愛してはいけない人(後編)
※ちょっと腐向け(一部の当事者にとってはかなり最悪)な要素とR15+な描写あり
数時間後…
「まさか俺がライヤの家に来るのが仮面舞踏会の時だなんて思ってもいなかったなぁ」
「………すまない…やはりあの如何わしい空間に一人で帰るのは恐ろしくて…」
「別に良いって!俺もお前を女嫌いにさせる姉上殿がどれだけやばいのか知りたいってのもあったしな!ははは!」
結局俺は、友人のアーサーに付き添ってもらいながら、家に帰っている。姉の開催する舞踏会に誘ったわけではない。ただ、如何わしい空間に一人で帰ると思うと、心細さを感じてしまった。
我ながら情け無いことだが、仮面舞踏会には姉のように派手な女性たちがたくさん来るため、それがどうしても耐え難かった。
付き添ってくれるアーサーの軽口も、今ではかなり救われている。
もしアーサーがいなかったら、俺は夜が明けるまで野宿でもしていたか、大人しく仮面舞踏会の餌食になるしかなかっただろう。アーサーには感謝しなければならない。
家に辿り着いた頃には、灯りも付いて騒ぐ声も聞こえてくる。
もう始まっているのかとげんなりしながら、俺は家の中にゆっくりと入った。
「………まだ誰もいないようだな」
「……おいライヤ。なんか妙な匂いしないか??」
廊下には誰もいない。ただ、騒ぐ部屋の扉の隙間から、匂いが漂っているのを感じた。
花とスパイスがそれぞれ混ざったような、刺激的な匂いが鼻を酷く付く。
扉の方に耳を傾けてみると、男性の荒い息遣いと、女性の上擦った声が聞こえてくる。中を確かめずとも、男女が互いを貪り合う悍ましい光景が広がっているのが分かってしまう。
姉が男を連れ込む度に早く終わってくれと願っていたものが始まっていると察知した途端、全身に寒気が走った。
恐怖で動けなくなっていても、扉だけは絶対開けてはダメだという強固な理性は残していなければ、二人諸共地獄行きだとはっきり分かる。
この先には行ってはいけない。
アーサーを家から逃したら、自分も部屋まで急いで逃げなくては。
「っ………アーサー………早く…………逃げ……」
「ッ……!?おい!!ライヤ!?大丈……か………!?今………………るぞ……!!」
しかし、逃げろと伝えようとした瞬間に、刺激的な匂いの強さにやられて、頭がぼんやりし始めた。
心配するアーサーの声が、段々と遠くなっていく。
欲を刺激するような匂いは、目の前をぐらつかせ、欲望に従順な本能が扉に手を伸ばすよう指示を出してくる。
目を開けているのも限界に近づいていると、頭の中でまた声が聞こえてきた。
《ライヤ…そのまま欲望に身を委ねるんだ…もう騎士道で押さえつけて我慢しているのも限界だろう…?》
またあの悪魔の声だ。
嫌だ。
悪魔の言うことなんか聞きたくない。
そう思っていても心配するアーサーの声はどんどん遠ざかって、悪魔の声の方が大きくなってくる。
《大丈夫だ…お前の禁忌に悶える苦しみはいずれ快楽に変わる。力を抜いて、目の前にあるものをただ貪り尽くせば良い…》
悪魔への拒絶心が削がれ始めた中で、俺は目の前を見つめる。
すると、突然小柄な少女が現れた。
ブルネットの長い髪、赤い組紐、危険だと分かっていても惹きつけられるブルーグレーの瞳。
ミーシャ・グレイスが、俺の前に立っていた。
「……………っ!?…………ミーシャ……?何故……こんなところに……?」
ミーシャが近づき、俺の手を優しく握る。
幻のはずなのに、その手は柔らかくて、温かい。
握られていた手はいつの間にかミーシャを押し倒し、頬に触れていた。
《……ライヤ様、私を…どうか愛してください…》
俺を誘いながらも、恥じらいから涙を浮かべる表情は、今日夢で見た悪魔がしそうにないものだ。
目の前にいるミーシャは夢と違って白を基調とした夜着を着ている。露出はさほど無いが、腰元のリボンを解けばすぐに脱げてしまう服装は、俺には存在しないはずの淫らな欲望を刺激するものだった。
「っ………ミーシャ……だめだ…!君は既に国王の愛妾で…………!?」
"国王の愛妾"という、騎士精神や理性を最後まで保つための言葉は、すぐさま打ち砕かれた。
知らぬ間に、ミーシャの白い肌は少しだけ露わになっていた。その証拠に、手の中には腰元を結んでいたリボンがあった。
夢の中では鮮明に映らなかったその身体は、女性をろくに知らない俺にとっては目を奪われるものだった。
「ッ〜〜〜〜…!!は……っ……はぁッ……」
目の前にいるミーシャは、夢とは違って涙目で顔を赤くさせ、恥じらいから太腿を擦り合わせていた。
見ているだけで欲を刺激される仕草だが、危険を孕むブルーグレーの目が、涙で光を集めてより一層惹きつけられるものと化している。
押さえつけている欲望がじわじわと露呈され始めている中で、ミーシャは口を開いた。
《ライヤ様……私をどれだけ好きにしても…構わないから…》
「ッ…………!!」
目が合った一瞬のうちに俺は理性を破壊され、すぐさまミーシャの唇を奪っていた。
形の整った唇は、すぐに食い尽くせてしまいそうなぐらい、小さくて柔らかい。本能のままに舌を絡ませると、ミーシャから上擦った声が聞こえる。
前まではそのような声を聞くと寒気がしていたが、今は何故か無性に興奮を抑えられない。
《んぅッ……ふ…ぅ……んぅうッ…!!はぁッ…ぁ…あぁッ……んんんッ…》
「ん……!んん…っ……はぁっ…ミーシャ……」
覆い被さっていることで、深い口付けを交わす度にミーシャの身体がビクッと揺れて、自分の身体に温かく柔らかいものが当たるのを感じる。
改めてミーシャを見下ろすと、その柔らかいものが目に入って、思わず喉を鳴らしてしまう。
本物が実際どうなのかは分からないが、女性が苦手なはずの俺は、ただひたすら目の前にいるミーシャを綺麗だと思っていた。
《はぁっ…はぁ……ライヤ…様………もっと…して……》
「っ………もう…これ以上は……」
口付けへの誘惑には逆らえなかったが、この先まで行ってしまえば、もう取り返しが付かなくなりそうだ。
危険を感じた俺は、すぐにミーシャから離れようとした。
「なんだもう終わりか?もっと楽しめそうだと思ったのに残念だなぁ」
「ッ………!?えっ……!?」
身体を離した瞬間、突然視界が現実に引き戻された。
俺の目の前にいるのはミーシャではない。首元まで伸びた明るい茶髪に、紫色の目を際立たせる整った顔。
今日の朝、姉と抱き合っていた男だった。
「君みたいな堅物くんがあんな色気のある表情をするとは思わなかったよ。それほどまでに愛しい人と俺を間違えるなんて…ライヤくんも可愛い所があるじゃないか、はは」
「ち、違うっ……!!俺は…ただこの部屋で充満してる匂いに惑わされていただけで…!!」
ミーシャの幻を見ながら、現実の俺はこの男と口付けを交わしていたとでも言うのか。
その事実に気づいた俺は、急いで服がはだけている男から離れようとするが、強すぎる匂いのせいでまともに身体を動かせない。というよりも、後ろから何かに押さえつけられている。
恐る恐る後ろを振り向くと、何も着ていないよりも刺激的な夜着を纏う姉がいた。
「ッ………!!あ………」
いつもなら見るのも嫌な存在だが、俺は何故か安心感を覚えてしまった。
姉が嫉妬で俺を男から引き離してくれる。
だが、そんな考えは姉を前にすればすぐに裏切られる。姉はむしろ、愉しげに俺の服を脱がそうとしていた。
「……?あ、姉…上………?何……して………?」
「少しの間だけならウィルを貸してあげる。貴方も彼に可愛がってもらうと良いわ」
姉が男のくせに気持ち悪いと罵るか、嫉妬に狂って俺を打ってくれた方がどれほど良かっただろうか。
しかし、姉はどこまでも倫理観をかなぐり捨てた快楽主義らしく、ウィルと名乗る目の前の男に俺を差し出そうとしていた。
「やめて下さい…!!俺は………っ!?」
胸元を晒されて逃げようとしたが、腰に大きい何かが触れた途端、身体が凍りついた。いやらしい手つきで撫でてくる男は、人を淫らに誘惑する悪魔と同じ目をしていた。
「ねえ、ライヤくん。国王を助けた時と同じ格好してきてよ。ちゃんと言う通りにできたら…出来るだけ"優しく"するよ」
耳元で囁かれた最後の一言の意味を察してしまった俺は、恐怖のあまり言葉を失った。
助けを求めなければと思い、声をなんとか絞り出そうとした。
「あ……ぁ………ッ……だれ……か………」
しかし、俺の口から出たのは、誰にも届かぬほどのか細い声だった。
俺が何も言えずにいるのを良いことに、男の手は腰から背にかけてねっとりと撫でてくる。
気持ち悪い。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!!!
どうして姉はこんな見境のない男を愛せるのだろうか。
何故、俺はこの男を倒せないのか。反乱の時のように斬り殺してやりたい。なのに身体は動いてくれない。
それどころか、目からはじわりと涙が滲み始めていた。
「ライヤくん?もし動けないなら俺が手伝ってあげても…」
「おいてめえ!!ライヤに何してやがる!!!今すぐ離れろ!!!」
「ッ………!?」
ぼんやりしていた頭を覚醒させる声が、動けない俺を悪魔の手から強引に引き剥がした。
「……あ………アーサー……?」
「ライヤ!!大丈夫か!?突然扉開けて中に入ってったからびっくりしたんだぞ!!!」
「………すまない……結局迷惑かけて………」
「謝る必要ねぇよ!それより早く飲め!!」
アーサーは俺を醜悪な場から避難させると、俺に水の入ったコップを渡した。
「ありがとう…アーサー……ごくっ……」
水を飲むうちに、少しずつ昂りが治っていく。
アーサーが来てくれなかったら、俺は姉のお気に入りの男に犯されていたかもしれない。
悍ましい空間から抜け出すと、俺は何故幻とはいえミーシャに欲望を晒すような真似をしてしまったんだと、記憶から消し去りたいほどの後悔に襲われた。
「それにしても、本当にイカれてるな…あんな人が姉だなんて…お前が女嫌いになるのも無理ないと思ったわ。しかも相手の男…見境なさすぎだろ…」
「…………俺も油断していた…姉の快楽主義が男の趣味にまで影響してたとは思わなかった…」
「……今日は災難だったな。ライヤ、明日は休め。俺が団長に話つけとくから」
「何から何まですまない…それと…図々しい願いになるかもしれないが、今度からこういう状況になりそうだと思ったらお前の家に泊まってもいいか…?」
「そんなの当たり前だろ!!さっきも見てたけどマジで危なかったからな!!」
図々しいお願いも即答で承諾されるほど、俺は危ない状況に陥っていたらしい。益々今回のことは後々まで忘れることもなく猛省すべきことだと、強く考えさせられた。
「………今回の恩は絶対に忘れない…本当に感謝する…アーサー」
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あの悍ましい仮面舞踏会から、また一年近く経とうとしている。
結局、今では姉とあの時の男にはもう別々の相手がいる。もうどうでも良い話だが。
仮面舞踏会の日以来、俺に似た悪魔は悪夢を見せなくなった。
幻でもミーシャに対して欲望を曝しかけたことに満足したのだろうか。否、その満足も一時だけで、また悪夢を見せに来るだろうと思っていた。
だが、一ヶ月前についにミーシャと対面し、もう避け続けることに限界がある状況まで来てしまったのか、悪魔はほとんど現れなくなった。
それどころか、最近では国王とミーシャの関係に亀裂が入り、話す様子も全く見られなくなったと噂されている。そのためか、俺とミーシャに一線を越えさせたがっていた悪魔は、本当に満足したらしい。
(それはそれとして…ミーシャに会うとまた俺が俺じゃなくなるような気がするのは気のせいだろうか…)
あの悍ましい日まで認識していたミーシャとは随分違った様子だったが、幻で見せた姿とは違い、さっぱりした性格は、俺に安心感を覚えさせる。
しかし、知り合ったばかりの頃のミーシャはまだ国王陛下との仲が良好だったと思うと、何故か胸が痛む。
アーサーに相談すると、「お前もついに恋したか!?」とにやにやされた。
そんなわけないと否定したかったが、前までは危険だと警戒したブルーグレーの瞳を見ても、今は特に理性を失うことはない。今では目を見るよりも、ミーシャの笑った顔を見る方が、胸が高鳴るぐらいだ。
俺は、ミーシャのことが好きなのだ。
悍ましい仮面舞踏会のせいで、誰も愛せないと改めて認識したが、その認識すらも本物のミーシャによって覆されたに違いない。
「………っ……なんだろう……最近妙に頭が痛むな…」
しかし、ミーシャを好きになったことよりも、俺は深刻な問題を抱えている。
ミーシャと本格的に知り合い、関わるようになってから、時折頭がズキっと痛むことがあるのだ。ミーシャは国王の愛妾だと再確認させられる度に。
絶対叶わない恋だと思ってのことだろうか。
当たり前だ。愛妾とはいえ、国王が寵愛している相手と交際関係になれば、俺は罰を受ける可能性が十分にある。
それでも、想いを伝えること自体は重罪ではないとは思っている。愛に狂っている姉とは違って、俺は想いを伝えられれば良い。
自分がこんなこのを考える日が来るなど、昔は想像もできなかっただろう。
今ではそれも懐かしいことだと思いながら、俺は騎士に昇格してから行くようになった宮廷に、今日も向かった。
俺を苦しめてきた悪魔が、再び強い力を持って忍び寄っていることも知らずに。
end
次回は前日譚という形での真佑視点の話です




