二十八話『噂の彼』
お待たせしました(待ってない)
「アンナさん。これが昨日の調査結果です」
資料室で、アンナがタルデ近郊の森における魔物の報告がまとめられた資料を読んでいるところに、後輩のギルド職員が声をかける。
「ん、ありがとう」
アンナが、渡された書類に目を通していくと、土壌から検出された魔素量が平年に比べて遥かに高いことが示される情報が書かれていることが確認できた。
「……なるほどね。これが魔物増加の原因ってことか」
「と、言いますと?」
アンナのつぶやきの意図が汲み取れず、書類を持ってきてくれたエマが聞き返す。
「そうか、まだエマはギルドに入ったばっかりなんだっけ。魔物っていうのは、野生動物から変異するもの、元々魔物として存在するもの。大きくこの二つに分けられるんだけど、共通している最大の点は、どちらも生存を維持するには、魔力の源である“魔素”が欠かせないってところ」
一応ギルド職員であれば、定期的にギルド主催の講義が開かれ、魔物やら迷宮といった、冒険者と密接した知識を学ぶ機会があるのだが、多くの就職して間もない者は仕事を覚えるのに必死で、参加する余裕がない。そのため、魔物について良く知らないのも無理はなかった。
「ふむ……ってことは、魔素が多いほど、強い魔物が生まれやすく、数も増えやすいってことですかね?」
「そういうこと。で、今回の調査結果から見るに、どっかの誰かさんが言ってたことは本当だってことが分かったってわけ」
「私、その結果の見方が良くわからないんですけど、そんなに魔素が多かったんですか?」
「多いなんてもんじゃないわ」
アンナがため息交じりにエマの言葉に返す。
「――――ここ十年の平均のデータと比較して……およそ三十倍」
「さ、三十ッ!?」
具体的な数字を言われ、如何に調査結果が異常だったのかを理解したエマが思わず叫んだ。
「声が大きいわよ」
「な、なんでそんなにアンナさんは落ち着いていられるんですか?!」
「落ち着いてなんかいないわ。ただ、取り乱してもしょうがないでしょ?」
ここにベテランと新人の差を見せつけられてエマが息を呑む。
「それにしても、こんなにとはね……。しかもこれ、調査員が行ける領域での結果じゃない。……深部がどうなっているか、想像もしたくないわね」
この魔素量では、いつ危険な魔物が出現してもおかしくはないだろう。
幸いなことに、今のところはそれなり厄介な程度の魔物が増え続けていることに魔素が消費されて、災害級の魔物が生まれるには至っていない。
状況が悪いことに違いはないが、危険度が一つ上がるだけで、必要とされる人員は跳ね上がる。それを思えば危険度『Ⅱ』前後だけで済んでいる現状はまだマシなのだ。
「でもこのままだと危険度『Ⅲ』。……最悪『Ⅳ』もあり得るか……」
「そ、そんな……」
それを聞いたエマの表情が青ざめていく。
当然だ。危険度『Ⅳ』といえば、一匹街に侵入しただけでも壊滅的な被害が生まれ、何十人にもわたる死傷者が出る程の力を持った魔物を指す。
この街に滞在している冒険者は最大でも『C』が数人。到底対応できるような相手ではない。
「……でも、ここ最近になって急に魔素が増えたのも妙ね」
近年、魔物の討伐数の推移だけ見ればそれほど変化がない。すなわちそれは、近年――それもここ数か月になって、魔素が急に増えたということに他ならない。
中途半端な強さの魔物だけが急増したのも、突然魔素が増えたことに起因するだろう。
しかし、ここまで急に魔素の濃度が高まる条件と言ったら、人間や魔人といった、魔物とはまた違った質の魔力を持つ者達が大量死するか、大規模な魔法が無数に発動されるといった特殊な物くらいだ。
だが、そんな記録はここ十年のデータが示す通り一切ない。
つまりこの現象は人為的な何かか、天災の兆候かのどちらかという可能性が極めて高い。
「――――こんな時にマスターはどこをほっつき歩いてんのよ……」
「そういえば王都に出張してからしばらく経ちましたね。カリスさん、いつ帰ってくるのでしょうか」
各ギルドの支部で最も高い役職である『マスター』。その肩書を持ち、ギルド本部でもそれなりの立場にある彼が、魔王討伐の戦略を立てるため、ラベンド王都で開かれた国際会議に召集されてから久しい。
会議自体は終わったという手紙はだいぶ前に届いているのだが、帰ってくる様子が一切なく、彼の業務が滞っている。
「あいつ、自分の立場ってものを分かってんのかしら」
「か、カリスさんをあいつ呼ばわりはダメですよ、アンナさん」
若干のいら立ちを見せるアンナをエマが諫める。
しかし、意に介さずにアンナは続けた。
「良いのよ。こんな大事な時にいないなんて、何がマスターよ」
昔、アンナがここに配属された際、共に異動してきたのが彼だった。
そういった経緯から、必然的に付き合いは長くなり、歳も近い上に何かと話す機会が多かったため、関係は上司と部下と言えど、かなり気心知れた間柄であった。
だが、同時に彼の傍若無人っぷりはギルド内の誰よりも知っており、その被害を最も被ってきたのもアンナであるため、自然におざなりな態度になった。
「はぁぁ……。一先ず、このことを本部に報告。精密な調査を依頼して、万が一に備えて高ランクの冒険者も何人か要請しておかなきゃ」
「となると、『C』と『B』の方を十人前後ってところでしょうか?」
「……場合によってはそれ以上ね」
アンナの発言にエマが再び驚いた表情を見せる。
「……それほどですか」
「ええ……。全く、事前に教えてくれたあの子には感謝しなきゃね」
白髪の薄ら笑いを浮かべた男がアンナの脳裏に浮かぶ。
「……そういえば、アンナさんのいう“誰かさん”って何者なんですか? わざわざ休暇をとって資料をかき集めてますし、そんなに信用できる人なんですか?」
不意に発せられた言葉に、アンナは一瞬きょとんとした表情を見せるも、すぐに笑って答える。
「信用? まさか。冒険者の言うことを全て真に受けるわけないでしょう? ――――ただ、今回の情報は、真実だった場合の被害が見過ごせなかっただけ。現に、こうして結果は出てる」
ギルドの受付を長いことやっていれば、様々な冒険者を見るようになる。
ただ己の利益だけを考え行動するものから、他人を陥れようとする者と、救いようのない人間などいくらでも見る。
本当に人のためになりたいと思うなら、初めから冒険者ではなく『騎士』に就いている。
だが、ほんの一握り、そんな冒険者の中にも“良心”はいるのだ。
実際に彼がそうなのかどうかは不明だが、その辺の冒険者がこの事実を知っていれば何も言わずにこの街をとうに出ているだろう。
故に、信じられるかどうかはわからないが、信じる価値はあると、アンナは今回の結果で確信した。
「善意であろうとなかろうと、その結果を見て判断を下すのは私たちギルド職員の仕事。エマ、これからしばらく忙しくなるわよ」
「は、はい……わかりました」
■■■
「――――ッくしっ!」
「なんだ? レイ。くしゃみか?」
盛大なくしゃみの音が廃坑内に響き渡る。
零斗達はあれからロックリザードと中々遭遇せずに、廃坑の下層へと足を進めていた。
「まぁ土埃が多いし、ちょっと冷えてきたな。風邪をひくなよ」
先頭でランタンを持つロイが振り返り、零斗に声をかける。
「誰かがレイ君の噂でもしてるんじゃない?」
「噂されることをした覚えはないから、あり得ないな」
ジーナの冷やかしに毅然とした態度で零斗が答える。
「どうだかなぁ。レイは案外男前だからモテるんじゃねえのか?」
「どうしてそうなる」
加わってきた冷やかしなのかどうかわからないアランに対し、零斗が目を細めた。
「そういえば、レイ君って特徴的な見た目してるよね。白髪に黒目と赤目のオッドアイってなかなかいないわよ」
「確かにそうだよな。元々なのか? それ」
嫌な方向に話題がそれたと思いながらも、表情を崩さずに零斗が答える。
「どっちも生まれつきだよ」
『は? お前元々黒髪で、目も両方黒だったって言ってたじゃねえかッ! あれは嘘だったのか?!』
(アホ。これ以外の言い方だと話がさらにめんどくさい方向に行くだろうが)
イドリスの動揺した声に零斗が『念話』で返す。
考える器官がないため無理もないが、イドリスはかなり抜けている。今のもその例で、それ以外にも、屋敷にいるときに散々ボケを発揮してくれた。
特に、不意に零斗が本を読んでいた時、『聖戦』時代から存在していたはずの本に、質の良い紙が豊富に使われていたため製紙技術に触れたら、紙が木からできているというところで驚愕されたのには呆れて言葉も出なかった。
原始人かお前はと、思わず零斗がつっこんだのは言うまでもない。
「お前ら、話すのは良いがちゃんと警戒しとけよ」
そんなとき、雑談が多いと感じたロイから注意が入る。
――――普段からこうしていれば、かなりまともな部類に入る人間なのに、なぜ街にいるとああなのだろうか。
「へいへい。……ってか、本当にロックリザードと会わねえな。どうしちまったんだ?」
「元々そんな頻繁に会うもんでもないでしょ? ロックリザードとしょっちゅう出くわすようなら、冒険者がいくらいても足りないわよ」
「……」
アランとジーナの会話を聞いて、零斗が複雑な表情を浮かべる。
――――『迷宮』だったら、今頃十頭は会うだろうなぁ、と。
そもそも魔物発生メカニズムからして異なるため、比べるものでもないのだが、どうしてもアレに慣れてしまっている零斗はそう考えてしまう。
しかし、ジーナの言葉にアランが反論した。
「いや、いくら何でも静かすぎんだよ。こんなに歩いてたらスライムの一匹くらい会う筈だろ?」
「……言われてみれば」
廃坑のような場所に足を運ぶのは初めてのため、零斗にしてみればこういった場所における一般的な魔物の数というのが分からないのだが、どうも二人が言うに普通ではないらしい。
(――――原因は間違いなく下にいる奴らだろうな)
実は数分前から零斗は、魔力感知によってこの辺に魔物がいないことは把握していた。
加えて、ここよりもさらに奥深くにロックリザードと同程度の気配が複数、そしてそれ以上に強い気配が一つ。おそらくは、彼らを統べる長のようなもの。
それらが一点に集中していることから、ロックリザードの群れがいて、彼らがここら辺一帯を縄張りにしていることで他の魔物がいないのだろうと、零斗は推測していた。
が、それを新人だと思われている自分が言い出すのもおかしいと思い、なかなかそれを伝えられずにいた。
仮に出会ったところで十分に対応できるのだが、そうなると、少なくとも先ほどまでの手加減は難しくなるためできれば避けたいところではあった。
幸か不幸か、長らしき個体も零斗の気配を何となく察知しているらしく、零斗の力を恐れてこちらに向かってくることはないようだが、いつまでそうしてくれているか分からない。
何とか現状を変えられないかと、零斗が口を開く。
「そういや、ロックリザードの血液は後どんくらい必要なんだ?」
今回の依頼の目的だが、何も掃討してこいという物ではない。用が済めばさっさと撤退してしまうのが吉と、ロイも判断するはずである。
故に、そこに達するまでの目安を確認すべくそんなことを口にする。
「そうだなぁ……少なくともあと一体分は欲しい。できれば二体だな……それがどうかしたか?」
瓶の本数を確認しながらロイが答える。
零斗が最も警戒する場所に着くまでで、遭遇すると思しき気配はちょうど二つ。
そのことから、何事もなければ大きな気配にたどり着く前には撤退できる。それを聞いて零斗が安心する。
「……いや、ふと気になっただけだ」
「まぁここまで歩けば流石に多少疲れるか。少し休憩しよう」
零斗の発言から疲労していると思ったのか、ロイがそんなことを口にする。
「なんだレイ。お前疲れてんならさっさと言えよ」
「この辺は魔物もいなさそうだしちょうどいいわね。そうしましょう」
……本当に城の連中はこの者達を模範にすべきではなかろうか。
「ほら、レイ。これ飲んどけ」
「……?」
零斗がロイに透明な液体が入った小瓶を渡されるも、それが何なのかはわからない零斗は怪訝な表情でそれを受け取る。
「安物だが、疲労回復効果のあるポーションだ。飲んどけ」
そう言ってロイ自身も新たに小瓶を取り出してポーションを摂取する。
ポーションには前々から興味があった零斗だが、申し訳ないことに一切疲労していないため、飲む必要がない。
しかし、好意を無碍にすることもできず、飲んだフリだけしてポケットにしまい込んだ。
「あと十分くらい休憩したら行くぞ」
ちょびっとだけ改稿するつもりが、気づけばだいぶ路線変更してしまいました。
戦闘狂だったギルドマスターは消滅しました、はい。
一章のプロットが納得いかず、修正しまくってたらこうなってました。ですが、一応形になったので、これから一週間に一本くらいのペースで投稿……できたら…………良いなぁ(遠い目)




