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四十一話『悪夢』

 気が付けば、自分はそこに立っていた。

 匂いもなく、暑さも寒さも感じない。

 ただ色味が失われた世界を、ガラス越しに眺めるかのように、自分は見ていた。


 そしてすぐに悟る。


 ――――あぁ、これは夢なのだと。


 そして、それもとびきり質の悪い――――悪夢だと。


『……()()()、大丈夫か?』


 この世の誰よりも聞き慣れた声が、まるで耳元に言われているかのように聞こえる。

 麻色の短髪に、背中に大剣を背負った、まだ駆け出しを思わせる風貌の『自分』が、()()と共に、廃坑内に立っていた。

 

 そして、『レイア』と呼ばれた白髪の、ほんのり頼りない表情を浮かべた、魔法使いであることを示す杖を持った女はその言葉に頷いた。


『……うん、大丈夫』

『そうか、無理するなよ』


 にこやかに笑いかける青年に、彼女はどこかたじろぎながら再び頷く。


『はは、まーた始まったよ』


 そこへ、アランによるいつもの茶々入れが入る。

 にやにやとした下品な笑みを浮かべた彼に、ジーナが加勢する。


『ほーんと、二人とも仲良いわよねぇ。いっそ付き合っちゃえば良いのに』


 その言葉にどぎまぎするレイアを他所に、ロイは豪快に笑いながら否定する。


『はっはっは、冒険者なんてやってるんだ。いつ死ぬかもわからないのにそんなことを言ってる余裕はないよ』

『……そう、だよね』


 ロイの言葉に明らかに落胆した様子を見せるレイア。

 だが、当のロイだけはそこに気づくことはなく、それを見守る他の二人は深いため息を吐く。


『……はぁー……ほんと、ロイってロイだよなぁ……』

『そうね……本当、ロイって感じね』


 言葉の意図は汲み取れずとも、何やら罵倒されていることは理解したロイが不服そうに眉を顰める。


『む、なんだそれは……』

『良いから良いから。ほら、さっさと先に進む』


 強引に切り上げ、せっせとロイの背中を押すジーナにそれ以上の言葉は期待できず、腑に落ちないまま前方へと注意を向ける。

 


 その様子を見守る『ロイ』は様々な思いが巡っていた。

 ――――前方を注意しないなど、冒険者として未熟以下だ。それに私語が多すぎる。警戒を怠ってどうする。陣形の組み方がなっていない……。


 などと、淡々とこれまでの経験から、“過去”の自分に向けて届くはずもない叱咤を送る。


 だが、それ以上に、今度は懇願にも似た叫びが、喉から出かかるが、何かが詰まっているように出ない。


(――――やめろッ!! それ以上進むなッッ!!!)




 次の瞬間、視界が赤一色に染まる。

 そして、気が付けば、自分は腕の中に血塗れのレイアを抱えていた。


『――――レイアッッ』


 夢の中で、ロイが喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。

 他の二人が同じように叫びながら、瀕死の『ロックリザード』に止めを刺してこちらに走ってくる。


『い、急いで戻らないと――――』

『……ロイ』


 青ざめさせた顔を自分たちが辿ってきた道の方へと向けたロイの左頬に、レイアの血色を失い白くなった手が添えられる。

 思わず彼女に目を向けたロイは、思考が凍り付いた。


 今にも消えてしまいそうなほど、儚い笑みを口にした彼女の顔色は、もはや白いを通り越して、青白いと表現するにふさわしい所までいっていた。

 それは、おそらく今も彼女の右腕から絶えず流れる血液も原因なのだろうが、大部分は噛まれた際に注入されたトカゲの毒によるものだろう。


 ――――本当に、一瞬、油断と呼べるかどうかさえ疑問の、気の緩み。

 息の根を止めたと思っていたロックリザードに不用意に近づき、死ぬ前に一矢報いようとしたトカゲにロイは襲われかけた。

 咄嗟のことで頭が真っ白になったロイは、動けずにそのまま不可避の攻撃を受けるしかなかった。


 ……しかし、その直前、ロイの横に並んでいたレイアが彼の前に腕を突き出したのだ。


 結果、衰弱していたロックリザードは、彼女の腕をかみ砕くとまでは行かなくとも、死に追いやる程の毒を注ぐことには成功した。

 だが、今はアランによってその首は胴体と分離されている。


 白目を向いたロックリザードの頭に、ロイはこれ以上ないほどに恨めしい睨みを向ける。


『……聞いて、欲しいことが……あるの』


 消え入りそうな声で、聞き逃してしまいそうになるほどの囁きに、ロイが聞き逃すまいと彼女の顔に右耳を近づけた途端、それは――――突然起こった。

 頬に感じる、柔らかく、それでいて僅かに弾力がある感触。


 何をされたのか瞬時に理解したロイは、目を白黒させて思わず彼女から顔を離してしまう。

 しかし、それを心の底から愉しそうに、悪戯が成功した子供のような無邪気な笑みでレイアは見ていた。


『……残念、ほっぺ……』


 そして、花が散るように、フッと表情が失われ、レイアが目を閉じる。

 

『――――すぐに街に……レイアッッ!?』

『……ぐ……まだだ、まだ間に合うはずだッ! ロイ! 早くレイアを街にッ!』


 その様子をちょうど目にしてしまった二人が、切羽詰まった声で、現実から目を背けるように、ロイを急かす。

 結果は分かりきっていた。

 だが、到底受け入れられない。受け入れられる筈がない――――ッ!!


 歯を食いしばり、レイアを抱えたまま、ロイは出口に向かって駆け出した――――。




 目を覚ますと、自分は信じられない量の冷や汗を掻いていた。

 周囲を見渡すと、焚火を取り囲むように、ジーナ、アラン――――そして、白髪の“青年”がいた。


「……どうした」


 尋常でない表情のロイを見て、短くそう呟く零斗に、ロイはここが現実であることを認識する。


 今、自分達は依頼を受けてタルデ近辺の森に足を運んでいたのだった。

 しかし、かなり奥の方まで足を踏み入れてしまっていたため、撤退しようにも日が暮れてしまい、仕方なく森の中で発見した手ごろな洞穴で夜を過ごしていた。

 一応、ある程度の魔物までなら退けられる魔物避けの香を焚火と共に焚いてあるため、今日の一晩限りは襲われる心配はないだろう。


 アランとジーナが寝息を立てていることから、今は彼が見張りらしいと理解し、自分の近くにあるカバンに手を伸ばして、水筒を手に取りのどを潤す。

 それで、幾分か取り乱していた頭は冷えていった。


「随分とうなされていたみたいだが、嫌な夢でも見たか」

「……あぁ。それもとびきりのね。……そういえば、風邪でも引いたか?」


 冷えてきているせいだろうか。焚火の前にいるというのに、心なしか彼が鼻声になっているように思えた。


「……まぁそんなところだ」

「はは、気を付けろよ。こんなところで熱を出そうものなら帰るのに苦労するからな」


 ……こんなやり取りをレイアともしたことがあったかと、ロイはふと夢の影響か思い出す。

 

 思えば、目の前にいる青年を真っ先に気にかけた理由が、かつて自分の仲間だった彼女と同じ“白髪”であったことだった。

 その後、名前を聞いてみたら彼女と()()()()()というから、何やら運命的な物を感じたのを覚えている。


 当然、性別が違うためにそういった感情は抱かなかったものの、当初、自分が守らねばならないという使命感があった。

 故に、レイアの命を奪ったロックリザードとの戦闘時にはやや強く当たってしまった記憶がある。


 あの時、彼女が抱いていた思いのすべてを理解し、同時に自分が愛情を持った時には何もかもが手遅れだった。

 結局、何にも応えてやれず、残されたのは自分の昇格祝いにと、彼女から手渡されたナイフのみ。

 

 故に、目の前で焚火をいじる青年と、今はなき仲間の共通点に、ロイはほんの少しだけ嫉妬していた。


 『()()』と『()()ア』

 『ロイ』と『レイア』

 

 自分は――――。


「……二文字違いなのにな」

「――――」


 思わずこぼれ出た言葉に、何やら僅かに彼の肩が跳ねていたような気がしないでもないが、突然のつぶやきに吃驚しただけだろうと、ロイが笑う。

 ……しかし、この頃見なくなってきていたトラウマにも等しい夢を、今になってみることに、ロイは心のどこかで不安を感じざるにはいられなかった。


 また何か、大きなものを失う前触れなのではと。


 思えば、レイアも『三属性』使いと、同業者からはうちのパーティにいるというのに、勧誘の声が絶えない程の魔法の使い手だった。

 それでも、呆気なく彼女は命を落とした。

 今目の前にいる青年も、駆け出しだというのに、そんなことを感じさせない程自分たちに良くついてこれている。


「……レイ」

「なんだ」


 突然名前を呼ばれてこちらを向く青年には、自分の心配など知る由もない。


「……いや、何でもない」

「そうか」


 そう言って、焚火に目を移した彼を見て、ロイはどうか杞憂であってほしいと思いながら、再び眠りにつくしかできなかった。

思いのほか伏線を張るのが難しい……。

場面の転換が早くて読みづらくなっていたら申し訳ないです……。

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