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三十四話『一歩』

 『歓迎会』の日以降も、しばらくロイ達と共に依頼を受けていた零斗。

 現在、彼は今も利用している『梟の洞』にて、財布代わりにしている革袋の中身を覗いていた。


 最初の頃に比べればかなり重みを増したソレは、銀と金の輝きによって膨れ上がっている。

 大きさは片手で持てるほど。

 この世界の金銭感覚にだいぶ馴染んできた零斗は、これがかなりの額であることを理解している。


「……金貨がだいたい二十枚。銀貨十二枚ってとこか」


 額に直して21万と2000リブラである。

 これは四人家族の家庭が贅沢をしなければ、二か月は余裕で暮らしていける額である。


 ――――つまり、当初の目標である資金集めは大方終わったと言っても良いところまで零斗は来ていた。


「意外と早かったな」


 本来であれば零斗に食事も宿も必要ない。

 それが必要だったならば、今頃零斗はとっくに『迷宮』にて死んでいる。 


 なら、なぜ零斗がこんな大金を必要としているのか。

 

「これだけあれば『迷宮』の()()()には足りるだろ」


 ――――“『迷宮』の攻略”。

 それは、魔王と会うことと同等か、それ以上に重要なタスクであった。

 

 しかし、自分がいた『迷宮』でさえ、いざ脱出してしまえば、あれから何度森に足を運んでも入り口すら見つけられないという始末。

 もしそれを何の情報もなしに探し当てようと思えば、それだけでかなりの時間を費やしてしまうだろう。


 故に、零斗は少しでも効率を上げるために、『情報屋』を探し出して、『迷宮』に関する情報を()()つもりでいる。

 ――――尤も、“リブラ”という通貨は人間同士でのみ使用されているため、獣人族領に入ってしまえばまた新たに稼がなければならず、それまでに『情報屋』に出会えれば、という条件が付くのだが。


 とはいえ、少しでも可能性をあげられるならやっておくに越したことはないだろうと、この街で稼いでいたわけである。


「……あとはこの街を出るだけか」


 独り言を小さく呟くと同時――――不意に零斗がドアの方へ目を向けた直後、ノックの音が鳴る。

 朝から来客とは珍しいこともあるものだと、大金の入った革袋を鞄にしまった後、ドアを開ける。


「あ、良かった。まだ宿から出てなくて」


 来客は意外な人物、アンナであった。


「……一体朝から何の用だ? てか仕事は良いのか?」

「これが()()なの。というわけで話があるから中に入れてくれる?」


 そう言われ、零斗は素直に部屋の中にアンナを通した。



「……で、話ってのは?」


 アンナを椅子に座らせた後、零斗はベッドに腰かけ、膝の上で手を組む。


「この間、レイ君が教えてくれたことについて調べていたら、こんな結果が出たのよ」


 そう言って、アンナは持ってきていた封筒から一枚の羊皮紙を取り出して零斗に渡す。

 そこに描かれていたのは、おおざっぱに書かれた森の地図と、所々に点と数字が打たれ、下の方の空欄には、数字ごとの横に棒グラフのようなものが並んでいた。


 棒グラフにはそれぞれ数値が書かれているが、一瞥しただけではこれが何なのか零斗には伝わらなかった。


「これは?」

「魔素量の測定結果。数字は測定地点。グラフの中に書かれている数値は大まかな魔素量よ」

「……なるほど、こいつは確かに“異常”だな」


 ざっと見渡しただけでも、本来なら立ち入り禁止になっていてもおかしくない程の数値が書かれている。

 しかも、丁寧に添えてある過去のデータと比較してみると、魔素量はここ数か月で飛躍的に上昇していることが分かる。

 

 ――――これがあの不可解な魔物の増殖のカラクリかと、零斗が納得いったような表情で言った。


 だが、それに対してアンナは頷くことも声を発することもなく、唖然として零斗を見つめていた。


「……なんだよ」

「……いいえ、ただ驚いていただけ。まさかここまで理解が早いなんて」

「――――もしかして、バカにしてんのか?」


 半目で不服を唱える零斗に、アンナはかぶりを振って答えた。


「確かに、私達ギルド職員だったらこのくらいの変化はすぐに分かって当然よ。――――でも、あなたの場合はあくまでも冒険者。それもまだそんなに若いのに、これを見ただけで異常が伝わるのはかなり珍しいことなのよ」

「……? 別に、これくらいなら誰でも分かるもんだろ」

「……レイ君、前から思ってたけど、()()()にちょっと期待しすぎよ。わかりやすく言い換えるわ。普段、昼間から酒場で飲んだくれているような連中に対しても、同じことが言える?」

「――――悪い」


 想像すること数秒。

 アンナが言わんとしていることを理解して、バツが悪そうな顔と共に謝罪の言葉を口にする。


 ――――無論、全員がそうではないとはいえ、事実、半分程度はその認識で間違っていない冒険者に、()を求めるのは些か酷という物だった。

 

「分かっていただけたようで何よりよ。それで、話を戻すけど、レイ君の言う通り、明らかに魔素量と魔物の増加は関係している。念のために数日に分けて調査したんだけど、その間にも信じられないペースで魔素量は増えてた。……つまり、このまま今の状況を放置すると――――」

「……その辺の奴じゃ手におえない魔物がいずれ必ず生まれる、ってわけか」


 今の数値でも、危険度の高い魔物が生まれる可能性が無いと言い切れない。

 また、魔物はより多くの魔力を取り込むほど、その肉体はより強靭に、凶悪になっていく。つまり、今のままでも、魔物同士が共食いを始めて魔力が一か所に集中していけば――――。


 どちらにせよ、現状を放置しておいて万に一つも良いことはないというわけだ。


「だが、これをどうやって止める。原因は分かってんのか?」


 まさかこのことを伝えに来ただけではあるまいと、零斗がアンナに目を向ける。

 しかし、それに対して彼女は、やはり首を横振るのだった。


「それがまだ突き止められてなくて。それでレイ君なら何かわかるかと思って来てみたんだけど……」

「おいおい、俺を何だと思ってるんだ。流石にそんなことまで分かるわけ――――」


 そこまで言いかけて、ふと、何故か零斗はアモンの姿を連想した。

 そう言えば、奴を脅した時、サリアを街に送り届ける途中に見た、件のローブの人影との関係を聞くのを忘れていた。


 ローブ姿だったというだけであるが、何らかの関係性があると考えた方が良いだろう。


 最初、あのローブ女に聞こうと思っていたのに、アモンが唐突に現れたことで、すっかりそのことが頭から抜け落ちていた。

 あの場で聞き出しておけば、今ここで役に立つ情報が得られたかもしれないのに、と零斗が小さく舌打ちするが、時すでに遅し。

 しょうがないと、すぐに思考を切り替え、手がかりを得るべく零斗が羊皮紙を睨みつける。


「……この数値、若干の偏りがあるな」

「ええ。深部から表層にかけて、()()()西()に徐々に魔素量は減っていってるわ。深部の東側といえば、ちょうどあの川があるわね」

「……()?」


 そう言われ、謎の人物が川に怪しげな液体を流していたことを思い出す。


 あの時、サリアが倒れていたのは森の深部の手前だったはず。その時に渡された地図から零斗が取ったルートは、深部を経由して、()()()西()()、川を渡るもの。


 ――――奴を見かけたのは、その時だ。


「……心当たりが一つある」

「本当ッ!?」


 零斗の言葉に、アンナがズイ、とこちらに身を乗り出す。

 それを手で制し、零斗が続ける。


「落ち着け。あるにはあるが、根本的な解決になってないんだよ」

「……どういうこと?」


 アンナの問いに、零斗がこの街に来るまでのおおよその経緯を説明する。

 勿論、『迷宮』を出たことや、その他、自分が怪しまれるようなことは伏せてだが。


 それを一通り聞き終わったアンナは、一層険しい表情になり言った。


「……絶対その人物が関係しているわね」

「だが、生憎俺もそんな奴と関わりを持ちたくなかったんでな。顔も声も分からん上に、この街の住民かどうかすら怪しい」

「なるほど、根本的な解決にならないっていうのはそういうことね」


 犯人は分かっても、実際に捉えることが現状不可能ということになる。

 要するに手詰まりだ。

 まさか王都までわざわざ出向いて、アモンを再び脅してそいつに関する情報を得るわけにもいくまい。


「そういうこった。悪いが、これ以上は俺にもわからん」

「いいえ、その情報だけで十分よ。ここから先は私達の仕事。早速戻って調査しなくちゃ。……あ、そうだ。ないとは思うけど、このことはくれぐれも誰かに話したらダメよ?」

「分かってる。……てか、これは良いのか?」


 アンナがそのまま立ち上がって部屋を出ようとしたので、零斗が羊皮紙を渡すと、慌てて彼女はそれを受け取る。


「え? ああ、危ない危ない。ありがとう」


 ――――いずれ、自分が話さなくてもどこかでボロが出るのではないかと、零斗が嘆息を漏らす。


 案外そそっかしいところもあるんだなと思いながら、零斗も共に外へで出ようとした時だった。


「……誰か来る?」


 アンナが溢した独り言に、零斗も警戒の色を見せる。

 零斗の聴覚でなくとも聞き取れるほどのあわただしい足音。

 何事かとアンナと二人でドアの向こうに意識を向けていると、今度は強いノックの音が鳴らされる。


「――――レイさんッ! いらっしゃいますか!?」


 なにやらただ事ではない様子のサリアの声がドアの向こうから聞こえてきた。

 朝なので一応周囲に配慮しているものの、その声には一切の余裕がなく、余程切羽詰まっているということが伝わってきた。


「……どうした」


 流石の零斗も急いでドアを開けると、そこには今にも泣きそうな表情をした赤髪の少女が息を切らして立っていた。


「……弟が――――スルウが突然倒れたんですッ!!」

「――――何?」

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