愛してはいけない人(前編)
ライヤ視点で、ミーシャのことを知るきっかけから好きになるまでの経緯の話。続きものとして大体3話くらいになりますが、その前に真佑編を数話出します。
「俺が10歳を迎え、騎士団に入ることが決まった日、元騎士団長の父は言った。
「ライヤ、お前は王家に仕えるこのラズライト家の人間として騎士団長となることを志し、国王陛下に王妃陛下、並びに王太子殿下、王女殿下を御守りする役目を担うことになる。そのためには、決して不埒な感情を抱かず、邪な欲望を持つことはないようにしろ」
「はい、父上のご期待に沿えるよう邁進致します」
父のその要求は、かなり厳しいものだと周りは言う。だが、引退前は立派な騎士団長として名声を上げてきた敬愛する父の期待に答えたくて、俺は疑問を抱くことなく従った。
「……お前は融通が利かない所もあるが、その真面目さは並の騎士にはなかなかないものだ。ライヤ、その利点を絶対に汚すでないぞ。あれのようには決してなるなよ」
「………分かっております。姉上のようには決して…」
俺は、父が厄介者のように姉のことを思い出す度に、不思議でたまらなかった。
何故真面目で高潔な両親から、異性に対してふしだらで堕落した姉が生まれたのだろうと。
姉が男を連れ込む度、早く終わってくれと願いながら眠りにつくのが常だ。
今みたいに男女の営みを何となく理解する前は、何が起きているのかも分からず怖いと思っていたが、今はただただ姉に対して軽蔑を繰り返すばかりだ。
男女の営みは誰もが通る道だとは分かっている。だが、絶対に姉のようにはなりたくないという一つの決意を抱いていたはずが、いつしか派手な女性への苦手意識が強まっていた。皆がそうというわけではないのに、そういう女性たちが、男のためといって着飾る姉のように見えてしまうのだ。
なんなら、宮廷の煌びやかな世界はそういう人が集まる場所かもしれないと、将来的に宮廷に上がった後の不安は大きい。
俺は、人並みに男女の愛を持つことなど一生できないだろう。
この時は、そんな覚悟さえも決めていた。
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16歳を迎えた俺は、父のような立派な騎士になるべく自由時間中も一人で練習をする習慣が付いていた。
今日も一人残って的への打ち込みをしていると、唯一の友人のアーサー・ローレントが俺の方に向かってきた。
「ライヤ!そろそろ休憩したらどうだ?」
「いや…まだ後10回やるまではっ……はぁッ!!」
「そうやってやり過ぎるとぶっ倒れるぞ!絶対に一日で500回打ち込みをやるっていう目標は良いけど、それにこだわり過ぎるのもかえって良くないと思うぜ」
「ッ………そう…だな……っ……」
「ほら結構疲れてんじゃん!!お前はさっさと休憩休憩!!」
半ば強引に練習を切り上げられ、俺はアーサーに腕を引かれて休憩所に連れて行かれた。
休憩所では、すでに俺と同じ騎士候補生達が軽食を取っていた。
皆、アーサーが入ってきた時は軽く挨拶を交わしていたが、連れられている俺の顔を見るなり、話したくないとばかりに口を閉ざしていた。
『またアーサーに迷惑かけてんのかよ…ほんといい加減にしろよな〜…』
『一人だけ頑張ってるとでも言いたいのか?団長に気に入られたいからって自由時間も練習とか露骨すぎだろ』
『親の七光りってだけでイラつかせてんだから少しは弁えろよ』
騎士候補生たちが昔から俺を良く思っていないことは知っている。だが、アーサーと友人になり、エルドリック団長からやっと評価をされるようになってからは俺がいる空間だと陰口を叩かれるようになった。
「ははっ、その親の七光りに毎回ボロ負けしてるのはどこの誰だろうなー??」
『ッ………!!!な、何言ってんだよアーサー!冗談だっての…』
陰口を叩かれる度、アーサーは軽く諌めてくれる。今のは言い方というものはあるが、俺はアーサーのそういう所に助けられていた。
「ったく…あいつら必要な努力はなんもしないくせに人を僻むことばっか一丁前なんだよなぁ」
「……いつも悪い…憎まれ役なんかさせて…」
「んなこと気にすんな!俺はお前が親の地位に甘えずに真剣に稽古に挑んでんのも、それでいてめちゃくちゃ強いのも知ってるから黙ってられねぇの!」
アーサーは、元騎士団長の息子だから優遇されるだの、親の七光りと言われる俺に対して偏見を持たず、真っ当に向き合ってくれる。
少々軽口が目立つが、明るく細かいことを気にしない性格故に、俺とは違って同じ騎士候補生からも慕われている存在だ。
「それより聞いてくれよ〜、父上がとうとう婚約の話持ち出してきてさ〜!相手はめちゃくちゃしっかりしてそうだけど雰囲気が怖い年上の人だって話なんだよ!俺は可愛くてお淑やかで包容力のある女の子と結婚するって決めてんのにこんなのあんまりだ〜〜」
「……派手で軽々しい人よりはまだ良いんじゃないのか?お前はたまにサボり癖が出るからそれぐらいしっかりしてる人の方が…」
「くぅっ…お前まで父上と同じこと言いやがって…!!自分で言うのも何だが同じように抜けてるところがあるライヤは俺が好きなタイプを紹介してもらえそうなのに俺とのこの差はなんなんだ…っ」
「………安心しろ…俺はそういう話はなるべく受けないつもりだ」
俺より一つ年上のアーサーに、ついに婚約の話が出たらしい。俺もあと一年後にははっきりとした形で縁談が来るかもしれないと思うと、また不安を覚える。
派手な女性ではなく、多少怖くともしっかりしている人を紹介してもらえるアーサーは、恵まれている方だと俺は思う。
「はぁ〜あ…何言っても父上には逆らえないしもう諦めるか…今後は宮廷の可愛らしい子を眺めるだけの日々を送るんだろうな…この前の世継ぎ誕生の宴で初めて宮廷に上がったグレイス侯爵令嬢とか…」
グレイス侯爵令嬢という言葉を聞いて、俺はあの子のことかと理解する。
「グレイス侯爵令嬢とはガルシア侯爵令嬢に詰められていたあの…?」
「ライヤ…お前なんつー覚え方してんだよ…まあ、とにかく可憐で儚げと言う言葉が相応しいお嬢さんだったなぁ、はは。ガルシアの小娘に詰められてた時に助けようかと思ったけど、仮面付けた黒髪の男に先に越されて…はぁあ…」
アーサーの話で、俺は改めてグレイス侯爵令嬢のことを改めて思い出していく。
名前は確かミーシャで、グレイス侯爵に引き取られた元孤児であること。
ガルシア侯爵とフローレンス伯爵の娘達に理不尽に詰められて涙を流しているのを見て、非常に哀れに思ったのは、よく覚えている。しかし、男の俺から見ても一目で美しいと分かる仮面の男性に助けられると、何処かに連れて行かれていた。その様子を見た時の俺は、最低極まりないことを予感して、ミーシャがどうか無事であって欲しいと祈っていた。
何より、先月父が話していた婚約候補の相手であったことを、俺は忘れていた。
ミーシャの養父から「もし良ければ」という形で勧められていたため、父も「もしかしたらそうなる」と捉えて本気にはしていなかったからだ。
自分にアーサーが好みそうな令嬢であるミーシャと縁談の可能性があったことを言えないでいると、何も知らない本人は落ち込みながらも話を再開させた。
「ただ…あのお嬢さんとの縁談はとてもじゃないが誰が相手でも望み薄だろうなぁ」
「え…何故そう思うんだ?」
「…ここだけの話なんだが、グレイス侯爵の弟であるクローズ伯爵の息子はミーシャ嬢に執着していて、令嬢にとっては恐怖を覚えさせる行為までしでかそうとしたらしい。それぐらい執着している相手を奪われたくないがために、ミーシャ嬢に縁談が来そうになる度に妨害されるそうだ」
「っ………侯爵令嬢も気の毒なことだ…陰湿な令嬢にやっかまれるだけでなく…下劣な男にまで……」
「そうだよな…ひでぇことしてきた奴から縁談まで妨害されるなんて…」
話を聞いていると、ミーシャ・グレイスには何かそういう呪いでもかけられてるのではないかと思えてくる。
アーサーは下劣な男のせいで、ミーシャがいつかその年頃が過ぎても縁談を妨害され続けてしまうであろうことを哀れんでいるようだが、俺は別のことを考えていた。
この世で一番悍ましいと考える男女の営みを迫られたという事実のみが、俺にとっては縁談の妨害とは比べ物にならないぐらい哀れであると。
そんな辛い経験をしたミーシャも、俺と同じように誰かと愛し合うことを苦手に思っているのかもしれない。父が俺とミーシャの縁談を本気にしなかったのは、お互いにとって良いことだったのだろう。
「せめてこれ以上クローズ伯爵の馬鹿息子の被害に遭わないことを祈るしかないな」
「ああ、そうだな…」
「それであわよくば今の縁談が破談となったら妻として身も心も愛し尽くし……いでっ!!!!」
「それが目的か。妙な下心を持ち合わせている暇があるなら特訓するぞ」
ミーシャを諦められず、実現の難しい夢を語ってはいるが、そんなアーサーに何となくいやらしい下心を感じたため、呆れを覚えるとともに制裁として拳骨を落とした。
「いってぇーなぁっ!!!どうせ無理って分かってるんだから夢語るぐらい良いだろ!!つーかお前まだ剣の練習すんのかよ!!!!」
ミーシャのことは哀れとこそ思えど、妻として敬うことはできても、女として愛することなど向こうのためにも考えたくない。
アーサーは普段は良い奴だが、時々軽薄な所がある。下心さえも平気で語ってしまう親友を軽蔑しそうになったが、その気持ちさえも消したくなる。
俺は、やはり騎士としての道に進むことしか考えられない。
そう思い続けて一年半が経った頃、忠臣だったはずのヴィクトワール公爵が国王に対して、謀叛を起こした。
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謀叛を起こしたヴィクトワール公爵に拉致された国王を、王弟殿下セルレウス様、宰相子息のクロード様と共に救い出してから半年が経った。
公爵が新たな王として確立させようとしたルベウス家の当主レイヴァン様を、今日公爵と共に捕えることになっている。
「逆賊であるラルフ・ヴィクトワールとレイヴァン・ルベウスを探し出せ!!!見つけたら即捕まえろ!!!!」
『団長に続けーーーー!!!』
団長のエルドリック様率いる騎士団は、ルベウス家の中にいる人々を追い詰め、当主であるレイヴァンと反逆者のヴィクトワール公爵を血眼になって探している。
あくまで『生かさず殺さず』を守りながら。
荒々しく探す騎士から逃げ惑う女性と、恐怖で泣いている子供を見ていると、こんなやり方で良いのだろうかと考えてしまう。だが、その弱き者を平然と置き去りにして真っ先に逃げる男を見た途端、その男を倒さねばと瞬時に思った。
逃げようとした男は転んで倒れ込んだ。俺はその男に近づき、軽蔑を込めて睨みつけると、男は土下座をして命乞いをし始めた。
「お見逃しください騎士様ァッ!!!!代わりに我が妻と娘を差し出しますからお許しを!!」
「愛すべき家族を差し出し品のように扱うとは外道な…ルベウス家当主や謀叛人ラルフよりもお前を始末した方が世のためだ」
「ひぃいいっ!!やっ…やめてくれぇッ!!!つ、妻と娘の美しさなら保証する!!!だからどうか俺に慈悲をっ……あ"がぁあ"ッ…!!!」
何と惨めな人間だろう。
殺される直前まで家族を売ろうとしたことを反省せず、自分の無事ばかり考えるなど、生きる価値もない。
この男も、最初は差し出そうとした妻を愛していたのかは分からないが、もしそうだとすれば、あの命乞いの悍ましさを痛感させられる。
どれだけ愛したとしても、最後に自分の身に危険が迫れば見捨ててしまうのかもしれない。そんな未来があり得るのなら結婚などしたくないと、俺は思った。
「はぁっ……はぁ……っ……!」
首を掻き切られた死体を眺めていると、走る足音と切れ切れになりかけている呼吸が背後から聞こえてきた。
声質からして少女らしき人が、何者かから逃げているのだと思い、助けようと振り向いた。
(ッ……………!!!あの…令嬢は……)
ブルネットの長い髪と、顔周りの髪を二つ結んだ赤い組紐。ブルーグレーの透明感のある瞳。
可憐な雰囲気で整った顔立ちだが、並みの貴族令嬢よりも小柄で童顔なため、まだ15にもならない少女のようにしか見えない容姿。
「………ミーシャ…グレイス……?」
久々に見たミーシャは、また目にいっぱい涙を溜めていた。
泣いているのは、前のように酷い仕打ちを受けたせいだとは感じなかった。だが、心に無理やり閉ざした思いを叫びたくてたまらないとでも言うような、そんな目をしていた。
足元の惨めな死体のことなど忘れて、俺は追いかけられることなく、誰かの元に走って行くミーシャをただ眺めていた。
前見た時は、ここまで目で追うことはなかったはずなのに。
しかし、俺はすぐにミーシャを見るのをやめた。
転がる死体を見捨て、ヴィクトワール公爵とレイヴァン・ルベウスを探すのを再開させた。
そうでもしていないと、抱いてはいけない感情を持ってしまいそうだったからだ。
俺はミーシャの涙で潤んだブルーグレーの目を見た途端、少しおかしくなりかけていた。騎士としての責務や、父のような騎士団長になる夢を何もかも捨てて、愛する人を求めるかのごとくミーシャを抱きしめたくなった。
あれだけ、男女の愛に関わることを忌避しながら生きていたにも関わらず。
挙句には、ミーシャはトニー・クローズの元で恐ろしい日々を送っているとアーサーから聞いたことを今になって思い出し、余計に頭から離れなくなった。
アーサーはミーシャのブルーグレーの潤んだ目をまだ見ていない時点で下心を抱いていた。彼奴がミーシャのあの目を見たら、今度こそミーシャを助け出そうと躍起になっていただろうとも考えただろう。
ミーシャのあの瞳は、危険を孕んでいる。
女性に対して下心さえも持てない俺が、愛に狂った姉と変わらぬぐらいおかしくなりかけたのだから。
俺は、もうこれ以上ミーシャのことを考えるのはやめた方が良いと、この時は強く思っていた。
次回以降はちょっとR15な展開が入ってきます。真佑編を何個か先に投稿してから、今回の話の続きを出しますので、少々お待ち下さい。




