四十九話『思惑』
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混乱する思考に反して、体は非常に冷静だった。
動揺していたものの、一瞬にして鼓動は普段通りのリズムを刻み始め、強張る筋肉は脱力。
笑ってしまいそうな程合理的に、ただ己が本来の目的『調査』を遂行すべく、ただ息を殺す。
それでも、思考は問うことをやめてくれない。
――――なぜアランがこんなところにいるのか。
この際、『フェンリル』だろうが『剛薬』だろうが、もはやどうでも良い。
ロイ達はどうしたのか。何故一人でいるのか。そもそも、あの男とはどういった関係なのか。
様々な疑問が頭の中でぐるぐるとごった返しになって、思考がまとまらない。
「……ところで、今回の実験が成功すれば、お前は晴れて“精鋭騎士”だろ? そうなったら、今の仕事はどうするんだ?」
「お前、陛下の指示を知らないのか? 当然続けるさ」
「だが、今回の計画でほぼ確実にお前はランクは上がる。確かパーティを組んでるんだろ? そいつらはどうするんだ。既定じゃ、自分のランクより下の依頼を受けられないだろ」
「――――見捨てるよ」
――――今、何と言った?
今度こそ零斗の時は止まった。
零斗が混乱でただでさえ思考が追いつかない状況。そんな中お構いなしに進められる二人の会話。
しかし、たった今、アランから放たれた言葉だけは、やけに明瞭に耳に届いた。
確かに彼は今、何年もの付き合いの仲間を一切の迷いもなく、躊躇もなく、ただ切り捨てるといってのけたのだ。
そんな冷徹きわまりない彼の言葉に、ローブの男は笑いながら言う。
「ぷ、はははっ! おいおい、ちぃとばかし薄情すぎねえか? お前」
「薄情? それは間違いだ。俺はあいつらを仲間だと思ったことはない。怪しまれないようにするため、パーティを組めれば誰でも良かったんだからな」
淡々と語るアランの目は、普段自分をからかうようなものでもなく、また仲間を嗜める時のソレでもなく。どこまでも無感情で、自分以外のことなど眼中にないような、機械的な眼差しだった。
それを見て、総毛だつような感覚を覚えたのは、一体何に対してだろうかと思いながら、零斗はことの成り行きを見守る。
「ははは。それを聞いて安心した。下らねえ情が芽生えてたら、一発かましてやろうと思ったが、やっぱお前は“こっち側”だよ」
「それより、何でこの『剛薬』とやらは二本あるんだよ」
「あー、そいつは予備だな。もしも一本がダメになった時に使え」
「……ここまでやってきた俺がミスをするとでも?」
「“もしも”っつってんだろ。そんだけ今回の実験は重要ってこった」
ローブ男の言葉が癇に障ったのか、僅かに語気を強めてアランが言うが、飄々とした態度で男は答える。
それを聞いて落ち着いたのか「まぁいいや」とアランが続けた。
「それより、うちのパーティに勘が良い奴がいる」
「何だ? 騎士への推薦か?」
「ちげえよ。……邪魔になる可能性は限りなく低いが、今回の実験は失敗が許されねえ。だから――――白髪のオッドアイの野郎には気を付けろ」
「へぇ、アランがそんなこと言うなんて珍しいな」
「……案外この会話をどこかで聞いてるかもしれねえ」
(……ほう)
アランの言葉に、自然と零斗の双眸が鋭くなる。
おそらく、それだけ油断ならない人物だと言外に伝えようとしたつもりだったのだろう。
しかし、それが意図せずして状況を見事言い当てていることに、零斗は苦笑いするしかなかった。
「はは、それこそあり得ねえだろ」
「……さてな。じゃ、そろそろ怪しまれるといけないんで俺は戻る」
「ああ、実験の決行日は明後日。それまでに万全の状態にしとけよ」
「分かってるさ」
そうして、二人は分かれ、アランは街の方へ、ローブ男は森の奥へと『フェンリル』を引き連れて去っていった。
本来どちらかを追うべきなのだろうが、生憎、必要な情報は大体得たことに加え、とてもそんな気分にはなれず、しばらく零斗はその場で空を眺めていた。
結局、零斗がタルデに戻ったのは日が昇り始めてからであった。
既に街門は開かれており、鎧姿を着込んだ兵士が門の前で槍を立て欠伸をしている。
しかし、零斗の姿を視認したのか、すぐに表情を引き締めて凛とした佇まいを取り繕っていた。
――――まだ百メートル前後は距離があるというのに真面目なこったなどと思いながら、零斗が近づいていく。
「ありゃ、誰かと思えばボウズじゃねえか」
「……なんだおっさんか」
お互いに良く見知った顔ということで肩の力が抜ける。
最初の検問で知り合ったきりかと思えば、意外と依頼帰りに顔を合わせることが多く、今ではこうして互いに適当に呼び合う程度の仲になっていた。
「今帰りか」
「そんなところだ。てか、おっさんはこんな時間から仕事なのか?」
「まぁな。お前さんこそ、この時間まで帰ってこないなんて珍しくないか? それも一人で」
「たまにそういう日もあんだよ」
勿論本当の事情を話すわけにはいかないので、零斗が適当にはぐらかしながら答える。
その答えにやや疑問を抱いた様子を見せたクランツだったが、それ以上のことは聞かなかった。
「んじゃ、今日は休みか? 朝帰りたぁ、さぞお疲れのことだろ」
「そうしたいのはやまやまなんだが、生憎報告をしなきゃいけないもんでな。これからギルドに行かなきゃならん」
「……冒険者ってのも大変だな。お前さんはまだ若いんだから無理をするなよ」
クランツの何気ない労りの言葉が、今はこれ以上ないほど身に染みた。
見た目は如何にも兵士という、武骨な面構えのおっさんの彼だが、零斗と歳が近い息子がいることもあってかやたらと気遣ってくれる。
この間なんかは森に行く前にパンを差し入れてくれたくらいだ。
「へいへい」
だが、素直にそれを受け入れられる程零斗はまっすぐでもない。
さも親に小言を言われた子供のような表情で短く受け流す。
その様子にクランツは苦笑しながら続けた。
「ったく。まぁ頑張れよ。期待の新人君よ」
「うっせぇ。じゃあな」
「素直じゃねえなぁ。うちの息子そっくりだ」
そんな言葉を背に受けながら、零斗はギルドへと向かった。
■■■
「――――なるほど、大体把握した」
出勤してきて早々、零斗に呼び止められ、カリスは彼の報告を聞いていた。
「しかし、よりにもよって“フェンリル”とはね。今いる者達で相手にできるかどうか……」
思っていたよりも冷静な反応をするカリスに、零斗が意外そうな目を向けた。
『フェンリル』といえば、お伽噺の中でしか出てこないような魔物だ。てっきり「ふぇ、フェンリルだとッ!?」みたいな反応が返ってくるかと思っていたのだが、ギルドマスターともなれば不測の事態にもこうして余裕で対応できるようになるのだろうか。
何はともあれ、カリスからの『依頼』はひと段落ついたので、これ以上は自分の関与するところじゃないと、零斗が口を開いた。
「そこまでは俺の知ったことじゃない。後はお前の仕事だ」
「あははは、まったく、取り付く島もないってこういうことだね。……ねえ、念のために聞いておくけど、やっぱり討伐に加わってくれるつもりはないのかい?」
「何回聞かれようが、答えを変える気はねえぞ。つか、そんなことしなくとも、お前が思う最悪の事態になることはないだろ」
零斗の言葉にカリスの表情が曇る。
「……アランとやらがフェンリルと交戦する、か。『剛薬』については僕もある程度知っている。確かに、副作用も抑えたとなると戦力としては十分すぎるかも知れない。……だが、君は一つ勘違いをしているんじゃないかい?」
「というと?」
「僕が想定している最悪の事態は、フェンリルによってこの街が壊滅すること――――以上に、アランがフェンリルとの交戦で戦果をあげることで、ギルドからの信頼を得る事なんだよ」
「……ほう?」
そこまでは考えが及んでいなかった零斗が、感心したような声を漏らす。
「確かにタルデが壊滅することも十分に避けたかった。だが、君の報告を聞いて、より状況は深刻だと分かった。……ロマノフ陛下は、『実験』なるものを利用して、さらにギルドへ介入したいらしい」
「……そうかフェンリルを使役するとなればそういうことも可能なわけか」
平たく言えば『マッチポンプ』というやつである。
フェンリルは『A』ランク冒険者ですらも手を焼くほどの存在。今のタルデに『A』が二人滞在しているとはいえ苦戦を強いられることは間違いない。
加えて、フェンリルを零斗が最初に見た時、真っ先に目についた首輪のようなもの。
――――あれは『従属』と呼ばれる無属性魔法によるものだ。
効果は、主の命令には絶対服従の代わりに、能力を数倍に引き上げるというもの。
ただでさえ地上にいる魔物ではトップクラスの強さを誇るフェンリルだ。おそらく、『従属』の効果もあって先に前線に出た者達では勝てない。
「どうやって圧倒的格上のはずであるフェンリルに『従属』をかけたのかは分からないが、本当に発動しているのならば、『A』が十人は必要になるだろうね」
カリスの言っている通り、『従属』とは本来自分よりも格下であるものにしか効果がない。
それも、何年もかけて徐々に展開していくはずのかなり使い勝手の悪い魔法で、ごく一部の者しか使わないものである。
一体どんな手品を使ってそれをフェンリルにかけたのか、良い悪いは別として非常に興味深い所ではあった。
閑話休題。
何にせよ、ここで肝となってくるのが、“主の命令には絶対服従”ということである。
『従属』で強化されたフェンリルが高ランクの者達を返り討ちにすることは容易だろう。その絶望的な光景を演出した上で、『剛薬』を服用したアランが周囲の制止を振り切って勇敢に前線に出る。
そこで適度に戦った上で、ローブの男がフェンリルを引っ込める。
それが彼らの描く筋書きだとしたら。
「“『A』や『B』ランクが弱らせたとはいえ、危険度『Ⅳ+』のフェンリルを『D』ランクがたった一人で退けた”。周りの目にはそう映るだろうな」
零斗が言った後、カリスが頷く。
「そしてそんな人物をギルドとしては昇格しないわけにはいかない。低くとも『B』、あるいは『A』までね。また、“自らの命を顧みずに戦った人物”として『信用』も十分。こうして、ロマノフ陛下はギルド内で自由に使える駒を増やす」
「……それがお前の想定している最悪か」
「ただでさえここも誰を信用していいか分からない状態だ。これ以上部外者に引っ掻き回されるのはごめんだよ」
ギルド内でも色々あるらしいと、カリスの苦笑を見た零斗が察した。
「明後日。確かにそう言ってたんだね?」
「あぁ、それは間違いない。っつっても、それが昨日の夜の話だから、“明日”と考えた方がいいかもな」
「結構。それじゃ、すぐに対策を講じるとしよう」
「んじゃ、俺の仕事はここで終わりなわけだ。で、肝心の『報酬』の用意は?」
「まだ時間がかかりそうだね。大体一週間前後、ってところかな?」
「……分かった」
短くそう答えて、零斗は執務室を後にする。
「――――なんてね」
彼が出ていった後、カリスは引き出しからある物を取り出す。
――――それは、一枚の紙きれ。
だが、ただの紙ではなく、この世界では高級品として扱われる、木から作られた本物の紙。
上品な紋章で縁どられ、いくつもの判が押されているそこには、人によっては喉から手が出る程欲しい内容が記されていた。
「流石僕。こんなすぐ用意できるなんて、世界にそうはいないよ?」
惜しみない自画自賛をした後、そんな重要すぎる紙きれをひらひらと宙で遊ばせながら、カリスは小さく笑うのだった。
「これで、一週間はいてくれるわけだね? 零斗君」
してやられたと叫ぶ白髪の少年を想像し、カリスは笑みを深めた。




