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二十七話『仲間』

 結局、あれから大した案が出ないまま、零斗は次の日を迎え、ロイ達と共に『Dランク』の依頼をこなすべく、タルデから少し離れた廃坑へと赴いていた。

 依頼の内容は、ここに生息している『ロックリザード』という四足歩行の大きなトカゲの姿をした魔物の血液の採集。


 聞くところによると、ロックリザードの血はそれ単体で取り込むと強力な毒になるらしいが、上手く扱えば貴重な薬にできるのだという。

 どこの世界でも医者たちは偉大らしいと、それを聞いたときに零斗は真っ先にそんな感想を抱いた。

 どうやら、『回復』魔法で治せるのはあくまで外傷だけであり、毒の侵食や高度な治療には、魔法を使うことができないため、元の世界と同様、医者の手が不可欠なのだそうだ。


 ――――と、依頼に出向く前に、ロックリザードの血液の用途を聞いた時にジーナが言っていたのだが、その“毒の浄化”やら、“高度な治療”すらこなしていた『回復』の剣は一体何だったのだろうかと、零斗が疑問に思ったのはここだけの話である。

 イドリスにその点を尋ねた所、『回復』の剣による治療は、普通の魔法である『回復』とはそもそも回復させる方法が全くの別物らしい。


 こいつらを作った鍛冶師は、本当に人の身だったのかという疑惑が日に日に強まっていく一方な気がするが、きっと気のせいだろう。


 ちなみに、彼らの名前が表す通り、ロックリザードの主食は『岩石』であり、彼らの外殻を構成する成分は、殆ど食した岩石に依存するらしく、食べた岩石によって体色が変化することもあるそうだ。

 機械なしにどうやって分析したのかは不明だが、おそらく魔法や、零斗が知らない方法があるのだろうと、あまり深くは考えなかった。


 そういった習性から、彼らが繁殖した廃坑は元々あった通路が侵食され、かなり広くなる。

 最初、廃坑に行くと言ったロイが大剣を持っていたので、どこにそんなものを振り回す広さがあるのかと思っていたのだが、どうやらこういうことのようだった。

 


「レイッ、そっちに行ったぞッ! ぼさっとするな!」

「え? あ、あぁ……」


 ロイの掛け声に現実に引き戻された零斗は緊張感とは程遠い声を漏らして、ロックリザードの攻撃を紙一重で躱す。

 

「気をつけろ。こいつらはローウルフ程甘くない。油断してたら一瞬で()()()()()

「……悪い」


 零斗以外の()()は、真剣な表情でロックリザードを取り囲んでいる。

 ロイ曰く、まずは敵の動きを見極めることが大事だということで、輪に加わってはいるものの、手は出さずに戦闘の成り行きを見守っていた。



 ――――しかし、零斗は余程の強敵でもなければ、戦っている最中、すぐに相手の動きの癖から筋肉の付き具合、保有魔力、さらには予備動作までを完全に見抜けてしまうため、わざわざ観察に徹する必要など皆無であるのが悲しいところである。


 ああいう緊迫した空気も大事だとは分かってはいるものの、正直ローウルフもロックリザードも、零斗からしたら似たようなものなため、彼らの戦闘鑑賞は、ただただ退屈を増長させるものと化していた。


『……なぁ、あれ見てなきゃダメか?』


 我慢の限界が来たのだろう。イドリスが零斗に声をかける。

 考えていることはわかる。零斗も人の目がなければ、今すぐにでも、この無駄な時間を生み出す元凶のトカゲの首を落とすところだ。


(ダメに決まってんだろ。何のために正体隠してると思ってんだ)


 イドリスと契約したことで使用できる『念話』で冷静に突っ込みを入れる。


『じれってえ……』


 イドリスのつぶやきが空しく零斗の耳元で反響する。

 誠に遺憾ながら、今回ばかりはイドリスの意見に共感せざるを得なかった。



「どうだ? 今のを見て何となくロックリザードの動きはわかっただろ?」


 戦闘が終わった後、ロイが零斗に声をかける。

 

「ん、まぁ大体は」

「おいおい、見てるだけで良かったんだぜ? それくらいはしっかりしろよな」


 零斗が曖昧な返答をしたところに、昨日はいなかったメンバー、――アランが口を開いた。

 しかし、その声色は咎めるような強いものではなく、どちらかといえば新人である零斗を茶化すような、砕けた口調だった。

 

「んじゃ、次からはレイも戦闘に加わってもらう。だが、くれぐれも独断で動かないように。俺が指示を飛ばすから、その通りに動いてくれ」

「分かった」

「ロックリザードの最も警戒すべき所は、奴らの牙と爪だ。神経性の毒があるから、間違っても噛まれたり引っかかれたりするなよ」


 ロイが普段の様子とは打って変わって、淡々と零斗に説明していく。

 普段のおちゃらけた雰囲気からは想像もできない程、彼は一度戦地に赴くと頭が冴える。動きもこの三人の中では最も良い。

 最初見た時、零斗の見立てでは、ロイの実力は『D』程度だと思っていたが、もしかしたら『C』ぐらいの実力を備えているのかもしれない。

 そんなことを思わせるくらいに、戦闘中の彼は、瞬発的な判断力、対応力に優れている。


「……了解」


 ジーナが普段の彼と接していても、愛想を尽かさない理由を、零斗は何となくわかった気がした。


「おい、二人とも。作戦会議は後だ。さっさと血を瓶に集めないと劣化しちまう」


 あらかじめ持ち込んでおいた小瓶を指で弄びながら、零斗とロイにアランが見せる。

 それにロイが頷き、大剣とは別に所持していたナイフを、ロックリザードの首筋に立てる。こちらもかなり手入れが行き届いているようで、引っかかることなくすんなりと刃が通る。


「随分と切れ味が良いな」

「……まぁね」


 零斗がナイフをほめた所、ロイの表情が一瞬曇ったような気がした。

 しかし、すぐにいつも通りの雰囲気に戻り、ロイは作業を続けた。流石にそれを見て何もないとは思えず、それ以上零斗が追及するようなことはなかった。




 その後、ロックリザードと新たに出くわした一行は、今度は零斗も加えて戦闘を開始していた。


「アラン、退路を塞げ。ジーナはいつでも追撃できるように準備、レイは俺に続け」

「「「了解」」」


 ロイが指示を飛ばすと同時、各自、己のすべきことを全うすべく配置に着く。


「行くぞレイ」


 ロイが前に踏みだし、大剣をロックリザードに向かって振りかざす。

 その重さを忘れさせるような素早い素振りは、だが、空を切り、地面に叩きつけられる。

 ロックリザードは、トカゲらしい素早い動きでロイの攻撃を躱し、一瞬で自身の置かれた状況をを理解。退路は無いと判断し、最も突破が容易だと見た方へ、イグアナの疾走を思わせる動きで走り出す。


 その方向は、全員の予想通り零斗が立っている方。

 だが、誰一人として取り乱す者はおらず、ロイが冷静に零斗に向かって指示を飛ばす。


「レイっ、無理はするな。回避を最優先に考えて、可能であれば攻撃だ」

「……了解」


 短剣の柄に手をかけて、零斗が腰を落とし、ロックリザードの距離が間合いになるのをじっくり見極める。

 ……やはり、ローウルフと同じく、零斗の目には止まって見える。


 常人離れした五感が、ロックリザードの息遣い、身の運び、目線、心拍音から次に彼が取るであろう行動をつぶさに伝えてくる。

 ただ戦いを終わらすなら簡単だ。一瞬で敵との間合いを詰めて、反応が追いついていない間に首を落とす。それですべてが決まる。


 だが、これはあくまでチーム戦。連携を取らねばパーティにいる意味はない。

 

 ――――故に、零斗はギリギリまでロックリザードを引き付け、後ろで既に矢をつがえているであろうジーナに目配せした後、斜め後ろへと下がる。


 刹那、零斗の真横を矢がかすめて、ロックリザードの目に突き刺さる。


『フゥゥッッ!?』


 発声器官を持たないトカゲは、ただ苦痛に悶え、荒い息を吹きだした。

 その隙を見逃すロイとアランではない。ロイは大剣を、アランは長剣を水平に構えて、ロックリザードを挟み撃ちするべく振るう。


 しかし、その殺気を機敏に感じ取ったロックリザードは身をかがめて、寸でのところでアランの攻撃だけは回避し、ロイの大剣に弾かれる。

 重量に速度も乗った一撃は、岩の鱗で覆われているトカゲを容易に壁際まで弾き飛ばした。


 地面を転がっていったロックリザードは、すぐに体を起こした後、尻尾を高く上げ威嚇の姿勢を取る。


『シャァァッッ!』


 一瞬口を開いた際に見えた、幾多にも生えた細かい牙。あの一本一本が毒を分泌しており、さらには並の刃物よりも鋭いというのだから脅威である。

 再びロイが大剣を中段に構え、アランが逃げ道を塞ぐように立ち、ジーナが矢をつがえる。


 それを傍目で見ていた零斗は、本当に自分は必要なのかと些か疑問に思いつつも、いつも通り、()()()()()()()()()構えを取った。

 

 そして、片目を奪われても全く意に介していない様子で、ロックリザードはロイに襲い掛かる。それに対し、ロイも大剣を振り下ろして応戦する。

 ロックリザードはまたも横にずれて攻撃を躱すも、完全には避けきれなかったようで尻尾の中ほどからロイの剣で切断されていた。


 だが、それでもお構いなしに、ロックリザードは口を大きく開いてロイの腕にかみつこうと飛びつく。

 

「よっと」


 零斗がそこへ短剣を突きだして、ロックリザードの口に敢えて噛ませる。

 強引に閉じさせた口の咬合力は、地球のワニと同等。到底人間の力で抜けるはずもない。

 だが、それで構わないと、零斗が剣から手を離し、再び後ろへ下がる。


「おらぁッ!」


 いつの間にか接近してきていたアランが長剣を真上からロックリザードの脳天めがけて突き刺す。

 彼の体重が乗った上からの突きは、先端の切れ味も相まって、ロックリザードにとっての必殺の一撃となった。

 地面に叩きつけられ、逃れられる筈もなく、頭を穿たれて彼は絶命した。


「ふぅ。こんなもんかね」


 そう言ってアランが突き刺した剣を抜き、血糊を払う。


「思ったよりも呆気ないな」


 危険度『Ⅱ+』指定のロックリザードを二頭連続で相手にして、零斗はともかく、他の者も特に疲労している様子はない。そこから生まれた何気ない零斗の一言だった。


 流石、魔物との戦いに慣れている『D』ランク冒険者三人のパーティだと零斗は思う。危険度だけで言えば熊と同等の魔物を危なげなく倒してしまった。

 これを、この世界に来たばかりの頃の零斗が見たら、おそらく絶句していただろう。しかも、この強さでまだ『D』ランクだというのだから驚きだ。

 この上にさらに四段階――――。なるほど、アンナが『S』ランクを特別視していた理由もこれで頷ける。

 

 『B』ランクくらいまで行った時点で、おそらく現代人では軍人であっても対抗できるか怪しい所だろう。


 だが、零斗の一言に三人は驕る様子など一切見せないで、ロイが言った。


「四対一だったからね。これが二体、三体ともなればこうは行かない。たかだが『Ⅱ+』一体を相手にDランク三人で苦戦しているようじゃ話にならないしな」


 確かにランクが上がるにつれ、危険度が高い魔物を相手にしなければならない頻度は増える。それを思えば、ロイの言う通りこの辺の魔物如きに躓いていられないのは確かだ。

 

「ロイの言う通りではあるが、それについてこれるレイは何なんだよ。話には聞いていたが、ここまで動けるとは思ってなかったぞ」


 アランが長剣を収めながら零斗に笑いかけながら言った。


「ああ、それは俺も同意見だ。昨日の動きよりもさらに良くなっている。この調子なら、今日の依頼もすぐ片付きそうだな」

「……どうだろうな」


 ロイの言葉に、零斗がロックリザードの口から短剣を引き抜きつつ答える。

 その刃は、ロックリザードに強く噛まれたことで若干歪み、歯型が付いてしまっていた。


「……レイ、金がないのはわかるが、流石にもう少しいい武器を使うべきだと思うぞ?」

 

 今にも折れそうなくらいボロボロになっている短剣を見て、ロイが笑みを引きつらせる。

 しかし、零斗はそれに対して特に表情を変えることなく、試しに目の前で素振りをしてみせる。振り下ろし、切り上げ、逆手に持ち替えて切り返しと続けていき、問題がないことを確認して鞘に納める。


「これで十分だ」

「あ……あぁ、まぁ本人が言うならいいんだが」


 ロイがそう言うのも無理はないだろう。

 なんせ、零斗の持つ剣の値段はたったの銀貨二枚だ。宿一拍を我慢すれば買えてしまう程度の値段であり、とてもいい切れ味とは言えない。

 零斗の技量で何とか持ちこたえてはいるものの、本来こういった剣は訓練用だったりと実戦で使うことは想定されていない。

 

「いや、ロイ。ロックリザードの鱗は本物の岩並みだ。この先やり合うならそんな剣じゃ持たねえだろ。レイ、俺の予備の剣貸してやるからそれつかえ」


 そう言ってアランが、零斗に彼の持つ短剣を渡す。


「……良いのか?」

「良いっていうか、パーティにいる以上、お前の戦力が低いと困るのは俺達だ。何事にも最低限度って物がある。今日中はそれを貸してやるから、報酬でもっとマシな武器を買ってこい」


 ……何だろうか、こう。良い先輩すぎて、零斗は言葉が出なかった。

 冒険者というのは、もっと粗暴で荒くれ者が集うイメージだったのに、下手したら――いや、これはもう明らかに、かつて城で出会った者の誰よりも、ここにいる彼らは人が良い。

 

 磔にされた時は「こんな世界滅んじまえクソが」とまで考えた零斗だったが、案外捨てたものじゃないのかもしれないと思い直した。


 渡された剣を持ってみると、零斗の持っていた短剣よりも軽く、鞘から引き抜いてみても刀身には一切の刃こぼれがなく、かなり良い性能を持っていることが伺えた。


「……では、言葉に甘えて今日はこれを使わせてもらう」

「ったく、素直にありがとうって言えよ。可愛くねえな」


 そう言いながらもアランは笑っていた。

 ――――もしかしたら、この世界に呼び出される形が違っていれば、もう少しまともな生き方ができていたのかもしれないと、つられて零斗も小さく、そして……いつ振りかもわからない、心からの笑みを零した。

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