嫉妬への前兆
グランディエ視点で、時系列的にはラルフの妹ルイーズとの婚約発表と、ドルーゼが新たにアレキサンドラの側近になった後の話です。
いつもよりは多少優しめな内容……のはずです。
「いてててっ…ドルーゼの奴思いっきり腕つねりやがって…見かけによらず力強ぇよ…」
安易に義姉にあたる王妃リナリアのことを口にして、同い年の義弟ドルーゼに静かにキレられた俺は、そこでつねられた腕をさすりながら、兄の元まで向かっていた。
滞っていた婚約の件がやっと纏まったはずなのにまだ何か俺に用でもあるのかと、かったるくて足取りが重い。というより、正直言って行きたくない気分だった。
なぜなら、俺はあまり兄のアレキサンドラのことが好きではないからだ。
昔から、兄さんは次期国王として一身に期待を受けていた。俺でも思うほどの絶世の美男子なだけでなく、前国王である父上の優秀さと、母上の朗らかで優しい性格を受け継いだことで、周りは兄さんばかり持て囃していた。
その一方で、俺はその期待と賞賛を受けることがなく育った。そして、後に生まれた弟セルレウスのように、末っ子としてのんびり自由に振る舞って周りに可愛がられることもなかった。
俺は、兄さんみたいに期待と賞賛もされず、セルレウスのように大事にもされない運命だと、幼いながらに悟ってしまった。
そんな俺だから、兄さんとリナリアの契約結婚に疾しさを持たせないために、自分自身が疾しい"女好き"を演じるように言われたのだろう。
密かに愛してる女性も特に誰もいなかった俺に、断る理由も権限もなかった。だが、俺がやらなければ、代わりにセルレウスがさせられる可能性もあり、仕方なく引き受けた。
こんな俺でも、セルレウスのことだけはまだ可愛いと思えていたから、引き受けようと思えたのかもしれない。その代わりに、俺はますます兄さんのことが嫌になった。
俺とは違って誰からも愛され、賞賛を受けているのに、まだ兄さんは俺から何かを奪うのかと。
議会前に婚約のことを話した時、兄さんが俺は女好きを仕方なしにやっていたって分かってくれてなかったら、俺は良からぬことをしていただろうと思えてならない。
まあ、どちらにせよ自分にとってよりハイリスクを背負うような愚かなことは絶対にしないつもりだ。
色々と嫌なことを思い出している内に、俺は兄の元に辿り着いていた。
「グランディエ、随分遅かったな」
「いやぁ…ちょっとドルーゼくんと話してたら遅れちゃった」
「そうか…お前が仲良くしようと振る舞ってくれるのは嬉しいぞ。友人がいないらしいドルーゼのためにも良くしてやってくれ」
「分かってるって!俺もそのために話してたんだよ」
嘘だけどな。
俺はドルーゼのこともそんなに好きではない。どことなく腹黒いオーラが出ていながら、常に胡散臭い笑顔を浮かべているのがどうも苦手だ。
彼奴への気さくな話し方も、全部パフォーマンスというやつだ。向こうも俺と同じように腹黒らしいから、どうせ分かってるとは思うが。
「グランディエ、お前に聞きたいんだが、今日はレオン・グレイスは来ていたか?」
「は?レオンはずっといただろ?すぐ帰っちゃったけど……あ、もしかして手紙で説教受けたことへのクレーム?」
「……いや…むしろ謝ろうと思ってだな…」
そう言えば、今日の兄さんはレオンのことで何か悩んでいた。あの人畜無害で優しい紳士のレオンが手紙でわざわざ説教をするのは大体された方に問題があるから、兄さんが何かやらかしたんだろうとは思っている。
だが、昔は教育係を担っていたレオンの授業を抜け出しては散々怒られてきた兄さんが、手紙での説教でへこむなんてあるのだろうか。
「兄さん…よほどレオンのことを怒らせたんだな」
「ああ…全部仕方ないことだ。レオンの娘のことで…色々と不快な思いをさせてしまったからな…」
「えっ、もしかして兄さん…そのレオンの娘になんかしたのか!?」
突然兄さんの口から女性に関するワードが飛び出して、俺は衝撃で目を剥きかけた。
温厚なレオンが怒るほどのことをその娘にしたのかと、王妃のリナリアがいながら何してんだと軽蔑しそうになる。
「………その娘に会うために正体を偽っていることをとうとう咎められたんだ。正体を明かさぬのならもう会うことは許さないとな」
ただ会っていただけと聞いてほっとしかけたが、よくよく考えたら俺は何かまずいことを聞いているんじゃないかと我に帰る。
既に王妃がいる身で、正体を隠してレオンの娘に会うこと自体かなり疾しいことだ。
「そりゃあの人も怒るだろ…!何考えてんだよ兄さんは…!」
「俺も分かっている…!すでにリナリアがいる身でありながら、もうあの少女に会うのは辞めるべきだと…だが、どうしても初めて会った気がしない理由を知りたいんだ…!それを知るために俺は…っ」
普段は朗らかだが、誰が相手でも同じような顔をする兄さんが、レオンの娘のことで切なげな表情を浮かべている。愛すべき妻であるリナリアにすら、そんな表情をしている所は見たことがない。
兄さんは、その娘のことが好きなのだ。
ごっこ遊び以外ではまともに恋すらしたことのない俺でも、見ていればすぐに分かってしまう。恐らく、初めて会った気がしない理由を知った日には、兄さんはその娘を本気で愛してしまうのだろう。
俺は、初めて兄さんの心の中を少しだけ見たような気がした。
「………それでも…その子のためにもちゃんと謝って正体明かす方が良いと思うよ」
「……そうだな、近々会うことにするか…レオンにも事前にそう伝えておけば会うことは許されるだろう…」
それにしても、兄さんがこんな風になるまで夢中にさせるレオンの娘は、一体何者なんだろうか。身寄りのない人を引き取っても使用人として雇うだけだったレオンがわざわざ養子にするほどだから、愛嬌があって可愛らしい子なのは間違いなさそうだ。
王子誕生の宴にも来ていたらしいが、俺はラルフやルイーズとずっと話していたため、実際に見たことはない。余計に、どんな子なのか気になってしまう。
「なぁ、兄さんが気になってるその子ってどういう感じなんだ?ちょっと描いてみてよ」
「……知って心を奪われないと誓うか?」
「絵ぐらいで惚れるも何もないだろ!!」
「ならば、お前だけに特別に教えてやろう」
そう言って兄さんは紙を取り出し、何か描き始めた。
兄の突然のその行動に、俺は言葉にするのが難しいほどなのかと思った。それぐらい兄さんにとってその娘は魅力的なんだろうと、好きになることはないが半ば期待しながら待っていた。
「できたぞグランディエ。なかなか可愛らしく仕上がったと思うぞ」
「おっ、そんなに自信があるん…………だ??」
兄さんが見せてきた絵を見て、俺は一瞬頭が真っ白になった。
白い紙の中心で、人なのかすら怪しい生き物が、やたらキラキラが入ってる目でこちらを見ている気がする。
サラサラストレートヘアのつもりで描いた髪も、頭にただ突き刺さってるようにしか見えない。
さっき兄さんのことがちょっと分かった気がしたが、想いを寄せてる子の絵を見た途端に、俺はまた分からなくなった。
ただ、兄さんがあの聖母のような美人のリナリアに夢中にならない理由を、勝手ながら何となく察した。
その数ヶ月後、俺はドルーゼに絡まれていたレオンの娘にたまたま出会うことになった。
そのミーシャ・グレイスという子は、ちょっと幼い雰囲気だが素直で、見た目共々可愛らしい感じだと思った。
単純に、兄さんの絵が母上譲りで劇的にヘッタクソなだけだったと思い知ると同時に、兄さんについて気付いてはいけない何かを感じてしまった。
この時はまだ、兄さんへの密かな憎しみが和らいだと思っていた。
だが、そのミーシャのことで後にまた再燃することになるとは、一ミリも考えていなかった。
次回はレイヴァン視点です。




