悪の連鎖
----悪の連鎖----
平和な街に事件が起きた。
夜道を歩いていた老女が背後から来た男に
バッグを奪い取られたのだ。
その際老女は転んで全治2週間の怪我をした。
この事件を皮切りに連続7件のひったくり事件が勃発した。
被害者はいずれも女性でそのうち3人が怪我をした。
総額約3万8千円の現金とカード類や化粧道具、その他諸々の被害が出た。
7件の事件のうち5件は犯人が徒歩で背後からバッグを奪い走って逃走。
後の2件は犯行にバイクが使われたがいずれも同一犯だと思われた。
犯人の特徴は身長170センチ前後の小太りの男で上下とも黒っぽい服装だった
と被害者達が口をそろえて証言したからだ。
どこにでも居る特徴の乏しい犯人像だが地元メディアは連日
犯人の背格好や服装、バイクでの犯行時はナンバープレートを隠し
黒のフルフェースのヘルメットを着用している。
等のあまり役に立たない情報を公開した 。
警察は被害を最小限に留めるため犯人逮捕までは
とにかく夜間の外出を控えるようにと喚起を促した。
この春はれて警察官となった浜中祐司は配属された交番の管轄内で
起きた初めての事件に燃えていた。
『この街の平和を乱す悪人は許さない。必ずこの手で捕まえてやる。』
そして祐司が非番の夜に偶然にも彼の近くで事件は起きた。
それは祐司が深夜に寮を出てコンビニに向かった時の事だった。
「キャー!」
街灯の乏しい通りに差し掛かった時女の悲鳴が聞こえた。
『・・・事件か!?』
祐司は全速力で声の方に駆け付けた。
「助けてー!」
そこには男にバッグを奪われそうになり助けを求める女がいた。
女を襲っているのは身長170センチほどの小太りな男だった。
『連続ひったくり犯だ!』
そう判断した祐司はすかさず突進して男の腕を掴み足を払った。
男はバランスを失って倒れたが素早く
立ち上がり戦闘態勢に入った。
「このやろう!」とわめきながら男は祐司に襲い掛かる。
祐司は男のパンチを何度か食らって苦戦したが
最後は祐司の背負い投げで方が付いた。
祐司は男の右腕を後ろにひねり上げ地面にうつ伏せに寝かせて抑え込んだ。
ここで手錠を取り出して初逮捕としたい所だったが
非番なので手錠は携帯していない。
「大人しくしろ!警察だ!」
「警察だと?ふざけるな!テメーもあの女の一味だろう。」
二人の周りにはいつしか人だかりが出来ている。
誰かが警察に電話をしたらしく一台のパトカーがやって来た。
小太りの男はパトカーから降りて来た制服の警官にすがるように言った。
「お巡りさん助けてください。バッグを盗まれました。
この男も共犯です!」
「嘘をつくな!」と祐司は男を一喝して制服の警官に敬礼した。
「自分は警察官であります。この男は強盗未遂の現行犯で確保しました。」
「・・・嘘だろう・・・あんた本当に警官だったのか?
被害者は俺なんだよ!あの女が俺のバッグを奪ったんだ。
あんたが邪魔しなければもう少しで
取り返せる所だったのにどうしてくれるんだ。」
「そんなでたらめは通用しないぞ。俺は女性の悲鳴を聞いたんだ。
あんたに襲われて彼女は助けを求めていた。」
祐司の言葉を聞いて男は制服の警官にすがる様に言った。
「何とかしてくださいよ。俺はこの先のバーFと言う店を経営しています。
あのバッグには店の売上金230万円が入っていたんですよ。」
「・・・とにかく話は署で聴きます。御同行願います。」
制服の警官は男をパトカーに乗せ続いて祐司も乗り込んだ。
女は走った。
黒い男物のクラッチバッグを大事そうに胸に抱えて女は走った。
一つ目の角を曲がると人通りの無い路地に陽子が立っていた。
陽子は走って来た女が視界に入るなり
持っていた小ぶりなボストンバッグのファスナーを開いた。
ボストンバッグの中は空だ。
走って来た女はそのボストンバッグに男物のクラッチバッグを隠すように入れた。
そして着ていた白のリバーシブルのジャンバーを裏返しながら脱ぎ黒のジャンバーとして着なおした。
黒髪のセミロングのウイッグを外して陽子に渡された厚手のメイク落とし専用のウェットティッシュで顔を拭うと濃く施された化粧が一瞬でつるりと落ちた。
陽子はウイッグを受け取り素早くボストンバッグにしまい込み
ファスナーを閉じる。
その間わずか10秒の早業だった。
その10秒の間に、走って来た女は男へと変身していた。
男の名前は龍二といった。
「上手く行ったね。龍二。」
陽子が男に寄り添うと二人は普通のカップルに見えた。
「ちょろいもんさ。世間は連続ひったくり事件で色めき立っているからな。
女の格好でバッグを奪って反撃されても悲鳴をあげりゃ誰もが女が被害者だと
思い込んで俺に加勢してくれるってもんよ。」
そう言って龍二は甲高く笑った。
「バーFの社長を襲う絶好のチャンスだったね。
社長がひったくり犯にそっくりだから誰が見ても犯人は社長の方。
社長は土曜日の夜に売上金を全部自宅に持ち帰るから
かなりな額が入っているはずよ。
この情報以前あのキャバクラでバイトした時に知ったんだけどね。」
「陽子。お前バーFでバイトしてたのか?やばいな。そういう所から
足が付いたりするもんだぜ。」
「大丈夫だよ。龍二の女装は完璧だから警察は身長165センチ位の
女が犯人と思うでしょう?
私は身長148センチだし龍二は男だから二人とも捜査圏外って事で。」
「そうか。そうだよな。」
二人は顔を見合わせて笑った。
通りの向こうではパトカーが走り回っている。
多分消えた被害者もしくは犯人と思われるクラッチバッグの
女を探しているのだろうと二人は思った。
大金が入っているバッグの中身を今すぐ確認したくてウズウズしたが
こんな所で不審な様子を人に見られてはいけない。
ましてや警察に見られたら一大事だ。
家に帰るまで我慢しようと二人で誓った。
その時龍二の携帯が鳴った。
「はい。あ。先輩。借りてた3万円ですか?明日返しますよ。
はい。長い間借りたんでしっかり利子つけて返しますよ。はははっ・・・」
そんな龍二の電話中に二人に予期せぬ災難が降りかかった。
「あっ!」
陽子は小さく呻いて転がる様に地面に倒れた。
後ろから走って来たバイクが陽子の手にしていたボストンバックを力ずくで
奪い取り陽子はその衝撃で倒れたのだった。
バイクはあっという間に走り去り隣にいた龍二もなす術が無かった。
フルフェースの黒いヘルメットの小太りの男・・・
身長は170センチ位だっただろうか・・・
「しまった・・・連続ひったくり犯だ・・・」
龍二は呆然とあっけに取られて立ちつくし
陽子は立ち上がる気力もなかった。。
「・・・そうか、、利子まで付けてくれるとはありがたいぜ。オレも今金欠でなお前をぶん殴ってでも返してもらおうと思ってたんだ。で、明日どこで落ち合おうか・・・もしもし、おい、龍二、聞いてるのか・・・もしもし・・・」
深夜の静まり返った裏通りでかすかに漏れ出る電話の声が虚しく響いた。
<完>