本当の姿は知らずとも
ここから番外編です。美加理に惚れた男達の視点となります。時系列としては、アレキサンドラがミーシャ(美加理)を宮廷に住まわせた日の夜の話です。
自分はただ一人だけを特別に愛することはできない。
もし本当にリナリアを愛していたとしても、誰か一人だけを愛していることを、絶対に周囲に悟られてはならない。
王になってからは、顔の分からない誰かにそう言われている感覚に陥っている。
俺は、王という最高の地位を得る代償として、人としての感情を失った。
王として生きねばならない苦しみから救ってくれた孤児の少女のことも、ろくに思い出せなくなるほどに。
このまま、ずっと『皆に平等で優しい王』という仮面を付けて生きていかなければならないのだろう。
そう諦めたように、ミーシャと再び出会うまでは思っていた。
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ミーシャをトニー・クローズによる恐怖から救い出した夜、俺はかつてないほどの幸せな夢を見た。
愛していると自覚してからは、あらゆるものから守りたいという想いと共に、いっそ全部自分のものにしてしまいたい、いつまでも自分の側にいて欲しいという願いが、叶った瞬間だった。
幸せな夢から覚めた後も、ミーシャは腕の中ですやすやと眠っている。可愛らしい寝顔も見た俺は、今までの人生で感じたことのない多幸感で満たされていた。
「………ミーシャ、俺が側にいる限り何も怖いことはないから大丈夫だ」
顔を眺めていると、ミーシャの目元が少し赤くなっていることに気づく。今までミーシャは相当辛い思いをしていたことが、はっきりと分かる証だった。
助けに来た時も限界を迎えたように泣いていて、抱き締めていないと壊れてしまいそうだった。こうして救出する前には、酷ければ毎日泣いて過ごしていたかもしれない。そう思うと、ミーシャから片時も離れずにはいられないと改めて考えさせられる。
(まさか俺が王になる前に出会った少女にここまでの感情を抱くとは…昔は考えもしなかっただろうな)
時折、ブルーグレーの綺麗な瞳から発せられる何かに惹かれて、身体が勝手に思ってもいない行動を起こしてしまうこともあった。ただ、初めは本当に可愛い妹のように思っていた。
しかし、再会当初に比べて会う日が無くなり始めた頃には、ミーシャのことを誰にも代え難いほど特別に愛していることを自覚した。
自覚してからは、ありとあらゆる恐怖から守りたいという思いを一層強めた一方で、ミーシャの全てを自分のものにしたいという最低な欲望まで抱くようになっていた。
そんな自身の欲望のせいで一度傷つけてしまった。しかし、今は俺のことを愛してると言って、受け入れてくれた。この先何があろうと、ミーシャのことを大事にしていきたいと思っている。
今後起こりうることは、ミーシャにとっては決して害がないと言えないものだと分かっている。
これからミーシャには、倫理的に許されない存在として、中傷と揶揄の目に晒される日が訪れる。愛妾の座を狙う令嬢達から虐められる可能性は非常に高い。特に、前々からミーシャに良からぬ振る舞いをするアメリ・ガルシアやマティルダ・フローレスには一層用心すべきだ。
ミーシャという特別な存在ができたことで、『皆に平等で優しい王』という仮面が剥がれたと悟られれば、俺の虚像を信奉していた者から失望の目を向けられる。俺自身は全く構わないことだが、それはそれで『ミーシャが王を狂わせた』などという訳の分からないことをほざく者が現れる可能性もあり得る。
そのことを分かっていながら、トニーと会わせない手段の一つとして、ミーシャを宮廷に住まわせることを決めた。
本人が考えているよりも辛い未来が待ち受けており、ずっと幸せなままでいられる保証などできない。それどころか、俺の側にいて欲しいという思いが、ミーシャをまた不幸な目に遭わせる可能性を生み出してしまった。
覚悟はもうできていたはずだった。自分が守らなければ、ミーシャは一人で生きていけないことも。
しかし、安心したように眠っているミーシャを見ていると、知らぬうちに頬に冷たいものが流れていた。
「っ…………ミーシャ……すまない……っ…だが…どうしても俺は……お前に側にいて欲しいんだ……」
ミーシャの白い頬に、涙が一粒落ちた。
泣いているように見えるのが耐えられず、雫を拭おうとした時、俺は身体がひやりとするのを感じた。
触れた頬が、あまりに冷たい。
ミーシャの身体から、体温が感じられない。
それだけではない。先ほどから寝息が全く聞こえてこない。耳を近づけても、ちゃんと息をしているとは到底思えなかった。
「………っ!?ミーシャ……!?どうしたんだ…!?大丈夫か!?」
死んでいるのかもしれない。
そんな最悪な予感が過ぎった俺は、急いでミーシャを仰向けにし、肩を叩いた。
頭の中は混乱していて、何が原因なのか探りに探っても、答えが中々見つからない。
クローズ家による虐待で栄養失調気味だったのに気づけず、夜に無理をさせてしまったせいで限界を迎えてしまったのか。それとも、元々何が持病を持っていて、それが急激に悪化してしまったのか。
中々息を吹き返さないことで、不安や後悔が止まらなくなる。
「ミーシャ…!!息をしてくれ…!お前に先立たれるぐらいなら俺は………っ………戻った…のか…?」
肩を叩いて呼びかけているうちに、ミーシャがやっと寝息を立て始めた。
体温も、死んでいるかもしれないと焦っていた時よりも、ずっと温かくなっている。
(……ただの無呼吸か…身体まで冷たかったのはどうも気になるが…何はともあれ生きていてよかった…)
ミーシャに何事もなくて良かったと、心底安心する。
もし自分より先に死んでしまうことがあったのなら、俺は生きている意味を失い、すぐに後を追っていただろう。
俺の心を救ってくれたミーシャがいなくなってしまえば、また人としての感情を失い、王という名の人形として生きることになる。死んだも同然のままただ息をする日々を送るぐらいなら、何からも誰からも縛られない世界に行く方がマシだ。
(っ……変だな…愛する人が側にいて…今も無事だったと分かったのにそんなことを考えるなど…)
ミーシャの命の灯火が消えかけた不安のあまり、つい薄暗いことを考えてしまっていた。
考えるのはやめようと、ベッドの中で横になろうとした時、ミーシャの方から小さく声が聞こえてきた。
「…………アレ……ン………っ」
俺の愛称を呼ぶミーシャの目から、涙が一筋溢れていた。
何か悲しい夢でも見ているのだろうか。不安そうな声は、聞いていてこちらまで辛くなる。
今不安を感じているのは、俺ではなくミーシャの方だ。悲しい夢を見ているであろうこの子に対して、側にいて欲しいと縋るのではなく、現実でも幸せな夢を見れるようにしなければならない。
そんな大事なことを忘れていた自分を、すぐにでも戒めたい。
夢に対しては何もできないが、せめて目を覚ました時に安心できるよう、俺はミーシャを抱き締めた。
腕の中で包んだ身体は温かく、花のように控えめな甘さの匂いが、自然と優しい眠りに誘われていく。
ああ、俺はこの子が好きだ。
だからこそ、あらゆる悪意の手から何があっても守らなければならない。
気持ちが和らいでいく安心感と実直な使命感だけで、そう思っていた。
目の前にいる少女が、本当は再会した時から"美加理"だったこと、"美加理"が見ていた悲しい夢の真実と、胸の内に抱えている痛いほどの苦しみを知るまでは。
end
次回からは、グランディエ、レイヴァン、ライヤの順番で投稿します。
美加理を好きになった男達の視点が終わったら、親友の柚莉奈の話を長めの番外編で描く予定です。まずは元彼の真佑からですが、引き続きよろしくお願いします。




