三十五話『謀り』
サリアに連れられ、アンナと共に零斗が彼女たちの生活空間へ向かい、『スルウ』とかかれた板がドアに吊るされた部屋へ足を踏み入れると、そこにはベッドの上で胸を抑え、顔を青ざめさせている彼女の弟の姿があった。
「これは……」
アンナがその光景を見て言葉を失う。
「――――医者は?」
対照的に、零斗はいたって平然とした表情で、だが重要なことを短くサリアに聞く。
「父が呼びに行きました……。それでもいてもたってもいられなくて……」
「……それで俺のところに飛んできた、と」
――――全く、アンナといい、サリアといい、自分のことを神かなんかだと思っているのかと、零斗がため息交じりに後頭部を掻く。
零斗に医学の知識はない。当然だ。元々単なる高校生だった彼が、そんな知識を備えているはずもない。よって、この症状の原因が何なのか、本来なら全くもって見当がつかない所だった。
だが、こと今回に限った話で言えば、間違いなく、サリアのした選択は最善であったと言えるだろう。
静かに零斗は目を細めて、普段は肌で感じ取る程度まで抑えてある魔力感知を一段階引き上げて、魔力が可視化される領域まで高める。
その状態で、スルウの体を見ると、彼を循環する魔力の様子が事細かく映し出された。
そして、今の彼の魔力回路の状態は、さながら『小川の氾濫』。
とても彼の持つ回路では耐えきれない程の魔力が凄まじい速度で流れ、渦巻き、絶えずスルウの体に負担をかけている。
それを見ていた零斗の頭の中に、とある言葉が浮かび上がる。
――――“魔力中毒”。
つまり、その辺の解毒薬ではこの症状は収まらない。
なぜスルウがそんなことになっているのかは一旦置いといて、今は少しでも緩和することが先決だと判断。このまま暴走させたままにしておいては、高確率で後遺症が残る。
すぐに零斗はサリアと共に足を運んだ、“水精の住まう泉”のことを思い出し、口を開く。
「サリア、例の水。まだあるか?」
「……あ、はいっ。あります」
「速攻で持ってきてこいつに飲ませろ。そうすりゃある程度軽減されるはずだ」
水精が最も嫌う物は『穢れ』である。
故に普通の薬であれば対処が難しい過剰な魔素も『穢れ』と見なされ、水精の力によって分解できるはずだと踏み、サリアに指示を出した。
それに対し、サリアは理由を聞くでもなく即座に頷くと、あの時持って行った水筒を取ってきて、コップに注ぎ、スルウの口元に運ぶ。
「スルウ……これを飲めば楽になるってレイさんが言ってたから、飲んで……」
「はぁ……うぐぅ……」
苦しみながらも、少しずつ水を飲んでいくと、心なしかスルウの表情はいくらか楽なものになった。
再び零斗が魔力を視ると、確かに体内を巡る魔力の量は幾分かマシな物になっていた。
「多分だが、これで本当にヤバい所は越えたはずだ。後は医者次第だな」
「……あ、ありがとうございますッ!」
サリアが瞳を潤わせながら、感謝の言葉を口にする。
――――その一方で、アンナは訝しむ目で零斗を見ていた。
「レイ君、あなた本当に何者? いよいよただの冒険者って言い訳も通じないわよ?」
今の一瞬でスルウの病状を突き止め、さらにはそれを緩和する方法までサリアに的確に指示。
これを披露してなおも誤魔化し続けるのはやや無理がある話だ。
故に、零斗は少し逡巡した後、重々しく口を開く。
「……結論から言えば、スルウが苦しんでいた原因は『魔力中毒』だ」
「な、こんな子がッ!? ……いや、それよりも、レイ君は何でそれが一発で分かったの?」
一瞬で動揺を鎮め、冷静に問いを投げるアンナ。
それに対して、一息置いて、零斗が答える。
「――――俺は魔力を視ることができるから、っていったら信じるか?」
「……一応聞いておきたいんだけど、それが如何にとんでもないことか分かってて言ってるのよね?」
「ああ。生憎、これまで似たような感覚を持つ奴とは会ったことがなくてな」
「当・た・り・前・よ。普通そんな感覚身につけようと思ったら、何十年単位の修行を積んでできるようになるかどうかなのよ? ……はぁ、聞いておいて何だけど、余計レイ君が何者なのかわからなくなった気がするわ」
――――逆に“身に着けることが可能”だということに零斗は若干驚いた。
「もう一ついいかしら。それは生まれつき?」
その質問に黙って零斗が頷く。
……正確にはこの世界に来てから判明した力であるため、本当の意味での生まれつきか、この世界に召喚された影響なのかは定かではないが、この場ではさして問題にならないだろう。
そして、零斗の反応を見るや否や、アンナは額を抑えた後、続けた。
「まぁ、そんな力を他人にホイホイと話すわけがないか。まして目立つことを嫌がるレイ君なら余計に黙っているはずだものね」
「理解が早くて助かる。じゃ、俺の話は一旦ここまでだ。今一番考えるべきは、何故スルウが『魔力中毒』を起こしたか、だ」
「――――そうね。本来、この子くらいの歳じゃありえないことだもの」
魔力中毒が発生する原因は、今回のように過剰な魔力が流れ込んでくることによるものだ。
しかし、魔力回路が正常に機能していれば、普通は許容量を超えないように魔素の変換が自動的に調整されるはずである。
そのため、『魔力中毒』というのは、魔力回路がまともに機能しなくなるまで衰えた老人か、異常に魔素が多い環境にいる者にしか起こらない物である。
今回、スルウはそのどちらにも属さない。
『タルデ』の魔素量は十分人間が住めるものである上、彼の回路は正常に機能していた。
よって、『魔力中毒』に陥る筈がないのだ。
――――いや、待て。
“異常な魔素量”? それは先ほどまでアンナとちょうど議論していた話ではないか、と。
「アンナ。『霊水』の作り方を知っているか?」
「……突然何の話?」
ご存じの通り、『霊水』とは『ポーション』の原料。
だが、今この場で出るはずのない単語である。
零斗に訝しむ眼差しを向けるアンナだが、その表情から決して無関係な話をしているわけではないのだと悟り、答える。
「……確か、澄んだ水に大量の魔素を溶かす……だったかしら」
「じゃあ次だ。この街の水の供給源はどこだ?」
「―――――まさか」
そう、この街へ引いている水は全て、件の川からのものである。
すなわち、あの『調査結果』に出ていた数値の魔素が水に溶け込んで、この街に向かって絶えず流れてきているわけだ。
――――そして、『霊水』を薄めることで出来る、素の『ポーション』は、急速に魔力を回復させるには便利だが、過剰に摂取すれば『中毒』症状を引き起こす。
それを毎日のように飲んでいたなら、結果は見てのとおりである。
おそらくは、水の大部分の魔素は森の深部にある大地に吸収されたものの、『残りカス』は川の下流にある『タルデ』に流れ込んできたのであろう。
「あぁ、スルウが『魔力中毒』を起こしたのは、偶然でもなんでもねえってことだ」
「ちょっと待って。なら、この症状は、タルデの住民全員が発症する可能性があるってことッ!?」
「そうなるだろうな」
「……こうしちゃいられない。ギルドに戻って対策会議をしなきゃ」
零斗の言葉に顔を険しくして、アンナが立ち上がり部屋を後にしようとする。
「――――待て」
背を向けたアンナに零斗が冷たい声で言う。
「何? 申し訳ないけど、今は急がなきゃいけないから、用があるなら一通り事が済んだ後に……」
「違う。……おかしいと思わないのか? これを」
「……?」
零斗の言葉の意図が汲み取れず、思わず振り返って、アンナは困惑の表情を露わにする。
「『魔力暴走』の原因が川の水だとして、なぜ調査に行ったやつらは何も言わなかったんだ?」
「――――あ」
言われてみればおかしな話だ。
零斗でさえ一目で気づいた魔素の数値の偏り。それが川の上流に何らかの原因があったこと。
なら、遅かれ早かれ、その下流にあるこの街は影響が出ることを予想できたはずではないのか、と。
ましてや調査をしに来るような者達がそんな重要なことを見落とすはずもない。
なら、なぜ何の対策も、忠告もしなかったのか。
「アンナ。あんたは『魔物の増加』について調べていたから見落とすのは分からんでもない。――――が、何の先入観もない『魔素量』を調べに来た奴らがこれを見落とすと思うか?」
「……ちょっと待って。それって」
つまり、零斗の言っていることが正しいとすれば、調査団はいずれこうなることを分かった上で黙っていたということになる。
「……私が依頼したのは、ギルドに所属している調査団よ? なんでそんなことを」
「決まってんだろ――――黙らされてんだよ」
舌打ち混じりに零斗がそう言った後、部屋が静寂に包まれた。




