ゆきだるま
「さみぃ」
しんしんと雪が降っている。
ザクザクと白い世界に足跡を刻んで行く。
日が落ちて、だいぶ時間が経ったからか非常に寒い。
いや、冬だからだろう。
「さみぃ」
腕を抱え込みながら震えながら呟く。
「はあ」
白い息を吐き、今日の出来事を思い出す。
「なあ、オマエさ、なんで生きてんの?」
心底、不思議だと言わんばかりだった。
「さあ、なんでだろう」
痛む腹を押さえながらに呻きながら、そう答えた。
「まじで、不思議だわ。俺らに理不尽に暴力振るわれてさ。周りのヤツからも色々、嫌がらせされてんだろ?」
踵をつけてしゃがみこんで髪を掴み、顔を上げさせながら、そう尋ねた。
「思い付きもしなかった」
静かにそう答えた。
「そうか。ん? 雪が降ってきたな。帰るか、お前ら」
何事も無かったように少年は淡々としゃべる。
「うーす」
軽くチャラい感じに答え。
「今日、ゲーセン行かねぇ?」
淡々と遊びに誘い。
「ボク、今日はバイトですよ」
生真面目そうな声で少年は答え。
「まじ、しゃーねぇなあ、3人で行くか?」
淡々と語りを続け。
「ワリィ、俺は母さんの買い物に行くから」
更に粗野に断られ。
「親孝行かよ、同級生イジメてんのに優しいな」
感心し。
「まあな」
同意され。
「おい、おまえは?」
最後の希望も。
「彼女とデート」
軽くチャラく流され。
「はあっ!? マジかよ! ふざんけんなよっ!」
初めて声を荒げた。
ガヤガヤとヤツラが去って行く。
「いてぇ」
無感情に空を眺めながら呟く。
降ってくる白いチラチラとしたものが視界に入る。
「本当に雪が降ってきた」
そういえば冬だ。
なんで、生きているのか?
「なんでだろう。なんで俺、生きてんのかな」
痛む体が嫌でも生きているのだと実感させられる。
それでも生きてる理由が解らなかった。
今でもまだ悩んでいる。
「いてぇし、つれぇし、生きていく理由なんてねぇけど、死ぬ理由ってのは、この現状から手早い脱出法としては一応はあるわけだ」
どうしようか?
腕を組み、震える体を少しでも暖めようとする。
「ああ、さみぃ」
それでも体は暖まらず、震えて呟く。
行くあてもなく白い世界をさまよう。
その時、目の前に白い塊が見えてきた。
ただ、2つの雪玉が重なっているそれは確かに見覚えがあった。
「ゆきだるまか、懐かしいな」
昔は、作ってたな。
寒さなんて気にせず夢中で。
あの頃はメチャクチャ楽しかった。
「ああ、そうか」
その時、俺は気づいた。
いや、気づいてしまった。
あの頃に戻れるような気がしてたから生きていたのだ。
でも、もう無理だな。
「だって、今はどうしようもなくさみぃもんな」
体を震わせながら呟く。
しかし、目の前のゆきだるまは何もないな。
記憶の中のゆきだるまは口や目や手があったけどな。
単純に雪玉が2段重ねしてあるだけじゃないか。
そうだ昔の俺は、手袋とか長靴とか着けてたな。
「もう俺には必要ないしな」
近くに落ちいてた枝を2本を差し込み、その先に手袋を着け、履いていた靴をくっつける。
「後は目と口か?」
コートからボタンを外し、目に見えるように2つのボタンを付け、近くの小枝を口に見えるように付ける。
マフラーも巻いておくか。
「やっぱ、さみぃ」
もういいか。
どんなに昔のような行動をしても。
どんなに昔を懐かしんでも。
あの頃には戻れない。
「さて、死に場所でも探すか」
何の感慨も抱かすに自然と口からそんな言葉が発せられた。
すっかり出来上がったゆきだるまに踵を返す。
「少し、お待ちください」
踵を返した傍から呼び止められた。
しかし、人なんて居たかな?
疑問を抱きながらもゆっくりとした動作で振り向いた先に、ゆきだるまが立っていた。
「この度は、私に命を吹き込んでいただきありがとうございます」
ゆきだるまが悠長にしゃべりだした。
「そうかい、そいつは良かった。わりぃがさみぃから早く死に場所探してぇんだ。もう行くぜ」
ゆきだるまがしゃべりだしたのに驚きの感情も抱けなかった。
振り向いた顔を再び前に向け、歩き始める。
「あなたが私に腕をくれた。あなたが私に足をくれた。あなたが私に光をくれた。あなたが私に言葉をくれた。あなたが私に命をくれた」
歩き続ける俺の背に声が届く。
「私はすぐに溶けるでしょう。あなた方でいう死だと思います」
返事をしない背に淡々と語りかけて行く。
「掴みたい物も掴めず、歩きたい場所も歩けず、見たいものも見れず、しゃべりたいこともしゃべれなくなる。それが、私の考える死です」
声はどんどんと遠ざかってゆく。
「だから、私はあなたに問いたい。なぜ、あなたは死にたいのですか?」
そんなのは決まっている。
ただ、理不尽に暴力を受ける。
ただ、単純に嫌がらせを受ける。
そんな最低な現状からの逃避などではない
気づいたからだ。
簡単なことで、あの頃には戻れないと悟ったからだ。
「それは、さみぃからだよ」
だから俺は弱々しい呟きに諦めの色を着け、吐き出した。
この言葉は、ゆきだるまに届いただろうか?
あるいは白い息のように世界に溶け込んでいっただろうか?
「そうですか、私は暖かいですよ。あなたが私に温もりをくれたから」
その言葉に再度、振り返った。
ゆきだるまはマフラーを握りしめていた。
「死ぬのは怖いです。でも命をいただいて温もりをいただいて、私は生きて良かったと思います。これからも生きていきたいと望みます。でも、もう私は生きれないから」
ゆきだるまはつらつらと続けてゆく。
「だから、私はあなたにももりを差し上げます。私はあなたに生きてほしいです。私は生きれないから」
ゆっくりとゆきだるまが近づいてくる。
「あなたには、私の分まで掴んで、歩いて、見て、しゃべって、そうして生きてほしいのです」
ゆきだるまの言葉に昔の記憶がフラッシュバックする。
「おい、遊ぼうぜっ!」
元気な少年の声が響く。
「結構、積もったからな。合戦だろ、合戦!」
子供たちが白い世界を駆けて行く。
「はあっ!? 雪ウサギだろ、普通」
少年は自らの常識を叫び。
「雪ウサギって、マイナーだろ」
呆れたような声で常識を壊され。
「な、なんだって。俺の冬が終わった」
絶望に沈み。
「雪ウサギ否定されただけで?!」
周りを驚かせ。
「あ、なら冬将軍やろうぜ!」
速攻で立ち直り。
「冬将軍ってなんだよ」
疑問に。
「俺の冬が終わった」
すぐに叩き潰された。
「知らねぇのかよ」
呆れられた。
「ねぇ、誰か手伝ってくれない?」
少女は気にせず、助けを求める。
「任せろ! このゆきだるまマスターの隣のコイツに手伝わせてやろう」
自信満々に他力本願をする少年。
「まあいいが」
どうでもいいかのように受ける自分。
「スゴい! 上手だね!」
助けといってもほぼ全てを作り上げ、褒められ。
「さすが、このゆきだるまマスターの隣にいただけはあるな」
何故か鼻高々の自称ゆきだるまマスターは。
「それ、関係ないだろ」
ため息を吐くように突っ込みを受け。
「ありがとうっ!」
少女は気にせず礼を言う。
「どういたしまして」
ただ静かに頭を下げた。
誰かに必要とされていた。
どんな寒い日も暖かかった。
あの温もりはもうない。
もう2度と。
その時、ビショビショに濡れたマフラーが首に巻き付いた。
「温もりは、差し上げます」
ゆきだるまは最後にそう呟くようにしゃべり、崩れ去った。
そのマフラーは冷たいはずなのに。
身を震わせるほど冷たいはずなのに。
なぜだろう、どうしてだろう。
「あったけぇ」
そんな言葉が出たのは。
厚い雲を突き破る光の柱が雪を水に変えた。




