーティに本加入”って事前に言ってあったんだ」

「――――っ、はぁぁぁッッ!?」


 聞かされていなかった衝撃の事実に、ジーナが思わず絶叫する。


「え、あんた、ランクが二つも下の子に勝負吹っ掛けた挙句にそんな約束までしていたってわけ? 流石に私も引くわよ……?」

「ロイ……気持ちはわからんでもないが、そのやり方はあまりにもその……アレというか」


 今回は想定外のことが起こったから良かったものの、本来ならば「パーティに入れ」と言っているのと同義である。

 さわやかそうな外見に似合わず陰湿なことをするロイに、自然と二人の目がゴミでも見るかのようなそれに変わる。


 それに対し、必死に弁解すべくロイは狼狽しながら反論した。


「何だお前らッ! 良いだろ別に! そもそも強制するつもりはなかったし、そうでもしないとレイのことだから本気出してくれないと思っただけだ!」


 ――――よくわかっているじゃないか。

 口に出すことはしないが、今も慌てふためくロイを見て、零斗はそう思う。


 彼の言う通り、賭けと言っても二人で装備を借りに行く際、冗談交じりに言われただけだ。何の強制力もない上、仮に自分が負けても拒否するつもりだった。

 故に、残念ながら零斗の実力を引き出すという意味では、あの賭けは何の役にもたたなかったわけだ。


 だが、彼の熱意がそれを実現した。


 短剣と大剣の相打ち。勿論それは偶然などではない。

 零斗の人間離れした五感と、至高の領域に達した技量を賭して実現した、文字通りの神業だ。


 あの瞬間、零斗は持ちうる全ての感覚を駆使して、万物に存在するとされる、最も力の緊張した点――――『核』をロイの大剣の中から探り当てた。

 要は“弱点”だ。

 そこが失われたら存在を保っていれらない程に重要かつ脆い箇所。


 そこに、自身の持っていた短剣の最も“硬い”場所をぶつけることであの質量差を覆す……とまではいかなかったが、双方破壊という形で幕を閉じた。

 ちなみに、これは剣の品質がそれほど良くなかったためにできた芸当であり、質が良い剣ほど『核』は小さく見つけにくい。実際イドリスには殆ど核と呼べる部分は存在しない。


 繰り返すが、流石に零斗もこんなことを片手間で出来るわけではなく、持ちうる全ての集中力を注がねばならないということを忘れてはならない。

 この一か月程世話になった礼と、彼の一人の戦士としての在り方への敬意からそうするに至ったのだ。


「これで満足したか?」


 ちょうど懸命な説明をしたことで誤解が解けたと見えるロイに、零斗が相変わらずの不愛想な表情で問う。

 

「――――あぁ。十分だよ」


 その言葉に嘘偽りがないことを示すように、ロイは晴れ晴れとした笑みでそう言った。


 ■■■


 その後、説教したりないとのことで、ジーナはロイを連れて彼らが利用する宿へと戻っていった。その際、意外にもアランも二人と共に宿に戻るとのことだったので、零斗は呆気に取られた。

 てっきり、明日に備えて色々用意するのかと思っていたのだが、そこまでわかりやすく行動するつもりもないらしい。

 伊達に何年も仲間を欺き続けているわけではないと思い知らされた。


 変な動きを見せるようであれば、頼まれてはいないものの監視程度はしておこうと思っていた零斗だったが、その必要はなさそうだったので、自分も『梟の洞』に戻っていた。


「……後三日、ってとこか?」


 この宿に支払っている代金と、騒動の収まる時期から見て、この街に滞在するのも大体その程度だろうと、小さくこぼす。


『良いのか? あのパーティに入んなくてよォ』

「茶化すな。そんなこと言ってる場合じゃねえのはお前も良く分かってるだろ」


 窓の外を眺めながら、零斗は答える。


『……前の主もそうだったが、俺様を持った奴は“仲間”につくづく縁がなかった』

「……急に何の話だ」

『俺様もよく覚えちゃいねェよ。ただ、元主も戦う時はいつも独りだったってことだけは、何故か分からねえが覚えてんだ』

「……お前、真面目な話できたんだな」


 的確な指摘だが、今は話の腰を折るだけに過ぎない零斗の発言にイドリスがやや不機嫌そうに言った。


『なんだよ。折角人が思い出話をしてやってるつうのによォ』

「そもそも頼んでないからな。お前の元主とやらにも今は微塵も興味がない」

『へいへいそうですか。ったく、何で俺様はこんな奴と契約したんだァ?』

「なら今すぐ契約を取り消すか?」

『――――いや、それは良い』

「……それは俺が、お前の親父とやらが作った武器を集めることを期待してか?」

『それもあるが、他に――――』


 イドリスが何か言いかけた時、零斗の部屋にノックの音が響く。

 こちらにやってくるまでの足音や気配から察するに、おそらくサリアだろうと目星をつけてドア越しに声をかける。


「サリアか?」

「――――すご、よくわかりましたね」


 ドアを開けると、やはり赤髪が良く似合う少女が驚きを隠さぬ表情で立っていた。


「まぁ、ここを知っている奴で、かつ俺に用事があるってなると限られるからな」

「……レイさん、実は友達少なかったり?」

「ほっとけッ!」


 無慈悲な質問に、元の世界からの癖でつい突っ込んでしまう。

 反射的とはいえ、大きな声を出したというのにサリアは特に怯えた様子もなかった。


「ふふ、レイさんのそんな表情珍しいですね。大丈夫ですよ、そんなこと思っていませんから」

「……からかいに来ただけか?」


 調子を狂わされて、後頭部をかきながら零斗が問うと、その顔に影を落としつつサリアは小さく答えた。


「――――中でお話しても良いですか?」

「……分かった」



 中に招き入れても、しばらくサリアは黙ったままだった。

 見かねた零斗が本題に入る前に、他の話題をと思って口を開く。


「そういや、仕事は良いのか?」

「お昼は休憩時間なので大丈夫です。一応食堂は開いてますが、あそこは主に弟と父の担当なので」

「……そうか」


 気まずい空気が流れる。

 普段口数の多い彼女がここまで静かだというのも珍しい。それほど重要なことを告げに来たのだろう。

 内に秘めたる想いを告げに来たという楽観的な見方も出来るが、サリアの表情を見るに、そんな明るい話をしに来たわけでもないらしい。

 

「――――ま、話す気になったら言ってくれ。それまで俺は武器の手入れでもしてる」


 答えはないが、小さく頷いたことを確認して、零斗は普段使いの方の短剣の手入れを始めた。

 とはいえ、普段からこまめにしているため刃こぼれはないかといった些細な確認で済まし、すぐに持ち歩いている道具のチェックを始める。

 

 そして、一通りの確認が済んだ後、ようやくサリアは口を開いた。


「……夢を、見たんです」

「……夢、か」

「はい。たくさんの人が血塗れになって倒れていて……その中で一人だけ立っている人がいたんです」


 ここに来たという時点で、その人物が誰かは容易に想像がつく。


「――――俺か」


 その言葉の続きを零斗が言うと、サリアはゆっくりと頷いて、今度は青ざめた顔で続ける。


「……剣を握ったレイさんが、もう片方の腕で誰かを持ち上げていたんです。今までに見たこと無いような冷たい目を、していました」


 夢の光景を思い出したのか、歯切れを悪くさせながらサリアは言う。


「その剣も血がいっぱい付いてて……考えたくはないんですけど、周りの人も……多分……」


 つまり、零斗が大量殺戮をする夢を見た、と。サリアはそう言いたいらしい。

 いつもなら、人を何だと思っているのかと呆れ混じりに答えるところだが、話している者がサリアである以上、そうもできない事情がある。


 精霊や神の加護を授かった者は、何らかの形で天啓を受けることがあるのだ。

 それは、突然聞こえてきたり、閃いたり、第三者の姿を借りて直接告げに来たり……はたまた、()()()()()()と。


 おそらく、サリアが普段から零斗に抱いている印象から言って、これが何かの暗示である可能性は非常に高い。

 だが生憎、近々大量殺戮をする予定もない上、作るつもりもない。


 強いて言えば、明日の『フェンリル』戦は多少血が流れることになるだろうが、そこに自分が関わるつもりはないため関係があるとも考えづらい。

 なら他に何か――――。


「レイさん」


 思考を始めた零斗の手を両手で握り、サリアが今にも泣きそうな目で言ってきた。


「大丈夫、ですよね? レイさんはそんなこと、しないですよね?」


 その声はもはや懇願にも近い。

 自身の恩人がそんなことをする人物だと思いたくない。どうかこの悪夢を払拭してほしいという悲痛な叫びに、普通なら優しく否定し、安心させるところなのだろう。


 どう答えるべきかと、考えるために少々間を置いた後、零斗は短く答えた。


「――――その保証はできない」


 零斗の言葉を聞いて、サリアの表情が歪み、絶句してしまう。

 まるで裏切られたとでも言いたげな顔だったが、零斗はそれを一瞥もせずに続ける。


「あぁ、一応言っておくが、好き好んでそんな行いをするつもりは一切ない」


 ただ、と付け加え、その先を語る。


「俺は冒険者だ。どんなに先を見据えていようが、それを上回る想定外は必ず起こる」


 それは、今こうしている間にも隕石が降ってきて世界が滅びるかもしれない、などといった突拍子もない想定とはまた違う。……そうは言っても、それに近しいことはこの二年間で経験しているのだが。


 今零斗が言っているのはそういう話ではなく、もっと現実的なことだ。

 例えば、『迷宮』のように理解の範疇にない場所へ足を踏み入れ、自我が奪われてしまうかもしれない。または、盗賊団に襲われ、やむなく人を殺めるしかないということもあるかもしれない。


 一見すれば先にあげた事例と何が違うのかと思うかもしれないが、この世界では()()()()()だ。


 実際、零斗がこの世界にきて間もない頃、冒険者という職業について調べていると、そんな例は嫌という程目に入ってきた。

 勿論、この世界でも“殺人”は重罪だ。

 だが、やむを得ない理由があると判断された場合は、例外と見なされることも多々ある。


 そう思っての回答だった。


「だから、俺が望んでいようといなかろうと、そうなることはあるとしか答えられない」

「……では、質問を変えますね。レイさんは、()()()()()をしたいと思ったことはありますか?」

「――――今までも、そしてこれからも()()。それだけは断言できるな」

「……なら、安心しました」


 気が付けば、サリアは普段通りの笑みを取り戻していた。

 

「その答えが聞きたかったんです」

「分かってるさ。だが、最初に現実を教えておくべきかと思ったからな。お前が関わっている奴がどんな人間なのかってな」

「……そうなっても、私はレイさんの味方ですよ。だって、こんなに『穢れ』が少ない人、他にはいないですから。きっと、そうなっても何か理由があるんだろうなって、信じてます」


 すっかり吹っ切れた様子のサリアに、そう言われ零斗は苦笑する。


「……俺が今話したことが全て本当のことならな」

「もう。何でそうやって自分のことを貶すような言い方するですかっ! 嘘をついていたら私がすぐわかるのは知っているでしょう?」

「まぁな。だが、嘘をついていないだけで、真実を言っていないってこともあり得る。お前は水精の力に頼りすぎだ。もう少し自分で疑うことも覚えろ」


 おそらく育った環境が良かったのだろう。

 良くも悪くも、サリアは純粋すぎる。自分とはほぼ対極にいると言ってもいい彼女に、少し嫉妬が混じり、思わず説教染みたことを口にしてしまった。

 だが、サリア本人は特に気を悪くした素振りも見せずに答えた。


「レイさんが疑いすぎなんですよ。もう少し周りを信じることを覚えてください」

「……おい」

「ふふ、お返しですよ。それでは、そろそろ仕事に戻らなきゃいけないので、ここで失礼します」


 そう言ってサリアは部屋を出ていった。


「あいつ……なんか言うようになってきたな」


 それだけ距離感が縮んだということの現れなのだろうが、深く馴れ合うつもりがなかった零斗はやや困ったようにそうこぼす。


『良いじゃねえか。このまま男女の仲になっちまえばよォ』

「笑えない冗談は止せ。ただでさえいらんフラグが立ちまくってんだ。これ以上増やしてたまるか」

『お前だってあの子のことは嫌いじゃねえんだろ?』

「それとこれとは別問題だ。そういう目で見てないし、何より俺の立場上そんな関係になるわけにはいかねえからな」

『つまんねえの』

「お前こそ武器の癖に人間の色沙汰に顔突っ込んでんじゃねえよ」


 イドリスと軽口を交わし合いながら、確認していた道具を鞄の中へ戻していく。


「……そういや、だいぶ前に書いた『メモ』どこしまったんだっけか」

『俺様が知るかよ。お前が捨てたんじゃねえのか?』

「いや、あの時は確か大急ぎで部屋を出たから机の上に出しっぱなしだったはずだ。……まぁ、覚えてないだけで多分捨てたんだろうな。流石にあの内容は人に見られるわけにいかないしな……。うん、そうしたはずだ」


 微かな不安を胸に、自分に言い聞かせるかのように零斗はそう言ったのだった。





 そんな彼と時を同じくして、零斗の部屋を後にして受付へと戻るサリア。

 ふと、歩きながら、ポケットから折りたたまれた一片の紙を取り出して丁寧に開き、そこに書かれた内容に目を向けた。


 走り書きで短く綴られている箇条書き。


 『ここがどこか』


 『装備の調達』


 『魔王と会う』


 そのどれも詳細を本人に問いただしたい内容であったが、特にサリアの目を引いたのは一番下にある、一際荒く、急いで書き足されたような筆跡の文。


 ――――『元の世界に帰る方法を探す』


「……レイさん。あなたは――――」


 その先の言葉はついぞ紡がれることはなかった。

(蛇足)

意外と零斗は慎重なようで凡ミスをすることがあるんですねぇ。

まだ『人間味』が残っているという表現のつもりです。

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