愚かしい願い(前日譚)
真由視点の前日譚です。浮気相手に当たる亜紗美とはどうやって出会ったのかの話です。
大学の入学式で出会い、またどこかで会えたらと願っていた美加理に話しかけられた時は、舞い上がるほど嬉しかった。
心が汚らしい人間ばかり見てきた俺にとって、美加理は綺麗な存在だった。
空気を読まなければならない状況に毒付くことはあっても、親友を大事にし、何かあればすぐに助けようとする優しさを持っていて、腹黒を自称しても結局は純粋で繊細なところが、俺は好きになっていった。
美加理と仲良くなって、半年後に恋人同士になれた時には、もうそれ以外の幸せなど何もいらないと思った。
美加理とずっと一緒にいられれば、それで良かったのに…。
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俺は何故、こんな所にいるんだろうか。
普段なら寄り付きもしない空間のはずなのに。
「愛菜ちゃんほんとマジ可愛いわぁ〜!ぶっちゃけ立候補して良い?(笑)」
「やだぁ〜あたしはあくまでただの幹事だしぃ、たっくんいるからぁ〜!」
「つか淳史じゃ愛菜は無理だし普通に(笑)」
「とりあえず愛菜ちゃんは諦めろ、な?(笑)」
「いやいや冗談(笑)俺も流石にたっくんに殺されたくねぇし!」
「もぉ〜〜たっくんは怖くないもん!」
茶色に染めてプリン化した短髪の男淳史くんは、あからさまに愛菜さんって人が可愛いからと鼻の下を伸ばしている。それだけでも中々目も当てられないのに、その愛菜さんはぶりっ子かと言いたくなるぐらいの反応を返していて、正直会話を聞くだけで耳がキンキンしてくる。
それを茶化す友人たち二人は、語尾に(笑)を付けなきゃ気が済まないとでもばかりのふざけた喋り方で、彼氏持ちらしい愛菜さんが淳史くんと楽しそうにしてるのをちゃんと止めるそぶりもない。
はっきり言って、帰りたい。
だが、ある目的を果たすためには絶対に終わるまで帰れない。
俺は、自分の側から美加理を解放するために、浮気相手役をこの合コンで探しているのだから。
合コンに来たのは、授業で仲良くなった友達に誘われたのがきっかけだ。最初は美加理がいるからと断ろうとした。
だが、最近の美加理は俺といるとしんどそうで、以前のように本音で話してくれる雰囲気は見る影もなくなり、今では俺の顔色をやたらと伺うようになっている。そのことを思い出した時には、友達の誘いに乗っていた。
美加理が俺といるせいで辛いのなら、一緒にいるのも嫌なぐらい嫌われれば良い。そのための決定的なものは、"いつもは行かない合コンで浮気した"という事実だ。
しかし、初めて来たこの合コンはダメな気がする。
4対4の合コンで一人は彼氏持ちだし、他の女子はなんというかギラギラしてて怖いから話しかけたくない。男性陣に至っては、淳史くんやその友達は言わずもがな、俺の友達でさえチャラチャラした空気で接していて、その場の雰囲気のためとはいえ知らない人のように感じてしまう。
あまりの居心地の悪さに、何度もトイレに逃げたくなったが、それで空気を悪くする可能性も分かっているため、本当に行きたい時以外は全く身動きが取れなかった。
仕方ない、今回はただの飲み会に行ったってことにしよう。
そう思い直し、見向きもされないサラダでも食べようとトングを掴む。
「あっ、すみませんっ…!」
「ああ、ごめん!先良いよ」
掴む前に、一人の女子が伸ばした手に触れてしまった。
その女子は他の女子と違い、いかにも人数合わせで呼ばれたように大人しくしていた子だ。俺と同じように居心地悪そうにしていて、今もサラダをよそってちまちまと食べている。
流石に、この子に浮気相手役を頼むわけにはいかない。
見るからに控えめで素朴な雰囲気で、か弱そうな女子を浮気相手とするにはあまりに嘘っぽい気がする。美加理も最初は怒るだろうが、ちょっと遊んだだけと言った途端に嘘だと見抜くはずだ。
美加理に嫌われて別れを告げられるようにするための相手は、そう簡単に見つからない。そう思い、浮気相手役探しは諦めようとした。
(…………ただの浮気相手役じゃなくて、本気の相手だったら?)
ふと思った時、俺は盲点に気がついた。
浮気ではなく、本気で好きになったということにしてしまえば、それを知った美加理はただの浮気よりも別れようと考えるだろう。
そして、浮気相手ではなく、本気で好きになった相手として一番相応しいのは、美加理のコンプレックスを最も刺激するタイプの女子だ。
「あ、あのさ…」
「ッ!?は、はい…なんですか…?」
「ちょっと頼みたいことがあるんだけど…良いかな?」
頼みたい相手は、びっくりした顔でこっちを見ている。だが、いきなり変なことを言い出した俺に対して、不審そうにするのではなく、普通に了承して頷いていた。
「俺は水瀬真佑。君は?」
「えっと……如月亜紗美です」
別れるための演技とはいえ、他の女子と連絡先を交換するのは、美加理と付き合う前から今に至るまでずっとなかったことだ。
それだけで亜紗美さんは、演技の相手に相応しい。
美加理は、ずっとコンプレックスに悩まされている。
小学生時代に女子に虐められ、中学では強姦未遂に遭ったことで、舐められないような見た目にすることに拘るのは、当時の自分の見た目が冴えなかったからだと思っている。
俺はどんな美加理も好きだ。気合いの入ったメイクとファッションを纏う姿だけじゃない。亜紗美さんみたいに素朴で、本来の純粋な心根に相応しい雰囲気のすっぴん姿も愛している。
しかし、それを何度伝えても、美加理のコンプレックスは消えなかった。
特に、今の亜紗美さんのような二つ縛りの髪型に対しては非常に嫌悪心を持っていて、一番辛い過去を彷彿とさせてしまうと言っていた。
そんな美加理の前に、亜紗美さんを本気で好きになったと言えば、別れたいと告げるはずだ。
そう確信した俺は、合コンの翌日から、亜紗美さんと打ち合わせをし始めた。
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偶然美加理がグループ課題で忙しくしている期間だったのは、運が良かった。合鍵は渡していても、美加理はその期間には絶対に来ないのだ。その期間中での打ち合わせ自体、時間をかける必要もない。
美加理の課題が終わりがけの頃に毎日亜紗美さんを家に呼んで、いつでも演技できるように備えていた。
俺が亜紗美さんに頼んだのは、服装と一定の演技だけだった。
「いつも通りに服装はできるだけ淡い色でまとめて欲しい」
美加理は淡い色が似合わないと思い込んでいて、着ても舐められるかもしれないと考えているから。
「靴はヒールがないやつなら何でも良いよ」
背が低いことを気にして歩きづらそうな高いヒールの靴を履く美加理にとっては、同じく背の低い亜紗美さんがヒール無しで過ごしているのはコンプレックスを刺激するはずだから。
「美加理に何か言われてもごめんなさいって言うだけで良い」
か弱く謝る姿は、美加理にとっては過去の自分を彷彿とさせるものだから。
俺自身が、怒りに任せて対抗して掴み掛かったり、勝ち誇ったように煽ってくるような女性とは絶対関わろうとしないことを、美加理が一番よく知ってるから。
俺が自分の母親みたいな女性を苦手としていることも、全部知っている。
俺達は、それぐらいお互いのことを知り過ぎてしまったのだ。
「あの…水瀬くん」
「な、なに?」
「そんなに美加理さんのことが好きなら、こんなことまでして別れる必要なんてないと思うんですが…」
「……だからだよ。美加理のことが大事だから…俺なんかの側にいて辛い思いをこれ以上させたくない。これも美加理を自由にするためなんだ」
美加理のためなら、何も辛くない。
浮気を知った美加理にどれだけ罵倒されて、別れを告げられても受け入れる。
俺は、どうなっても良かった。
ガチャッ
「あ、美加理が来た。それじゃあ良い?」
「は、はいっ…」
美加理がもうすぐここに来る。演技の準備は出来ていた。美加理に問い詰められたら、亜紗美さんを好きな人だと言う。
そのあとは典型的な浮気男の台詞でも言えば良いだろう。
そうすれば、美加理は別れを告げる。
そんな粗末で愚かしい想定が、この後最も容易く覆され、一番最悪な結末を迎えることなど知る由もなく、俺は怒りを滲ませる美加理と対面した。
「真佑…その女誰?ちゃんとわかるように説明して欲しいんだけど」
「……………俺の…好きな人だよ」
end
次回の番外編は、柚莉奈視点の予定ですが、独立させることにしたので、今の所未定です




