四十話『希望』
朝日が差し込む中、今日も今日とてギルドはせわしなく、また騒がしい。
受付は依頼を受けに来た冒険者で溢れ、新たな依頼書が貼られる掲示板の前に人だかりができている。
毎朝このようにして、少しでも報酬が弾み、少しでも楽な仕事を我先にとかっさらっていくべく、必死に冒険者同士で依頼を取り合うのだ。
その様子を、ギルド内に置かれた酒場――――もとい、この時間は喫茶店として営業している場所で、零斗はロイ達と共に朝食を取りながら横目で眺めていた。
これは、パーティを組んでしばらくした時、ギルドで集合するついでに朝食も共に取ってしまおうというロイの提案を受けてから、ほぼ日課のようなものとなっている。
――――他人の苦労を見ながら食べる飯は美味いなぁと、ややゲスな思考を浮かべながら、食後のコーヒーを口に含む。
味覚が敏感なため、かなり薄く作るように頼んであり、また、ブラックは苦手なためミルクと砂糖を入れている。
しかし、『魔力中毒』の一件があってか、普段よりも幾分か人数が少ないように見えた。
やはり、原因は隠匿しているものの、不吉なものを感じた者達は巻き込まれないために他の街へと移動したのだろうか。
もしそうだとすれば、気持ちはわからんでもないが薄情な話である。
まぁ仮に自分が同じ立場だったとしたら、間違いなく同じ行動をとっただろうが――――と付け加え、零斗がコーヒーを啜る。
「そういえばレイ。昨日は大丈夫だったか?」
「……ん、あぁ、俺は特に症状は出なかったよ」
「そうか、それは何よりだ」
ロイの言葉に零斗が僅かに中身の残ったカップを置いて答えると、ロイが安心した表情で笑い返す。
しかし、すぐにその表情を真剣なものに変えて続ける。
「しかし、『魔力中毒』が立て続けに起こるとはな。しかも、原因が街の飲み水なんて、気づかないわけだ。お前も気を付けろよ?」
「分かってるさ」
そう言って零斗が再び口にするコーヒーは、非常用の魔法石から生成された水で淹れられている。
それ以外にも、今の『タルデ』における水の供給は、川から来た水を浄化したものではなく、本来、渇水に陥った時のために設置された『浄水生成』の魔法石からの供給に切り替えられた。
これでしばらく被害者の増大は抑えられるだろうが、非常用というように、この魔法石が生み出す水の量も無尽蔵ではない。
精々が二、三日分の飲み水を賄えるといったところだ。
とはいえ、口にしない水ならば何ら問題はない上、近隣の街にも支援を依頼しているので、それほど緊迫している状況というわけでもない。
そういう経緯で、こうして嗜好品にも水を使える程度は余裕があるというわけだ。
零斗はてっきり水の入手先が川にしかないと思っていたので、被害はもっと広がるものだと思っていたが、どうやらこの調子ならすぐに立て直すことが出来そうである。
……しかし、と零斗は最後の一杯を口にして思う。
(……思った通り、この程度だと攻撃にすらなってねえ。やっぱ相手の狙いは別のところにあるのか?)
『剛薬』に似たポーションを昨晩の男に渡したという人物。下流にあるタルデにまで被害を及ぼす液体を流した人物。
これらが同一人物とまでは行かなくとも、関係があるのは間違いないとして、何が目的なのかと言うところだ。
(――――これも実験、ってか?)
奴らもアモンの関係者であるというのならどうだ。
以前、廃坑で出くわしたアモンの部下らしき女も、一切の容赦なく『実験』だという攻撃をこちらに浴びせてきた。
それを顧みれば、下流にある街への被害や、環境への影響を無視し、昨晩の男が人体実験だったと言われても頷ける。
(……外道が)
自然と拳に力が入る。
「レイ君どうしたの? 顔色悪くない?」
「……いや、何でもない」
ジーナに心配されたことで、すぐ我に返って答えた。
しかし、必要とあらば、国民の犠牲でさえ厭わないのかと、ひげを蓄え嫌な笑みを浮かべる男を連想し、零斗はやや気分が悪くなる。
思えば、奴は自分と格子越しに対談したときも、自分の国の領民を何とも思っていないような口ぶりだった。
(やっぱ最後の敵はロマノフ……か)
零斗の目的を考えれば、魔王はともかく、今にも戦争しようと『兵器』の開発を急いでいるロマノフはほぼ確実に敵対するだろう。
そうなると必然的に“勇者”達も敵に回ることになる。
自分で選んだ道とは言え、元々友人だった者達を敵にしなければならないのは心苦しい物である。
――――尤も、自ら別の道を提示してくれた友の手を払いのけたわけなので、そんなことを思う権利があるかどうかすら定かではないが。
そんなことを考えていたとき、再びロイに話題を振られる。
「そういえば、レイはそろそろ別の街に行くんだったけか。……やはりうちのパーティに来る気はないか?」
前々から、ロイ達には自分がタルデに長くとどまるつもりがないことを伝えてある。
そして、おおよその目処もたったため彼の言う通り、旅立つ日は近いとも。
それは、婉曲にロイ達のパーティに居続けるつもりはないと言っているのと同義であり、そのことを念のために彼は確認してきたのだった。
これまで短い間だったとは言え、良くしてくれた者達が寂し気な表情をしていることに胸が若干痛むが、そこは割り切らねばならない。
「……あぁ。悪いがな」
「そっかぁ……まぁレイ君くらいの腕の持ち主なら一人でもうまくやっていけるだろうしね」
「あぁ、『F』ランクのうちからそんだけ動ければ案外大物になるかもな」
名残惜しくも受け入れているのか、他の二人も引き留めるような言葉は口にしない。
「なら、後はレイが街にいる間に教えられることを教えるだけだな! 早速、今日も依頼を受けに行こう」
「ええ、そうね」
「だな」
ロイが立ち上がり、ジーナとアランもそれに続いて掲示板の方へと歩き出す。
他の冒険者達は一通り選び終わったようで、自分たちと同じように喧騒に巻き込まれるのを避けていた少数の者達が掲示板とにらめっこしている。
「……もう、十分教わったんだがな」
誰に言うでもなく、零斗が小さい呟きを口にする。
本当に、この一か月弱、彼らと共に活動しているうちに、忘れて久しい人間の温かさという物を思い出すことが出来た。
初めて声をかけられた時は、不審者に声をかけられたと警戒したものだが、今となってはかなり気を許してしまっている。
間違いなく、『迷宮』を出た直後の自分に比べれば甘くなってしまった。
だが、それが不思議と不快なものではない。むしろ心地よささえ覚える。
『……なァに笑ってんだお前? 正直きめえぞ?』
「……お前は本当にぶれねえな」
無意識のうちに口元がほころんでしまっていたようで、イドリスに指摘されたことで気が付き、手で隠す。
(――――分かってる。こんなの柄じゃない)
……それでも、この世界に来てから、初めての“仲間”という扱いは、とても快かった。城で散々な扱いを受け、『迷宮』で心が荒み切った自分にとってはある種の癒しにもなったとさえ言える。
そして、それを知ったからこそ、この世界は捨てたものではないと思い直すことができた。
もしかしたら、心のどこかでそれを期待していた自分がいたのかもしれない。
そうでなければ――――完全に利己的思考に陥っていたならば、『聖戦』を止めるなどと言う、自分に一切“利”がないことをやろうと思わなかったはずだ。
――――だからこそ、自分は修羅の道を突き進まなければならない。
ここで足を止めて、ロイ達と共に地道に冒険者をしていくという道もあっただろう。これまで、人並の生活を送ることすらままならなかった零斗にとってはそれで十分だった。
だが、それではダメなのだ。
彼らと別れ、魔王対勇者という構図の裏舞台で、自分は暗躍しなくてはならない。
おそらく、それこそが自分に課せられた責務。
(――――だからこそ、魔王を“消せ”といったんだろ? 神様)
心の中で、自分をこの世界に飛ばした者に問いかけて、最後に零斗も席を立ち、ロイ達の元へと向かうのであった。




