詠唱1000回目の魔法
黒のローブにこれまた黒の大きなトンガリ帽子。右手に木製の杖を持った高校くらいだろうか女の子はもう一人、制服の女の子を引き連れて、闇夜の山中、奥深くにある小さな湖にきていた。
「きたれこの地に宿りし万能の精霊よ、我に幸福の叡知を与えたまえ!」
「もう何も起こらないよぅ、もう帰ろうよう、辺りも暗いしさぁ」
「由美ちゃん必ず成功させるから!彼氏の気持ちがみえてこない由美ちゃんの心に私の詠唱が答えるから!よーしもう一度!きたれこの地に……」
由美ちゃんと呼ばれた制服の女の子は後悔していた。最近すれ違い気味の二人の関係、そんな由美を心配した友達が自称魔法使いのクラスメイトを紹介したのがことの始まりだった。
腕利きらしい。
帰り道、事情を話ながら一緒に歩いていると、突然思いたったかのように、
「よし!恋愛相談ならその地に住まう精霊が常法!私についてこい!」
もうあれから時間は何時だろうか、ド田舎だから山手に入ったら携帯も圏外になっていて連絡とれないし、自称魔法使い方のこの子は悪びれることもなく必死でよくわからない言葉を繰り返し繰り返す。
「クソッなぜ受け付けん!?コード606からやり直せ!」
「(エヴοネタ?)ねーもういいよ、帰ろうよ」
「まて!あと128回でちょうど1000回だ!これで大丈夫だ!」
「(何が大丈夫なのよ!)……わかった」
彼女は私の為に詠唱をしているのだと思えば、これ以上否定的な言葉はでなかった。
私もその残り128回を数えることにした。
あと89回
あと88回
季節はずれの蛍だろうか水面に光の点がうつる。
あと32回
あと31回
気のせいだろうか、光が大きくなったような気がする。
あと15回
あと14回
暗闇の向こうのほうでぼうと、更に大きくなっているのがわかった、だんだんと回数を詠唱するにつれて、明かりは強さを増しながらこちらに近づいてくるのが感じてとれた。
あと7回
あと6回
ガサガサと何がゆっくりと近づく気配がする。
光もますます強くなってくる。
振り向くこともできないくらいの迫る恐怖を圧し殺しながら、祈るような格好で彼女は詠唱だけを聞きいっていた。
「……由美!由美!大丈夫か!?」
由美と激しく呼ばれた私はゆっくりと目を開けると、魔法使いの彼女ではなく、なぜか私の彼氏が私の名前を呼びながら目の前にいた。
「大丈夫か!?痛いところないか!?泣いてるけど大丈夫か!?まだ家にも帰ってないって聞いたから心配で、心配で、よかった、本当によかったよ」
泣きながら抱きつく二人。
その日の新聞の片隅にのるものとなった。
総動員された大人も数十人いたらしいが、停学中の魔法使いの彼女曰く、精霊が私達の位置を導いたそうだ。
私は二人の愛を取り戻してくれた彼女に感謝をしている。