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記憶喪失の転生者  作者: 川咲鋏
番外編
81/85

秘めた想いには気付かぬままで

レイヴァン視点で、時系列的にはミーシャがアリスと友達になる前の頃です。

従兄弟であるアレンが、ラルフの反乱によって危うくなっていた王位を再び得たことで、僕の実家であるルベウス家は地位を剥奪された。


妻だったマリアンヌは国外追放として三ヶ月の拘禁後には故郷に帰されることになり、王位継承者としての地位から完全に解放された僕は、教会への永久奉仕を命じられた。

街に出ることは許されず、行動については幽閉場所である修道院又は教会、墓地の周辺までと制限されることとなったが、僕にとっては王位を争える地位にいた頃よりはずっと幸せだ。

大事な従兄弟であり、友達だったアレンともう二度と争うことはない。僕がそばにいることで不幸になってしまう人をこれ以上生むこともない。

特に、僕のせいでマリアンヌに対しては本当に辛い目に遭わせてしまったと後悔していた。



     ーーーーーーーーーーー


拘置所に連行される前に別れの挨拶を許された時、僕はマリアンヌに恨みを吐かれる覚悟を持っていた。


『マリアンヌ…僕と結婚したばかりに…こんな辛い目に遭わせて…本当にごめん…今の僕は…せめて君が故郷で幸せに過ごせることを祈るしかできない…』

何を言っても無駄にしかならないと分かりつつ謝罪していると、マリアンヌは静かに口を開いた。

『レイヴァン…私は貴方を男として愛したことはなかったし、愛されることも期待していなかった。ただ…結婚したことは後悔していないの』

『こんな時にまで気を遣わなくても良いんだよ…マリアンヌ』

『私は誰かを変に気遣うのは苦手なの。それに嘘を吐くのは嫌いよ。だから今ここで貴方に私の気持ちを言わせてもらうわ』

『うん…恨みでも何でも聞くよ』

『正直、王族とはいえ賊軍扱いされて落ちぶれているルベウス家の長男との結婚なんて…当主の代役という条件がなければ絶対に嫌だったわ。まだサッピールス家側の小貴族の方がマシだとさえ思うぐらい』

吹っ切れたように結婚が決まった時の絶望を話され、予想はしていたが少しだけ心にダメージは来ていた。

しかし、最後の別れだからこそ、僕にはマリアンヌの本音を聞く義務があると思い、しかと受け止める気持ちを固めた。

『いざ結婚した時も…貴方のことは見た目も中身も綺麗なだけで、気弱で頼りない男だと思っていたわ。初夜の見届け人がいる前で"傷つけたくない"と言われた時は…暗に拒絶されたみたいで自尊心も粉々にされて、その弱々しい根性を叩き直してやろうかと本気で考えていたの』

『っ……あの時は僕も夫としての自覚が足りなかったから… 本当に恥をかかせて申し訳ないと思ってるよ…』

マリアンヌから告げられた昔からの本音は、思っていたものとは違うが、ダメージが来ることに間違いはなかった。傷つけたくないという理由で初夜を拒否して、逆にマリアンヌを傷つけてしまったことは、今も忘れられない。

『……それぐらい分かっているわよ。貴方が何でも言って欲しいって言うから言っただけ。これぐらい言わないと、まだ恨みを全て言えてないのではと悩まれても困るから』

僕が罪の意識を持たないように考えて言ってくれるマリアンヌに、本当は優しい人だと改めて実感していた。マリアンヌ自身、周囲からは美しさのあまり冷たいと勘違いされていたが、国外追放が決まった時にはついて行くと言っていた従者も多かった。

強さの裏では優しさを持っているマリアンヌのことを、僕は今でも尊敬している。

『結婚してしばらく経った後は…望まないもののために争いに巻き込まれて苦しむ貴方を知って、私が守らねばと思ったわ。国王を大切な友人と思っているからこそ争いたくない気持ちを抱いている貴方には、これ以上当主としての重責に悩まさせたくないと』

『マリアンヌ…』

『女として幸せだったとは言えないかもしれないけど…代役とは言え夢だった女当主の座に就くことが実現して、貴方のような心優しい人を知って…私も人に対する優しさを持つことが出来た。だから後悔していないの。むしろ、結婚したのが貴方で良かったと思ってるくらいよ』

嘘偽りのないマリアンヌの気持ちを聞き届けた頃には、僕は涙を流していた。

王族の敗北者の息子である僕と結婚なんて不幸しかないと思っていたのに、結婚して良かったと言ってくれたことがあまりに嬉しくて、僕はマリアンヌを無意識のうちに抱き締めていた。

『………っ…マリアンヌ……僕も…君と結婚して…良かった………僕なんかで良いって言ってくれて……ありがとう……っ…』



     ーーーーーーーーーーーー


マリアンヌとお互い別れの挨拶として抱き合った後、僕は別の拘置所に連行された。

その数週間後に、教会で奉仕活動をすることになり、あれから二ヶ月半経って現在に至る。


ルベウス家当主という地位から解放された僕は、他国の公爵令嬢の地位にあるマリアンヌと会うことは二度と叶わない。ほんの少し寂しさはあるが、お互いに本音を話したことで、未練というものはなかった。


(マリアンヌの気持ちを聞いて少しはすっきりはしたけど…あの子のことはどうしても気になるな…)


まだ一つ心残りがあるとすれば、ミーシャとはもう話すことはできないという事実だ。

今頃トニー・クローズのような非道な人間に苦しめられていないか、アレンとは仲直りできただろうかという心配は勿論ある。だが、そんな簡単な感情では片付けられない気持ちを、ミーシャに抱いてしまっている。


トニーを恐れ、そばに居たくないと涙を溢していた時は、ミーシャのことはただ守ってあげたい哀れな少女だと思っていた。

しかし、お互いにアレンの話をしているうちに、王位に悩まされ、ルベウス家の当主であることに疲れている自分と一緒にどこかへ逃げてくれないかと、ミーシャに願っていた。

この時の気持ちは、ただ一緒に逃げてくれる人が欲しかったのか、それともミーシャとずっと一緒にいたいと願う恋心だったのかは分からない。

それでも、別れ際にミーシャがアレンを愛していると分かったため、そんな複雑な想いをわざわざ告げようとは思わなかった。しかし、せめて最後だけはと思い、僕はミーシャの額に口づけた。


複雑な想いを本人に悟られぬ形で伝えるには、この方法しかなかった。


あの日からずっと、ミーシャのことは並の男女のように深く愛し合いたいとまで思っていない。ただ、またいつか二人で話したい。

僕はそんな小さな願いを抱いて、今日も修道院で生活しながら教会で奉仕活動をし、神に対し祈りを捧げ、懺悔をする日々を送る。

そう思っていたのだが、今日は早く起き過ぎてしまった。監視がない今のうちに修道院から遠く離れない程度まで散歩している。

夏の朝特有の、決して涼しくはないが、昼間の暑さよりは余程過ごしやすい。どこに行くのかを特に決めずに歩いていると、向かう先から人影が見えた。

その人影は貴族令嬢にしては小さく、長い髪が靡いていて、少女ぐらいの年頃の子だろう。自分と同じように早く起きたから散歩でもしているのかと何気なく思っていた。


だが、人影がはっきりと見えた途端、僕にとってはあまりに知っている人だったから、驚きで声を漏らしかけ、心臓が跳ねるのを感じた。


(っ………ミーシャ!?どうしてこんな所に……!?)


顔周りのブルネットの髪を結ぶ組紐は付いていないが、顔つきも以前のような儚げで弱々しい雰囲気はなく、どこか凛々しさすら感じる。顔色も、トニーに悩まされていた頃よりはずっと良い。

その様子を見ている限り、ミーシャは幸せになれたのだろう。


(いや…そんなことよりやっと会えたんだ…!話しかけたらまたあの頃に戻れるかもしれない…!)


「……君、ミーシャ…だよね…?」

「っ……!?え…?」


名前を呼んでみると、ミーシャはこっちに気づいた。

突然話しかけられて戸惑っているように見えるが、顔を見た途端に目を見開いていたから、僕を忘れているわけではなさそうだ。

「久しぶりだね。ずっと君を心配していたんだ。前より顔色が良いってことは…もうトニーには悩まされていないのかな?」

「っ………あ…えと……はい……」

「良かった…!それと…アレンとも仲直りできた?僕みたいに仲違いしたまま終わるのは悲しいからね…君だけでもアレンと友達でいて欲しいと思ってたんだ」

心配していたことは解決されていたようで安心はしたものの、ミーシャが何処となくぎこちない様子なのが気になる。緊張というよりも、僕に対する受け答えの仕方が分からないように見える。

その後も言葉に迷っていたミーシャが、やっと話しかけることが見つかったように口を開いた。


「あ……ぁの………レイヴァン…様?その…"アレキサンドラ様"の話は……どこでしました…?」


久々に会ったミーシャの口から出た言葉は、僕にとってはショックを与えるに相応しかった。


涙を流してアレンを好きだと言っていたミーシャが、恭しい形でその名を呼んだ。そして、僕のことは存在しか覚えていないことまではっきりも突きつけられた。

「…………っ…ミーシャ……?アレンのこと…アレキサンドラって……それに…どこでって……?」

今起きていることが信じ難くて、僕はミーシャの言ったを聞き返すしかできない。

僕の反応を見たミーシャは、悪いことをしてしまったような顔をして青ざめていた。

「っ……あ、え…その……違くて………ごめんなさい……」

怒ったり、問い詰めたつもりはないのに、ミーシャは僕に対して怯えた様子で謝った。

以前のミーシャなら、アレンをアレキサンドラと呼ぶ理由も素直に答えていた。今のように、人の顔色を伺うように話しかける雰囲気もなかった。

さっきまで顔色が良かったのに、僕と関わったことでまた悪くなっているのが、見ていて辛くなる。

「………謝らなくて良いよ。話したのは二度くらいしかなかったから…あんな反乱の中で覚えていられないのも無理はないよ…」

ミーシャが僕とどこで話したかも覚えていないのは、反乱のせいだ。

何かのせいにしていないと、変わってしまったミーシャを受け入れられない自分が嫌になる。僕が無理やり何かのせいにしているのに対して、ミーシャは今にも泣きそうな顔をしている。

そんな顔をさせたくて、話しかけたわけじゃないのに。

「レイヴァン様……私は…」

「僕は…少なくとも君があのトニーから逃れられて、少しでも自由になれたことを知れただけで嬉しいんだ…だから…そんな泣きそうな顔はしないで」

「っ………泣いてるのは…レイヴァン様の方ですよ…」

「………ごめん…やっぱりちょっとだけ悲しくて…」


ミーシャに指摘されるまで、自分が泣いていたことに気づけていなかった。

またあの頃のように、お互い何の屈託もなく話をしたいと思っていた。だが、今のミーシャを見て、その願いは永久に叶わなくなったという事実から、目を逸らしていたかったのだろう。

溢れる涙を拭っていると、ミーシャが僕の目を真っ直ぐ見ていることに気づいた。


「あの…思い出せないことは本当にすみません…でも…今日貴方と話したことは絶対に忘れませんから…!」

「ッ………!!」


今のミーシャは、僕の知っている姿とは違う。

そう思っていたが、根本は何も変わっていなかった。

"また話したい"よりもずっと不確かな約束だが、僕のことを絶対に忘れないと言ったミーシャの目は、純粋にそう思ってくれていることが見て取れる。


(ああ…僕はミーシャのそういう心根が純粋な所に惹かれて…好きになったのかもしれない…)


複雑だったミーシャへの想いが、一つにまとまっていく。

愛し合いたいなんて言わないから、想いだけでも知って欲しい。そう思った途端、僕の口が勝手に動こうとしていた。


「………み…」

「そ、それじゃあサラが待ってるので…!」

「っ……あ………」


もう宮廷か邸にいなければいけない時間を迎えたようで、ミーシャは急いで行ってしまった。


僕の想いは、最後まで伝わることはないだろう。


いや、これで良いんだ。


ミーシャが今は幸せに過ごせていることを知り、僕を絶対に忘れないと言ってくれた。それだけで、僕は幸せなのだから。


end


次回はライヤ視点ですが、真佑編への繋がりとして重要なので、数話形式となっています

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