第七話「真実と感情」
「ん……ん……?」
パチパチという薪が爆ぜる音で目が覚める。上体を起こし、頭を掻きながら辺りを見回す。どうも森の中らしい。
「お、起きたか」
と、後方で聞き慣れた声がした。座ったまま体をそちらに向ける。
「パレス?」
そこに居たのは紛れもなく、親友のパレスだった。
「なんでパレスが?」
「そりゃあお前を探さなきゃいけないと思ってな」
『ありがとう』と言いかけて言葉をぐっと飲み込んだ。今は弱気な自分を見せたくない。気を取り直して口を開いた。
「そうか……無事で良かった」
「そうなんだが……体、どうともないか?」
「いつもと変わらないけど……なんで?」
「いや、見つけた時、周りの草が燃えてたんだ」
「……燃えてた!?」
俺がぎょっと目を見開く。それに驚いたのか、パレスは少し仰け反った。
「あ、ああ、灰になってた。タクトの周りだけ。だが体には火傷も……いや、傷一つ無かったんだ」
「そうか……。今言った通り、俺はいつもと全く変わらないから、心配はいらないぞ」
「ならいいんだ。あまり重要なことでもないだろうし……」
「あ、そういえばレオンはどうなったんだ?」
俺は山ほどある聞きたいことを順番に潰していく為に、パレスを遮って疑問を投げかけた。
「レオン……か。とりあえず衛兵を全員殺した後……」
……殺し……た……?
……嫌だ、俺は悪いことなんてしていない。あの時の犠牲は仕方なかったんだ。
なら誤って刺した囚人はどうなる? 必要な犠牲だったのか?
嫌だ……俺が悪いなんて……
「うわぁぁぁぁ!!」
……俺がひとしきり叫び終えると、辺りは静まり返っていた。先ほどと同じ夜の平穏。
「だ……大丈夫か?」
隣から心配そうな声が聞こえてくる。その瞬間、意識を取り戻した。驚いた表情のままでそちらを向く。その表情を真顔に戻してから口を開いた。
「俺……叫んでたか?」
「ああ、耳が裂けそうな程な」
俺は三角座りになって焚き火に視線を移した。
「ごめん……。俺、分からないんだ。衛兵を殺して本当に良かったのか……」
「でもアイツらは人を苦しめる悪で……」
「そんなことをさせているのは上の奴だろう!? アイツらにはなんの罪もないはずなのに!!」
沈黙。重い空気になってしまった。余計話しにくくしてしまったようだ。
「ごめん……。罪が無い訳じゃないよな。現に俺達はあの牢獄に連れてこられたんだし……」
「でも衛兵が全て悪いということも無いのは確かだ。衛兵を動かす人間がいるんだからな」
パレスは相変わらず無表情だ。俺もこんな冷静になれたらとつくづく思う。
「ありがとう……。レオンの話なんだが……」
「あ、ああ。その後様子を見たんだがやはり……。とりあえずレオンのことはラックとアリスに任せて、俺はタクトを探しに来た、っていう経緯だ」
「で、今に至ると」
「そういうこと」
そう言うとパレスは、微笑みながら俺に向けて右手の親指を立てた。
「それで、これからどうするんだ? ラック達と何処で落ち会うかも決めてないんだろ?」
「ああ、とりあえず城に帰ろうと思う。街を経由して何週間か、かかるだろうけど、多分ラック達も城を目指して帰ってくるはずだ」
「……その間にもしも衛兵に出くわしたら、パレスに任せていいか? 今は倒せる気がしないんだ……」
「ああ、いいぞ。俺だって無理に戦わせてまた一人親友を失わせるようなバカな真似はしないからさ」
拳を握り締めそれを神妙な面持ちで見つめる。多分握り締めた拳で殴り付けたい程衛兵を憎んでいるんだと思う。親友を殺されたのだから仕方ない。でも俺の気持ちは変わらず、衛兵を悪いと思えない。他人からしたらコイツは頭がおかしくなったとしか思えないだろう。
「ありがとう……俺みたいな弱い人間を想ってくれて……」
急に熱い物が込み上げてくる。今泣いて本当に役立たずだと思われたくないのでなんとか堪えた。
「何言ってるんだ。俺達は親友じゃないか」
……その一言だけでなんとか抑えていた涙が流れだした。顔を伏せて見られないよう隠す。
「さて、もう遅いし明日は移動するし、寝るか」
それを聞くと同時に『おやすみ』とだけ言って体を横にした。早く寝て今日のことを忘れたい。
やれやれ、という声が発せられた後、パレスも眠りに着いた。それに安心して、目を閉じるといつの間にか俺は夢の中へと入り込んでいた。
その時には危険が迫っていたことを俺達は知る由もない。