五十二話『戦闘バカ』
あけましておめでとうございます。今年も良い一年をお過ごしください。
そして、今年もよろしくお願いいたします。
青ひつじ
絶え間なく襲い掛かる、容赦のない猛攻。
それら全てを研ぎ澄まされた集中力で辛うじて見切り、時に受け、時に躱すことで何とか反撃の機会をうかがう。
だが、その反撃すらも手に取るように読まれ、さらにはそれを織り込んだ攻撃までされる始末。
ランクが二つも違うとここまでの差がある物なのかと。
――――そう思ってもらっていることを願いながら、零斗は心拍を加速させる。
「……はぁ……はぁ」
額を流れる汗も、荒い呼吸も、全て彼自身によって意図して引き起こされているものだと、この場にいる誰もが想像さえできないだろう。
既に回数は二桁は越えたかといったところの反撃を、零斗がロイに叩きこもうとするも読まれ、逆に手痛い一撃を受けた。
だがそれで良い。
「ぅぐ……」
よろけながら後ろに下がる零斗。
それを見て、ロイがやりすぎたかといった表情を浮かべる。だが、納得していないのか大剣を構えなおし、口を開く。
「どうした。俺はまだこの通り無傷だぞ」
「……ふぅ――――」
あまりに一方的な試合。既に勝敗は見えている。
もうこれ以上の戦いは不要だろうと、ジーナが遂に立ち上がって口を挟んだ。
「ロイ。もういいでしょ? これ以上はレイ君の負担が大きくなりすぎるわ」
だが、彼女に目もくれずにロイは言い捨てる。
「……ダメだ。レイはまだまだ本気を出していない。どうせダメージを受けたフリでもしてるんだろ?」
――――やはり、直接戦っている相手にはバレるか。
そう思いながら、痛くもない腹を抑えながら、零斗が僅かに口端を歪める。
事実、これまでの攻防で零斗が出している力は一割にも満たない。
攻撃を受けてもダメージにすらならず、自身の反撃が誘導されていることも、それに対するロイの攻撃が来ることも全て承知したうえで、敢えて引っかかっている。
流石にわざとらしくなりすぎない程度にしているものの、戦闘が長引くにつれて彼は違和感を抱き始めたのだろう。
できればこのジーナの制止によって中断するのが零斗としては理想だったのだが、こうもロイが頑固ではそれも無理だと理解する。
しょうがない、と。零斗が一つ深呼吸をした。
「すぅ…………はぁ……」
そうするだけで、あれだけうるさく胸を叩いていた鼓動が静かになり、汗が引いていくのを感じた。
『極撃』の応用。
というよりは、その過程で得た副産物といったほうが正しいだろう。
本来であれば自分の意思ではどうにもできない体の機能を操るという技術。その気になれば、存命ギリギリまで心臓を自身の意思で止めることすら可能だ。
今まではそれを駆使して自分に過度な負荷をかけることで接戦を演じていたのだが、“本気”を出せと言うのなら仕方ない。
望み通り、少しだけ本気を見せてやろうと、零斗が薄ら笑みを浮かべる。
その動作で雰囲気が変わったことを察したのか、ロイの表情に緊張の色が見えた。
「……遂にやる気を出してくれたか?」
「初めからやる気はあったよ。ちょっと気合を入れなおしただけだ」
答える零斗の目は、先ほどよりも幾分か鋭い。
「……こい」
「――――」
ロイの言葉に応えるように、零斗が前へと一気に加速する。
“反撃主体”いう言葉を翻し、今度は打って変わって短剣の手数の多さを前面に押し出した連撃。
先ほどまでのロイと比べてみても遜色ない彼の動きは、傍から見ていたジーナとアランを驚愕させた。
「うそっ、速ッ!?」
「マジかよっ! 軽い短剣だからって言っても、あのダメージからまだあんだけ動けるのか」
攻撃を受けるロイにとっても、観戦している二人にも目に見えるほどの“変貌”。
言葉にするなら『一段階上がった』と表現するのがしっくりくる。動きのキレというものが明らかに良くなった。
先ほどまでの愚直な攻めはどこへやら。ロイの搦め手、誘導、フェイント。それらに惑わされず、威力は小さくとも、確実な一撃を零斗は入れ始めた。
「慣れた……いや、そんなレベルじゃない。まさか、本当にレイ君は本気を出してなかったって言うの……?」
「……まさか。相手はランクが二つも違うロイだぞ。本気を出さなきゃ勝てるわけないだろうが。……いや、そもそも本気を出して勝てるような相手じゃないんだが」
信じられないと言わんばかりに、別人と化した零斗に対しそれぞれが抱いた感想を口にする。
それは、実際に剣を交えているロイも同様であった。
「……ここまでとはなっ」
驚き半分、喜び半分といった表情でロイが短く零斗に吐き捨てるように言った。
それに零斗が答えることはない。なぜなら、こちらもこちらで手一杯だからである。
――――考える。
『D』ランクの者であればどう動いてくるか。
そして、それに対し、ほどよく強い新人はどう対処するか。
戦いながら、数百以上のパターンを想定し、どれか最適解かを一挙動ごとに導き出すという離れ業を続ける事、かれこれ数分。
……そう、零斗は正真正銘『本気』を出しているのだ。
――――手加減することに。
かつてないほど頭脳を働かせ、機械ならば今頃ファンが爆音をあげているだろう程の処理をする。一方体の方は、染みついた経験と勘によって半ば自動的にロイの猛攻を対応している。
限界まで加速させている思考ゆえか、図らずも、本来の意味での本気同様、零斗の視界は酷く遅く、また色あせていた。
そこに余裕はない。
何故なら、それでもまだ、思考が現実に追いつききらないからだ。
(……頭が……割れるッッ!)
これは零斗にとって初めての試みであった。
『迷宮』にいた頃ならば、余計な思考を挟む余地など一切ない。そんなことをしようものなら瞬きすると共に首が飛ぶ。
想像を絶する程に、戦いながら全力で思考を巡らすという行為は相当な負荷を零斗に強いた。
それが結果的に疲労困憊という雰囲気を醸し出せているので、一概に悪いこととは言い切れないのだが。
しかし、なぜ自分は負けるためにここまで全力を尽くしているのかと、自身の行動の矛盾に苦笑しそうになる零斗。
それをどう受け取ったのか、ロイも笑みを強めて言った。
「まさかここまでついてこれるとは思ってなかった。……だから、次の攻撃で終わりにしよう」
そう言って、初めてロイの方から距離を取った。
「――――『強化』」
短く無属性魔法を唱えたロイの周囲に、少なくない魔力が集中する。
これもまた、零斗が初めて見る、ロイが魔法を使った瞬間だった。
「ちょ、ロイッ!? あんた、何レイ君相手に本気出してるの!?」
彼が何をしようとしているかを察したジーナが、思わず叫んだ。
その言葉は勿論、零斗を侮辱するような類のものではなく、むしろ彼の身を案じて出たものである。
その気になれば危険度『Ⅲ』の魔物すら屠れる冒険者が、まだ始めて間もない新人相手に本気を出す。
これが何を意味するかは言うまでもない。一歩間違えれば――――いや、運が良くても重傷。それを分かっているのかというジーナの問いであったのだが、ロイは意に介さずといった様子で答えた。
「大丈夫。レイなら、きっと受けられる。それも一撃だけだ。受けられたらレイの勝ち。受けられなければ俺の勝ちだ。わかりやすいだろ?」
「受けられなかったらって、そしたらレイ君はどうなるのよッ!?」
「――――どうにかなるッッ!」
「あぁぁぁぁッ!! 今すぐやめなさい! ロイッ!」
「ロイッ! 俺からも言わせてもらうが、危険だッ! 今すぐやめろ!」
しまいにはアランまでもがロイを思いとどまらせるべく立ち上がる始末だ。
だが、火の付いてしまった根っからの戦い馬鹿はもう止まらない。息を整え、大剣を片手で下段に構える。
前傾姿勢になり、利き足を一歩前に踏み出す様は、今にも暴れ狂う猛牛を彷彿とさせた。
それに対して、零斗は静かにその様子を見つめ、同じく集中する。
(……薄々思っていたが、こいつマジもんのバカか)
ランクが二つ違うというだけで身体能力は雲泥の差があるというのに、魔法による増幅まであっては、普通の新人ならば即病院送りになること必至である。
……強いていうなら、そこに思考が至らなくなるまで零斗が彼を滾らせてしまったといえなくもないが、やはりやりすぎである。
今も叫んでいる二人の制止の声が届いていないのか、ロイは目で「準備は良いか」と問いかけてくる。
おそらく、ここで降参すれば彼は名残惜しそうにしつつも、笑ってそれを受け入れてくれるだろう。そして、ジーナに説教されて小さくなるというところまで容易に想像がついた。
嫌なら。
または自信がないなら。
そうしてくれても構わないという意思。ロイなりに配慮しているのだろう。
本来ならその意思に甘え、すぐにでもそうすべきところだ。
ロイの一撃を受けきれば、『強化』を施した『D』ランク冒険者の攻撃を素の能力で受けたということになる。逆もまた然り。おそらくロイの全力の一撃であっても、零斗に致命傷を与えるには及ばない。どちらにせよ、零斗の異常性を際立たせることになる。
考えるまでもなく、ここで両手をあげてコート外に出るべきだ。零斗の理性が強く訴えかけてくる。
……だが、何故だかそんな気になれなかった。
今も自分を見据えたあの眼差しに応えなければ、自分は後悔することになる。直感がそう告げているのだ。
戦闘バカに付き合ったことで、自分まで熱に浮かされたかと、零斗は自分に呆れ、小さく笑うと、いつも通りの構えを取り、ロイの目線に無言で答える。
――――いつでも良いぞ、と。
「――――行くぞッッ!!」
「やめ――――」
ジーナとアランが止めに入るべく、ロイの方へと駆け出したが時すでに遅し。
土煙を巻き上げて、『強化』された彼は零斗へと肉薄する。
そして、振り抜くために空いていた方の手も剣の柄を掴み、突撃の勢いをそのまま攻撃に乗せて真横に振り抜いた。
刃が潰されてるとはいっても、ここまでの勢いが乗ってしまえば十分人を殺めるには事足りるだろう。
迫りくる暴力的な圧力を前に、零斗は竦むことなく短剣を握り、“ある物”を探り当てる。
(――――ここかッッ!)
口に出す間もない刹那の間、内心で零斗が叫ぶと、接触寸前まで迫った大剣めがけ、短剣を神速で振り下ろす。
――――バキンッ
金属が砕け散る音が広い地下で響き渡った。




