第五話「声が継げる時」
小走りで牢獄に続く階段へ向かった。走らないのは、衛兵を引き付ける為だ。
ある程度引き付けたことを確認すると、一気に階段を駆け降りた。そのままの勢いで、俺が寝起きしていた牢屋へ向かう。ちなみに一番奥の牢屋だ。
開け放たれている鉄格子を潜り、一昨日の晩に見つけた洞窟の入り口である壁の前に立ち、手をかざした。
「――開け――」
俺がそう念じると、瞬時前方の威圧感が無くなった。壁が消えたことを確認しようと目を開ける。しかし、目の前の光景は予想していたものと少し違った。
――扉がすぐ前にあるのだ。開け放ったのもそのまま。だが、それに驚いている場合なのは俺が一番知ってると思う。
そう自分の中で結論づけた瞬間に飛び出す。すぐ横にあった足の長さ程の剣を取り上げようと屈んだその時、
背後にとてつもない気配を感じた。恐怖とも、力ともとれそうなそれを漂わせていたのは……
剣だった。台座に差し込まれた、厳かな気配も漂わせる剣。
引き寄せられるように、俺は剣に歩み寄る。
よく見ると、剣の周りからは白い何かが出ていた。それを不思議の思いながら、柄に手をかける。
一気に引き抜いた。
スラッとした直刀。長さは片腕の一、五倍程度だ。刃の光沢はついさっき研いだばかりなのではと思う程眩しい。そんな見た目とは裏腹に、ずっしりと重く、支えることすら危うい。
台座の下にはめ込まれていた鞘を取ると、背中にかけ、剣を下に構え洞窟を出た。
牢屋の前には衛兵は来ていなかった。素早く鉄格子を潜り抜ける。廊下の先を見た。奥の方で衛兵達が蠢いている。数人で入ったせいで詰まったのだろう。
俺は突きの体勢で構えると、蠢く衛兵へ勢い良く突進した。
どんどん距離が狭まる……。
――鮮血が飛んだ。刺さった二人が小さく呻き声を上げ、その後痙攣すると動かなくなった。剣を引き抜くと崩れ落ちた。
「んの野郎ぉ……」
横に居た衛兵が憎しみを込めて呟くと、高々と衝撃弾を掲げ俺の足元に投げつけた。
一メートル程後ろに跳んだ後、剣を斜めに構え、防御の体勢をとる。
――瞬間、爆音が廊下をこだました。
体全身に衝撃が走る。だが即死範囲は免れたらしく、痛むのは手の指と右膝だけだった。
衛兵の方を見る。残りは三人。なら……
剣を上段で水平に構えなおし、再び突っ込む。正面の衛兵の表情に猥恐の念が感じられたが、躊躇っている暇はない。三人の中心に来たことを確認すると、右足を軸に左足で思い切り地面を蹴って回転した。
回る世界の中で、生々しい音と共に生温い何かが体を染めているのを感じる。
三回転程して左足を下ろす。正面の衛兵は口と胸から体力の血を流しながら倒れた。
胸が苦しくなる。左手で剣を持たせ、右手で自分の胸を掴んだ。
俺のやっていることは、本当に正しいんだろうか……? コイツらだって一応は生身の人間。ほら、目の前で苦しんでるじゃないか……。俺はなんて罪深いことを……
――自我を見失うな――
あの時の声が遮った。瞬間、辺りの時間が静止した。俺の体も動かない。
「何を……した……」
口だけパクパクさせて、そう念じる。
――何、ここであのまま話すのは危ないと思っただけのこと。君に害を加えるつもりはない――
今日はやけに口数が多い。何かあったのか?
――俺の力が強くなったんだ――
「へ……?」
心を見破られた? なんで……
――心に語りかけてるんだ。相手の心の内くらい簡単に読める――
「――そうか……。力が強くなったというのはどういうことだ?――」
――……君に近くなったとでも言おうか……おっと、これ以上は言えない。それより、俺にこんなことを聞くより大事なことがないか?――
「――……そうだ。早く行かないと……――」
一瞬、間が空いた。その後、ハッと息を飲む音が聞こえる。そして声が聞こえた。
――……いいか? 何があっても自我を失うな。その時点で君の未来は終了する。絶対に、自我を失うなよ――
何故『自我を失うな』ということを強調したのか問おうとした時には、体は自由になっていた。
声のことは一旦諦め、剣を構えなおし、階段を駆け上がる。
目の前には大量の衛兵が俺の進行を阻むように立っていた。ほとんどは衝撃弾か剣を構えているが、一部はトゲのついたグローブを付けている。
剣を持った一人が先陣を切ってこちらに向かってくる。右手に持った剣を力任せに振り抜き、その勢いで自分の目を逸らせた。
側頭部に生温い液体がかかる。向き直り、剣を真っ直ぐ持って衛兵達の真ん中に突っ込んだ。
一人に刺さってしまい、咄嗟に目を逸らす。
衛兵の壁を抜け、突っ込んだ反動で衛兵から剣を引き抜き、そのまま凪ぎ払った。
手応えはない。それなのに前方で立っていた衛兵達の肉片が辺りに飛び散り、鮮血が汚い床をさらに汚す。
もう、人を切るのは嫌だった。嫌なのにやらなきゃいけない。その思いだけで俺は剣を振っていた。
「行け!!」
剣を返すようにもう一度凪ぎ払いながら言い放った。また三人の衛兵が地面に崩れ落ちる。
衛兵の呻き声をこちらに向かってくる足音が掻き消す。
後は前に二人、右の奥に一人いる。
前の二人が同時に切りかかってきた。怯える心を抑えて、左の衛兵の胴に突きを入れ、それを軸に回転して右の衛兵の攻撃を避ける。
回転した勢いで剣を引き抜き、右の衛兵の頭の方へ切り上げた。
仰け反って血を吹き出しながら、倒れる。倒れてきたもう一人の衛兵を押し退けると、壁の角にいる衛兵へ突っ込んだ。
丁度胴の中心に剣が刺された。衛兵が吐いた血が顔にかかる。空いた左手で拭うと剣を素早く抜いて、部屋の広い方へ向き直った。
多くいる中の三十人程が問題なく階段に向かう――はずだった。
確かに数人こちらに向かってきているが、一人、衛兵に捕まっていた。
俺のとても近くで、過ごしてきた親友。それは今、衛兵に持ち上げられるように捕まっていた。
そいつはズボンのポケットに手を突っ込み、黒い球体を取り出す。その瞬間、何をしたいのかはっきり分かった。
「レオォォォン!!」
俺が名前を呼んだそいつは、手に持った衝撃弾を地面に投げつけた。