四十六話『呼び出し』
「――――さて、説明してもらおうか」
張り詰めた空気が漂うギルドの執務室。
未だかつて、この部屋にここまでの緊張が走ったことはあっただろうかと、立ち会うアンナは固唾を飲んで見守っていた。
もはや隠す気もない、零斗の明確な敵意。
ここまで来てしまっては、それも意味はないだろうと判断した故の行動。
それを受けながら、なおも笑みを絶やさないカリスに、アンナはこの時ほど彼を畏怖したことはないだろう。
流石は――――“ギルドマスター”。その一端を担うだけのことはある。
「……あはは、まさかここまでとは。これは、期待した以上、と言ったところかな?」
両手を上げて降参のポーズを取りながら、カリスはそう言った。
「改めて自己紹介。僕はカリス・ローデンヴァルト。――――タルデ支部のギルドマスターを務めさせてもらってるよ」
そう語る狐目の男に、零斗は表情を変えず、だが内心では呻いた。
――――まさか、そんな大物に目を付けられていたとは、と。
「今ようやく理解した。この街に来てからずっと俺のことを見張っていたのはお前だな?」
「――――ふっ……あはははッ! あの喫茶店での君の言い回しから、そうじゃないかと思っていたんだけど、まさか本当に見破っていたとはね。僕も事務仕事のし過ぎで腕が鈍ったかな?」
「…………ごめん、ついていけてないんだけど、詳しい説明をしてくれない?」
一人だけついていけていないアンナが眉を顰めてそう言う。
それに対して、答えようとしないカリスを見た零斗が、小さくため息を吐いて口を開いた。
「たまに街中を歩いている時、変に監視されているような視線を感じてたんだよ。意識したらすぐにどっか行っちまうから相当なやり手だとは思ってたが」
「いやー、君に褒めてもらえるなんて光栄だなぁ」
「ちょ、あんた、もしかしてずっとタルデにいたの?!」
「そうだけど?」
何の悪びれる様子もなく、カリスが平然と答えた。
「だってあんた寄り道してたって……」
「これがその“寄り道”ってだけさ。ギルドに“帰った”のはあの日だったし、何も嘘は言ってないだろ?」
「……はぁぁぁ」
ということは何か、自分達が騒ぎ出すよりもずっと前から『魔物の急増』には気づいていたと言いたいのかこの男、とアンナが深いため息と共にそんなことを思う。
「まぁ、ちょうど王都に出張しに行くのはいい機会だったね。おかげで、きな臭い話が一つや二つできかないくらいは耳に入ったよ。……もちろん、今回の件に関する話も、ね。あ、急いでタルデに戻ってきたのは本当だよ? 『魔素の増加』を突き止めたのもまだ王都にいるときだったし。で、戻ってきたら何やらとんでもない気配の人間がいたから、気になって見てたんだよ」
「……」
もはやカリスの有能さには閉口するほかないが、それよりも、そのカリスに“とんでもない気配”と言わしめる、今も何を考えているのか分からない白髪の青年は何なのかと、そちらに目を向ける。
「とんでもない気配……ね。過剰評価も良い所じゃねえか? 俺はただの新人冒険者でしかないぞ?」
「仮にもギルドマスターのそいつにそんな口の利き方が出来る新人なんていないわよ……」
「……レイ。それが君の名前か?」
後半を強調して問うカリスに、零斗は気づかれない程度に苦笑する。
(真っ先に偽名を疑う、か。まぁ、当然っちゃ当然だな)
さてどうするかと、零斗はカリスの言葉に思考を巡らす。
ここまで呼び出されてしまった以上、変に誤魔化すのはかえって逆効果だろう。
だが、素直に言ったところで、ギルドが国の事情に関与しないとはいえ、冤罪ではあるものの『国王暗殺未遂犯』である自分をかくまってくれるはずもない。
馬鹿正直にすべてを話せば、今すぐにでも警備がすっ飛んできて、城に突き出されるのは目に見えている。
――――なら、いっそ逃げてしまおうかと、バレない程度に周囲を見渡す。
部屋には背後にドア、正面は座っているカリスを隔てて窓が一つ。辛うじて人ひとりが抜け出すことが可能なサイズだ。
足元は、そういう考えの輩を少しでも足止めするためか、ふかふかの絨毯が敷かれている。が、さして問題にはならないだろう。
だが、カリスの言っていた報酬を逃すのはかなり痛い。
協力すればなんでも一つ要望を聞く。それもギルド全体で見てもかなりの権力を握る者の言葉だ。
今逃げてしまえば、それがなかったことになり、本格的にギルドも敵に回すことになる。
……どう転んでも、リスクがある。
正直に話すか、バレる危険を承知で誤魔化すか、逃げるか。
と、零斗が悩んでいるのを見たのか、カリスが苦笑して、続けた。
「安心しなよ。君が何をしでかしていようが、この場では聞かなかったことにしよう。アンナも、それでいいかい?」
「……カリスがそう言うなら、部下の私が従わないわけにはいかないでしょ?」
随分な物言いに、昨日の喫茶店での会話以降、ずっと引きずっていた疑問が思わず口に出た。
「――――重ね重ね聞くが、何で俺にそこまで固執する? そこまでして、そっちに何のメリットがある?」
ともすれば問題発言ともとられかねないカリスの言葉に、訝しむ眼差しをを零斗が向けた。
この男がどこまで自分のことを評価しているのかは知らないが、把握できていたとしても“多少”腕が立つ程度の認識だろう。
そんな者は、それこそギルド内にごまんといる。
その中で、何故自分を選び、声をかけてきているのかが分からない。
「……そうだね。君の疑問ももっともだ。……なら、一つだけ、ヒントを上げよう」
そう言って、カリスは意味深げな笑みを作り、衝撃的な言葉を言った。
「――――僕も『魔力が視える』」
「――――ッ」
言葉を失った。
いや、何か言おうとしても、上手く言葉にできなかったというのが正しいか。
初めて出会った、自分と同じタイプの人間。確かに、ギルドマスターというのは、冒険者からたたき上げで成った者も少なくないと聞く。
それを思えば、その芸当を身に着けていたとしても不思議ではない。
アンナも驚いているところを見るに、彼女でさえも聞かされていなかったのだろう。
――――だが、問題はそこではない。
最も重要なのは、その『魔力が視える』人間が、“零斗を見たときにどう映るか”。
零斗は、文字通り、魔力を持たない。
魔素から魔力を生成するための『魔力回路』がないからだ。
だが、それはこの世界では本来あり得ないことなのだ。
いわば、心臓がないにも関わらず生きているようなもの。もし、自分がそんな異形とも呼べる存在だと感づかれていたとしたら――――。
「言いたいことは伝わったかな? そう、僕から見て。……いや、僕と同じ芸当ができる人間なら誰しもが、君を見たら驚愕するはずだろうね」
「……なるほどな」
そう言われれば納得する。
普通、魔力が少ないということは、それだけ『魔力回路』の発達が遅いということを意味する。すなわち、この世界にまんべんなく漂う魔素という毒を十分に浄化するだけの能力を持たないのだ。
そういった者達の寿命は、決まって短いというのが常識。ましてや、魔力を持たないともなれば、本来生まれて間もなく命を落としていてもおかしくない。
そんな人物が、この歳まで生き永らえ、ましてや若さに見合わない程の実力を身に着けていると知れば、他にそうさせた何かがあると思うのが自然だ。
と、そこまで零斗が考えた所で、カリスが続ける。
「協力しろと言った手前、少し気が引けるんだが、その上で君のことを聞きたい。――――君は、何者だ?」
その言葉を受け、零斗はちらと、アンナにも目を向ける。
「……私からも頼むわ」
「――――……はぁ。わかったよ」
この際だ、自分の正体を知った上で味方になる可能性があるならば、いっそ教えてしまおうと、長い間を置いた溜息を吐く。
……だが、と、零斗は歪んだ笑みを見せていった。
「……後悔すんなよ」
そう言って、ポケットから『身分証』を取り出し、カリスに向かって投げたのだった。




