三十二話『冒険者』
「……これは、なんだ?」
零斗がこの訳の分からない状況に対し、困惑したような声を漏らす。
――――いや、より正確に言うと状況は理解している。
依頼を無事(?)終わらせて、タルデに戻ってきたと思ったら、ギルドに付属している酒場へと三人に連行され、席に無理やり座らされたかと思ったら、エールが並々注がれた樽ジョッキを握らされた――――、ああ、良かった。どうやら自身の記憶に間違いはないらしい。
で、だ。
理解に苦しんでいる点は、何故このパーティにとっては半ば部外者であるはずの零斗がこの場にいるのか、ということだ。
「そういえば、レイの歓迎会をやってなかったなと思ってな」
零斗の疑問に満ちた言葉に対し、ロイが笑顔と共に答える。
「歓迎会?」
「あぁ、俺達は出会って間もないしな。こうして親睦を深めるのもありだと思って、帰ってくる途中に三人で話し合ってたんだよ」
なるほど、道中で雑談していたのはそういうことだったかと、零斗が得心いった表情になる。
「てなわけで、今日は“ロイの”奢りだ。レイ! 好きなだけ飲んで、好きなだけ食えっ!」
「……は? いや、待てッ! ここは俺達三人が平等に負担だって話だっただろ!?」
「あれぇ? パーティーリーダーともあろう者が、パーティーメンバーにご飯も奢れないの? 随分とうちのパーティーは冷たいリーダーを持ったのね」
アランの思わぬ発言にロイが抵抗するも、横から入ったジーナの言葉に沈黙させられる。
「……ああ、もうわかったよ! 今日は俺の奢りだ! 勝手にしろっ!」
「「いえーい」」
ロイが苦渋に満ちた表情でそう言ったのを見て、ジーナとアランがハイタッチを交わす。
その様子を見ていた零斗は、最初からそのつもりだったなと呆れたような目を向ける。
「……では、新人レイの歓迎と、俺達の発展を願って」
ロイがジョッキを掲げるとアランとジーナも続いた。
「ほら、レイ君も」
ジーナが促すと、零斗も遅れてジョッキを掲げた。
それを見て、ロイが頷くと声高々に言った。
「――――カンパーイッ!」
「「乾杯!」」
勢いよくジョッキ同士をぶつけた後、三人は勢いよくエールを呷った。
「ぷはぁッ! うめえ! やっぱ仕事終わりの一杯は最高だなぁ!?」
「あんま調子乗って飲みすぎないでよね。この間みたく二日酔いになっても今度は置いていくから」
「おいおい、そりゃねーだろジーナ」
早速気分が良くなってきているのか、アランが豪快に笑う。
そんな彼らと、自分の持つジョッキを見比べ、どこか躊躇うような様子で零斗は思う。
年齢的な問題を気にしているのかと聞かれたら、全くそんなことはない。
この世界が元居た国ほど法を順守する傾向にないのもそうだが、零斗はこっちの世界でとっくに成人しているため酒を飲んだところで全く問題がないのだ。
……ところが、『アルコール』というのは広い目で見れば立派な毒に属するわけで。
そんな『毒』の超強力バージョンを散々『迷宮』で浴びて、その度に免疫を強化してきた零斗にとってみれば、酒如きで心身に影響がある筈もない。
つまるところ――――酒を飲んでも全く“酔えない”のだ。
これが何を意味するかというと、周囲が盛り上がっている中で、自分はド素面のまま会話をしなければならないということだ。
何が悲しくて酔っ払いどもの一人鑑賞会を開いていなければならないのか。
飲んでも大差ないのなら、いっそのこと水でも飲んでいた方が経済的なのではないかとさえ思える。
だが、何を勘違いしているのか、周囲はどこか期待したような眼差しでこちらを見ている。
――――あぁ、もう、なるようになればいい。
「……んぐ」
「お? レイがいったぁっ」
アランの煽りを受けながら、零斗が豪快にジョッキの中身を空にすべく一気飲みする。
そして、難なく飲み干して空になったジョッキをテーブルに置くと、零斗は一息ついて言った。
「……不味い」
口の中に残るアルコール特有の苦さに顔を顰め、口元を拭う。
思っていた通り、流石に最初は急激な量が体に流れ込んできたことで一瞬の眩暈と身体が火照るような感覚を覚えたが、次の瞬間にはそれらが消えていた。
「やるなぁっ! 坊主!」
と、近くの席で零斗がジョッキ一杯を飲み干す様を見ていたのか、筋骨隆々の男が機嫌良さげに話しかけてくる。
それを零斗は苦笑しながら答える。
「あぁ、どうも」
これで酒に酔うという娯楽が、自身から永遠に失われなければ後は言うことはなかったのだが、と内心で続ける。
「……レイ、くれぐれも飲みすぎないように頼む」
「分かってるよ」
弱々しく話しかけてくるロイが、変に面白くて零斗は失笑する。
彼の懐事情は存じていないが、確かに先ほどのようなペースで飲まれたら堪らないだろうと、通りかかったウエイトレスに水を持ってくるように頼んだ。
「ちょっと無茶しすぎた、しばらく水だけにしておく」
「……助かるよ」
零斗の気遣いに、ロイが苦笑いを浮かべて小声で返した。
「さぁって、飲むぞぉ!」
その横で、空のジョッキを抱えたアランが高らかに叫んでいた。
だが、そんなことをしても奇異の目を向ける者がいない程に、この酒場は喧騒であふれかえっている。
夜もいい時間だというのに、全くそれを感じさせない冒険者たちの活気……正確には冒険者以外にも普通に利用しているのだが、身分に関係なく騒ぎまくっている。
近所迷惑にならないのだろうかと、そんなどんちゃん騒ぎしている連中を半目で見つめる。
「レイも遠慮せずガンガン飲めよぉ!?」
ガンッという音と共に、新たなジョッキを零斗の前にアランが叩きつける。
――――こいつ、既に出来上がっている。
その傍らでロイが頭痛を堪えるように頭を押さえ、ため息を吐いている。
「……はぁ。アラン、ジーナに自重しろって言われたばかりだろ?」
気が付けばアランの前には四本もの空になったジョッキが置かれていた。
「良いじゃねえかぁ。特別報酬出たんだから今日くらいばーっとやってもよ」
「っていって一昨日潰れていたのはどこのどいつだ?」
「知らねえな。誰だそいつ」
「お前だよッ!!」
二人の寸劇を見届けた後で、零斗がジーナの方に目を向ける。
「……ん? どうしたの?」
少しずつ飲んでいるのだろう。頬を上気させてはいるものの目はしっかりしている。
あの二人と会話するよりかは、まだこちらの方がマシだろうと判断し、零斗が答える。
「いや、こっちの方がまだ会話ができると思ったんでな」
「賢明ね。あの二人は酒が入るといつもああだから」
「……いつもあんなことやっているのか」
嘆息交じりに零斗が言う。
「まぁ、仲が良いに越したことはないから別に気にしていないけどね。こっちに飛び火したら別だけど」
「……そういえば、俺が来る前までも三人だったのか?」
疑問に思っていたことを零斗は尋ねる。
「……気になる?」
そう聞き返すジーナの表情は笑っていたが、僅かに影が差しているようにも思えた。
「……話したくないなら構わない」
それは、以前にロイが見せていた表情によく似ていた。
やはり彼らのパーティは過去に何かあったことを匂わせるような、やや暗い顔。それに対して、零斗は運ばれてきた水を一杯、口に含み気まずさを誤魔化す。
その間、現実にして数秒の沈黙だったのだろうが、両者にとっては数十分のようにも感じられた。
そして、その僅かな時間が過ぎた後、ジーナは重々しくその口を開いて、言った。
「……昔、レイ君が来る二年前くらいだったかな。私たちのパーティは“四人”だったんだ」
「ほう」
「女の子でね。歳は私たちの一個下。小動物みたいで、レイ君みたいな頼もしさはなかったけど、頑張ってるんだなぁってのが伝わるくらい本当に努力してた」
その口調はまるで――――いや、それはまさしく今は亡き者を話す口ぶりでジーナは続ける。
「魔法が得意だった。近接戦闘はあんまりだったけど、魔法で戦わせたら私たちでも敵わないくらい。……三属性持ちってくらいだからね」
三属性持ちといえば、一般的な魔法使いであれば十年に一人程度しかいない逸材である。
「懐かしいなぁ。その子ったらロイにベタ惚れでね? 本人は隠してるつもりだったんだろうけど、ロイ以外にはバレバレだったわよ」
「……」
その時の光景が容易に想像できた。
確かにロイならあり得てしまうだろうと思う自分がいることに、零斗は苦笑する。
それを見てジーナも仄かに笑うが、次の瞬間に目線を落として告げた。
「でも、ある依頼を受けている時にその子ね――――死んじゃったの。それも、ロイを庇って」
「……そうか」
ジョッキを掴むジーナの手は、ほんのわずかに震えていた。
幸い、ロイとアランは近くの席に座っている冒険者たちと飲み比べを始めていたため、そのことに気づく様子はなかった。
「……呆気ないんだよね、人の命って。あの時もロックリザードと戦っていたんだっけ。まだ私達も今ほど強くなかったから、一体相手にすごく苦戦してて、一瞬……本当に一瞬だけ油断したときにロイがロックリザードに噛まれそうになったの。それを、あの子は庇って代わりに噛まれた」
「……」
「その子は回復魔法も使えたけど、毒には効かないから急いで街に戻って医者に行ったんだけど、間に合わなかった。それからよ、私たちが三人で活動するようになったのは」
簡単に言っているが、仲間が一人死んだのだ。彼らが立ち直るまでには相応の時間がかかったに違いない。
「……その子もね、――――綺麗な、絹のような白い髪だったの。だから、もしかしたら、ロイはレイ君をあの子と重ねているんじゃないかな」
そう言われ、今までのロイ達の行動に合点がいった。
やけに零斗を気遣うような優しい言動も、こと戦いのときになると性格が変わったのではないかとさえ思えるロイの言動も、全てはそこに起因したものなのだろう。
「じゃあ、ロイが持っていたあのナイフも?」
廃坑内で印象に残っているロイの持っていたナイフについて尋ねると、ジーナは頷いて答えた。
「ロイがDランクに昇格したときにあの子が贈った物」
それを聞いて、今は馬鹿騒ぎをしている二人に目線を向ける。
「……なるほどな」
「……あ、ごめんね。折角の歓迎会なのにしんみりしちゃうようなこと言って」
余程複雑そうな目を零斗がしていたのか、慌ててジーナは笑顔を取り繕い、元の調子で言った。
「……いや、聞いたのは俺だ。気にするな」
そう言って、水をもう一口飲む。
ジーナがそれを見た後に、ロイ達の方へ視線を向けて、柔らかな笑みを作って続けた。
「本当、今は馬鹿みたいに騒いでるけどね」
冒険者という職業が死と隣り合わせであるということは、百も承知のことである。
…………だが、こうして“現実”を突き付けられると、よくあることとして死を捉えることは、どうしてもできなかった。




