愛してはいけない人(中編)
ライヤ視点の番外編続きです。
冷酷の騎士編で悪魔が登場したので、中編と後編一気に出します。
「………また最悪な夢を見てしまった…いつ解放されるだろうか…」
ミーシャと関わるのは危険だと判断したあの日から、俺は何度も悪夢を見ては目を覚ますようになった。
最初の頃は、ただもやもやした黒い何かに囁かれているだけだった。だが、二ヶ月ほど経ち、ミーシャが王の愛妾となったことをやっと知ってからは、その内容も明確にはっきりとし始めた。
俺に少し似ている男が、悪魔のように囁いていた内容を知った時は、その悍ましさに吐き気すら覚えた。
"ミーシャ・グレイスを我が物にしてしまえ"
"その時こそ、俺もお前も極上の悦びを味わうことができる"
下劣かつ淫らな誘惑が、俺の頭から離れない。
口の端を吊り上げ、舌舐めずりをしながら、ねっとりと囁く悪魔はまるで俺の姉のようで、心底気味が悪く、軽蔑せずにはいられない。
夢の中でも騎士としての誇りを捨てまいと、必死に首を横に振って拒絶したが、最近ではその意思が思わず揺らぎそうになってしまう。
今日に至っては俺に似た悪魔が何も纏わないミーシャの姿に変身して、無理やり身体に触らせようとしてくるという、一番見たくない悪夢を見てしまった。
危険を孕むブルーグレーの瞳が俺を捕らえ、はっきりとは見えないが、柔らかそうな白い肌に触れさせようとするあの姿は、俺の知っているミーシャとは到底思えなかった。
まだその姿で言葉を喋らなかっただけマシだが、あの悪魔のことだ。そのうちミーシャの姿で、淫らな誘惑をしてくるに違いない。
悪魔は、何故俺にミーシャと一線を越えさせようとするのだろうか。
ミーシャを避け始めてから見るようになったということは、避けなければ見なくなるのだろうか。
今までは危機的本能から逃れようとそうしてきたが、どうすれば良いのか分からなくなった。
朝食を終えた後も寝癖を治す余裕はなく、頭がぼんやりしたまま騎士団の稽古場まで向かおうとした。
「…………ッ!?はぁ……」
その道中、今の俺にとって一番見たくないやり取りが繰り広げられていた。
「また会いに来るよ、ソフィア。ああ…夜まで待ちきれないな…もう一度君の温もりが欲しい」
「うふふ…せっかちな男は嫌われるわよ?待てができたらご褒美をあげるから…ね?」
姉のソフィアが顔立ちの整った男と抱き合い、口付けを交わしている。母譲りの深い紫色の長い髪を撫でられてくすぐったそうに笑うのは、何度見た光景だろうか。
この前見た男とは別の男で、姉はいつになったら一人の男で我慢してくれるのかと、両親が嘆く気持ちを理解せずにはいられない。
こんな人間を自分の実の姉とは考えたくも無い。だが、姉の青みがかった紫色の目は、嫌でも俺と血が繋がっている事実を突き付けてくる。
見目が良いだけで軽薄そうな茶髪の男は、今夜もまた来るらしい。また地獄のような時間を過ごすことが確定してしまい、最悪な気分になる。その気持ちにとどめを刺す事実として、両親は昨日から夫婦旅行でいない。
その上、楽しみだという発言も相まって、俺は嫌な予感を覚えていた。
立ち止まって動けないでいると、姉の目線が俺の方に向いた。
「あら、おはようライヤ。もう出かけるの?」
「……俺のことは空気と思って無視してくださいと以前も言ったはずでは?」
「我が弟ながら相変わらず冷たいこと。まあ良いわ。今晩うちで小さな舞踏会を開催しようと思うのだけど、貴方のところの騎士候補生達も呼んでも構わないわよ?」
「っ……絶対にお断りします!俺は貴女のその醜く果てしない欲望に仲間を巻き込みたくありません!!」
「おいおい、お姉様に向かって随分言うじゃないかライヤくん。流石は"冷酷の騎士"と言ったところだ」
「っ…………」
どちらも本当に下品でいやらしい存在だ。どうせ小さな舞踏会というのも、身分を忘れて獣のように遊び回る如何わしい仮面舞踏会のことだ。
その上父が大事にしてきた騎士団まで巻き込もうなど、親不孝にも程がある。
呼んでも良いと言われたところで、俺は騎士候補生達に嫌われてしまっている。仮にそうでなかったとしても、如何わしい遊びに招待して悪評を得るのは勘弁願いたい。
どちらにせよ、父の大事なものまで汚すわけにはいかない。巻き込もうとするのなら姉であろうと容赦はしないつもりだ。
「それにしてもまた寝癖もそのままで適当に髪を梳かして…折角の美しい顔も引き立たないじゃない。私が直してあげても良いわよ?」
「っ…失礼いたします…あいにく俺は暇では無いので…!」
不道徳な姉の言うことなんか、絶対に聞きたくない。悪夢のせいで疲れているのに、これ以上疲労を重ねたくない。
そう思いながら、俺は逃げるように騎士団の稽古場まで向かった。
「噂通りの冷たい弟だなぁ。あの堅物くんが女装して陛下を助けたなんて…嘘も甚だしく感じるよ」
「でも弟のことを元が男とは思えないほど美しかったと、あの方は仰ってたらしいわ。滅多に誰かを特別扱いしないあの方が珍しくね。案外、私にそっくりだったりして」
「あんな仏頂面の時点で君に敵うわけがない。グレイス家の混血令嬢と呼ばれるミーシャ・グレイスを寵愛するだけあって、陛下は妙な趣味をお持ちだ。まあ…あの令嬢が可憐で自分好みに染め甲斐がありそうという意味でなら、納得できるし気持ちも分かるけど」
「貴方って恐ろしい人ねぇ。まあ…私も前までは退屈紛れに陛下の愛人になろうかと思っていたけど…その辺の子供にすら容易く折られてしまいそうな子に挑むなんて酷なことはできないからやめておいたわ」
「あはは、もし君が愛妾になってたらこうしてまた巡り会うこともなかっただろうし…やはり陛下は素晴らしいご趣味をお持ちだということだな」
「そうね…ふふ。それはさておき、今夜は貴方のお友達や懇意にしてきた令嬢、ご夫人達も招待して下さる?」
「……ソフィアのためなら、喜んで引き受けるよ」
逃げ去った後も、姉と男はまだ俺や国王、その愛妾のミーシャについて揶揄混じりの話をしていたらしい。
その際に、俺に拒絶されていようと構わず、二人が俺の想像以上に如何わしい計画を企てていることなど、俺は知る由もなかった。




