一番の思い出
今日はサラやグレイと一緒に、町で行われる祭りに行くことになった。
勉強も良いけどたまには外で散歩にでも行った方が良いとお父様に言われて、ちょうど町で祭りをやるという話が聞いていたため、今は町に行く時の格好に着替えている所だ。
全体的に大人しめのドレスだが、シャツの上から着る灰色がかった青いワンピース型スカートがシンプルで可愛いから、私はむしろこの格好の方が好きだと思った。
「ユリアナも来られれば良かったのに…」
「親戚の集まりの用事ができたのであれば仕方ありませんよ、私達はユリアナ様の分まで楽しみましょう」
「うん、そうだね。帰ったらユリアナに話そう」
親戚の家に行かなければならないと言っていたユリアナは本当に残念そうだった。見送る時も『あのおじ様めんどくさいから早く終わって帰らせて欲しい』と呟いていて、相当行きたくないんだなと思った。
私のここでの記憶はまだ戻り切ってはいないものの、私もあまり親戚の家に良いイメージを持っていない。というより、美加理の時も今もその印象が変わっていないように感じる。
美加理だった頃の記憶の中で、私の姉らしき人が親戚のおじさんやおばさんから召使いみたいに扱われていた時のことが、自然と思い浮かぶ。
それを美加理としての私が、無礼にも『それぐらい自分でやれ』とおじさん達に言っていた。それを見たおばさん達からは、『女の子らしくしなさい』とか『お嫁に行くために必要なんだからお姉ちゃんだけじゃなくて貴女もいずれやるのよ』と、訳の分からない価値観を持ち出して注意されていたような気がする。
こんなこと、"普段なら"絶対はっきり言えないはずなのに。
そう思った途端、ズキっと頭が傷んだ。
「っ………!!ぅ……」
「お嬢様…?大丈夫ですか?」
「えっ…あ、大丈夫!ちょっとぼーっとしちゃってた」
美加理だった頃を深く思い出そうとすると、いつも頭が痛む。これ以上記憶に深入りするなと脳内で叫ばれているような感じだった。
(……よく考えたら…少なくともトニー・クローズに比べれば、美加理の頃の親戚はまだ良い方だと思う…多分)
深く考えたせいでまた頭が痛んだ所をサラに心配されて中止にされないよう、私は今だけはと思い、考えることをやめた。
「お嬢様、出来ましたよ」
「ありがとう、サラ」
サラに整えられた髪は、いつも下ろしている横の髪の一部を三つ編みにし、そのままポニーテールに組紐で纏めたヘアスタイルになっていた。
「お嬢様、準備は出来ましたか?」
様子を見にきたグレイの声が、扉の向こうから聞こえてきた。
ドアを開けると、いつもの執事服ではなく、貴族男性が着るような、黒を基調とした服装のグレイが立っていた。
元々今の私やサラと同じ孤児だったはずなのに、元々貴族出身と思われても不思議じゃないぐらいに、その服を着こなしている。あまりに似合っているため、私もサラも口をぽかんと開けてしまっていた。
「お嬢様?サラ?どうかしました?」
「え、ううん!なんか本物の貴族みたいだなって」
「あー…ありがとうございます…はは」
褒めたのにグレイのいつもの作ったような笑顔が少しだけ引き攣っている。
貴族みたいだという言葉が好きじゃなかったのかもしれない。
「そんなに謙遜しなくてもとても良いと思いますよ。"いつもの腹黒執事"に見えなくて」
「おいサラどういう意味だそれは」
「事実を言ったまでですけど?」
「ははっ…そうだな、サラも似合ってるぞ?"庶民感丸出し"なところが」
「本当にいちいちうるさいですね貴方は」
「俺こそ事実を言っただけだが?」
またいつもの言い合いが始まった。こんな感じだけど、サラとグレイは私がここに来る前から孤児として引き取られて以来長くここで暮らしている、いわば幼馴染という関係だ。
グレイ曰く昔から面倒がかかる妹分らしいが、言い合いをしている時の表情は幸せそうだ。
「もう!!2人とも早く行くよ!!」
だが、いつまでも続けられると祭りに行けなくなると思い、強引に2人の言い合いを切り上げた。
ーーーーーーーーーー
「……………って……なぁんで貴方がここにいるんですかぁ??」
「ただの偶然だ。それよりミーシャ、こんな所でも会えるなんて運命的としか言えないな」
グレイが不満げに聞いている相手は、まさかのアレンだった。
町に入って店を見て回っていた時、アレンに話しかけられて、今この状態である。
グレイの反応とは別に、私はアレンがこんな所にいるとは思えない嬉しさで、かけ寄りたくなる。しかし、あと半年後には本格的に社交界に出されるため、形だけでも淑女らしく振る舞うように気をつけて、それを我慢した。
「アレンも遊びに来たの?」
「ああ、宮廷にいるとどうしても息詰まる心地でな…ミーシャに会いたいと思っていたらこうして会うことが出来た、ということだ」
「っ……そうなんだ…」
私に会いたいと思っていたと知り、思わず心臓が喜びで跳ねてしまった。
前はそこまでじゃなかったのに、段々とアレンからこういうことを言われると鼓動が鳴り止まなくなっている気がする。
(こんな綺麗な人から会いたいって思ってくれるから嬉しいだけなのかもしれない…)
そう思うことで、鼓動のうるささを紛らわせることにした。
「……お嬢様、私達は遠くから見ていますのでアレン様と一緒にお祭りに行ったらどうですか?」
「は!?お前何を……いえ、なんでもありません。お嬢様も一週間前に再会したきりで会えなかったアレン様とお話ししたいでしょう?」
サラとグレイが両者とも私にアレンと行くように言ってきた。二人がせっかく提案してくれたのだから、私はコクっと頷いた。
「ではミーシャ、二人もこう言ってることだし一緒に行こうか」
アレンが差し出してきた手を、私は反射的にぎゅっと掴んだ。
「あっ…間違えた…」
本当はこっちもそっと手を差し出して乗せるだけにしなければならない。いくらここが市民の世界でも、社交界では貴族らしくないと恥をかく羽目になる。
それに気づいた私は、慌てて手を離そうとしたが、それをアレンは両手で握って離れないようにした。
「今はミーシャを嗤う不届者は誰もいない。ここでは気軽に楽しむことだけを考えれば良い」
「っ……うん」
アレンの言葉は、私を安心させてくれる。
この頃は社交界に出るための勉強をしていることで、間違えたら誰かに馬鹿にされるんじゃないかと緊張するようになっていた。けれど、アレンはそんな不安さえも私から忘れさせた。
(社交界デビューの日は…アレンに会えると良いな…)
アレンに手を引かれながら、私は様々な出店を見て回ることになった。
「サラ、お前の場合は本当に空気を読んだだけだよな?」
「当たり前じゃないですか。あの人にお嬢様の欲しがるものを買わせてグレイス家から金を出させずに済ませようとした貴方とは違います」
「……やっぱそう思ってたんだろ。考え直した俺も大概だが相手は国王だぞ」
「……あたしらの可愛いお嬢様を無責任に誑かすってんなら、国王とか以前に一人の男として女が欲しがるもんを一つでも買ってあげるぐらいの甲斐性見せろって話よ」
「全く同感だけど怖ぇよなんか。あと、俺と二人になったらひと昔前の言葉遣いに戻るのクセになってるから気をつけろよ」
「うっさい」
ーーーーーーーーーー
町の出店には、美味しそうな料理や綺麗な雑貨などがたくさんある。
アレンは欲しいものがあるなら買うと言ってくれているが、あれこれ買って欲しいと言うにはあまりに物が多すぎて、なかなか決めることもできないから言い出すこともできない。そのためか、アレンが次々に食べ物を買って食べさせてくれるが、多すぎてもうお腹いっぱいになりそうだった。
当てもなくアレンと一緒にふらふら歩いていると、東洋風のものがたくさん並んだ店が目に入った。
この場所で使われている小物とは違い、皿や着物に様々な柄が施されている。髪飾りなどのアクセサリーについても、金属ではなく木で作られているものや、造花があしらわれているものが多い。
私の髪を結んでいる組紐と同じように、糸で編み込まれているものがたくさん置いてあった。
「ミーシャ、どうした?」
「う、うん。これがなんか懐かしい…じゃなくて綺麗だなって思って」
何故か自然と"美加理"としての感覚で答えてしまい、慌てて誤魔化した。いくら前世だけでなくここで過ごした記憶を忘れていても、絶対に今の中身は美加理であることを知られたら、アレンに変だと思われるかもしれない。
「……母のことが恋しくなったのか?」
「えっ…?う、ううん…実のお母さんのことはあまり覚えてないから…」
「そうなのか…自然とその時のことを思い出したのかもしれんな」
私の考えすぎだったのかもしれない。私が前世の名前だけは覚えていることなど、アレンが考えるはずがないのだから。
そう思ってほっとしながら、東洋のものをまた眺めることにした。
すると、そこで目につくものを見つけた。
「っ……アレンの目の色と一緒…」
髪飾りの中で、アレンのサファイアみたいな綺麗な目と同じ色の組紐があった。私の今使っているものと色違いと思ってしまうぐらいに、デザインも形も全てそっくりだった。
「おや、あんたの使ってるその組紐とこれ、よく似てるね。どっかの東洋人の人と知り合った時に貰ったのかい?」
店主の女性が、私の髪を結ぶ組紐を見るなり、笑顔で話しかけてきた。
「え、えっと…私の母の…形見らしいです」
実の両親のことは全然覚えていないが、東洋の国から逃げてきた母の形見であることだけは唯一覚えていたため、そう伝えておいた。
「あらそうなの!?それじゃあ昔東洋の国から逃げてきた姫様のことは知ってるかい?」
形見という言葉に反応したのか、店主は驚いた顔をしつつも目を輝かせながら、私の母の出自とも知らずに東洋の国から来たお姫様の話を口にした。
「えっ!?そ、その…母はすぐに亡くなったので詳しくは知らないんですが…そのお姫様ってどんな人でしたか!?」
東洋の国のお姫様が母であることは伏せつつ身を乗り出して尋ねると、店主は今度は静かに語り出した。
「……私が小さい時に、船着場で綺麗な黒髪の女の子を見たんだよ。他の人が助けてあげたはものの、時々物好きな男に狙われて酷い目に遭わされそうになっててね…」
「東洋人への差別ゆえのことだな…本当に嘆かわしい話だ…」
母が昔、東洋人への差別のせいで苦労していたことは、覚えていなくても分かってしまう。混血の私も、そのせいでトニーみたいな人から変な目で見られたりしたのだから、母はそれ以上に辛かっただろう。
「…私はどうしてもあの子のことが気になって仕方なかった。でも当時はどうすることもできなくて…だからせめて東洋人への差別の気持ちは無いことをどこにいるか分からないあの子に伝えたくて、私は町を出ては東洋のものを集めるようになったんだよ」
今以上に差別が酷かった時代から、私の母をこうして案じてくれていた人がいたのはせめてもの救いだと思う。
自分のことのように涙を流す店主を見て、私も泣きそうになっていた。
「今じゃ差別意識が薄れたのか、物自体なら綺麗だと言って買ってくれる人が出てきたから…こうして祭りの日には店に出すことにしてるんだ。あの子と同じ東洋人の血を引く子がこうして来てくれて、本当に嬉しいよ…」
店主は今までの思い出で感極まって、嬉し泣きをし始めた。
この優しい人のために、私は何かしてあげたいと思った。亡くなったお母さんの代わりに。
「……あ、あのっ…私この組紐買います!」
私は青い組紐を指差し、店主にそう宣言した。最初はアレンの目の色に似ていたから気になっていただけだが、今は母の形見と同じ見た目の組紐を買うことが、この人への感謝になると思っている。
「っ……!!本当かい?」
「やっと欲しいものを言ってくれたか…私が買ってあげよう、ミーシャ」
アレンが代わりに代金を出そうとしたので、私は急いで止める。
「これは私が買いたいからアレンは良いよ!」
「そう言わず私に買わせてくれ、これで良いか?」
「はいよ、そんじゃあお釣りは…」
「結構だ。ミーシャ、この組紐で今から結んでやろう」
私が止めるのも聞かずに、アレンはさっさと組紐を買ってしまった。
そして、その場で勝手に私の髪を結い始めた。折角サラに綺麗にしてもらったにも関わらず。
「…………アレンの分からず屋」
「何か言ったか?」
「………なんでも無い」
本当はもっと空気読んで欲しいと言いたいが、店主が私とアレンのやり取りをにこにこと笑って見ているため、これ以上何も言えなかった。
以前に比べて、髪を手際良く綺麗に纏め上げてくれたのもあるから。
それでも、アレンといて楽しかったことに変わりはなかったので、また一緒に来年行きたいと思った。そして、今度同じ店に来た時はアレンに見つかる前に買おうと決意した。
それをサラ達に言ったら、楽しむことが出来たのなら何よりだと喜びながらも、グレイは「あの人をそのままお嬢様の財布にできたら良かったのに」と、よく分からないことを言っていた。それでも、お腹いっぱいと腹を撫でている様子を見た私は、二人もしっかり楽しめていたのだと安心できたのだった。
主人達は無欲なのに執事や侍女はちゃっかりしてるやつ




