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古都大図書館のラヴィア司書長  作者: 南木
第2章 薬草畑の境界騒動
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二人の研究者

 正午を少し過ぎたころ。

 早めに昼食を終えたラヴィアの執務室では、部屋の主が机の上に書類を山積みにし、それら一枚一枚を確認しているところであった。

 山積みと言っても、よくあるモーレツ社会人のように、机の上に山脈が形成されていて、崩れたら窒息死しそう――――というほど大げさではないのだが、何しろ書類の内容が内容なので、普通の人が見たら思わずげんなりしてしまうことは確実だろう。



「さて、プリシラさんはまだかな」



 どうやらラヴィアは、司書プリシラを待っているようだった。これから行う仕事は、彼女がいないと成り立たない重要な仕事だ。しかも師匠(ヒュパティア)からまだやっていないのかと催促されているので、早めに終わらせたいところ。

 わずかに焦りを抱いてはいるが、自分が急いでも仕方がないことは分かっている。なので、彼はこうして、書類を再確認して心を落ち着けているのだ。



 しばらくすると、部屋の扉がドンドンと音を立ててノックされた。



「…………あれ? どうぞ、お入りください?」



 ノックの音を聞いたラヴィアだったが……なぜか、待っていたと喜ぶことはなく、逆に(いぶか)しがるような返事をする。それもそのはず、扉をノックする音が、プリシラの発する音ではなかったからだ。

 プリシラがノックするときは、もっと控えめにコンコンッと軽く小突くような音がするのだが、今のノックは握りこぶしで若干急ぐように叩かれたような音がした。

 では誰が? ラヴィアはこのノックの仕方に心当たりがある。いや、心当たりがある音だからこそ、訝しがっているのだが……



「ラヴィア! 大変だ!!」

「……どうしたのですか?」



 ラヴィアの予想は的中した。訪問者は、またしても慌てた様子のサビヌス……何度も仕事を中断されて、やや不満のラヴィアではあったが、表情には出さず……あくまで頼れる司書長として対応するよう心掛ける。

 「今度は何事ですか」と問いかけようと、書類から顔をあげたところ、サビヌスの後ろに控えていた二人の男たちから、即座に説明が始まった。



「司書長! 中庭の薬草園にある、我らのチームが所有する地区について相談があるのです!」

「サビヌス司書では話になりませんので、司書長の裁可を頂きたい!」

「おいこら、どさくさに紛れてなんつーこと言いやがる……俺じゃ話にならんってのはお前らのせいだろうが」

「ええと……あなたたちは確か、フロド薬学研究所に所属の……カトーさんとポリオさんでしたね」

「おお、我らのことを」

「ご存知でしたとは」

「お二方は、薬草学……特に回復薬の研究における第一人者として有名ですからね」



 ノッポ体型とダルマ体型という対照的なシルエットの二人、そのうちノッポの方がカトーで、もう一方のダルマがポリオという名である。

 ラヴィアが言っているように、彼らは薬草を用いて作る回復薬を長年研究しており、すでに数々の市販回復薬の開発実績を持つ。




 冒険や狩りの必需品である『回復薬』……その発展の歴史こそが、人類の開拓の歴史といっても過言ではない。傷口に当てると見る見るうちに傷が治り、煎じて飲めば病気が治る――――薬草の発見は、地上を我が物顔で歩き回る魔獣に対する何よりも強力な防具となった。継戦能力の向上、致死率の低下、それによって人類は今まで以上に経験を多く積めるようになり、最終的には地上の大部分を我が物とするまでとなったのである。

 ただ、一時は戦闘の激化に伴って薬草の回復力は物足りないものとなり、

同時に神性の啓蒙が進んだことで治療術を使う『聖術士(ヒーラー)』がメジャーになっていたこともあって、回復薬産業は斜陽となってしまう。しかし、道具屋を営む人々の努力は失われておらず、何度かの技術革新を経て、今ではかなり安価にそこそこの性能の回復薬が作られるようになったのだ。

 その証拠に、昔はコストパフォーマンスが悪いとしておすすめされなかった、

回復を完全に薬に頼る冒険者パーティーも、現在では十分実用的となっている。



 そんな回復薬は、今でも改良を重ねる日々が続いている。回復薬は全国各地にある道具屋にとっては売り上げの主力……そのため、道具の売買で財を成した富豪たちは、研究機関に資金援助したり、独自の研究機関を作るなどして、より良い製品の開発に力を注いでいるのである。


 で、この二人は後者のパターンであり、レス・プブリカ各地に支店を持つ『冒険道具のフロド商店』お抱えの研究員として、他の研究機関がうらやむような潤沢な研究資金の元、大勢の研究員と共に商品開発に勤しんでいるのだ。




「では、どのような相談なのか、話していただけますか」

『それはですね――』

「ストップ……やっぱりお二人は興奮しているようですので、代わりにサビヌスさんにお願いしてもよろしいでしょうか」

「え、ああ……それがだな…………」


 理由を聞こうとしたところ、二人は前のめりになるように、同時にまくしたてようとしてきてしまう。これでは、正確な状況判断が難しいと直感したラヴィアは、代わりにサビヌスに説明を求めた。


 サビヌスが言うには、二人は現在フロド研究所が所有する薬草園の土地を、ほぼ半分ずつ占有している状態なのだが、どちらとも自分の研究の方が重要だから、相手よりも多くの作付面積が欲しいと思っているそうな。表に裏に根回しを進めて、殆ど二人の物となってしまったフロド研究所の土地だったが、唯一……フィリスが育てているマンドラゴラだけは、手出しができないでいたらしい。

ところが、午前中の一件でマンドラゴラを抜いても害がないことが分かったので、彼女を何とか説得して別の場所に移させて、その分空いた土地を二人のどちらかが使うのだという。


 なんとも強引な話である。



「なるほど、事情は分かりました。……本来でしたら、管理局は研究機関内の問題には、他のグループへの被害がない限り不干渉なのですが、今回は特別に私が裁可しましょう。ただし、私がどのような決定を出そうとも、不服を訴えないと誓えるのでしたら……ですが」

「もちろんですとも! 司書長の判決でしたら、どのような決定も受け入れますぞ!」

「大図書館で最も公正なのは司書長ですからな、不服などありますまい!」

「いいでしょう、今の言葉はしっかりと覚えていてくださいね」


(おいおい、ラヴィアに言質を取られるのは危険だぞ。大丈夫かよ)


 大図書館で働く人たちにとって、ラヴィアは雲の上の存在であり、出来ないことはない完璧超人だと認識されている。カトーとポリオも、ラヴィアなら絶対納得できるような問題解決をしてくれるはずだと期待しているが、ラヴィアのことをよく知るサビヌスにとっては、容赦のない判断が下らないか不安に思っている。


 ラヴィアのことだ、「少し痛い目にあった方が反省するでしょう」などと言いかねない。



「しかし……今の段階では判断材料が少なすぎて公正な判断が出来ません。それに、フィリスさんはまだその土地を使っているのですから、即急に結論を出す必要はなさそうですね。なのでお二人には、後日どちらの研究が重要であるか証明していただこうと思いますが、よろしいでしょうか?」

「おお! それでしたら問題はございませぬ!」

「ぜひその目で判断していただきたい! ……そうすれば、自分の方がカトー君の発明より優れていると、司書長からお墨付きがもらえますからな」

「何を言うかねポリオ君! 自分が勝つことが前提とは聞いてあきれる! そなたのセコい研究ではとても司書長の目には(かな)うまい!」

「おいお前ら、司書長の前で口喧嘩をするな。今この瞬間にも『減点』されるぞ」

「う……見苦しいところをお見せしました司書長」

「ぐっ……も、申し訳ありませぬ」

「ふふふ、お二人とも私に判断を委ねたからには、覚悟していただきますよ」



 そんなわけで、二人はラヴィアに自分の研究課題の重要性について、後日証明する手はずとなった。この日は、それを決めるだけで解散となったため、カトーとポリオはそれ以上文句は言わず執務室から退席し、残ったのはサビヌスとラヴィアだけとなった。



「しかし、また面倒なことを持ち込んできましたね」

「仕方ないだろう! そもそも騒動の原因は俺じゃないし、なによりあの二人はこの国の先端科学を担う優秀な人材だ。はっきり言って俺の手に余る」

「そうですね…………たしかに研究機関内の内輪もめは、管理局は基本的に不干渉ではありますが、もう少し問題が大きくならないうちに解決しておきたかったのは事実です。いつか規定を見直しておきたいところですね。今回の争いの当事者たちは変なところで律儀ですからね…………他の研究機関が占有する土地に決してを出さず、大事になるような騒動も起こしていません。その良心を、どうしてお互いを尊重するということに使えないのでしょう」



 どうやらラヴィアも、今回の騒動には若干不愉快の色を隠せないようだ。

 何しろ、二人の争いは放置しておくと多大な悪影響があるにもかかわらず、大図書館の規定に抵触するような違反行為は一切行っていない。

 たとえば、他の研究機関から無理矢理土地の所有権を奪ったり、内輪もめの度が過ぎて喧嘩に発展したり……そういったことがあればすぐに処分を下せるのだが、彼らは良くも悪くも真面目な研究員なので、管理局がでしゃばるような問題を起こさないまま、抱える問題を大きくしてしまったのである。

 もちろん、他の研究機関に被害が出ないに越したことはないのだが、早期発見と対処が出来ない今の規則の問題を、もろに露呈してしまっており、このままでは他の研究機関でも同じような事件が起きかねない。


 ラヴィアとしては、何とかして全員が納得がいくような判断を下して、今回の事件の二の舞を防ぐ必要がある。一歩間違えれば、この先何十年にもわたって影響しかねない問題だけに、下手な策は打てない。



「だがまぁ、騒動の種を拾ってきたのは他でもないこの俺だ。出来ることなら何でも力になるぜ」

「ええ、助かります。まずは彼らの研究についてもう少し詳しく知る必要がありますね。それと、研究機関内での評価についても知っておかなければなりません。そんなわけで、フロド研究所の研究者の方々には私直々に個別面談を行いたいと思いますので、サビヌスさんには研究員への通知と、時間配分をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか」

「おし、わかった。いつまでにやればいい?」

「少なくとも明日までには」

「早えぇなオイ!? だが、司書長の命令とあらばやるしかねぇ、すぐにやってくるぜ」

「おねがいしますね♪ですが、廊下は走らないでくださいね」

「わかってる!」



 まずは、当事者間の情報を出来る限り集めなければならないと感じたラヴィアは、とりあえず同じチームの研究員たちに話を聞くことにした。

 何気に一切の猶予がない命令を受けたサビヌスは、すぐさま行動を開始すべく、執務室を後にした。


 そんなとき、サビヌスと入れ替わりで、先ほどからラヴィアが待っていた、司書プリシラが執務室に入ってくる。



「お待たせしましたラヴィアさん。若干問題のある方が受け付けにいらしたものですから、対応に少し時間を割かれてしまいました」

「ああプリシラさん……ようやく来ていただけましたか。そのような事情があったとは……」



 この部屋に来るのが遅れてしまったのは、どうやら受付で来館者とのトラブルがあったかららしい。こういったところでもたまにいるのだ、意味不明な苦情を言って受付を困らせる迷惑な客が。プリシラにとっては対応に慣れているとはいえ、業務の妨げになってしまうので、厄介なことこの上ない。


「ですが、ある意味でいいタイミングでした。実は、私の方にもたった今なかなか厄介な問題が舞い込んだところでして、今までその対応に追われていたのです」

「まあ、一体何があったというのですか?」

「簡単に説明しますと――――」



……説明中



「研究機関内の抗争ですか。果たして私どもが手出ししていい問題なのか……」

「今回はあくまで例外です。内部抗争というには、すでに規模が大きくなりすぎました」

「確かに、今までも研究テーマで対立して問題を起こした例は数多くありましたが、ここまで規模が大きくなったのは初めてですわ。司書長には解決のめどは立っていらっしゃるのですか?」

「一応大体の道筋は出来ています。果たしとその通りに行くかはやってみないとわかりませんが。そんなわけで、プリシラさんには悪いのですが…………今回の仕事は急遽延期いたします。すでに、大図書館内に事の次第が噂で流れ始めている以上、迅速に解決する必要があります」

「悪いだなんてそんな……ラヴィアさんのせいではないのですから、私は文句は言いませんよ」



 結局、ラヴィアが本来行おうとしていた仕事は、延期されることとなっってしまった。せっかくプリシラを呼んだにもかかわらず、何もせずに延期が決定してしまい申し訳なく思うラヴィアだったが、プリシラ自身は問題の重要さを理解してくれたらしく、不満には思わなかったようだ。


「しかし…………土着神様(ヒュパティア)がまた何か言ってこないかだけが心配ですが」

「……ええ、それが今のところ一番の懸念事項ですね。何しろ師匠はこちらの事情など、知ったことではないですから」


 現場の都合を考えないトップと、トップの都合を考えない現場に挟まれる中間管理職は、いつの時代もつらいものである。


「では、今日はこれ以上やることはなさそうですね」

「本当に申し訳ありません。わざわざお時間いただいたのに」

「いいのですよ、ラヴィアさん。むしろ、思いがけず自由時間が出来ましたので、しばらくのんびりさせてもらいましょう」


 結局、やることがなくなってしまったプリシラだったが、それをいいことに今日はもう仕事を終わりにすることにしたようだ。元々、ラヴィアの執務室で終業時間まで話し合いをする予定だったため、受け付けは別の人に代わってもらっている。あとは、先ほどのような面倒な客が来ない限りは、今日一日彼女は自由だ。


 しかし、時間が空いていると聞いたラヴィアは、別の仕事を思いついた。


「あ……そうでした。時間があるのでしたら申し訳ありませんが、大神殿に近々何か予定がないか、こっそり聞いていただけませんか?」

「大神殿に、ですか?」

「ええ、ちょっと今回の問題解決の手助けをしていただきたいと思いましてね。

あの二人には少し痛い目にあってもらって反省していただきましょうか♪」

「まぁ……」


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