三十六話『剛薬』
「……不覚ね。これで何がベテランなんだか」
足早に『ギルド』へと向かう途中、アンナは何人もの『魔力中毒』で苦しむ者達を目にした。
そのたびに、彼女の苛立ちは募っていく。
――――『永久中立』を掲げているはずのギルドが、何者かの圧力を受けた。
それを、長い間ギルドにいながら見抜けなかった自分への怒り、屈辱、それら全てが入り混じって漏れ出た言葉だった。
否。それだけではない。
なぜ零斗の指摘したことを、経験もあり、情報を持っていた自分が行き着かなかったのか。
彼は、自分が『魔物』に専念していたから見落としたと言ったが、正直――――そんなものは何の言い訳にもならない。
本来ならば自分が気づくべきだった結論を導き出したのは、他の誰でもなく、あの新人だと自分が評価していた人物ではないか、と。
――――これでは、自分が口にした、落ちこぼれの冒険者共と何が違う。
全くもって自身の無能さに反吐が出そうな気分だった。
彼にあれこれ忠告しておいて自分がこの様でどうする。彼が自分を信じて託してくれた情報を、他の誰よりも活用できていなければならなかったのではないか。
そうすれば、今のような惨状も少しは軽減され――――いや、やめておくべきか。それを考えた所で何も生まれない。
――――それを悔いている暇などない。
今すべきことは、一刻も早く彼の指示通りに動くだけだ。
それまでは、不必要な感情などしまっておけ。
そう自分に言い聞かせる。
「まずは魔法石の手配。それと汚職の疑いがある奴を片っ端から見つけないと……あとは冒険者たちの協力を呼び掛けて、本部にも支援依頼を……いいえ、本部に依頼した調査団がグルだった可能性があるならかえって何もしないほうが……」
ぶつぶつと往来を歩いていくアンナだが、周囲はそれを気にする余裕などないのか奇異の眼差しを向ける者はいない。
――――落ち着け、あいつがいない今は自分がしっかりしなければならない。
ギルド管轄のこの街の命運は自分の肩にかかっていると言っても過言ではない。一手でもしくじらないようにちゃんと考えて――――。
「――――あは、誰かと思えばアンナじゃないか。何だい、そんな怖い顔して」
――――不意に肩を掴まれた後に聞こえてきた、誰よりも聞き覚えのある声に、アンナは振り向く。
「――――カリスッ!」
片眼鏡をかけ、シルクハットを外し、灰色の髪をオールバックにした男が、片目を瞑り、驚いた? とでも言わんばかりの表情で立っていた。
『ギルドマスター』の証である、金色の六芒星の中心に二本の剣が交差する勲章を胸元に着け、黒いインバネスコートを羽織った姿。
そして、何が面白いのかこんな阿鼻叫喚な状況にもかかわらず微笑を携えている。
本来なら苛立つを募らせるだけの表情は、こと今に限って言えば、アンナの心に僅かな安心を与えた。
「あんたッ! 今の今まで何してたのよ!?」
「いやぁ、ごめんごめん。いやね? 最近仕事仕事って感じでめんどくさかったからさ。ちょっとだけ寄り道してたら帰ってくるの遅くなっちゃった」
悪びれる様子もなく舌を出しながら、形式上は謝罪の言葉を口にするカリスに、やはり一発拳を入れるべきかと、アンナが手を握りしめた瞬間――――彼はその狐のような目を薄っすらと開けて続ける。
「――――どうやら、うちのギルドから不届きものが出たようだね」
「……え?」
シルクハットのつばを摘まんで、表情に影を落とした彼は笑いながらも、確かに怒気を孕んでいた。
その全てを知っている口ぶりにアンナは戸惑いの声を漏らす。
「なんであんたがそれを……」
「あはは、僕だって『ギルドマスター』だよ? ”タルデ近辺の魔物の増加”も気になってたから調べてたよ――――流石に調査結果が出たときは焦ったけどね」
こともなくに言う彼に、アンナはとうとう完全に絶句する。
つまり、何のことはない。
彼は彼で、寄り道しながらも仕事をしていたのだ。そして、自分たちと同じように『魔素の急激な増加』を知った時点で零斗と同じ結論にいたり、すぐに戻ってきたということだった。
――――やはり、腕が違うと、アンナは目線を落とす。
零斗に関しては『魔力感知』と新人ならざる実力があったから、この異変をいち早く察知することができた。
だが、領分が違うと判断し、即、頼れる自分の元まで情報を持ちこみ、最低限の労力で、十分すぎる働きをして見せた。
一方、カリスも『ギルドマスター』たる経験を持って、何らかの方法で異変を掴み、緊急事態とあらば、こうしてすぐに戻ってきた。
……なら、自分は何なのか。
若い才能に負け、熟練した経験には足元にも及ばず。ギルドに身に置いていた時間、自分は一体何を学んでいたのかと。
――――その時、アンナの肩に手が置かれる。
「だが、流石に遠方の地にいたものだからね。不明瞭な情報も多いんだ。もちろん、アンナは集めておいてくれているだろう? 未確定のものとのすり合わせをしたい。すぐ見せてくれ」
「――――っ」
これだ。
こいつは昔から、自分なんて及びもつかない有能さを持ち合わせているというのに、莫大な『信頼』を自分に置いてくれている。
――――そこまでされて、応えないわけにはいかないだろう。
「当たり前よ。ついでに、あんたがいなかった間に溜まっている業務も片づけてもらうからね」
「……やっぱ、僕いなくても良い?」
世迷言を言うカリスの首根っこを掴んで、アンナは憑き物が落ちたような笑顔でギルドまで引きずっていった。
■■■
「さて、どうしたものか」
スルウの元へ医者が到着したことで自分は不要と判断した零斗は、静かに抜け出して自分の部屋に戻ってきていた。
窓の外に目を向けると、やはり混乱が起こっていた。
「……まぁ、そりゃあそうなるか」
少しずつ蓄積されてきた余剰な魔力。
保有魔力量の限界は個人差はあれど、同じ年齢ならばおおよそ似たようなものになる。故に、スルウが倒れたということは、街でも同じくらいの年齢の子供、それと高齢の者が、時を同じくして中毒を起こし始めたのだろう。
街で倒れる子供や、それを解放する母親の姿、胸を抑えて苦しむ髭を蓄えた老人。
このままではさらに被害の及ぶ年齢は拡大するだろう。そうなればこの街はほぼ壊滅。
アンナは大量の『魔法石』を取り寄せて、それに魔力を吸わせることで中毒症状の緩和を図ると言っていたが、おそらくそれでは足りなくなる。
そうでなくとも、そもそもの原因を絶たなければジリ貧になることは目に見えている。
「こうまでして何が狙いなんだか」
『何ってこの街を壊滅させたいんじゃないのか? そいつは』
「……そんな単純なら良いがな」
零斗が窓にカーテンをかけて椅子に腰かける。
「背負う危険に対して得られるもんが小さすぎるんだよ」
ギルドが掲げる『永久中立』。
すなわち、戦争、内戦を筆頭にあらゆる紛争に関与しないという宣言は、そもそもなぜ存在するのか。
簡単だ。
例えば、『ギルド』の保有する武力全てを戦争に注いだとしよう。
『迷宮』から持ち出された数々の個人の手に余る武具、一人いるだけでもその辺の騎士数十人分に匹敵すると言われる『A』ランク。
また、お伽噺の世界に登場するような力を持つ『S』ランク。
それ以外にも、戦力としては十分すぎる者達が『ギルド』に所属しているわけだが、そんな連中が戦場を闊歩することになるわけだ。
――――どうだろうか。端的に言って、絶望だろう。
故に、万が一『ギルド』が『永久中立』という誓いを破ったならば、全世界、種族を問わず、ギルドに所属する者以外の全員が全力を賭して『ギルド』というシステムを解体するという仕組みになっている。
つまり、ギルドは『永久中立』を破った瞬間に、世界を敵に回すことになる。
さて、これを踏まえた上で、仮にこれがラベンド王国に対する攻撃の一つであったとして、ギルドが得られるものは何か。
協力金? それとも領地? 権力?
どれも、そのリスクを考えれば天秤にかけるまでもない。
「街一つを潰して世界を敵に回しましたーってか? 間抜けにもほどがあるだろ」
そして、『ギルド』を関与させた者達も、それは例外ではない。
国だろうが、街だろうが、単位は何であれ、ギルドの誓いを破らせた者達も一蓮托生。つまり、その者らも世界を敵に回すことになるのだ。
「多分、これは攻撃じゃない。つか、本当に街を潰そうとするなら魔素を増やすなんてまどろっこしいことせずに、直接毒を流すなり、魔物をけしかけるなりすりゃいいだろ」
そう、最も解せない点はそこである。
なぜわざわざ魔素の濃度を増加させたのか。
『そうした方がバレにくいからじゃね?』
「なら今でも『魔力中毒』は原因不明のままだろ」
『んじゃ何なんだよ……』
「……これが、もしも“意図して引き起こされたもの”じゃないとしたら?」
なんの根拠もない、ただの突拍子もない思い付きだが、全くあり得ない話というわけでもない。
もしも、この状況を引き起こした連中の目的が、魔物を増やすことでも、魔力中毒を起こさせることでもないとすれば。
あの川に流していた液体。
――――小瓶に入っている程度の量しかないのに、ここまで大規模な魔素による被害を引き起こしたということは、それだけ『魔素が濃縮された液体』だということ。
零斗も、屋敷の本で似たようなものを目にしたことがある。
聖戦当時、『ポーション』の消費に製造が追いつかず、『霊水』では量がかさばりすぎて持ち運びに不便だということで、さらに『霊水』を何十、何百倍にも濃縮した薬品――――名を『剛薬』が作られていたということを。
ただし、その製造は困難を極め、開発に着手してから数十年を要したらしく、また、その危険性から今では製造自体が禁じられ、製造法が失われてしまったはずである。
それを奴らが再現しようとして、失敗した物を流していたとしたら。
そして、そんなものを研究、開発できるとしたら、最低限国家規模で行う必要がある。
「……やっぱアモンに川のローブ野郎のことも聞いておくべきだったか」
唯一心当たりのある人物を思い出して、自分のミスをこれ以上ないほどに呪うのであった。
帽子被ってんのに髪型分かるのおかしくね? ってことで若干修正しました




