四十五話『開放的な密談』
二本投稿の代わりにちょっと短めです!
「はぁぁ……最高ですぅ……」
念願の『パンケーキ』にありつけてご満悦の様子のサリアが、大きなため息を溢しながら言った。
先ほどから表情が緩みっぱなしで、如何に美味だったかが、どんな修辞で飾り立てるよりも遥かに鮮明に伝わる。
その様子を見て、一口貰ったところ、案の定というか、零斗の味覚には少々甘みが強く、おかげで珈琲の追加を頼む羽目になった。……それも、普段は飲まないブラックを。
今はそれすらも飲み干して、三杯目に差し掛かっているところだ。
「そんな美味いか……」
まるで別の生き物を眺めるかのような視線をサリアに向けながら零斗が言う。
「ええ、それはもう。……むしろ、なんでレイさんのお口に合わなかったのか不思議です」
「……まぁ、俺はそういう濃い味は好きじゃないんだ」
「それほどでもないと思うんですけどねえ」
そう言って、サリアは最後の一欠けらを口に含んだ。
――――お前は、砂糖を何倍にも濃縮して、さらに泡立てられたような液体が口に流し込まれても平然としていられるのかと、今も零斗にはそう感じられる物体を咀嚼する少女に無言で訴えかける。
と、飲み込んだサリアが席を立ちあがった。
「少しお花摘みに行ってきますね」
「分かった」
現実にそんな言い回しするものなのかと思いながら、手洗いに向かうサリアの後ろ姿を見送る。
――――さて、と零斗が椅子に深く腰掛け、気持ち目線を下げると、近くの者が辛うじて聞き取れる程度の声で呟いた。
「――――俺に何の用だ?」
その言葉に、顔は見えなくとも、後ろに座っている男は微かに笑ったのを気配で感じ取る。
「……はて、何のことかな」
「アホか、返事してる時点で答えているようなもんだ。ずっと俺を監視してただろ」
「あはは、ご名答。どうやら僕の目に狂いはなかったみたいだね」
背中越しに語り合う相手の声はどこか楽しげだった。
「……“報告は聞いた”、って言えばわかるかい?」
その言葉に思い当たる節が一つだけある零斗は得心行くと同時に、目を窄めて問うた。
「――俺のとこへ来たからには覚悟できてんだろうな」
そして、幾分か声のトーンを落として、威圧するかのような言葉を口にした。
「もちろん。ただ、“彼女”に責はない。僕が自ら見定めた上で来ただけだよ」
だが、男の返答は先ほどまでと一切変わりなく、感情はあるのにどこか平坦で、つかめない物だった。
「じゃ、それを踏まえた上でもう一度繰り返そうか。“俺”に何の用だ?」
「……率直に言おう。――――手を貸して欲しい」
男がシルクハットの鍔を摘まんで、僅かに目深にかぶりなおすような素振りを見せる。
「報告が真実だとすれば、今いる冒険者だけでは心もとない」
「……具体的には?」
「『A』が二人、『B』が十人前後。それ以下は正直戦力として数えていない」
「――――何?」
返ってきた言葉は、零斗の予想を超えた物だった。
てっきりこの街にいる者はせいぜいがランク『C』だと思っていたのだが、それほど高ランクの者達がいるとは思っていなかった。
……思えば、急にギルドで見かけない顔つきと、なかなか油断ならない目つきをした者達が増えたと思ったらそれが原因だったのか。
しかし、急に増えたきっかけは何だとすぐに疑問が生まれる。
彼らは、まるでこの時を待っていたかのように増えたようだったからである。
「……以前、君が彼女に忠告した際、ギルド本部に戦力の増強を依頼した。その者達がつい最近街に到着していてね」
なるほど、と零斗が納得する。
確かに、自分は前に『魔物が多い』と言った。それなら、万が一を考えて強力な助っ人の要請をするのはいたって当然だろう。
……それでも『A』ランクを呼び出すのはよっぽどであるが。
何はともあれ、聞いている所、特に戦力の不足は感じられない。
――――むしろ。
「そんな豪華面子揃えて、わざわざ俺のところに来る意味は?」
表向き、零斗は少し腕が立つだけの駆け出し――『F』ランク冒険者ということになっている。
世間一般には、危険度『Ⅰ』の魔物と渡り合うのでやっとという認識の、最低ランクの冒険者に一体何の用があるのか。
そう、予期せぬ来訪者に告げる。
「一つ。“アンナ”が君のことを強く推していたこと」
「――――やっぱ教えたのあいつか」
彼女に素性に繋がるような情報は与えてないとは言え、それでも“自分”という冒険者がいる事自体が知られたくないという姿勢は最初から一貫している。
それを向こうが無視したのであれば、スルウが回復したことだし、この街を今すぐにでも発ってしまうべきだろう。
しかし、そんな考えを読んだかのように、男が答えた。
「勘違いしないで欲しい。あくまで彼女は報告主のことまでは触れていなかった。僕が勝手に当たりを付けたにすぎないよ」
ぜひともその“当たり”のつけ方の根拠を聞きたいものであるが、一先ずそれは置いておくとして、話を聞く限り、直接『レイ』という名を持ち出したわけではないらしい。
……それでも、自分にたどり着かれている時点でかなりギリギリのラインだが。
「二つ、僕自身が“君”は信用に値する人物だと判断した」
思わぬ言葉に対し、零斗が呆れた口調で言う。
「……おいおい、いくらなんでも信用が軽すぎやしないか?」
苦言を呈した零斗に、軽く笑って続けた。
「職業柄、観察眼が勝手に磨かれていってね。おおよそ、君は人を裏切るような人物ではないことくらいはわかるさ」
余程自身があるらしく、微塵もその言葉に揺らぎはなかった。
考えてみれば、ベテランであるアンナが報告をするほどの人物。それに、報告主が自分であると推測を立て、まるで自分が来るのを知っていたかのようにこの場にいたという事実。
……アンナの知り合いであるということから、ギルドの関係者であることは想像に難くない。
それに、ここまでの手腕ともなると役職も相当高いことまでは想像できる。
……正直言って、関わり合いたくないというのが、零斗が真っ先に抱いた感想だ。
ただでさえ目立ちたくないのに、現状、ベテランのギルド受付と、どれだけの立場にいるのか分からないギルド関係者に目を付けられてしまっている。
これ以上、いたずらに自分を知る人物を増やしたくない。
故に、それほど深く考えるまでもなく拒否――――。
「――――協力してくれたなら、何でも一つ。要望を聞こう」
……しようとして、破格の報酬を提示された。
その内容に思わず振り返りそうになるのを、理性で何とか抑え込む。
「……解せないな。そこまでして、あんたに何のメリットがある」
「……その答えは、明日。ギルドにてお答えしよう」
そう言って、男はインバネスコートを着て席を立つと、会計を済ませて店を出ていった。
……ドアが閉まる直前、僅かに振り返った男は、かけている片眼鏡が光を反射し、見えづらかったので定かではないが、その奥にある狐のような目は、確かに笑っている気がした。
「お待たせしましたぁ……? レイさん、どうかしました? そんな変な顔をして」
「……変な客がいたなと思ってな」
残された珈琲は、すっかり冷えてしまっていた。




