第四話「合図」
「今言った通り、武器はここの牢獄の人数分程度はある。あとは……」
俺が続けようとすると、俺のものではない別の声が、遮った。
「そんな話を信じろって言うの?」
アリスだ。声は抑えているが、怒りのようなものがこもっている気がする。
「確かに、信じるのは難しいと思う。でも、あの時俺は確かに、温度を感じて、匂いを嗅いで、物を触った。そんな感覚は、夢に無いだろう?」
アリスが口をつぐむ。俺は続けた。
「もちろん、信じられないなら信じなくていい。俺だって証拠と言えば、感覚があった、くらいしかないからな」
一度口を閉じて、皆の返事を待った。しかし、予想に反して返事が返ってこなかったので、また口を開いた。
「地図と衝撃弾は、そこの衛兵から盗れるな。なら……脱獄は明後日決行する」
「少し早すぎやしないか?」
これはラックだ。
「作戦は早いほうがいい。帝国に気付かれたら、それこそ、ここから出られなくなる。……明日、ここの人達に『明日決行する』と、できるだけ多くの人に伝えてくれ。俺は予想外のことがあった時の指示を考えておく」
口を閉じ、一度深呼吸する。
全員の顔を見た。真剣そうだったり、うつむいていたりと様々だ。
「じゃあもう寝よう。明日の為に……」
昼から、大体の事態への対策は考えておいた。と言っても、完璧と言われるには程遠い、浅はかなものだが。
俺は、目の前に置いている、突起が幾つも付いている球体、衝撃弾を見て、言った。
「そこの衛兵が持っているのは、これだけだった。とりあえず、衛兵に捕まった時の為に、ここにいる全員分欲しかったんだが……」
衝撃弾とは、衛兵が持つ飛び道具のことだ。衝撃弾に強い衝撃を与えることで、殺傷能力のある衝撃を放つ。だから帝国では、重宝されているのだ。
ここにいるのは、俺と、友達四人、そして年配の男。
「そういえばさ……」
突然、レオンが口を開いた。とっさにそちらを向く。
「なんで僕達の分だけなの?衛兵に捕まった時の為なら、ここの牢獄に捕まってる全員分用意しなくちゃいけないよ?」
「俺達は、今回の脱獄の主謀者だ。衛兵に捕まって、そのことがバレたら、酷い……それこそ死にたくなるくらいの拷問を受けるだろう。そうなることを防ぐ為に、自ら死を選ぶんだ」
少し口を閉じ、一呼吸置くと、また口を開いた。
「ネガティブな気もするが、仕方ないんだ……」
「そういうことなら、わしはいらんよ」
年配の男の言葉に、顔を上げる。
「こんな老いぼれには、衝撃弾を投げる隙すら与えてくれんじゃろうよ」
そして、弱々しく微笑んだ。
「ありがとうございます」
俺は、男に一礼すると、傍らから地図を取る。
「次は……」
衝撃弾を、左手でそっと横によけると、地図を地面に開いた。
「いいか?作戦はこうだ――」
今日は朝から調子がいい。頭は冴えてるし、体はよく動く。
労働部屋に設置されている、大時計を見た。
短針が十を差している。もうそろそろだな……
俺は、岩に縛っている縄からゆっくりと手を離すと、大きく手を叩いた。
パァンという澄んだ音が、辺りにこだまする。
一斉に、衛兵の目がこちらを向いた。
昨日、俺が言った言葉が頭をよぎる。
『手を三回叩いたら、脱獄の合図だ』
二回目を打ち鳴らした。
今度は、空気が変わった感じがする。
そして……
「行くぞ!!」
そう言うと同時に、手を叩いた。
用語解説に、「ルーガル王国」「帝国」「衝撃弾」を追加しました。