三十話『因縁』
(……こいつは)
――――なぜこいつがここに来たのか。
――――この女とはどういう関係なのか。
――――あの時の零斗に対する攻撃はロマノフの指示だったのか。
――――そもそもこいつ自身は何者なのか。
零斗の頭の中に、無数の疑問が男の姿を見た途端に浮かぶが、それは一旦無視する。
「……誰だ? てめえ」
――――そう、ここでは自分とこの男は初対面。
かつて、この男が出会った『灰瀬零斗』という人間は既に国外追放されている。……さらにあの夜にこの男によって自分が追い詰められたということを考慮すれば、抹殺したことも知っている可能性が高い。
『灰瀬零斗』がこの場において、彼と居合わせることは万に一つもあり得ないのだ。
そういう事情を踏まえた上で、例えこちらが相手のことを知っていようと、一旦浮かび上がった疑問のあれこれを押し殺さなくては接しなければならない。
零斗の問いに、男は口元に気味の悪い笑みを張り付かせて答える。
「おっと、これは失礼。――――私はアモン。以後お見知りおきを」
意外にもあっさりと名乗ったアモンを零斗が訝しむ。
外見は以前に出会った時とさほど変わらない。
色が黒だということ以外は、女と同じデザインのローブに、今日はフードをかぶっておらず、代わりに口以外を覆うような形状の、目元が笑った不気味な仮面をつけている。
今も零斗が刃を突き付けたままの女と良い、余程こいつらは顔を晒したくないらしい。
「……さて、何があったかはわからないが、彼女を解放してやってくれないか? 大事な部下なんでねぇ」
この状況に合わない軽々しい口調でアモンが言う。
「先に手を出したのはこいつだ。パーティメンバーに手を出されて黙って返すと思うか?」
目を細めたまま零斗が答える。
その言葉に、アモンが倒れているロイ達に視線を向け、得心いったような声を漏らし、ローブの女に向かって言った。
「君、“アレ”を使ったのか?」
その言葉が何を指しているのかは、実際に目の前で見た以上容易に察せられた。
自分の問いに、女がゆっくりと首を縦に振ったのを確認すると、アモンは小さくため息を吐く。
「はぁ……アレはまだ試験段階で迂闊に見られるなと散々忠告しておいたはずだが? ……まさかとは思うが、もう一つの方も見られたんじゃないだろうな?」
――――突然、アモンを纏う雰囲気が剣呑な物に変わる。
もう一方。そう言った声は、それまでの上滑りしたような調子はなく、威圧でもするかのような、ドスの利いた低いものだった。
そのあまりの豹変ぶりに、零斗が驚き、僅かに目を見開く。
一方で、その言葉を向けられた女はというと、どこか怯えるかのような声で叫ぶ。
「い、いえっ、見られたのは一つだけです。あちらの方は見られていない筈ですッ!」
切羽詰まったような声に、零斗が何をそんなに怯えているのかと怪訝に思っていると、アモンが纏っていた威圧感を霧散させて、再び元の軽薄な口調に戻って口を開く。
「そうか、なら安心だねぇ。――――じゃ、さっさと終わらせて帰ろうか」
――――刹那、男の姿が土煙が舞い上がると共に消える。
それとほぼ同時、甲高い金属同士がぶつかり合う音が空洞内に響き渡った。
「……ほう、彼女が追い詰められるわけだ。君、なかなかの手練れだね?」
アモンが振り下ろした、彼の手に握られている“ナニカ”を、零斗が空いている方の手で、アランから借りていた短剣を抜き、眼前で受け止めていた。。
「――――“見えない武器”か。珍しいもん持ってんな?」
「はは、それを一発で“見抜いた”うえで“防いだ”君に言われると光栄だなぁ。気絶させてさっさと引き上げようと思っていたんだけど、そう簡単には行かないか」
「同じことを言っていた奴は、今もこうして俺に抑えれらてるんだがな」
そう言って腕に力を込めた零斗が剣を振り抜いて、アモンを自身から引き離す。
「うーむ、その細い腕のどこにこんな力があるのかなぁ? それに私を受け止めつつも、彼女が逃げる隙を全く作らないとはね……君、何者だ?」
「それはこっちのセリフだ。さっきからこの女と良い、不意打ちをしないと死ぬ病気でも患ってんのか?」
アモンが薄ら笑いの中に警戒を見せる。
それに対し、不敵な態度を崩さずに零斗は応じた。
彼の言う通り、零斗がアモンと打ち合った時も、依然として女の首筋には剣がそえられたままであり、きっと本人は生きた心地がしなかったであろう。
「ふむ……それほどの腕前なら、彼女を容易に戦闘不能にできたはず。でも、そうしていないってことは――――何かを聞き出そうとしていたってところかな?」
――良い勘だと、零斗が内心で舌打ちする。
「しかしその様子だと、ちょうど良いタイミングで私が転移してきたみたいだね。いやあ、良かった良かった」
「推察するのは結構だが、この女をどうするつもりだ? 俺は別にこのまま首を掻っ切ってもいいわけだが」
「ははは、そうするつもりなら私がここに来る前に彼女は死んでいただろう?」
「……では、今ここで殺しても問題ないと?」
零斗がそう言った直後、アモンの表情が曇る。
その発言がただのブラフであったなら、男も余裕をもって応じた所だろう。
――――しかし、零斗の見せた無機質な目が、その発言が真であることを物語っていた。
このまま何もしなければ、本当に目の前の青年は自分の部下を殺める。そう確信したアモンが冷や汗を掻きながらも、何とか笑みを浮かべたままで答える。
「……単刀直入に聞こう。何が望みだい?」
あくまでも余裕を装いながら答えるアモン。
……だが、その程度で零斗の目は欺けない。
アモンの微妙な表情の揺らぎを見て、自身が優位に立っていることを確認し、口を開く。
「前提として、俺と出会ったことの口外を禁止する」
「……破ったら?」
「聞いた者とお前らをどこにいようと探し出して全員殺す。また、これから俺がする質問へのお前の答えが嘘と判断した瞬間も、同じく殺す」
「ほう? それは私を殺すことは造作もない、と?」
「試してみるか?」
――――零斗が“本気”の殺意を込めながら、空いている剣の切っ先をアモンに向ける。
『迷宮』を単身で攻略した者の殺気を直に浴びて、肌が粟立つのを感じながら、零斗の言っていることが決して荒唐無稽ではないことを理解し、アモンは両手を上げ、降参の意を表す。
「……わかった。言える範囲で良ければ答えよう。ただ、あまりに踏み入った話には答えられない。答えてしまえばどちらにせよ殺されてしまうからね」
さらりと、上の存在が絡んでいることを仄めかす言葉に、やはりこの男が何らかの形でロマノフに服従していることを零斗が確認する。
「分かった、それで良い」
ここで無理に聞き出そうとしたところで、どちらにせよ殺されると分かっていれば、イチかバチかの決死の覚悟でアモンたちは抵抗しようとするだろう。そうなれば、最低限の情報すら得られなくなる。
そうなるくらいならば、聞ける範囲のことを聞き出しておいた方が得策と零斗が判断し、アモンの提案を呑む。
「質問は二つだ。一つ、お前らは何者だ? 二つ、ここで何をしようとしていた?」
指を立てながら、零斗が質問を口にする。
「予想はしていたが、やっぱり答えにくい質問だねぇ」
苦笑を浮かべ、アモンが答える。
「……私たちはとある場所で魔法、魔力に関する研究をしている。彼女がここへ来たのは、その実験といったところかな」
「ほう? あの魔力をぶっ放す攻撃がお前らの研究内容だとでも?」
「それは研究の一つにすぎないよ。見る限り、想定していた出力よりもかなり低いようだしね」
考えてみれば魔力による直接攻撃など聞いたことがない。
魔力を鉄に例えるならば、魔法は剣や槌といった“武器”である。
魔力で攻撃するということは、いわば鉄の塊をそのまま相手にぶつけるようなものだ。それでも十分に攻撃手段になりはするが、加工した後の武器で攻撃する方が圧倒的に効率が良い。
――――というのが、この世界における“常識”だった筈なのだが。
こともあろうにこの男は、ロックリザード十五頭を壊滅させた上、Dランク冒険者三人を無力化した“常識外れ”である攻撃を“期待外れ”の一言で締めくくってしまった。
仮に、魔法でこれと同じ規模の攻撃を展開しようと思ったら、最低でも消費魔力は倍になる。これが世に出たら、今の魔法による戦術は全てひっくり返る。
しかも、似たような内容のものが他にいくつもあると来た。
……冗談じゃないと、零斗はアモンを睨みつける。
そんなのは研究という皮をかぶった――――ただの兵器開発だ。それを、こいつはわかってやっているのかと。
「さて、要求通り、私から言える限りのことは話したよ。彼女を返してもらおう」
そんな零斗の思惑など知る由もないアモンが言う。
「……」
零斗が短剣を収めてローブの女を解放する。
直後、素早く零斗の元から女は離れて、アモンの横に立ち、こちらに向き直る。目元が見えなくとも、その表情から零斗を睨んでいることは容易に想像できた。
「では、撤退するよ」
「……はい、アモン様」
そして、アモンが『転移』を起動するための魔法石を砕くと、二人の姿は光に包まれた後、一瞬にして消えた。
『……なぁ、何であいつらを逃がしたんだ? 情報を引き出せたなら別に殺しても問題なかっただろ?』
「……発想が外道だな、お前」
イドリスの言葉に、零斗が苦笑を浮かべる。
しかし、道徳心の一切を無視した上ではその選択は非常に合理的だ。
零斗が脅しをかけたとはいえ、彼らが自分の存在を報告する可能性は高い。
殺されると分かっていれば、相応の対策を立ててて、零斗が来るのを待ち構えておけばいいだけである。
そのことを零斗は考えていなかったわけではない。だが、敢えてそうしなかった。
「殺したとして、死体はどうする? 隠せたとしても、自分に付いた血の残り香までは消せない。Dランク冒険者なら、それに気づくはずだ」
それに――――かえって都合が良いと、零斗は薄ら笑みを浮かべる。
「……下手に冒険者として目立つよりも、敵の総本山に警戒されていた方が安全だ」
アモンの実力は確かなものだった。
魔力は危険度『Ⅳ』と同等のローブ女のさらに上を行く量を保有し、接近戦は言わずもがなである。
また、あの夜に零斗を襲いに来たのが奴だったことも鑑みれば、アモンが城の中で重要な立ち位置にいる可能性は高い。
そんな彼に警戒させておけば、そうそう城の連中に手を出されることもないだろう。
「まぁ、結果オーライってことだ。……それよりも、ロマノフ共は“勇者”だけじゃ足りないってのか」
かつて奴は言っていた――――勇者は世界最強の戦力だと。
つまりそれは、“勇者”を人間としてではなく、兵器として見ているということ。
兵器として考えられているならば、ロマノフの元で兵器の開発をしている奴らも、零斗を含めた『勇者召喚』に大きく関わっているということである。
つまり、勇者が如何に強力な存在か、誰よりも熟知しているはず。……にもかかわらず、未だに研究をしている理由。
――――それは、勇者以上の兵器を手に入れるためであろう。
「――――世界を手にする……ね。どっちの方が『魔王』なんだかな」
そんな呟きを漏らした後、零斗が倒れているロイの元へ歩み寄る。
「……一先ず、こいつらの血を集めるか」
そう言って、彼の持つ鞄を開いて中にある小瓶を取り出すと、零斗は一人黙々とロックリザードの血を集め始めた。




