プロローグ
「お願いします紫さん、俺の呪いを解いてください」
腰の辺りまである長い黒髪をなびかせ、とても真剣な顔をしたジャージ姿の少女が座っていた座布団から身を乗り出し、目の前にいる紫と呼んだ少女に頼みを請う。
紫と呼ばれた少女は畳の上に敷かれた座布団の上に正座をし、のんびりとお茶を飲んでいる。
その少女は小柄な顔付きで、肩の辺りまで黒髪を伸ばし、冬を連想させる雪の結晶が描かれた水色の和服を着ていた。
「……どちらざまぁでしょうか?」
湯呑を口から離し、「どうしたの?」っと言うみたいな感じに首を傾げる。
「ちょっと今ざまぁって言いました!言いましたよね!酷いじゃないですか、俺ですよ桜田一式です!」
桜田一式と名乗る十六、七ぐらいの少女は今日で世界が終わると聞かされたみたいにパニクった口調で話す。
「冗談です。で、今日はどうして女装なんかしているのですか?罰ゲームですか?以外と可愛いですね、後で写メしていいですか?」
「止めてください。後これ女装じゃなくて、マジで女性になってしまったんです。何とかしてください」
一式がとても真面目に話しているにもかかわらず、紫はニコニコ笑みを浮かべている。
彼女らの話から分かることだが桜田一式という少女は元男である。
「そのままでいいじゃないですか、可愛いですし。それに女に生まれたかったーと言う一部の男の願いが叶ったんですよ。傍からすればあなたは幸福者なんですから色々と自信持ってください」
一切笑みを崩さず、一式の不幸を心の底で嘲笑う。
だが紫の言葉も一理ある。
全ての男まで言わないが一部の男はそう考える人もいる。フリル付きとか可愛い服を男が着ると気持ち悪がれてしまうが、女なら特に問題ない。それにアニメキャラとかのコスチュームは男性より女性の方が種類はある。そういうのを着たいと思う男は顔や体格がしっかりしてるため、コスプレイヤーとしては女に生まれたかったという人はいるだろう。
そんな奇跡な現象が起きているのに元に戻せと言う少年(見た目少女)はどうしてそんなことを言うのか。
「紫さんは知っているでしょう、俺が女が苦手なこと」
一式は昔から女性とのコミュニケーションが苦手だ。結果、紫がそのことで色々とからかったり、苛めたりしたせいですっかり女性が苦手になり、そのせいで彼は女友達や恋人すら出来たことの無い。
「それは知っています、一式が童貞だってことは。ですがどうして女になったのでしょう?考えられるとして、私が作って冷蔵庫に入れていた『女性に売れる!胸増量ドリンクコーラ味(試作品)』でも飲まない限りそういう風には成らないと思うのですが、まさか勝手に飲んでなんかいないですよね~」
「……」
「……飲んじゃったようですね。あれは女性ホルモンを底上げし、より女らしくするためのドリンクです。まだ開発途中で今度実験しようと思って取っといたんですが、まさか男を女に出来るとは思わなかったです。前より身長も縮んでますし、見た感じ身長167センチ、バスト86、ウエスト57、ヒップ81ってところですかね……」
紫さんはセクハラオヤジのような目つきでジロジロと見てくる。
紫さんのことだ、このままだと何をしだすか分からない。だがそれでも元に戻れる方法を知っているのは彼女だけだ。
「勝手に飲んだのは俺が悪かったです。何でもしますから、ホントどうにかしてください」
もはや俺にはプライドなんて物は意味を成さない。元に戻れるならプライドでも何でも捨てる覚悟だ。
「その言葉に二言はないですね、分かりました。では一式には私が管理している学校に行ってもらいます。どこだかお分かりですよね?」
紫さんの言葉に背筋が凍るような寒気がした。
「え……それってまさか」
「はい、そのまさかです。私、紫堂紫が管理する学園、フォルティナ王国魔装学園にもう一度転入してもらいます」
俺は今年の春まで紫さんの学園に一年間通っていた。
「ま、まさかまたあそこに通うことになるなんて…」
俺は子供の頃、俺以外の親族を何者かに皆殺しにされ紫さんに引き取られた。紫さんのおかげで、刀の扱いと風系統の魔法の使い方がうまくなり、魔装学園で俺の右に出る奴はいないと言われる程に。
その実力を生かして単位が多くもらえる難易度の高いクエストやダンジョンを一人でクリアし、その過程で入手した様々なアイテムや武器、知識を持ち帰り学園や国に寄付した。
その結果、たった一年で3年分の単位を取得し、一人早く卒業することになった。
そのせいで『革新者』って言う変な異名を付けられ、俺としては恥ずかしい名前だが学園の生徒達にとっては目標であり憧れになっていたりする。
まあ、ちょっと距離を置かれていたのだけど……。
「制服はもう用意したわ、もちろん女子の制服をね。手続きも済んだし、この時間なら向こうは午前七時ぐらいだから今すぐ学園に来てもらうわ」
何故こんなに準備が良いんだ?
「マジかよ、早すぎだろ……」
「あっそうだ、名前の方だけどサクラってことにしといてあげたから、これからよろしくねサクラさん」
はぁ、また俺の学園生活が始まるのか…。
「勘弁してくれ……」
紫さんが立ち上がった時、突然部屋中に「にゃー」と猫の鳴き声が鳴り響いた。
「にゃー」と鳴いた声は紫さんの方から聞こえ、彼女が懐からタッチパネル式の携帯電話を取り出すと猫の鳴き声がした着信音を止め、画面を見ていた。
「見てください、サクラの女姿が余りにも可愛かったので写真撮ってアップしたら回覧数があっとゆう間に……」
「いつの間に!?っていうか消してくれーーーーーー」
俺の波乱の日々はもう始まっているようだった。