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その方と結婚すると、あなたは失敗するでしょう

作者: はてな小僧
掲載日:2026/08/12

「赤いものと足元には、お気をつけください」


王都でよく当たると評判の占い師は、アメリアの掌を眺めながらそう告げた。


友人から話を聞き、買い物のついでに立ち寄っただけである。占いを信じていたわけではないが、せっかく来たのだから楽しんで帰ろうと思っていた。


「懐かしいご縁が、再びあなたのもとへ戻ってくるでしょう」


「まあ。どなたかしら」


「大切なものには、いつも以上にお気をつけください」


「大切なもの?」


「ええ」


それだけだった。


赤いものの何に気をつけるのか。


足元に何があるのか。


誰と再会するのか。


大切なものに何が起こるのか。


そして、それがいつなのか。


何一つ分からない。


占いとは、こういうものなのだろう。


たぶん。


「では、恋愛についても見てみましょうか」


「恋愛ですか? 婚約者がおりますが」


「では、その方とのことを見てみましょう。お名前を伺っても?」


「アルフレッド・オルディスです」


占い師は再びアメリアの掌へ目を落とし、しばらく眺めたあとで顔を上げた。


「その方と結婚すると、あなたは失敗するでしょう」


「失敗?」


「ええ」


「何に失敗するのです?」


「そこまでは分かりません」


そこは分からないらしい。


何に失敗するのかも分からないのでは、気をつけようもない。


アメリアは礼を言って店を出た。


このときはまだ、ただの占いだった。


翌朝。


自室を出て廊下を曲がったところで、目の前に真っ赤なものが現れた。


「きゃっ!」


「申し訳ございません!」


侍女が抱えていたのは、仕立て直しへ出すための真紅のドレスだった。両手いっぱいに抱えていたため、前が見えていなかったらしい。


ぶつかりそうになったアメリアは慌てて横へ避け、その拍子に絨毯の端へ靴を引っかけた。


「お嬢様!」


なんとか踏みとどまり、転ばずには済んだ。


「お怪我はございませんか?」


「え、ええ。大丈夫よ」


答えながら、アメリアは真紅のドレスを見る。


それから、自分の足元へ目を落とした。


『赤いものと足元には、お気をつけください』


赤いもの。


足元。


一つ目。


――なお、何か起こるとは言われていない


翌日。


母と茶を飲んでいると、執事が来客を告げに来た。


「お嬢様に、ロザリー・ベルモンド様がお見えです」


「ロザリー?」


幼い頃に親しくしていた子爵令嬢だった。父親の仕事の都合で領地へ移って以来、五年以上会っていない。


王都へ戻ってきたため、久しぶりに顔を見たいと訪ねてきたという。


数年ぶりの再会を喜び、昔話に花を咲かせ、ロザリーを見送ったあと、その姿が馬車の中へ消れたところでアメリアはふと思い出した。


『懐かしいご縁が、再びあなたのもとへ戻ってくるでしょう』


「…………」


二つ目。


――いつとは言っていない


そして、その翌日。


「ないわ」


アメリアは宝石箱を覗き込んだ。


中身を一つずつ確認し、もう一度最初から探す。


やはりない。


「お祖母様からいただいたイヤリングが片方ないの」


前日の外出で身につけていたものだった。


侍女たちにも手伝ってもらい、自室から廊下、玄関、馬車の中まで探したが、見つからない。


夕方になり、アメリアは自室の椅子へ腰を下ろした。


机の上には、片方だけになったイヤリングが置かれている。


『大切なものには、いつも以上にお気をつけください』


「…………三つ目」


赤いものと足元。


懐かしいご縁。


大切なもの。


三日で三つ。


アメリアの中で、占い師の的中率は百パーセントになった。


――自己判断である


そして、まだ一つ残っている。


恋愛について見てもらったときの言葉。


『その方と結婚すると、あなたは失敗するでしょう』


アメリアの顔から血の気が引いた。


アルフレッドと結婚すると、失敗する。


何に?


そこまでは分からないと言われた。


けれど、あれは恋愛について占ってもらったときの言葉だ。


アルフレッドと結婚して失敗する。


それなら。


「……結婚生活に失敗するということでは?」


傍らにいた侍女が顔を上げた。


「何のお話でしょう?」


アメリアは三日前に占い師の店へ行ったことを話した。


赤いものと足元。


懐かしいご縁。


大切なもの。


そして、この三日間に起きたこと。


「三つとも当たっているの」


「……そうでございますね」


「だったら、最後も当たるわ」


「ですが、何に失敗するかまでは分からないのでしょう?」


「恋愛について見てもらったのよ?」


「はい」


「アルフレッド様と結婚すると失敗するのよ?」


「はい」


「なら、結婚生活でしょう?」


「……そうなのでしょうか」


「ほかに何があるの?」


侍女は考えた。


「…………」


出てこなかった。


アメリアは確信した。


――証明はされていない


今はアルフレッドが好きだ。


会える日は楽しみで、来年の結婚も心待ちにしている。


だからこそ、嫌だった。


結婚したあと、毎日のように喧嘩をするようになったら。


アルフレッドに嫌われ、自分も彼を嫌いになったら。


顔を見ることすら苦痛になり、こんな人と結婚しなければよかったと思うようになったら。


そんな結婚生活を何年も続けることになったら。


好きな人と結婚して苦しい思いをするくらいなら、まだ好きな今のうちに終わらせたほうがいい。


アメリアは顔を上げた。


「婚約を解消しなくては」


三日前まで、結婚を楽しみにしていた。


――占い師の影響力が強すぎる


「ですが、どのようになさるおつもりですか?」


「それを考えるのよ」


自分から婚約を解消したいと申し出ればいい。


一瞬そう考えたものの、すぐに困った。


理由を聞かれる。


アルフレッドと結婚したくないのかと聞かれれば、違う。


嫌いになったのかと聞かれても、違う。


むしろ好きである。


「……嫌いだなんて言いたくないわ」


「では、占いのお話をなさればよろしいのでは?」


「信じてもらえると思う?」


侍女は少し考えた。


「…………」


「ほら」


「まだ何も申し上げておりません」


顔に出ていた。


「それなら、アルフレッド様から婚約を解消したいと思っていただけばいいのよ」


「どのように?」


「私を嫌いになっていただくの」


完璧だった。


自分はアルフレッドを嫌いにならなくていい。


嫌いだと嘘をつく必要もない。


アルフレッドが自分を嫌いになれば、向こうから婚約を解消したいと言ってくれる。


「でも、どうすれば嫌われるのかしら」


「私にお尋ねになりましても……」


アメリアは考えた。


アルフレッドの好きな食べ物は知っている。


好きな本も知っている。


苦手な食べ物も知っている。


暑さが苦手なことも知っている。


嫌いな女性。


知らない。


婚約者としては喜ばしいことである。


今は非常に困る。


しばらく考えた末、アメリアは顔を上げた。


「本人に聞けばいいのよ」


侍女が止まった。


「…………アルフレッド様に、でございますか?」


「ええ。本人なら確実でしょう?」


確実ではある。


――目的を知られなければ


「ですが、何とお尋ねになるのです?」


「嫌いな女性はどんな人ですか、と」


「突然?」


「……不自然ね」


そこには気づいた。


「友人の相談ということにするわ」


「どなたの?」


「架空の」


「…………」


侍女は何も言わなかった。


――言いたいことはありそうである


数日後。


アルフレッドがアメリアの屋敷を訪れた。


いつも通り茶を飲み、互いの近況を話し、会話が一段落したところで、アメリアは用意していた紙とペンを手に取った。


「アルフレッド様。一つお聞きしてもよろしいですか?」


「ああ」


「どのような女性がお嫌いですか?」


アルフレッドが紅茶のカップを置いた。


「……急だな」


やはり不自然だった。


「実は、友人から相談を受けておりまして」


「友人?」


「はい。その……婚約者に嫌われたいそうなのです」


「なぜ?」


そこは考えていなかった。


「…………事情があるのです」


――便利な言葉を見つけた


「どんな?」


「言えません」


「君は知っているのか?」


「知っています」


知らない。


架空なので。


――設定が足りない


「その友人は婚約者が嫌いなのか?」


「いいえ。大好きです」


即答した。


「大好きなのに嫌われたい?」


「はい」


「なぜ?」


「事情があるのです」


――二度目である


アルフレッドはしばらくアメリアを見ていたが、それ以上は追及しなかった。


「それで、私に嫌いな女性の特徴を聞いて、その友人に教えると?」


「その通りです」


「なるほど」


納得してくれた。


アメリアは内心ほっとしながら、ペンを構えた。


「では、お願いいたします」


「そうだな……人を見下すような女性は好きじゃない」


アメリアは紙へ書きつけた。


『人を見下す』


できない。


すぐに線を引いた。


「なぜ消した?」


「友人には難しいかと」


「そうか」


「ほかには?」


「使用人に横柄な態度を取る人」


「できません」


「友人が?」


「はい」


また線を引く。


「約束を平気で破る人」


「それも無理です」


「時間にだらしない人」


「遅刻は嫌です」


「君の好みを聞いているわけじゃないんだが」


「…………」


そうだった。


――嫌われる気はある


できないものばかりが並んでいく。


「ほかにはございませんか?」


「まだ聞くのか?」


「大事なことですので」


アルフレッドは少し考えた。


「嘘をつく人かな」


アメリアの手が止まった。


嘘。


今、まさについている。


友人などいない。


一つ。


できている。


アメリア、喜ぶ。


――ようやく成果が出た


「……なぜ嬉しそうなんだ?」


「嬉しくなどございません」


「そうか?」


「はい」


また嘘をついた。


――成果が増えた


「それから、自分を信用してくれない人も嫌だな」


アメリアは再び手を止めた。


占いのことをアルフレッドに話さず、一人で婚約を解消しようとしている。


これも、できている。


二つ目。


アメリア、さらに喜ぶ。


――多分順調に嫌われているはずである


「本当にどうした?」


「何でもございません」


「その友人、ずいぶん君に似ているな」


「親しい友人ですので」


危なかった。


「名前は?」


「…………」


「友人の名前」


「言えません」


「なぜ?」


「友人の名誉に関わりますので」


アルフレッドはしばらくアメリアを見つめた。


「アメリア」


「はい」


「その友人、本当にいるのか?」


「もちろんです」


また嘘をついた。


三つ目。


アメリア、喜ぶ。


――嫌われる前に怪しまれている


「では、その友人に伝えておきます。ありがとうございました」


アメリアは紙を畳んだ。


「待て」


「はい?」


「君、私に嫌われようとしてる?」


「…………」


ばれた。


――本人に聞けば、こうなる


「どうしてそう思われたのです?」


「今の話を聞いて、ほかに何を思えばいい?」


「友人のお話です」


「その友人は君にそっくりで、婚約者が大好きなのに嫌われたがっていて、私が嫌いだと言ったことが君にはできない。逆に、できていることを言うと君が喜ぶ」


「…………」


よく見ていた。


「それに、さっきから君が書いているのは、友人ができるかどうかじゃなくて、自分にできるかどうかだろう」


アメリアは手元の紙を見た。


『人を見下す』には線が引かれている。


その下の『使用人に横柄』『約束を破る』『時間にだらしない』にも線。


『嘘をつく』には丸までついていた。


いつの間に。


――自白書が完成していた


「……これは」


「何だ?」


言い訳が出てこない。


「アメリア」


「はい」


「なぜ私に嫌われたい?」


とうとう聞かれてしまった。


ここまで来て、架空の友人を守り通す意味もない。


アメリアは紙を膝へ置いた。


「……婚約を解消していただきたいのです」


「なぜ?」


「あなたと結婚すると、失敗するからです」


アルフレッドが黙った。


「何に?」


「結婚生活に」


「何が起きる?」


「分かりません」


「…………」


――説明になっていない


アメリアは三日前に占い師から言われたことと、その後に起きた三つの出来事を順番に話した。


すべて聞き終えたアルフレッドは、しばらく黙っていた。


「つまり、赤いものと足元に気をつけろと言われた翌日に、赤いドレスを避けて絨毯に足を引っかけた」


「はい」


「懐かしい縁が戻ってくると言われて、昔の友人が訪ねてきた」


「はい」


「大切なものに気をつけろと言われて、イヤリングを失くした」


「その通りです」


「全部当たっていると?」


「はい」


自信を持って答えた。


――自己判断である


「赤いものと足元の件だが、占い師は転ぶと言ったのか?」


「いいえ」


「怪我をすると?」


「いいえ」


「赤いドレスが現れると?」


「いいえ」


「では、何が当たった?」


「赤いものと足元です」


「…………」


そこは間違いない。


――言葉だけは合っている


「懐かしい友人の件も、いつ会うと言われたわけではないんだろう?」


「はい。でも会いました」


「イヤリングも、失くすと言われたわけじゃない」


「でも失くしました」


「それは君の不注意だ」


「…………」


アメリア、ちょっと傷つく。


――事実である


「占いなんて、何かが起きてから『これのことだった』と当てはめれば、いくらでも当たったことにできるだろう」


「でも三つとも当たりました」


「当たったことにしたのは君だ」


「…………」


そこは納得できない。


三つともちゃんと起きている。


「では、最後の占いは?」


「最後?」


「私と結婚すると失敗するという話だ。占い師は、結婚生活そのものに失敗すると言ったのか?」


「いいえ」


「私と毎日喧嘩すると?」


「言われておりません」


「私が君を嫌いになる?」


「それも……」


「君が私を嫌いになる?」


「言われておりません」


「結婚を後悔する?」


「…………それも」


「何も言われてないじゃないか」


「失敗するとは言われました」


――そこだけは譲らない


「だから、その失敗が何なのか分からないんだろう?」


「はい」


「なのに君は結婚生活に失敗すると決めた」


「恋愛について見ていただいたのですから」


「そこに戻るのか」


「大事なところです」


アルフレッドは額へ手を当てた。


――話は進んでいない


「アメリア」


「はい」


「君は私と結婚したいのか?」


「はい」


「私が好き?」


「大好きです」


即答だった。


アルフレッドの顔が思わず赤くなる。


「……そうか」


「はい」


アメリア、少し嬉しい。


――今は婚約解消の話をしている


「では、私に嫌われたい?」


「それは嫌です」


「さっきまで嫌われようとしていただろう」


「婚約を解消していただくためです」


「本当に嫌いになっても?」


「…………」


アメリアは考えた。


アルフレッドに顔も見たくないと思われる。


話しかけても返事をしてもらえない。


会いに行っても断られる。


嫌だった。


とても嫌だった。


「……困ります」


「私も困っている」


意見が一致した。


――そこだけは


「なら、嫌われるのはやめてくれ」


「分かりました」


「分かったのか」


「はい。嫌われるのはやめます」


アルフレッドの表情が少し緩んだ。


「婚約解消も?」


「それは別です」


元に戻った。


――早かった


「なぜ別なんだ」


「結婚すると失敗しますから」


「何に?」


「分かりません」


「……はぁ」


「もう一度言うが、何に失敗するのか分からないんだろう?」


「はい」


「だったら、結婚生活そのものが失敗するとは限らない」


アメリアは黙った。


「結婚したあとで何かに失敗するだけかもしれない」


「何かに?」


「例えば寝坊するとか」


「寝坊」


「忘れ物をするとか」


「忘れ物」


「そんなものまで占いの『失敗』に入れたら、誰だっていつか当たる」


アメリアは考えた。


確かに寝坊は失敗である。


忘れ物も失敗だ。


「……では」


「うん」


「結婚してから寝坊したら、占いは当たったことになるのですか?」


「そういう話じゃない」


「ですが、失敗でしょう?」


「失敗ではある」


「では当たります」


「だから、何でも当てはめられると言っているんだ」


「…………」


アメリアはようやく少しだけ分かった。


占い師は、何に失敗するのか言っていない。


いつ失敗するのかも言っていない。


結婚してから一度でも何かに失敗すれば、あの言葉に当てはめることができる。


「つまり……私が結婚後に一度も失敗しなければ、占いは外れるのですね」


「なぜそうなる」


――難易度を上げた


「違うのですか?」


「人間なんだから失敗くらいする」


「では、占いは必ず当たるではありませんか」


「だから!」


アルフレッドが声を上げかけて、止まった。


目を閉じる。


一度息を吐いた。


「……それくらい曖昧なことを言われたんだ」


「なるほど」


「分かったか?」


「はい」


今度こそ分かった。


何にでも当てはめられるなら、結婚生活そのものが失敗すると決まったわけではない。


婚約を解消する必要もない。


アルフレッドに嫌われる必要もない。


アメリアはほっとした。


「では、婚約解消はやめます」


「そうしてくれ」


「嫌われるのもやめます」


「それはもっと早くやめてほしかった」


「申し訳ございません」


ようやく話がまとまった。


――長かった


アメリアは手元の紙を見る。


「これは捨てますね」


「そうしてくれ」


『人を見下す』


『使用人に横柄』


『約束を破る』


『時間にだらしない』


『嘘をつく』


嫌われるために聞き出した条件。


アメリアは紙を二つに折った。


そこで、ふと顔を上げる。


「アルフレッド様」


「何だ?」


「一つだけ気になることが」


アルフレッドの顔に警戒が浮かんだ。


「……何だ」


「結婚してから失敗したとして」


「うん」


「何にでも当てはめられるのでしたら」


「うん」


「どの失敗が占いの失敗なのでしょう?」


「知らない……はぁ」


――ため息もつきたくなる


◇


それから一年後。


アメリアはアルフレッドと結婚した。


占い師の言葉が何を意味していたのかは、結局分からないままだった。


結婚して三日目の朝。


アメリアは目を覚まし、窓から差し込む光を見た。


明るい。


ずいぶん明るい。


「…………」


時計を見る。


朝食の時間は、とっくに過ぎていた。


「…………寝坊したわ」


結婚してから初めての失敗だった。


『その方と結婚すると、あなたは失敗するでしょう』


アメリアはベッドの上で固まった。


「…………当たった」


――やはり自己判断である


その方と結婚しなくても、あなたは失敗するでしょう。

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