二十九話『誰だ』
――――はて、休憩とは何だったか。
そんなことをふと零斗は疑問に思う。一時的に今まで行っていた活動を停止することだったと記憶しているが、まさかこの世界においては別の言葉を意味するものだったか。
そう、目の前で繰り広げられる組手を見て、零斗が感慨にひたる。
「腕を上げたなっ! アラン!」
「そっちこそッ! 実力だけならもう『C』ランクかッ!?」
ぶつかり合う剣の音が、廃坑内に響き渡る。
片や長剣、片や大剣。破壊力という一点で見れば、長剣が大剣に適う道理はない。
しかし、大剣には生み出しづらい速さで、その威力の差を埋めて、アランはロイの攻撃に食らいついていく。
破壊力特化の大剣、バランス型の長剣。
特性の異なる武器のやり取りは、見ていて飽きない。尤も、洗練された騎士のそれに比較すれば、まだまだ粗削りな部分は目立つが。
それでも、流石はロックリザードを歯牙にもかけないというだけのことはある。
かつて、コロッセオに足を運んでいた者の気持ちが、これを見ると少しはわかる気がする。日本にいた頃にも、特に格闘技といった類には興味がなく、テレビ等で観戦することもなかった零斗だが、一定数のファンがいるのも頷けた。
――――だが、一つ。零斗は声を大にして言いたいことが胸中に渦巻いていた。
「休憩って、言ったわよね?」
そんな零斗の言葉を代弁するかのように、ジーナの言葉が冷水を浴びせるが如く、昂ってきている二人に向かって発せられた。
「……おっと、流石にここまでにしておくか」
「そうだな」
互いに刃を向け合ったまま、ロイとアランはジーナの言葉によって動きを止める。
そして、武器を納めると二人並んで零斗とジーナの座っている場所まで戻ってくる。
「ったく、休憩するって言った本人が休憩しないってどういうことなのよ」
呆れた眼差しで戻ってくる二人に向かってジーナがそう呟く。
彼女の言う通り、休憩を提案したロイだったが、魔物と中々出くわさなかったことで体が疼いていたアランが、ロイに組手を持ち掛けて、それを受け入れた結果今に至る。
いい汗かいたぜと言わんばかりの表情で戻ってくる二人だが、何が起こるかもしれないこんな場所でわざわざ疲労を重ねるなど些か不用意ではないかと、零斗もジーナと同じく、呆れた目を向けていた。
「はぁ。十分経ったけど、そんな状態で前に進めさせられるわけないじゃない。二人の疲労が取れるまでもう少し休みましょう」
「……俺は十分休んだから、ちょっと周りの様子を確認してくる」
「ちょ、レイ君まで!?」
「安心しろ。この二人みたく無暗に動いてくるわけじゃないし、危険だと判断したらすぐ戻る」
「……そ、そう。でも、危ないと思ったら、すぐに戻るのよ?」
零斗の言葉に、一瞬動揺したジーナだったが、その表情を見て、ロイとアランのような真似をすることはないと判断し、承諾する。
『おいおい、離れちゃって良いのか? 新人君』
「へし折んぞ厨二武器。……やっぱ気配が遠ざかってんな」
三人から若干離れた場所で、話しかけてきたイドリスに零斗が答える。
『気配?』
「ああ」
先ほど、零斗が感知していたロックリザードの気配が大きな魔力の元へと遠ざかっていっている。
何があったのかは分からないが、相手の親玉が、こちらを警戒し守備を強化するために呼び戻したか、それとも、想定外の何かが起こったか。
何にせよ、状況は悪化したと見ていいだろう。
「……そもそも、魔物に守りを固める程の知能があるのか?」
『どういうことだよ』
「俺の知る“魔物”なら、この状況なら大量の手下をこっちに仕向けるはずだ。……何故そうしない?」
無論、今回の魔物が守りの重要性を理解できる程度には知能があったのかもしれない。
だが、この状況の見方を変えると、こういう風にも受け取れる。
――――こちらに戦力を送れないほどの何かがいる、と。
今のところ、魔力感知に引っかかるのは、大きな“何か”といくつものロックリザードのものだけだ。
かなり嫌な状況になったことには違いないが、ここまで来たら仕方がない。最悪、魔物を殲滅したうえで、即刻タルデから立ち去るまでだ。
不幸中の幸いというべきか、ラベンドは人間領の中でも端に位置する国だ。情報が王都に伝わる前に獣人領に着くのは他の国に比べれば容易だろう。
尤も、その情報が“勇者”に伝わってしまい、自分に差し向ける可能性も否定できないが、その時はその時だ。
「……めんどくせえ」
改めて、いかに自分が不便な立場にいることを思い知らされた零斗は、深いため息を吐いた後、三人の元へと戻っていった。
「……ここまで何も無いと逆に怖いな」
アランもこの異様な状況に何かを勘づき始めたのか、表情が硬いものになる。
「確かに。もしかしたら、他の冒険者が俺達よりも先に魔物を一掃しちまったのかもな」
「……」
あれからさらに奥へと進み、もはや気配は、意識を集中せずとも知覚できるところにまで来ていた。
大きさからみて、危険度は『Ⅲ+』相当。単体であれば、零斗以外の三人でも辛うじて拮抗、撤退する余裕くらいは作れるだろうが、如何せん、それを取り囲む気配の数が多すぎる。
その数――――十五体。
ロックリザード単体ならいざ知らず、四対十六では圧倒的不利。この事実を知っていれば、誰であろうとも即座に撤退すべきと判断するだろう。
よって、零斗は即、リーダーであるロイに説明する義務があるのだが、それがそう簡単にいかない。
まず、零斗は多少センスがあるだけの新人として見られているという点。
仮に零斗の本来の実力を明かしていたとすれば、この先に幾多の魔物が待ち構えていると言ったとして、何ら不思議ではない。
だが、今の彼がそれを言ったとなればどうだろうか。信用される可能性はほぼないに等しい。精々、なぜお前にそんなことが分かると言われて終わりだろう。
せめて、最初に零斗が感知できていた二体があのままであったなら、こんな状況にならずに済んだのかもしれないが、零斗が余計なことを聞いたせいでその予定が狂ってしまった。
……尤も、あの休憩中に二人が組手を行ったことも要因の一つであろうが。
何にせよ、ここまで来てしまった以上は、こんなところで無理に事情を説明して話をこじらすよりも、知らぬふりを突き通して、ロックリザードの群れと接触し、適当に三人が危なくなったところのフォローに回った方が良い。
説明はそれが終わった後にでもして、口止めして聞かないようであればさっさと街を出るまでだ。
そう、零斗が結論付けた時――――突如、常に捉えていた魔力の気配が膨れ上がった。
何事かと思う前に、大きな衝撃と爆音が廃坑内に響き渡る。
「――――ッ! 何だっ!?」
真っ先にアランが叫ぶ。
「っ、もしかしたら先に入った誰かが戦闘しているのかもしれない。急ぐぞッ」
そう言って、先頭に立つロイが、通路の先に向かって走り出した。
「ちょ、待ってよ! そんな不用意に動いたらあぶな……あぁっ、もう!」
ロイの言葉に頷いて、共にアランが走り出したのを見ると先に行く二人に向かってそんな言葉を投げかけ、聞こえてないとみると、ジーナも走りだした。
そんな流れを、一歩離れたところで見ていた零斗は、遅れて駆け出し、焦燥の表情を浮かべていた。
(この魔力量――――『迷宮』の奴ら並みじゃねえかッ!)
衝撃の直前、跳ね上がった魔力の気配を唯一感じ取れていた零斗は驚愕する。
危険度換算で言えば『Ⅳ』に匹敵しうる魔力量。つまり、周囲に壊滅的な影響をもたらす存在がこの先にいるということになる。
『はっはーッ! おもしれえことになってきたじゃねえか! 遂に俺様の出番か!?』
「うっせえッ! 今それどころじゃねえんだよ」
なぜこんなところにそんな力を持った魔物がいるのか……いや、そんなことはどうでも良い。
今は何よりも、先走っていった彼らの身が危ない。危険度『Ⅳ』など、『D』ランク三人で相手にできるようなものではない。
今すぐにでも追いついて、気絶させてでもここから撤退させる必要がある。
……しかし、時すでに遅く、零斗が追いついたころには、三人は、この廃坑の中でも一際広い大空洞に出てしまっていた。
その中心に佇んでいたのは、零斗が推測したような魔物ではなく――――ローブを身に纏った人影。
その周囲には、零斗の予想通りちょうど十五体のロックリザードが息絶え、横たわっていた。
何をされたのか全く不明だが、恐らく即死。何らかの魔法を使ったことは間違いないだろう。
そんな異様な雰囲気を放つ者に、呆然としていたロイが我を取り戻し、声をかける。
「おい、でかい音がしてたけど無事か!?」
ロイの言葉でようやく零斗達の存在に気が付いたそれは振り向いて、言葉を発する。
「……貴方たちは?」
「俺達は依頼でロックリザ―ドの血を取りにきた冒険者だ。……その様子なら大丈夫そうだな」
「ええ、ちょうど今終わったところですから」
周囲を見渡して、生き残りがいないことを改めて確認する“女”。
「……十五体のロックリザードをたった一人で?」
他にこの場にいる人影は見当たらないが、些か疑問に思ったジーナがそんな問いを口にする。
「……この程度だったら何の問題もありませんよ」
「……何者だあんた。いくらロックリザードと言っても一人でこんだけの数相手にすりゃ『B』ランクでもそれなりに手こずる筈なんだが」
異様という他無い状況に、さらにアランが疑問をぶつける。
先ほどの衝撃。無数のロックリザード相手に無傷で立ち、ここまで誰も引き連れずに一人で来ている。それに、まるで素性を知られることを嫌がるかのように深々と被ったフード。
警戒しないほうがどうかしている。
そんな懐疑の眼差しを受け、アランの問いには答えずに、ただけだるげに女は口を開いた。
「……はぁ、まぁそりゃあ疑いもしますよね。……面倒ですし、眠っててください」
そういうや否や、おもむろに右手を上げ、指パッチンのような構えを女が取る。
「……何してんだ?」
「――――『破衝』」
その様子を怪訝に思ったアランが呟いたが、直後に女が指を鳴らすと突如、魔力が膨れ上がり、同時に空間そのものが爆ぜるかのような衝撃波がロイ達を襲う。
「がッ……!」
「な……に、を」
体全体を強く揺さぶる衝撃に耐えきれず、視界が暗転していく。
たった一つの動作で、目の前の女は一体何をしたというのか。魔法を使ったような様子もなく、正体が掴めない謎の攻撃。
ただわかるのは、いま使用した攻撃でロックリザードたちを全滅させたということ。
そして、それを何の防御もせずに受けてしまった自分たちも、もしかすれば同様の結末を迎えるかもしれないこと。
「……てめ……」
「……呆れた。威嚇のつもりで使った威力ですが、耐えられませんか。……これは研究を早急にしなければなりませんね。貴重な情報です」
何のことか分からないことを口走っている光景を最後に、謎の衝撃によってロイ達は気を失った。
――――のを見守りながら、ローブの女に対し零斗は冷たい目を向けていた。
「――――突然攻撃とはな。いい性格してんじゃねえか」
「……おや、あなたは耐えられたのですね」
「耐えられた? 違うな。そもそも俺には“その攻撃”は効かねえ」
「は? いや、そんなはずがありません。……それ以前に、私が今何をしたのか分かったと?」
「ああ。一回目は何が起きてんのか分かんなかったが、目の前で見て納得した」
動揺する女の質問に、零斗は淡々と答える。
「練り上げた魔力を一気に解き放つことで、魔力の衝撃波を生み出し、回路を直接攻撃する。回路に強い衝撃を与えることで、程度によっては気絶から即死させる。……指パッチンは詠唱替わりか、単なるはったりか?」
「……驚きました。初見でこの攻撃を看破されるとは。しかし、何故あなたには効いていないのですか?」
「……さぁて、どうしてだろうな」
薄ら笑いを浮かべながら零斗が答える。
「……私なりの配慮だったのですが、どうやらあなたには少々本気を出さなければならないようですね」
そう言って、ローブの下から腰に携えていたであろうレイピアを抜き、上向きに構える。
「おいおい、殺す気かよ」
「……『強化』」
一言、自身の身体能力を向上させる魔法を唱えた直後、女は地面を蹴った。
「――――はッ!」
鋭い突きが、『強化』によって筋力が跳ね上がった腕より繰り出される。
それを難なく見切り、ギリギリまで引き付け、最低限の動きで回避する。同時に零斗が腕を強く蹴り上げて、相手の無力化を試みるが、寸前のところで回避された。
「で、いい加減はっきりさせろ。お前は何者だよ」
相手が武器を抜いて、さらには魔法まで使用しているというのに、余裕の態度を全く崩さずに零斗が問う。
「この状況で、私が答えると思っているのですか」
器用にその場で体勢を変え、威力が籠った蹴りを零斗に叩き込むが、それを零斗は何なく片手で受け止める。
「な、バカなッ! 『強化』した攻撃をッ!?」
「ほら、脇腹ががら空きだ」
何の予備動作もなしに、女の『強化』が乗った攻撃の数段上を行く威力で、お返しとばかりに蹴りを入れる。
死なない程度とはいえ、素の身体能力だけでもその辺の人間とは比べ物にならない零斗の攻撃は、容易に数メートルほど、女の体を吹っ飛ばした。
「がはッ……」
なんの受け身も取れずにまともに攻撃を喰らった女はたまらず咳き込む。だが、『強化』されているため流石に骨までは持っていかれなかったようだ。
「――――おやぁ? 威嚇のつもりだったが、まさか耐えられないのか?」
最大限の侮辱の言葉と、できるうる限りの見下した目つきと嘲笑を“演じる”。
「く――――調子に乗るなッ!」
速攻で間合いを詰めて、女がレイピアによる連撃を繰り出す。しかし、その全てを的確に読み切り、零斗が危なげなく躱していく。
時折混ぜてくるフェイントですら全く問題にせず、段々と息が切れてくる女に対し、零斗は汗一滴すらもかいていなかった。
「この……『陣風刃』ッ!」
このままでは埒が明かないと判断したのか、女が風属性魔法で、見えない刃を作って打ち出す。
音速で飛来するかまいたち、当たれば致命傷は必至。
それを見てなりふり構わなくなったことを確認し、零斗は小さく笑うと、普段持っている方の短剣を引き抜き、かまいたちに向かって振りぬく。
そして、刃同士が触れた途端、かまいたちの方が消え失せた。
「な……嘘……。見えない筈なのにどうやって……」
「バカかお前。厄介な魔法なら対策されてるに決まってんだろ? 研究とやらのし過ぎで運動不足みたいだな」
「……ッッ!!」
ヘラヘラとした態度で、皮肉を絶やさない零斗に、業を煮やした女は今度は逆に、剣を握っていない方の手を前に突き出して、冷え切った声で詠唱する。
「――――『豪嵐』」
女の手に魔力が集中したかと思った直後、空気が彼女の手を中心に渦巻き始める。そして、それは勢いを増していき、部屋中に風が吹き荒れる。
「喰らえッ!」
女が零斗に向かって手のひらを向けると、それはもはや風という生易しいものではなく、壁とも呼ぶべき密度の空気が、先ほどのかまいたち以上の速度で、射線上の床を削って巻き上げながら、零斗に向かって突き進む。
それを見て、零斗が目を閉じ、一呼吸する。
「――――消えろ」
――――目に見えぬ程の紫電が起こった。
それが、女に理解できた限界であった。
いつの間にか剣を振り上げていた癪に障る男は、自分が放てる最大威力の魔法を前にしてなお、無傷で立っていた。
「この程度の魔法で、俺を傷つけられるとでも?」
いつか見せた式構造の読み取りと破壊。単純な構造の魔法なら、零斗は破壊することができる。
しかし、そんなことを知る由もない女は、ただただ目の前に起こっていることを理解できずに、呆然とした表情で、急激な魔力低下に息を切らしていた。
「ばかな……ッ!?」
一瞬の内に間合いを詰めた零斗に、女は反応が遅れた。
「――――さて、吐いてもらおうか? お前は何者だ」
いつの間にか、首筋に刃が突き立てられており、女が喉を鳴らす。
脅しをかける男の様には、先ほどまで自分が相対していたはずの人を小馬鹿にした態度の青年など影も形もなく。
代わりに体の芯まで凍り付かせてしまいそうな、冷酷無比な声と表情を携えた、人の形をした“ナニカ”がそこに立っていた。
きっと、彼の望む回答をしなければ、即座に今も自分の首にそえられている刃を、何の躊躇いもなく振り抜くだろうという確信をさせるほどに、人間味のない瞳。
齢二十程度の人間がこんな表情をできるものなのかと、畏怖からか、気が付けば女は膝をついていた。
「……わ……私は……」
言うしかない。そう判断した女は、望むままに答えようと言葉を絞り出した瞬間、彼らのすぐ近くで魔力が動いた。
「……『転移』だと?
零斗が呟くと同時、光が捻じれて『転移』の発動者がその場に姿を現す。
「――――いつまでかかっているのかと思って見に来たが、これはまた。厄介なことになっているねぇ……」
そこに、かつて、零斗の運命を大きく狂わせた言っても過言ではない人物――――黒衣の男が立っていた。




