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四十七話『交渉』

「……『灰瀬零斗』それが君の本当の名か」


 受け取った身分証を見て、カリスが呟いた。

 その言葉を聞いて、アンナの表情が驚愕に染まる。


「――――それって、二年前に国外追放を受けた元勇者の名……よね?」


 流石にそこは伝わっていたかと、零斗は虚無的な笑みを見せる。


「……あぁ。その『元勇者』で間違いねえよ」

「ってことは、君が……国王暗殺未遂をしたってこと……?」

「想像に任せる」


 腕を組んで、目を瞑り答える零斗に、狼狽した様子を隠せないアンナ。

 ……だが、冒険者証を眺めていたカリスが顔をあげて口を開いた。


「国外追放か。――――で、()()()どうなんだ? 零斗君」


 まるで全てを知っているかのように……いや、事実知っているのだろう。

 見透かしたかのようにカリスが言う。


「お察しの通り、俺は国外追放なんかされちゃいない。人の目につかない所で『磔の刑』に処されてたよ」


 そう言って、袖をまくり上げた零斗は、今も残る痛々しい傷跡を二人に見せた。

 それを見たアンナはすぐに目を背け、カリスは何やら考え込むような表情をしていた。


 捲った袖を直し、改めて、と前置きを付けた上で零斗は続ける。


「俺は灰瀬零斗。異世界から召喚された、元勇者の一人。そして――――『迷宮』の攻略者だ」

「……あはははっ。こりゃ、とんでもない人物を引き当てちゃったかな?」

「笑い事じゃないわよ。それより、国王暗殺未遂って本当なの? レイ……斗君」

「言いづらけりゃ今まで通り『レイ』で良いよ。……結論から言うと答えは『ノー』だ」


 自分に対して、犯罪者に対する怯え、裏切られたという怒り、本当なのかという懐疑、その他諸々が入り混じった目で見てくるアンナに、零斗は苦笑交じりに答える。

 その答えを鵜呑みはせずとも、否定されたことで僅かにアンナの目に安堵の色が加わった。


「……その証拠はあるか?」


 机の上で腕を組み、見定めるようにこちらを射貫くような目で見るカリス。

 急な事態に遭遇しても、冷静さを欠かずに淡々と必要な情報を引き出そうとする姿勢は、流石ここのトップにいる者というべきか。

 

 さて、本来なら必死に説明をするのだろうが、そこは零斗。



「――――は? 証拠? んなもんねえよ。どうせあっても疑うだろ」


 逆にあるなら教えて欲しいと言わんばかりの調子で言った。

 それに拍子抜けしたアンナが思わず口を挟む。


「ちょ、少しは弁解しようとかは思わないの!?」

「思わねえな。そもそも国家転覆しようとした奴の言うことを信じられるか? 無理だろ」

「ひ、開き直ってる……」


 居直った様子の零斗に、一周してもはや尊敬の意すら湧き上がってきたアンナだったが、段々と面白くなってきたのか時間差で吹き出す。


「……ぷっ、ふふふ。こういう時でもあなたはいつも通りなのね」

「国王暗殺未遂の濡れ衣を着せられ、磔にされた挙句、『迷宮』でタカが外れたバケモン共と毎日のように追っかけっこしてたんだ。嫌でも肝が据わるさ」


 自分で言ってて悲しくなってきた。

 よくもまあこんなにも壮絶な出来事をたった二年の間に体験しておいて生きていたものだ。

 我ながら褒めてやりたいくらいである。


 さらっと言った内容にアンナがドン引きしているのはさておき、興味津々の眼差しを向けているカリスが言った。


「さて、その話を詳しく聞かせてもらおう。僕も、噂でしか聞いてないんでね」

「……噂?」


 気になる言葉に零斗が聞き返す。


「……君が国王の暗殺をしようとしたなんてただのでっち上げにすぎず、本当は戦力にならない勇者を消したかっただけなのではないか、ってね」

「――――驚いたな。そこまで分かってんなら話は早い」


 想像以上にギルドの上層部は有能だったようで、かなり核心をついた憶測が立っていた。

 結局、『迷宮』に降り立つ前の話は、噂と事実のすり合わせのみに終わり、話の大部分は『迷宮』に降りてからの内容が占めていた。


 ……無論、屋敷で得た知識のことは殆ど全て伏せてだが。


 そこまで話してしまっては、ことが大きくなりすぎる可能性を懸念したからである。

 ここまで来ておいて何を、というかもしれないが、それほどに屋敷で得た情報というのは危険を孕んでいる。


 ――――代表的な物で言えば、今の零斗の身体能力に大きく関わる物、とか。


 そんなこんなで、今までの経緯をざっと話したところで、カリスは大きくため息を吐いた。


「……前々からギルド内でも問題になっていたことだが、やはりそうか」


 というのは、ロマノフの異常なまでの戦力に対する執着と、思想のことだろう。

 アンナに至っては、零斗が牢に入れられたときの彼との対話を語った時点で、今にも爆発しそうなくらい苛々していた。


「今回の一件と良い……ほんとあの人は何を考えているんだか」


 頭痛を堪えるように額に手を当て、嘆くカリス。

 やはり、カリスも今回の異変がロマノフの指示によるものだと疑っているらしい。


 ……まぁ、諸々考慮していけば自然にたどりつきそうなものではあるが。


「それはそれとして。……今回、君に声をかけたのは報告にあった魔物の調査を頼みたかったからなんだ」

「そんで、その報酬が昨日言ってたやつか」

「そういうことだ」


 なんで自分を選んだのかはもう聞くまい。

 真っ先に報告したのが零斗であるということ。そして、その経歴を聞いているのならばこれ以上の適材はいない。

 当然の判断だ。

 ……しかし、と零斗は言う。


「調査するだけなのに、やけに報酬が高すぎねえか? 『なんでも要望を一つ聞く』って、お前の全財産を寄越せとかいったらどうするんだ」


 当然、零斗にそんな要求をするつもりは微塵もないが、中にはそういったことを言い出す輩もいるだろう。


 それ以前に、報告が虚偽である可能性すらあるのだ。

 完全に自作自演して、報酬だけ美味しくいただこうと零斗が考えていることも十分にありうる。


 ここのギルドをまとめ上げる者として、些か発言が軽率すぎやしないかと、零斗が窘めるように言う。


「確かに言いすぎたかもしれないね。“ギルドマスターの席を譲れ”なんてことを言われたら困るし」


 そうは言いつつも余裕の笑みを崩さないカリスに、アンナですら目を細める。

 

「……だが、君はそんなことを望まない。何故なら、興味がないだろうからね」


 はっきりと、そう断言し、カリスは続ける。


「そんな要求をするような者なら、『迷宮』を攻略できるだけの力を持った時点で、さっさとロマノフ陛下を()()に殺しに行っているはずだよ」

「……」


 確信に満ちた表情でそう言われ、零斗は押し黙った。

 

「――――けど、興味が無いからこそ、()()()()()()では受けない。っていう、至って合理的な判断の元、交渉を持ちかけただけだよ」

「んじゃ、もう一つ良いか? なんで()()しろ、と言わない?」

「おや、君は新人冒険者じゃなかったのかい? 新人一人に危険度が高いと思われる魔物を倒してくれ、なんて酷な依頼を僕がするとでも?」

「……ふざけろ」


 どこまでも白々しいカリスに、零斗が悪態をつく。

 『迷宮』を攻略したと言った時点で、自分にそれが簡単なことくらい分かっているだろ、と睨みながら目で訴える。


「……まぁ、そうだねえ。逆に聞きたいんだが、討伐しろっていって、君はそれを受けてくれるのかい?」


 すでに返ってくる答えが分かっているように、掴みどころのない笑みを浮かべてカリスが問う。

 それに対し、零斗は――――。



「受けるわけねえだろ。いくらもらっても御免だ」


 速攻で拒否する。

 

「ふむ、()()()()とは言わないんだね」

「……ノーコメントだ」

「あはは。まぁ、そう言うと思って『討伐』ではなく『調査』を依頼した。これで納得かい?」


 ――――この男は、一体どこまで読んでいるのかと、零斗が警戒の色を強める。


「……安心しなよ。僕は交渉の条件は絶対に守る人間だ」


 その言葉に、零斗がアンナの方に目を向けると、無言の頷きが返ってきた。


「君の正体は、ギルドマスターの肩書にかけて守秘しよう。君が恐れるようなことは何もない。僕はただ、一人でも多くの人間を守るために最善の手を尽くしているに過ぎないんだ。……だから、君の腕を見込んで依頼した。――――協力してほしい」


 これまで浮かべていた貼り付けたような笑みから一転、真剣に街のことを考える男の表情がそこにあった。

 それを見て、小さく驚きに目を開く零斗が、少し悩むような素振りを見せてから、やがて口を開いた。


「――――分かった。ただし、俺がやるのは『調査』までだ。結果がどうあれ、それ以上のことは引き受けない」

「……構わない。感謝するよ」


 張り詰めていた空気が一気に弛緩し、執務室内の雰囲気が僅かに和む。

 

「では、報酬についてだが、何をお望みだい? どうせ無理難題な物は吹っ掛けないだろ?」

「さて、どうだろうな」


 今度は零斗がニヤニヤとした笑みを見せて、そう口にする。

 

「ちょ、レイ君! まさか本当にとんでもない要求をするつもりじゃあ……」

「元々こいつはそれを承知の上で言ってんだ。俺が何を言ったところで受け入れるのが筋だろ」


 その表情に危険なものを感じたのか、焦ったような表情でアンナが口を挟む。

 だが、それを意に介さず、零斗が軽くあしらった。

 流石のカリスも何を要求されるかまでは読めないのか、心なしかアンナと同様、その目には焦燥の色が垣間見える。


 ギルドマスターの権力には、カリスの推測通り零斗は全く興味がなかったが、その地位にいる()()()にはかなりの価値を見出していた。

 これからの活動を賄うための莫大な資金か。はたまた『迷宮』の情報か。『ラベンド』の追手から自分を匿うと約束させるのも悪くない。


 

 ――――だが、零斗は初めに報酬内容を聞いてから、ずっと心に決めていたものがあった。


「……俺の報酬は――――」


 続いた言葉に、アンナとカリスが同時に目を見開いた。

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