五十話『Lastbreakfast』
零斗が執務室を出て、ギルド内の喫茶店で簡単な朝食を頼む。
普段通り、トーストとスクランブルエッグ。それとコーヒーだ。すっかり常連となってしまい、店員には注文せずとも伝わってしまう始末である。
ほどなくしてトレーの上に用意された一式を受け取ると、適当な席に腰かけてコーヒーを一口。ロイ達を待つ。
身に染みついたこの一連の流れとももうすぐお別れと思うと、ほんのわずかに寂しさを感じた。
それにしても、と零斗が小さく言う。
「よくもまぁあんなに分かりやすい嘘をついたな」
カリスの思惑は零斗に筒抜けであった。
元々、“とある事情”から人の嘘や悪意には敏感だった零斗だが、そこに加わった並外れた五感により、心音、声調や、表情から仕草に至るまでの些細な変化を読み取れるようになったことで、一種の魔法の域まで昇華されている。
そんな者の前で、ああも隠す気が感じられない嘘をついたカリス。逆に本当なんじゃないかと疑ったくらいだ。
ではなぜそれを指摘することなく、零斗は素直に引き下がったのかというと――――この騒動を見届ける義務があると思ったからである。
思い返せば、彼らは素性も知れぬ自分を誰一人として文句言うことなく受け入れてくれ、短い間ではあったが、まるで数年来の仲間であるように接してくれた。
冷たく素っ気ない態度にも、彼らは笑っていてくれた。
そんな者達の中に裏切り者がいるなど考えたくなかった――――などと宣うつもりはない。
元より、自分は以前に親友達の思いを踏みにじり、手を突っぱねて決別した身。どうこう言える資格などないのだ。
……だが、他の二人はどうだ。
近くにいたからこそ、自分は誰よりも、彼らの互いに払っている尊敬、信頼を知っている。ただでさえ彼らは昔、仲間を一人、『死』という残酷な形で失っているのだ。
そして今度は『裏切り』という形で、また一人失おうとしている。それを彼らはどう受け入れるのか。
自分にできることは何もない。だからこそ、この異変を通して彼らがどうなるか、それを見届けなければならないのだ。
――――仮初とはいえ、自分はあのパーティの一員だったのだから。
「……さて、どんな顔して会おうかな」
すべてを知った者として、ただそれだけが懸念事項だった。
昨日見た光景がただの夢であったなら。
そう思わずにはいられず、零斗は冷えてしまったトーストを齧った。普段なら小麦の良い香りが鼻を抜けるのだが、今日に限っては、砂でも噛んでいるかのような気分であった。
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「昨日はよく休めたか?」
いつか聞いたようなフレーズに、零斗が既視感を覚えて小さく苦笑し、ロイの言葉に答える。
「……あぁ」
「そりゃ良かった。しかし、お前が開口一番“今日は休む”って言ったときは驚いたもんだ。レイが自分からそんなことを言うのは珍しいからな。……余程疲れてたのか?」
「そんなところだ」
実際のところは普通に仕事をしていたわけだが、それを言えるはずもなく適当に答えた。
思えば、休みにした日で本当に休んでいた時といえば、この間サリアとパンケーキを食べに行った時くらいのものだなと、零斗は改めて自分の過労っぷりに気づかされた。
「まぁ実際、まともな休日を取り始めたのもここ一週間くらい前だしねー。むしろ、よく新人のレイ君が付いてこれたものよ」
「む、言われてみれば確かにそうだな。……すまん、レイ」
「あー気にすんな。体力はそれなりあるし、苦に感じたことはない」
ジーナに言われて気付いたのか、ロイが零斗に小さく頭を下げた。
実際の所、別に休日といったものがなくとも、適度に寝る時間さえあればほぼ無限に活動できるのだが、信じてもらえるわけもないので零斗は黙っていた。
「――――つっても休みくらいは取っておかねえといざって時に動けねえからな。土壇場になって倒れられても困るのは俺達だから、体調管理はしっかりしとけよ」
ヘアバンドを付けた赤みがかった茶髪の男――――アランは、普段と同じ調子で会話に加わる。
ロイの優し気のある柔らかい瞳とは対照的に、どこか近寄りがたい雰囲気を放つ鋭い目は、口調とは相反して笑っていた。
……これが昨日の、『軍人』と称するのが正しい、冷たく無感情だったものと同一だというのは、自分の目で見なければ到底信じられなかっただろうと、零斗は内心でこぼす。
「……毎回思うけど、アランってレイ君に素直じゃないっていつも言ってるけど、本当に素直じゃないのはアランなんじゃないの?」
「んなわけねえだろ。俺はいつだって素直さ」
「それは自分にね。……て、そういえばあんた体調は大丈夫なの? 昨日飲みすぎたって言って途中一人で帰ったじゃない」
その言葉に、零斗の目つきが鋭いものへと変わるが、アランは平然と答えた。
「昨日は早いうちから寝たからなぁ。それが効いたんだろ」
「なら毎回そうしてよ……」
嘆くジーナの言葉で普段どれだけ彼女が苦労しているかが垣間見え、同情の念が沸き上がった零斗が思わず苦笑する。
それと同時に、昨日見たアランはやはり本人で間違いなかったということが確認できたことで、一層零斗の気が重くなる。
「で、だ。今日受ける依頼なんだが……」
ロイが本題に入ろうと口を開いたが、ちょうどその時、受付の方が慌ただしくなった。
何事かと四人が目を向けると、怒鳴り声と共に喧騒の原因と思しき言葉が聞こえてきた。
「――――どういうことだよッ! 森が立ち入り禁止って!」
それを聞いた三人の表情が固まった。
「……え、どういうこと?」
「俺が知るわけないだろ? それにしても急だな……何かあったのか?」
ジーナとロイが顔を見合わせ、困惑を露わにする。
その一方で、事情を知る零斗は一人納得していた。
森に危険度『Ⅳ+』相当の魔物がうろついているのだ。立ち入り禁止は妥当な判断だといえるだろう。先ほど零斗が報告した直後、カリスが手を回したに違いない。
しかし、この街の冒険者の収入源は八割ほどが森の魔物を討伐して得る報酬である。このように不満や怒りが出るのも当然ではあった。
何せ時折、森を歩いていると同業者とすれ違うくらいだ。
決して規模が小さい森でもないのに、そんなことが珍しくもないといえばどれだけの者が森での仕事に依存しているかが分かるだろう。
いっそのこと木こりにでも転職したらどうかと、以前零斗が思ったのはここだけの話である。
と、それはタルデにいる冒険者である以上、自分達も例外ではない。
早急に今日の仕事をどうするべきか考える必要がある。
「……どうする?」
「どうにもこうにも、まずその期間を聞かないことにはなあ……ちょっと聞いてくる」
ジーナが問うと、ロイはそう言って席を立ち、受付の方へと歩いていくと、短く会話を済ませてこちらへと戻ってくる。
「どうだった?」
「最短で明後日、長くとも一週間以内には解かれるらしい」
「あら、案外短いわね。ならそれほど大きく支障は出ないか」
このタイミングでの発令は、やはりフェンリルとの交戦を考慮してのことだろう。
ただ、あの頭の切れる男がそれだけを想定しているはずがない。フェンリル以外の危険な魔物がいることも警戒していると考えられるので、最短と言っているがあまりあてにせず、最長の方で考えておくべきだ。
「うーむ……まぁ、ここ最近は休みを殆ど取らずに活動していたおかげでかなり余裕はあるし、思い切って長期休暇を取っても良いかもしれないな」
「お、良いねえ!」
「……あんたは休まず働いとけば?」
ロイの提案に上機嫌になりながらアランが答えるも、それに対してジーナが冷たく言った。
「なんでだよ!」
「あんた三日に一回は二日酔いで動けないじゃないっ! 最近はレイ君がいるから良いけど、それまで二人で仕事しなきゃなんなかったんだから。ちょっとはその苦労を味わったらどう?」
「……その節は大変申し訳ありませんでした」
頭を下げるアランにロイとジーナが笑う。
「聞いていなかったがレイ。お前はそれで大丈夫か」
「別にかまわないが、多分再開するころには俺はタルデを出ていると思うぞ?」
「ふむ、まぁそればっかりはどうしようもないな。代わりにお前が出発する前日は、一日かけてお別れ会でもやろうじゃないか」
「い、いや、そこまでしなくても大丈……」
「あ、良いわねそれ。折角だしそうしましょ!」
言い切る前にジーナに押し切られてしまい、思わず零斗が閉口する。
この二人の様子を見るにもういくら言っても無駄だと判断し、それ以上は何も言わなかった。
「ならどこでやるか、だな!」
「やっぱりここじゃないか? 一番なじみ深いし、どんなに騒いでも問題ないからな」
「止める意味がないくらいあんたらが騒いでるからじゃないの、それ」
「……もう勝手にしてくれ」
苦笑交じりに、細かくあれこれ決め始めた三人にそう告げ、零斗はカップに口を付けた。
何も知らなければ本当に仲が良い者達だと、彼らのやり取りを見ていて思う。
……だが、きっといずれは、この関係も壊れてしまうのだろうと思うと妙にやるせなかった。それが果たして、“明日”なのか、それともまだ先の話なのかは分からない。
けれど、明日、このパーティが大きな転機を迎える事だけは確信できる。それが良いことか悪いことかどうかは予測すらできない。
ただ今だけは、いつもと変わらぬ朝の平和なひと時を噛みしめるのであった。




