様々に入り混じる感情
アレキサンドラ視点です。
(ミーシャには会いたいが…俺の可愛い娘のことも大事だ…)
ミーシャと再会してから、忙しくてなかなか会えぬまま一週間が経った。
今日は市民の間で祭ごとが開催されると知ったため、それにかこつけてミーシャの元に行くつもりだった。
だが、同じように妻と娘にも会えていない。ミーシャ以上にまだ幼いフェリシアだけでなく、また妊娠の兆候が出ているらしいリナリアを放っておくわけにもいかない。
アレキサンドラは、リナリアのいる部屋に入り、二人の様子を伺った。
「リナリア、気分はどうだ?」
「……今日は少し良い方ですわ。フェリシアも元気で……ぅ…っ」
大丈夫とは言いながらもまだ悪阻がひどい時期らしい。一年前にフェリシアを産んだ時も同様だったため、ミーシャに会いたくともやはりリナリアのことが心配になる。
「っ……大丈夫か?」
「す、すみません…ご心配をおかけして…」
「夫婦なのだから心配するのは当然だろう?」
せめて目の前にいるリナリアを安心させようと背を撫でて優しく声をかけたが、リナリアからはすぐに返事が来ない。
「………リナリア?」
「………気を遣って頂かなくても結構ですわ。外で待ってる方でもいるのでしょう…?」
「どうしてそう思うんだ?」
「……弟のドルーゼが…ヴィクトワール公爵は私よりもミーシャという少女を警戒しているかもしれない…と言っていたのです…」
先週話した時は目を瞑ると言っておきながら、やはりラルフはまだミーシャのことを警戒しているようだ。
宮廷に出入りしないミーシャはともかく、リナリアに精神的な負担を負わせるなど、ラルフも少しは考えて欲しいとアレキサンドラはため息を吐く。
「ミーシャのことは警戒したところで何も影響を及ぼすような真似をするような娘ではない。それに…貴女の王妃の地位を脅かすこともない。私が死ぬまで貴女は王妃のままだと約束しただろう?」
「………分かっております。ですがその少女は元孤児とはいえ、今はヴィクトワール公爵の恩師であるグレイス侯爵の養女であるというのに警戒するなど…ドルーゼの考えすぎなのではないかと思ったので…」
「ドルーゼもまだ我が弟グランディエとほとんど変わらないような年若い男だから仕方あるまい。考えが足りなさすぎるよりは良いと思ってあげてくれ」
「はい…」
そう可憐かつ儚げな声色で返事を返すリナリアはたしかに美しいと、アレキサンドラは思った。
それでも、ミーシャほどの惹きつけられるものは感じられない。前に会ったことがあるという不確かな記憶がなくとも、特にミーシャのブルーグレーの瞳は見ているだけで心が奪われ、突拍子もない行動を取ってしまいそうになる。
目の前にいる女性と比べてしまうなど愚かしいことを考えてしまったと反省するアレキサンドラは、気まずさからリナリアから離れる。傍で寝ているフェリシアのクリーム色の髪を撫でて、心を落ち着かせた。
(この子にだけは…ミーシャやリナリアのような思いをさせたり…俺のような愚かな男を近づけさせたくはない…)
フェリシアの無垢な寝顔を見ていると、自分がいかに愚かなのかを突きつけられる。
契約結婚の関係でもリナリアがいながら、ミーシャを想ってしまう自分が。
複雑化する気持ちに浸っていると、ノック音と共に扉が開く音が聞こえた。
そして、リナリアと同じクリーム色の髪をセンター分けにし、閉じたような瞼をしている青年が入ってきた。
「姉上、気分はいかがで……っ…陛下!?」
リナリアの弟ことドルーゼは、アレキサンドラを見て平静だった声を裏返させた。
「ドルーゼか。姉上のことではいつも迷惑をかけてすまないな」
「いえ…姉上は僕にとってたった一人の家族なので、僕が勝手にやってるだけです」
「そうか、姉思いで素晴らしい弟だな。我が弟も十分可愛いが、お前のような立派な弟も欲しかったよ」
「そんな…もったいなきお言葉です」
アレキサンドラに褒められ、ドルーゼは困り眉で照れる。
「ドルーゼ、私はこれから用事があるんだ。我が妻と娘のことをよろしく頼む」
「はい、国王陛下」
ドルーゼに妻と娘を任せ、アレキサンドラは自室に戻る。
ミーシャに会いに行くためにと、貴族にしては質素だという印象を持たせる服装に着替える。"アレン"として振る舞えるよう、黒髪のカツラを被り、こそこそと宮廷から出て行こうとしていた。
「………また"散策"でございますか?」
だが、やはりラルフから常に怪しまれていたため、背後から声をかけられた。
アレキサンドラは気まずそうに、ラルフに向き直る。
「………ああ、リナリアや周りの者には言わないでくれよ?」
「今日は市民の間で祭ごとが開催されるのを言い訳になさるおつもりで?」
「市民に親しまれ愛される王であるためには当然参加すべきなのは間違いないだろう?」
「親しまれるだけでなく毅然とした態度でいなければ、王など所詮この程度と調子付く愚か者も出て来る可能性だってありますよ」
「安心しろラルフ。調子付く者がいないかどうかも確かめるための散策も兼ねているのだから」
ラルフに冷めた目で厳しいことを言い放たれても、アレキサンドラは怯むことなく笑顔で返した。
「まあ…変装?していらっしゃる上に、町への散策と言いながら本来の王としての姿は一度も見せたこともございませんしね」
だが、アレキサンドラよりも5つ年上かつ幼馴染という付き合いがあるためか、誰もが見惚れる笑顔はラルフに効かない。ラルフは、容赦なくさらに冷めた目で最も痛い所を突いた。
「ぐっ……お前はいちいち嫌味を言わなければ気が済まないのか?」
流石のアレキサンドラも、ラルフの最大の嫌味には敵わなかった。
「貴方があまりに呑気だから私がこうしてしっかりしなければならなくなっているんですよ」
「……今は俺が相手をしている上に現状ではまだお前の性格と立場を理解している者が多いから良いが…今後新たに若者達と政を行う際でもその態度でいると反感を買うことになる。だから気をつけろ。今後ドルーゼとも上手くやっていくためにもな」
「っ………十分気をつけるつもりです」
ラルフ自身も、冷たく嫌味っぽい言い回しをしてしまう悪癖を気にしている。アレキサンドラの言う通り、新たな仲間と関係を築く際には本当に気をつけなければならないことも。
だが、同時にアレキサンドラが連れてきた王妃の弟ドルーゼと一番上手くやっていく必要がある。今後は王妃の弟として政治に関わる可能性が高く、万が一側近の立場になり得るドルーゼのことを忌々しく思うラルフにとっては、ドルーゼと関わること自体が苦痛そのものだった。
「それと、ミーシャはあのグレイス侯爵の養女だ。万が一本人が何かしようとしてもあの人はちゃんと止めてくれる。未だに警戒していたとしてもそれを表には絶対出すなよ?」
「っ…今のお言葉で警戒する気などとっくに無くしましたよ、国王陛下」
ドルーゼを引き合いに出されて余計に不満が湧いていても、流石に幼い頃の恩師であるレオン・グレイスの名を出されると、ラルフもこれ以上その養女であるミーシャについてとやかく言えない。
それを分かってて名前を出したのかと、やはり年下でもこの王には敵わないとラルフは感じた。
「ではラルフ、口裏合わせは頼んだぞ」
「……はい、承知いたしました」
注意を受けても少し苦痛を滲ませるラルフの表情に、アレキサンドラはしばらくは仕方ないことかもしれないと半分諦める。
ラルフに宮廷のことを頼み、アレキサンドラはグレイス家に向かった。
名の知れない一般貴族の一人息子、アレンとして。
次回からミーシャ(美加理)視点に入ります




