明日の為の自己犠牲者(メガンテする者)
死海の魔王との決戦です
「ここって何?」
良美の質問に較が即答する。
「死海の魔王対策本部」
近代的な監視システムが大きな室内を埋め、隣室には、戦闘要員が出番を待っていた。
「随分と素早い対応だね?」
良美の質問に較が苦笑する。
「あちき達が無駄に世界中を回っていた訳じゃないんだよ。問題の地点を特殊な魔方陣の要とした時に何処が中心点になるかって調査もされていた。そこがこの死海。そして、死海の魔王の伝承も発見したの」
「そこまで解っていたのに、どうして協力してたの?」
良美の当然の質問に較が自分達の回ったポイントを示す。
「あちき達が回らなくても、ポイントに縁が刻まれていく可能性が高い。それを考えたら、協力して、こっちでタイミングを図った方が対処しやすいって言うのが八刃の考えだった」
そこに今回の八刃の責任者、間結の長、間結陽炎がやってきた。
「相手は、魔王の中でもハイクラス。八百刃獣が直に出てきた大物だ。作戦に失敗は、許されない。心得ているな?」
較が頷く。
「復活した瞬間、全戦力で足止め、その間に、今度こそ完全にこの世界との縁を断ち切り、元の世界に送り返すんですよね?」
「その通り。縁断ちの陣が完成するまでの一時間。それが勝負の分かれ目だ」
真剣な顔で語る陽炎にそのサポートをしている朧がやってくる。
「異界との連続性が発生し始めています。後僅かで、死海の魔王が現出します」
その言葉に緊張が走り、戦闘員が死海の周りに展開されていくのであった。
その日、死海は、八刃によって完全に封鎖されていた。
封鎖理由は、生物兵器の流出、政府とマスコミには、そう発表するように国連からも通達がいっていた。
「あそこら辺のカメラマンは、ほっておいて良いの?」
良美が指差す先に隠れているつもりのマスコミが居た。
較が淡々と告げる。
「警告は、した。後は、死のうが自分の選択だよ」
唾を飲む良美。
「それだけ危険な相手だってわけだね?」
較が頷く。
「八百刃獣が直に動くなんてかなりの大物って証拠なんだよ。実際に、この死海は、死海の魔王の影響で生み出されたって話があるくらいだからね」
「生物を住む事を許さず、人の侵入すら拒絶を続ける湖。ここは、父の姿を現しています」
イートコがゆっくりと歩いてきた。
「それが本体って訳?」
較の問い掛けに、イートコが頷く。
「はい。分身は、全部八刃の監視下にあります。父が再来した瞬間、縁を断つ為に処分される事でしょう」
較が戦闘モードに移る。
「そして、あんたは、ここであちきが倒すよ!」
イートコが首を横に振る。
「残念ですが、それは、無理ですよ」
「負けない自信があるって事?」
良美の質問にイートコが胸を肌蹴る。
「あんた、まさか……」
較が目を見開く。
「父が来るまでは、死にません。最後に父の姿を見られれば十分なのです」
イートコの胸には、間違いなく致命傷の傷が刻まれていた。
彼の命を繋ぎとめているのは、八刃の監視下にある分身達の生命力であり、それを失った時、彼は、完全に死ぬしか無いだろう。
「父親に会えるのに、死を選ぶの?」
良美の問い掛けにイートコが苦笑する。
「父親ですか。父にとって私は、単なる分身の一つでしかありまえんよ。そして母は、遠い昔に死にました。何故オーフェンのメンバーが異邪である親を求めるか解りますか?」
較が首を横に振るとイートコが語る。
「孤独を癒す為です。我々は、この世界で異質すぎる。人間の親とは、寿命が異なり、人と大きく異なる力を持つ。残ったのは、異邪の親だけ。それだけが唯一の繋がりなのです」
「だからって、異邪をこの世界に侵入させる訳には、いかないよ」
較の強い主張にイートコがあっさり頷く。
「理解しています。正確に言えば、父にこの計画を指示され、オーフェンと離れ、個人で多くの人と触れ合う中で理解しました。異質だから孤独だと思っていたのは、誤解だと。同じ人間でも孤独を覚え、同時に異質な存在とも共存する事が出来る。改造されても人の中で生きる者。強制された筈の関係にも愛情を育む者。虚実を持って特別に成りながら他人を救う者。自分の命を渡してまで他人を助ける者。罪人の自覚を持ちながらも贖罪しながら生きる者。失った者の代わりに少女を助ける者。間違いを正す為に自分を犠牲にする者。異種の為に命懸けになれる者達。オーフェンという殻が孤独から護ってくれていた事を知りました。そして、その殻を脱ぎ捨てた時、人と手を取り合う事も出来ると言う真実に気付きました」
「それで、どうして死海の魔王を再来させるの? 途中でも止めれば良かったじゃない!」
較の糾弾にイートコが肩をすくめる。
「全ては、手遅れでした。でも、希望がありました。貴女だったら、打算で助けた私にすら、心からお礼を言ってくれた人達を救う事が出来る。後は、お任せします」
その言葉と同時に死海の水が巨人の姿に変化する。
『我は、侵食者イーン。全てを我が一部とせん』
巨人が触れた土や植物が単なる塩水と化し、死海の魔王の一部と変化する。
「もう終りのようです」
血を吐き倒れるイートコを較が白く輝く右手で殴った。
「ヨシ、こいつを頼んだ!」
較は、それだけ言い残すと死海の魔王に向かっていく。
驚いた顔をしていたイートコだったが、較が何をしたのかを直ぐに気付いた。
「右手に宿る八百刃獣の力で、私の分身や父親との縁を打ち砕いたのですか?」
良美が傍に来て睨む。
「死なせないよ。あんた達、急いで回復させる!」
良美に言われても渋る八刃の面子に良美が笑顔で告げる。
「こいつを生かすのは、自分のやった罪を償わせる為、それなのに、むざむざ見殺しにしたら、ヤヤに恨まれるよ」
慌てて治療を開始する八刃の面々に苦笑する良美。
「罪を償う……。それもいいかもしれないですね」
どこか満足そうな顔をするイートコであった。
死海の魔王と八刃の戦いは、熾烈を極めていた。
『アポロン』
較の放った超高熱が死海の魔王の体を蒸発するが、すぐさま死海の水を使って復活してしまう。
舌打ちする較。
「復活スピードは、抑制してる筈なんだけどな」
較の言葉通り、死海を囲む用に間結の術者が、死海の魔王の力の抑制させる結界を構成している。
並みの異邪なら行動すら出来ない筈の空間だったが死海の魔王は、平然とその力を振るっていた。
『阻害されている。貴様らが我が一部になっていないのがその証拠だ』
無造作に伸ばされる手を必死に逃げ惑う八刃の戦闘員達。
『影断』
谷走の長、湖月の影がその手を切り裂く。
「堪えるのだ、倒す必要は、ない。生き残れば我々の勝利だ!」
湖月の激励に八刃の戦闘員達も必死に技を放ち続ける。
『ウーブレス』
冷気の風を放ち、死海の一部を凍らせて行動を抑制する較だったが、氷は、すぐさま粉砕されて、飛び散った塩水が地面を浸食して死海の魔王のテリトリーを増加させていく。
「侵食者の名前は、伊達じゃない。侵食スピードが並じゃない。全員、油断すれば一瞬で奴の一部にされるぞ」
湖月の言葉に八刃の戦闘員が頷き、自分を護る気を強める。
そんな中、激しい戦闘で出来た水飛沫がこの驚愕の戦闘をカメラに収めていたマスコミに触れていく。
「これは、絶対にスクープだ! 俺達は、一気に有名になれるぞ!」
歓喜の声を上げながら塩水を拭おうとしたカメラマンだったが、手が溶け出している事に気付いた。
「嘘だろ、俺の手が塩水になってるぞ!」
その悲鳴と共に周りのマスコミも気付く。
「嫌だ! あたしの髪が塩水になってる!」
「足が! 足が塩水に!」
悲鳴が轟く。
良美が舌打ちをする。
「水飛沫まで浸食能力があるって言うの? ヤヤは、大丈夫だよね?」
治療を受けていたイートコが頷く。
「八刃の皆さんは、自分の意志力で侵食を拒絶していますから、水飛沫程度では、問題ありません。しかし、あそこに居る人達にそれを求めるのは、難しいでしょう」
良美は、イートコの様子を見て言う。
「あたしは、あいつらを避難させるからついて来て」
「危険です! 八刃の結界がある場所から出たら貴女も侵食されかねませんよ!」
イートコの忠告に良美が自信たっぷり答える。
「あたしは、もう侵食されてるから大丈夫だよ」
その言葉にイートコが良美の体の事を思い出す。
「そうでしたね。貴女は、世界を滅ぼす力と繋がっていたのでした」
マスコミの前に出て良美が告げる。
「ここは、危険だよ。今すぐに逃げな!」
それに大半のマスコミが従うが、一部の根性のあるマスコミが動かない。
「ここで死んでも、真実を民衆に伝える義務があるんだ!」
偶々日本語が解るマスコミの男性の言葉に良美が苛立つ。
「あのね、どんなに記録されても、あんた達の上が今回の事は、生物兵器の事故って事で納得している以上、真実は、伝わらないよ!」
「上がどう判断してるかなんて関係ない! 私達は、真実を伝える!」
強い意志に良美が地団駄を踏む。
「だからって死んだら始まらないでしょが!」
そんな時、イートコが微笑む。
「こんなに早く、罪を償うチャンスが来るなんて思いませんでした」
イートコは、残った力を振り絞り、良美とマスコミを護る意志の壁を生み出す。
「ちょっと待ちなさいよ。そんな事をしたら、あんたが侵食されるんじゃないの!」
慌てる良美の言葉にイートコが首を横に振る。
「大丈夫です。さっきの一撃で私と父との繋がりは、断たれました。侵食されません」
言葉と裏腹にイートコの顔色がどんどん悪くなっていく。
「全然、大丈夫そうに見えないわよ!」
良美の突っ込みにイートコが苦笑する。
「侵食されないとなると、お互いの存在を削りあうしかないのです。残念ですが、水飛沫でも父の意志力は、私を上回っています。でも安心してください。きっと護り通してみせます」
「死んだら駄目だからね!」
良美の言葉にイートコが頷く。
「当然です。まだ贖罪は、始まったばかりです。こんな所で死んでられません」
こうしている間も較達と死海の魔王の戦いは、続いている。
圧倒的な質量を誇る死海の魔王の前に、八刃の戦闘員達も一人、また一人と脱落していく。
一気に攻めてくる死海の魔王の両腕。
『影刀』
『オーディーングレードソード』
湖月の影の刀が右腕を、較の両腕に籠められた暫の意志が左腕を切り落とす。
『中々、しぶといな』
悠然と語る死海の魔王を睨みながら汗を拭う較。
「まだまだ戦えるよ!」
「引けぬ理由がある」
淡々と告げる湖月の足元まで侵食が迫っていた。
後退しながら較が呟く。
「これ以上は、魔方陣の影響範囲外にでます!」
湖月が短い沈黙の後、自分の側近の一人に告げる。
「命を懸けて止めるのだ」
「了解しました」
側近は、直ぐに死海の魔王に向かっていき、己が全ての影を使って、死海の魔王の侵食を押し返す。
「谷走の長! 何であんな命令を!」
較の怒声に湖月は、揺るがない意志を籠めて言う。
「死海の魔王を仕留められなければ、我々の家族に危険が及ぶ。それは、決して認められない。確実に撃退するチャンスを残す為なら部下の命も切り捨てる。それが八刃の家の長の役目。汝も何れは、しなければいけない事だ」
較は、両手を広げて告げる。
「あちきは、そんな切り捨てる道は、選ばない。そんな道を選んだら、ヨシが怒るからね! 『アポロン』」
二発目のアポロンが放たれ、死海の魔王の体が消失する。
すぐさま再生していく死海の魔王。
『ゼウス!』
較の強烈な雷撃が篭った拳が死海の魔王に決まる。
『イカロス』
空中で飛び上がる。
『シヴァダンス』
凍りつく水面に降り立つ較だったが、氷には、即座に亀裂が走る。
『ウー』
更に冷気を放ち、氷を厚くしていく。
『無駄だ! お前の意志力では、我が侵食を止める事すら出来ない!』
死海の魔王の声が響く中、較が笑みを浮かべる。
「侵食する物が無くなったらどうなる! 『アポロン』」
三発目のアポロンが、凍った塩水に急激な熱を与え、物質崩壊を起こさせていく。
『貴様!』
初めて困惑の声をあげる死海の魔王。
四方八方から死海の魔王の体を構成する塩水迫り、較を覆い尽くす。
『人の身で、何時まで我が侵食を防げるかな!』
死海の魔王が勝ち誇ったが、次の瞬間、較を噴出す。
『貴様、なんだ! そんな力に侵食されてたのか!』
死海の魔王が恐怖する。
噴出された較を受け止める湖月。
「白牙様に侵食されているから大丈夫だといって無茶をするな」
「もう少しは、いけると思ったんですがね」
肩で息をする較にため息を吐く。
「愚行だったな。今の無茶で、もう後が続かないのでは、意味が無いだろう」
「それでも、知り合いを犠牲にする道は、選びたくないし、選ばない!」
死海の魔王を睨む較。
『無駄だ! 我が力の前に如何なるものも逆らい続ける事は、出来ない!』
死海の魔王の宣言に湖月が告げる。
「残念だが、時間切れだ」
次の瞬間、巨大な魔方陣が完成した。
それは、死海の魔王を包み込み一気に元の世界に押し返していく。
『まだだ! まだ我が分身が残っている!』
死海の魔王の視線の先にイートコが居た。
「私は、母親が生きたこの世界で生きたいのです。これが今生の別れです」
決別の言葉、それが死海の魔王をこの世界に繋ぎとめていた最後の縁を断ち切る。
死海の塩水が死海の魔王の支配から解放されていく。
安堵の息を吐く八刃達。
「全部終わったね」
良美が地面に倒れている較に話しかける。
「大変で、被害も少なくなかったけどね」
較が周りを見る、命を捨てた湖月の側近以外にも多くの重傷者が居て、戦いの影響で周囲は、想像を絶する惨状だ。
『まだだ、まだ我は、抗わん!』
それは、マスコミの人間の体が変化した塩水だった。
魔方陣の外にあり、この世界に残ってしまったのだ。
慌てて立ち上がろうとする較だが、直前の無理がたたり、動けない。
八刃が守りに入る中、死海の魔王の残滓は、天に昇っていく。
『我は、雨となり、この世界をゆっくりと侵食していってやろう!』
死力を尽くした八刃の面々には、追撃の力は、残って無かった。
「そこまでです。この世界は、この世界の人々の物です」
イートコが死海の魔王の残滓を取り込む。
激しい拒絶反応がイートコを襲う。
「止めて! 拒絶の意志が強い貴方では、完全に対消滅するよ!」
倒れたまま叫ぶ較。
イートコが悔しそうに呟く。
「もっと、この世界に生きたかったですね」
「だったら、そうしなよ!」
良美の叫びにイートコが苦笑する。
「私が生きたいのは、今のこの世界です。死海の魔王に侵食された世界では、ないのですよ。谷走の長、止めを!」
目の前に降り立つイートコに湖月が答える。
『影断』
『ギャー!』
死海の魔王の残滓が悲鳴を上げ消滅していく。
地面に横たわるイートコに較が良美に肩を借りて近づく。
「馬鹿、自分が死んだら何にもならないって事に何で気付けなかったの?」
イートコが笑みを浮かべる。
「そうでもないですよ。貴方の助けを借りましたが、私が残せた物もある筈です。それが守れたのは、誇れる事だと思います」
「そんなんで満足なの?」
良美の指摘にイートコが目をつぶる。
「いいえ、もっと多くの人の助けになりたかった。でも、私は、これで終りです」
「諦めないで! 強い意志を持てば生き残れる筈だよ!」
較が怒鳴るが湖月が静止する。
「駄目だ、そんな事をすれば、死海の魔王まで蘇る可能性が出てきてしまう」
「それだったら、蘇った死海の魔王をホワイトファングでぶっ飛ばせば!」
良美の提案に八刃の面々が顔を歪める。
「それこそ本末転倒です。疲れきった貴女達で、制御がままならないでしょ。ですから、最後にお願いします。私の残した物があるこの世界を壊さないで下さい」
イートコの言葉に較が頷く。
「約束するよ」
その言葉を聞きながらイートコは、息絶えるのであった。
死海の魔王の騒動が終り、較達は、家に帰ってきた。
不完全燃焼の良美に較が数枚の写真を見せる。
「あれが残したものは、少しずつだけど育ってるよ」
イートコが関わった人々達のその後の写真を見て良美が立ち上がる。
「あたし達が止まってる訳には、行かないね」
較が頷いた時、電話が鳴り響く。
そして小較が掛けてくる。
「ヤヤお姉ちゃん、あれが見つかったって!」
微笑み合う較と良美。
「それじゃ、あちき達も駆け出しますか!」
「止まってられないからね!」
新たな目的に向かって走り始める較と良美であった。