五十一話『戦闘、ロイ』
場所は変わって、ギルドに併設された訓練場のような施設。
激しく動くことを想定しているためか、敷地はかなり広く、縦横で軽く三十メートル以上はある。一体あの建物のどこにそんなものを作れる余裕があったのかと言いたいところだが、生憎ここは地下。
魔法を使えば、こんな空間の一つや二つを用意するのは容易いことなのだろう。
天井には空気の循環をするための魔道具と、例によって『魔導灯』が備え付けられている。それ以外で部屋が構成される材料は、床が岩で壁や天井が黒色の石材である。
その石材には魔力を分解する効果があるらしく、中級魔法までなら使用可とのことだ。
無論、零斗には使えないのでただの内装としかならないのだが。
「……いきなり何を言い出すかと思えば」
そんな場所にロイと向かい合って、零斗は立っていた。
目的は何か。そんなのはこの景色を見れば言うまでもない。模擬戦だ。
始まりは唐突なもので、自身の送別会の話が一息ついたかと思いきや、突然ロイが、零斗と手合わせしてみたいと言い出したのである。
前々から彼は零斗の実力に強い関心を持っていたようで、せっかくしばらくの間休みにするのだから、これを利用しない手はないとのことだった。
――――以前もそうだったが、この男は本当に『休』という概念を理解しているのだろうかと、零斗が準備体操をしているロイにジト目を送る。
正直、このイベントはどうしても避けたい物の一つだった。
本来の力で応じれば、まず間違いなく自分が常人でないことがバレる。
かといって手を抜いてしまえば、それではロイが納得しないだろう。
怪しまれず、かつ相手が満足のいく程度の力加減。それが零斗にとっては酷く面倒ーーーーもとい、難しいことであった。
相手を圧倒するだけならまだしも、善戦を演出するとなるとこれがかなり手間がかかる。普段は他の三人へと魔物を誘導して、自分の代わりに倒してもらうことで違和感を軽減させているが、今回は一対一。どうしてもぎこちなさが生まれる。
おまけに線引きされたコートの外ではベンチに腰掛け、ジーナとアランが飲み物片手に観戦している。それに対し、スポーツか何かか勘違いしてんのかとツッコミを入れそうになったのは言うまでもない。
おかげで妙な動きをすれば一発で気づかれる。不正を働くつもりは毛頭なくとも、後ろめたいことがあるとこうも監視の目が疎くなるものなのかと思う。
「……よし、俺はいつでもいいぞ」
準備が終わったようでロイが声をかけてきた。
そのまま永遠に準備体操をしていてくれた方が零斗としては楽だったのだが。
「……はぁ、わかったよ」
諦めてため息一つつくと、零斗はそう言った。
「全力で来いよ」
なんでそんなに楽しそうなんだ。そして、全力出したら多分お前は瞬殺だぞと内心で呟き、零斗はあらかじめギルドで借りた刃を潰した短剣を握ると、その腕を脱力させた。
それに対し、仄かに笑みを浮かべ、ロイも同じくギルドから借りた大剣を中段に構える。
「俺は反撃が主軸なんでな。先手は譲るよ」
「そうか、じゃあ行くぞッ!」
零斗が言った直後、ロイが一気に地を踏みしめて間合いを詰めにかかる。
――――疾い。
十メートル弱の距離を刹那の間に無くし、もう自身の武器の間合いまで詰めた。流石に前線を張っているだけのことがある。この機動力があれば、取り回しの悪い大剣であろうと、急な魔物との遭遇にも対応できるだろう。
……だが、それは人間という括りで見ればの話。
『冒険者』には、所謂『壁』と呼ばれる明確な境界がある。主にそれは『B』以上のランクと『C+』以下のランクの間を指す。
いわゆる、“バケモノ”か“人間”かを区別するラインだ。
ここで一つ、考えてみても欲しい。ランク『D』の時点で、成熟した熊と同等の危険度『Ⅱ+』の魔物を単身で相手取れるという実力を保持しているのだ。
元の世界からしてみれば、それだけでもう十分怪物と称されるわけだが、そんな彼らが束になっても敵わないというのがランク『B』なのである。
ランク『S』というさらに規格外の存在を除けば、この『A』『B』も十分に人間離れした能力を持っている。故に彼らは同業者から度々こういわれるのだ。
――――あんな奴らと同じにするなと。
尊敬と畏怖の両方が籠ったその言葉が、何よりも彼らの存在を物語っている。
その目線から言わせてもらうと、まだまだロイの動きは粗削りと評すべきものだった。
悪く言えば未熟。良く言えば発展途上。いずれにせよ、零斗の目には止まって見える。
避けることは容易い。だが、簡単に避けてしまうというのもまた、彼のプライドを傷つけてしまうかもしれない。
ここは一つ、受けてみるかと、普段ならば優先度の低い『防御』を選択した。
「――――ぐッ」
零斗がそれらしい声をこぼして後ろに飛びのき、衝撃を殺す。
ただ、完全に殺してしまうと相手に悟られるため、半分程度に留めておいた。
「やるな。今のを受け切ったか」
「まぁ見慣れたものだしな」
大剣を再び構えなおしてロイが続ける。
「なら次からはもうちょい気合入れていくぞ?」
「……勘弁してくれ、って言っても無駄だろうな」
「よくわかっているじゃないか。歯を食いしばれ、レイッ!」
どれほどロイが重心の移動が巧いのか、実際に剣を交えてみるとよくわかる。
体格よりも大きい刀身だというのに、全くそれに振り回されることなく、むしろその重みを利用して移動している節すらある。
城に使える騎士でも、これほど武器を操れるものはそういないだろう。
突発的な加速と、大質量の武器はそれだけでかなりの脅威だ。そこに剣術が加われば、そこらの者じゃまともな抵抗すらとれまい。
だが、弱点は分かりやすい。
武器の性質上、どうしても小回りが利かないのだ。
故に懐に入られた瞬間、一気に不利な状況に陥ってしまう。それを彼は承知しており、解消するために常に一定の間合いを取ろうとする。
――――だからこそ、どう動くかが手に取るようにわかってしまう。
無論、これは彼に限ったことではなく、大きな獲物を持った者ならば誰しもが通る道だ。十分その特性を理解している者であれば、間合いの内側に入られようと武器とは別に『体術』を駆使して、それを打破するのだろうが、より高ランクになってからの話だ。
対して零斗は短剣。
武器の重さという点では劣っているが、大剣とは比べ物にならないくらいの機動力、対応力を持っている。それに、その重さという短所についても手数で補えるうえ、正面から打ち合わなければ良い話だ。
まぁ、そうは言っても相手の攻撃を的確に見切る観察眼と、圧に臆さないだけの胆力が要求されるのだが。
「……ふッ!」
ロイの攻撃を受けることに専念していた零斗が、遂に反撃に出る。
地を掴んで、体重を乗せた速攻の鋭い突きであった。
「――――甘い」
ニィっと口端を歪めたロイが、片腕を大剣から離して、その攻撃を身に着けた鎧の小手の部分でガードする。
軌道を逸らされ、力の行き先を失ったために、零斗がたたらを踏んだ。
そこを見逃す程、ロイはお人好しではなく、すぐにもう片方の腕を大剣から離すと、零斗の鳩尾めがけて肘鉄を叩きこむ。
「がっ……」
前のめりになっていたため碌な回避行動もとれず、零斗はその攻撃をまともに受けて、鎧越しに強い衝撃を胸部に感じた。
「次だッ」
そしてすかさず大剣を掴み、横へ思いっきり回転させダメ押しの一撃を加えようとする。
「く、舐めんなッ」
咄嗟にかがんで回避行動を取った零斗。
だが攻撃はそこで終わらず、もう一撃と言わんばかりに回転を活かしたロイが、剣の軌道を変えて今度は斜めに零斗に向かって振り下ろした。
「――っ」
それを横に転がることで回避。何とか致命傷となる攻撃は凌ぐことが出来た。
「良い判断だ。だが、短剣での攻撃はイマイチだったな。もう少しタイミングが良ければ一本入っていたかもしれないが」
「……考察どうもっ!」
ロイが淡々と零斗の動きについて忌憚なき意見を述べる。
「……すご、本当に一対一でロイについていってる」
それを外野から見ていたジーナは感嘆のあまり言葉を漏らす。
そう、一見ロイの評価は厳しいものに思えたかもしれない。
だが、『F』ランクの者が『D』ランクの者に、押され気味とはいえ付いていけていること自体、すでに称賛に値することなのだ。
「隙を作りつつも、何とか気合でヤバいのを避けているな。あれだけできれば上々だろ」
ジーナに続いて、見守るアランが言った。
「しっかりと自分の武器の長所を活かしている。……てか、あの様子だとロイ、多分七割方力を出してるんじゃない?」
「……確かに」
激しさを増していく戦いを見ている二人が、自然と冷や汗を垂らす。
「やっぱり、レイ君うちのパーティ残ってくれないかな……」
「あれは化ける……というか既に化けてるな……」
それぞれ飲み物を啜りながら、二人はさらに激化していく戦いを観客気分で眺めるのであった。
――――何か、違和感があると、ロイは大剣を振るいながら頭の片隅でそんなことを考えていた。
(すばしっこい上に、詰めは甘くとも確実に要所の攻撃は避けている。……これは)
攻めきれない。
そう表現するのが正しいと、ロイは今も対峙する白髪の青年を睨みつける。
肩で息をしている上、剣を握る腕も僅かに震えている。目つきこそ相手を見据えて逃さないという意思を宿しているが、体がそれに追いついていないといったところか。
「――はッ!」
そこへ予備動作は短く、だが“読まれる前提”の攻撃を繰り出す。
斜め切り上げ、疲労により腕が僅かにけだるいがそれだけだ。始めた時とほぼ同じ速度で繰り出す。
それを彼は、見事に凌いでのける。
刃が潰されているとはいえ、大剣はこの質量だけでも十分に重傷を負わせることが可能だ。空気を押しのけて振られる攻撃は、一つ一つが、小心者ならばそれだけで竦み上る程の圧力を放つ。
それを目を逸らさずに見据え、最低限の動作で躱し、反撃の機をうかがう彼の動きは、言わなければ新人だと誰も思わないだろう。
「はァッ!!」
そして、意図して作った隙に食いつき、彼は守りの薄い脇めがけて短剣を振るう。
鍛錬の賜物なのだろう。その速度は、中堅の冒険者それと見劣りしない程であった。
だが、誘導された攻撃は、容易にその先まで予測できる。
剣が振られるよりも前に、躱されることを読んでいたため、既にその隙をついた攻撃の“隙”をついて、右足を軸に、振り上げた剣の勢いを利用して蹴りを繰り出す。
「ぐッ……」
実戦経験の浅い新人冒険者ならではの不覚。
……だが、ここにこそ、ロイは違和感を抱かずにはいられなかった。
「――――ッ!」
次いで、決定打となる攻撃を繰り出すべく、床を踏み砕かんと言わんばかりに踏みこんで、大剣を振り下ろす。
先ほどの攻撃は、この一打を与えるための布石。並みの冒険者であれば、対応するのが遅れてしまい、致命傷までに至らずとも、かなりのダメージが期待できる。
――――その時だ。……いや、正確にはこの時だ。
一瞬、今までの動きとはまるで別人である彼が姿を見せる。
荒げていた息が嘘のように静まり、体の震えの一切を抑え、こうなることが分かっていたかのように一歩下がる。
そして、完璧に攻撃を受け流す姿勢を取ったかと思えば、衝撃をいなし切れず後退する。
「あ、っぶね……」
再び立っていたのはやはり肩を動かし、今にも膝をつきそうな勢いの、頼りない『F』ランク冒険者の彼だった。
(……またか)
先ほどからずっと感じていた違和感。
(――――“チグハグ”なんだよな)
時には思わず口笛でも吹いてしまいそうなくらい巧い動きをするのに、次の瞬間には失望とまでは言わずとも、どこか期待外れな動きをするのだ。
まるで、自分に対して『強い』という印象を与えたくないかのように。
勿論、時たま見せる一流ですら舌を巻く動きが、偶然の産物というのも否めない。
たまたま呼吸のタイミングがかみ合い、彼の持っているセンスが何とか自分と拮抗できるところまで引き上げているのかもしれない。
……しかし。
(……あの“目”は何だ?)
自分が本命の一撃を入れようとする際、彼が見せる目は凪いだ大海を思わせるように静かで、時が止まった永久凍土の如き冷たさも孕んでいた。
今までそんな眼差しを持つ者に、ロイは出会ったことがなかった。どれだけの強者も、どれだけの魔物も持たなかった、明らかなる異質。
ーーーー自分は一体、“何”と相対しているのか。
不要な考えが浮かんだところで、それを払拭すべく、再びロイは地面を踏みしめた。




