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四十四話『デートのような何か』

 おばちゃんに提案された通り、こっちの世界でもスイーツとして浸透しているらしい『パンケーキ』を食するため、サリアと共に街中を歩いていた零斗。

 やはり、『魔力中毒』の一件による影響なのか、普段に比べやや活気が無いように思えた。


 とはいっても、重篤な状態に陥った者はいなかったようで、それほど悲壮感が漂っているわけでもなく、単に人の少なさからそう感じるだけだろう。

 あと数日もすれば、以前のような喧騒が戻るに違いない。


「あ、レイさん。ちょっと寄り道しても良いですか?」


 サリアが立ち止まったのは、前に零斗も利用した、あの怠け者店主が営む雑貨屋であった。

 そう言えば、また来ると言ったきり、気が向いたらと付け加えていたものの、全くもってここに足を運んでいなかった。


 奴は今日も仕事中に居眠りしているのだろうか等と、営業中とかかれた掛け看板を見ながら答える。


「別に良いが何を買うんだ?」

「ふふふ、それは内緒です!」

「……あっそ」

「えー、意外に興味ないんですか……」

「聞いて欲しいのか何なのかはっきりしろ。めんどくさい」


 そっけない返事をする零斗に、何故か残念そうな反応をするサリア。

 実際興味が無いんだから仕方ないだろうと、半目で零斗が訴えかけると、「まぁ良いです」とサリアがドアを開けた。


「こんにちは~。グレンさん、起きてますかぁ~?」

「……普通居るかどうかを聞くべきだろうが」


 とはいえ、奴以外の従業員を雇う程の規模でもなし、ましてや普段の彼の業務姿勢を知る者であれば、その問いは極めて正しい物であるのだが。

 

 と、サリアの声に反応するように、カウンタ―に突っ伏したままの姿勢から、返事が発せられた。


「んー? その声はサリアちゃんかな? いらっしゃい~」

「やっぱりまた寝てたんですか?」

「失敬な! ちょっとうたた寝しかけただけだよ!」


 ――――寝てんじゃねえかと、零斗が心の中でツッコミを入れていると、顔をあげたグレンが零斗の存在に気づき、僅かに驚いたような表情で言った。


「誰かと思えばレイ君じゃないか。久しぶりだね。元気してたかい?」

「意外だな、名前覚えてたのか」


 敢えて質問には答えずに、真っ先に思ったことを口にする。

 それに対して、グレンはというと苦笑を浮かべて口元の涎の後をふき取った。


「あはは、心外だなぁ。僕が人の名前も覚えられないような不誠実な奴に見えるかい?」

「ああ」


 即答である。


「ちょ、レイさん……確かに、グレンさんは仕事中に寝たりするダメな人ですけど、良い人なんですよ!?」

「ぐっ……」

「サリア。それ、フォローになってねえから」


 援護が来るかと思いきや、純粋さ故に突き刺さる言葉を無防備に受け、グレンが呻く。

 

「と、ところでお二人さん……今日はどんな御用で?」


 不可視のナイフに胸を刺されたように顔色を悪くしつつ、何とか笑みを維持したままグレンが言った。


「二人ってか、サリアの方が用があるらしい。俺は単に付き添いだ」

「おや、そうだったのか。サリアちゃんが用ってことは多分あれのことかな?」

「そうです。もうできていますか?」


 はて、あれとは一体何のことかと思った零斗を他所に、「もちろん」と言ってグレンが店の奥へと姿を消してしまった。

 ……何やらガラスのようなものが砕ける音がいくつか聞こえてきたが、突っ込んだ方が良いのだろうかと、サリアと顔を見合わせる。


「……あれって、何のことだ?」


 一先ず彼のことは置いておくとして、気になっていた方に関心を向ける。

 

「宿で使っている魔道具のいくつか調子が悪くて、修理をお願いしてたんです」

「なるほど。具体的には?」

「えーと、『永筆』と『魔導灯』がいくつか。あと、私物ですが、前にレイさんにもお見せしましたが、森の泉に行くときに持っていく水筒の予備の調整も」

「……あれ、魔道具だったのか」

「ええ、ああ見えてかなりの容量があるんですよ?」

「どうりでまだ水が残ってたわけだ」


 前にスルウが『魔力中毒』を発症した際に、実はダメもとで泉の水が残ってないかと聞いたので、本当に残っていたことにやや驚いたものだが、どうやらそういう事情があったらしい。


 ちなみに、永筆は、羽ペンのような外見をした、使用者の魔力をインクに変換することで使える道具。

 魔導灯は、名前から察しが付いているかもしれないが、中に魔力を蓄えた魔法石を電池のように入れて駆動する電球のようなものである。

 もっとも、電気を動力源にする文化がないこの世界において、その表現はやや不適切ではあるが。


 どちらも、この世界ではかなりポピュラーな魔道具であるが、新たに買うと値が張るために、こうして少しでも安く済む修理を依頼するのは良くあることだ。

 ……といっても、サリアの私物である『容量の大きい水筒(仮)』に関してはあまり聞かない品だ。特注品かなにかだろうか。


「おまたせ~、いやぁ、しまった場所を忘れちゃって探すのに時間がかかったよ」


 そう言って埃に塗れたグレンが姿を現した。


「……お前、寝てないで在庫の掃除でもしたらどうだ?」

「ははは、それはやだなぁ。めんどくさいじゃん」


 こんなのが店主で良くこの店は潰れないなと、零斗が戯言をほざく男に冷たい視線をぶつける。


「はい、サリアちゃん。これで全部かな?」

「はい、大丈夫です。ありがとうございます!」

「じゃあ袋に入れちゃうね」


 麻袋に魔道具を慣れた手つきで詰めていく。

 ――――ふと思ったことだが、荷物が増えるなら、ここに来るのは最後にすべきではなかったのではないかと、零斗がサリアの方を向いたが、彼女がそのことに気づいている様子はなかった。


「さて、これから二人はデートかい?」

「そんなところです。これからレイさんと一緒に『ぱんけーき』を食べに行くんですよ!」

「へぇ! それは良いね。なんでも王都でちょっとしたブームらしいじゃないか。勇者様が広めたとかで」

「……勇者が広めた?」



 聞くところによると、こっちの世界では『パンケーキ』に良く似た『ホットブレッド』という物があったものの、大きく分厚く焼き上げ、かつシンプルな味付けにするのが一般的で、おやつ目的というよりは主食として出されることが多かったようだ。

 故に、敢えて小さく、薄く焼いた物を何枚も並べ、甘味を強くした『パンケーキ』は斬新だと評判になって流行ったらしい。


 まして、それを伝えたのが勇者だというから、そこに拍車がかかり、王都から離れているタルデにもそれが伝播してきたと。

 

「……なるほど」


 なぜ異世界でも現代そっくりのスイーツがあるのかと疑問だったが、これで納得がいったと、零斗が頷く。

 

「値段の割に量が少ないなとは思ったけど、流行っているだけあって、男の僕でも美味しく食べることが出来たよ。いやぁ、あのホイップの絶妙な甘みと、乗せられたフルーツの酸味、それにふんわりとした雲のような生地は最高だったよ」

「……変に鮮明な食レポしているところ悪いが、もしかして食べたのか?」

「当然じゃないか」


 鼻を鳴らして自信満々に答えるグレン。

 普段寝こけているくせにそういう行動は起こすのかと、つくづくこの店主には呆れるばかりである。


 だが、グレンの話を聞いていて我慢が出来なくなったのか、サリアが期待をさらに募らせた表情で零斗に言う。


「――――レイさん。すぐに行きましょう。ええ、それはすぐに」

「落ちつけ。そう焦らんでもパンケーキは逃げねえよ」


 そのまま零斗の手を取って走り出しそうな雰囲気を出すサリアに、冷や汗をにじませながら零斗が答える。

 その様子を見て、何やら悪だくみを閃いた子供のような表情を浮かべたグレンがぼそりと言った。


「……そういえば、あそこは()()()()だったような」

「――――い・ま・す・ぐ行きましょうッ!」

「ちょ、おま……」


 目の色を変えたサリアに手首をつかまれて、それにそのまま引っ張られ店を後にする。

 その光景を面白い物を見たという目と共に、手をひらひらとさせて送り出すグレンの姿に、零斗は舌打ちしながら「覚えてろよ」という、使い古されたようなセリフを言い残すことしかできなかった。




「……はぁ……はぁ」

「……やっぱ嘘か」


 リンゴを買った際におばちゃんから伝えられていた店に着くと、外に出された看板には一文たりとも数量限定などという単語は書かれておらず、店内も割と空いているようだった。

 

「おい、大丈夫か?」

「はぁ……はぁ、お水……、お水を飲みたいです。と、いうか……、何でレイさ、んはそんなに、はぁ……平然と、してるんですか」

「そりゃ冒険者だからな。この程度でへばるわけねえだろ」


 一日中魔物と鬼ごっことかザラだぞ? とも付け加える。

 無論、捕まったら即、死という世界一物騒な遊戯であるが。


 そんな零斗の言葉を冗談と受け取ったのか、サリアがふふと小さく笑いを溢し、乱れた衣服を正して零斗の手を掴んで歩き出した。


「さ、行きましょうレイさん。普段お仕事している分、休みの日は全力で遊びます」

「……もう勝手にしろ」


 先ほどまでの疲弊はどこへやら、心なしか普段よりも凛々しい表情のサリアに、小さく笑って答え、されるがままこじゃれた喫茶店の中へと足を踏み入れた。

 


「いらっしゃいませ。二名様ですか?」


 恐らく普段着と思われるラフな格好の上に、無地の白いエプロンを付けただけの簡易な制服を纏う女性スタッフが入ってすぐに声をかけてくる。

 てっきり女性ばかりだと思っていた店内には、勿論女性客が四組ほど占めていたが、男一人だけの席が一つ見受けられた。

 既にカップの中身は空で、同じく一つしか置かれていないことから、一時的に相手が席を外しているわけでもなさそうだ。今は本を読んでおり、昼下がりを満喫しているといったところか。

 まぁ、ここは『パンケーキ』の専門店というわけでもないので、一人や二人はそう言った客がいても不思議ではないだろう。

 

「はい、そうです!」


 店員の確認に対して、やや上ずった声で答えるサリア。

 それに柔らかく笑って、物腰丁寧に店員は続けた。


「では、ご案内いたします。席の位置の希望などはございますか?」

「い、いえ。特にはないです」

「かしこまりました。こちらへどうぞ」


 そう言われ案内された席は、奇しくも先ほど零斗の目を引いていた男性客一人の席の隣であった。

 丸机に、二つの椅子が用意されており、それぞれ目立たない程度の装飾が施されている。材質は違えど、その見た目からすぐに前いた世界の大手チェーン店の喫茶店を連想した。


 平たく言うと、ス〇バやド〇ールに近い。


「こちらがメニューになります」


 そう言って、店員が机の上に置いたのは、きれいに縁どられ研磨された木の板に、手書きで書かれたメニュー表だった。

 紙のメニューが出てこないあたり、やはり日本とは違うことを再認識させられる。


「では、お決まりになりましたら気軽にお声掛けください」

「はい、ありがとうございます」


 そして、サリアはメニューを手に取り、注文するものを吟味し始めた。

 これはしばらくかかりそうだと、既に決まっている零斗は苦笑して、改めて挙動不審にならない程度に店内を見回す。


 床や壁、天井にはやや暗めの色をした木材がふんだんに用いられ、宙づりになった魔導灯は仄かな橙色に光っている。

 全体的に暗色で揃えられており、『パンケーキ』を看板メニューにしていることから女性や若者受けが良いように暖色を多く取り入れていると思っていたが、予想と違っていて僅かに驚いた。

 BGMがないために客同士の僅かな会話と、キッチンからこぼれてくる調理器具の音等が際立ち、さらに落ち着いているという印象が強くなる。

 

 こういった店は、この世界に来る前にも、考えがまとまらなかったり、思考が脱線しすぎたりしたころは良く足を運んだものだと、ふと懐かしい思いが込み上がってくる。

 もっとも、以前は今よりも幼く見られがちだったため、一人で入るときは店員に心配されたことが多かったのだが、今となってはそれも良い思い出だ――――なんてことはない。

 何なら、未だに少し根に持っている。


(……何が“ボクには少し早いかもしれないよ?”だよ。ふざけやがって)


 懐かしさ半分、怒り半分になっていると、ようやく注文するものが定まったのかサリアが声をかけてきた。


「お待たせしました、レイさんもメニュー見ます……、って、何でちょっと不機嫌そうなんですか?」

「……ん、いや。なんでもない。それより、俺はもう決まってるから店員呼んでくれ」


 顔に出てたことを反省しながらサリアに答える。 

 それを不思議に思いつつも、もうすぐ念願の『パンケーキ』が食べられるということで深く考えずに、サリアは店員を呼ぶのであった。

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