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記憶喪失の転生者  作者: 川咲鋏
最終章
78/85

後日譚:人形(後編)


「ふう…やっと一通り綺麗になった」


美加理関係のものは、全て綺麗さっぱりだ。

これでやっと私と美加理の部屋ではなくなり、ついに私専用の部屋になった。

アニメや漫画関係のグッズやゲームは、貰ってくれる人の目処が大体付き、アニメに関係しないぬいぐるみは従兄弟達の娘にあげることになった。


まだ引取り手が見つかっていない漫画やゲームは残ってるが、それ以外は全部処分……否、まだ一つだけ残っているものがある。


大学の講義用ではない、美加理の日記らしきノートが一つだけだ。いつから書いたかは分からないが、高校時代の卒アルに紛れていたため、恐らく高校生の時から付けていたのだろう。

しかも、三日坊主で終わった感じはない。ちゃんと書き込んでいたことで使い古されていることが分かるノートだ。


美加理がいたら見なかったことにできるが、今はもういない。

一ページだけ読んで内容的にアレなら直前で読むのを止めて供養してあげようと思い、ノートを開いた。


最初のページは、ありきたりな『日記始めました』的なやつだった。加えて、高校受験を頑張るという言葉を書き添えていた。その次は、『今日のご飯は〜』という近況報告が書かれている。

それを見た私は、この次の日から飽きて落書き帳に変わっているかもしれないと悟った。

だが、次のページを捲ると、あの親戚事件のことが書いてあった。日付的に、美加理が希望の私立高校に合格後だ。



『今日は嫌いな父方の親戚宅に向かう。寿司とお祝いがなかったらとっとと帰りたい。


そんで案の定叔父達はクソジジイモード発揮…何がお酌だよ気持ち悪。

いつも無理してる姉ちゃんがターゲットになりそうだったから、自分が悪者になった。本当はああいうこと言っちゃダメなのわかってたけど。


まあ、ここからが腹が立つ所。

お父さんの妹とかその叔母達が『女の子なんだから』とか、『嫁に行ったらこうあるべき』みたいなこと言ってたけど、実は中指立ててぜーんぜん聞いてませんでした!時代錯誤BBA共乙でーす(笑)


お母さんの逆玉に乗っかって良家ぶるな。お父さん以外はコネすら無くてろくな役職に就けなかったくせに女を自分達のご機嫌取りにしようとするジジイ共も、迎合してるだけで兄ちゃんや男の従兄弟達には媚びて若い女の子には偉そうなババア共もみんな嫌い』



内容を読んで、あの時の美加理は思ったことをはっきり言っただけという訳じゃなかったと知ってしまった。

美加理は、私のために敢えて悪者になっていたのだ。いくら相手が悪くても、ダメだと分かっていてやるのは相当勇気のいることだろう。それも、決して自分のためになるわけではないというのに。

そう考えると、この親戚たちを挑発するような文章も、悪者扱いを受ける恐れを誤魔化して強がっているように映る。


これ以上その日の真実を噛み締めたくなくて、次のページを捲った。

そこからは飛び飛びの日付となっていて、ありきたりな日常を報告している。言っても文化祭や体育祭、修学旅行、受験のことばかりなため、ありきたりではないかもしれないが。


ページを次々捲っていると、大学生編に突入した。

高校で離れた柚莉奈ちゃんと同じ大学に入れた喜びと、靴擦れで悩んでいた時に真佑くんに助けてもらったことが、先ほどとは打って変わって嬉々とした文章で書かれていた。

そこからは、真佑くんと付き合い、お互いのコンプレックスや悩みなど様々なことを知っていくうちに、ずっと寄り添っていたいといった趣旨の文章が続く。

あのいつからか口が悪い美加理がこんな可愛らしいものを書くなんてと、ほんのちょっとだけほっこりする。


しかし、日付が美加理が死んだ年の誕生日である3月25日に切り替わると、雲行きが怪しくなっていた。



『前に真佑はゆっくりで良いって言ってたけど、内心ではそういうことしたかったんだろう。真佑が友達と話してるのを見て、それがはっきりした。


もう覚悟を決めるしかない。


明日は絶対に最後まで止めたりしないから真佑の側にいたい』


美加理の辛い過去が、なんらかの形で真佑くんとすれ違いを起こしてしまったらしい。

この次の日以降、真佑くんとそういう行為をしたに違いない。あの過去を知っている私からすれば、あの子は怖くてたまらなかっただろうと、胸が締め付けられる。



この日を境に、美加理の日記の内容は段々と暗いものになっていく。



『真佑と余所余所しくなってる気がする。でも、向こうもゼミとかで忙しいのかもしれない。

そう思ってないと、やっぱりそういうことが原因だと考えてしまう。


その時はもっと上手くやらなきゃダメだ。そういう演技をすれば良い。


演じるのは昔から得意だ』



文章を見るだけで、美加理は相当追い詰められている。

もう真佑くんとは距離を置いた方が良いんじゃないかと思うくらいだ。それ以上に、最後の文が気にかかってしまう。


昔からとはどういうことなんだ。いつから美加理は演じるようになったのか。


そう思いながら、またページを巡った。



『昔から嫌われるのは簡単だったけど、良く思われるのはずっと難しかった。小学校の時は要領悪くて会話も苦手なくせに、それを分からずにやらかして、女子のリーダーから嫌われて酷い目に遭った。


高校生になってやっと上手く立ち回る方法を理解した。周りの望むように動けば、問題は起きない。親戚に逆らうのは我慢できないけど、他なら平気だ。その年だけやり過ごせば良いだけだから。


でも…真佑のことはどうすれば良いか分からなくなっている。何しても反応が薄いし、余所余所しさが増してる。


もういっそ真佑の望み通りにしていれば満足してくれて、こっちも楽になるのかな。


上手くやれない自分が全部』




続きは読めなかった。否、あっても読み進めたくなかった。

自分が羨んできた美加理の姿が、崩れていくのが怖いと思ってしまった。


日記の中の美加理は、まるで本人が酷く恐れていた『人形』のようだとしか思えない。



心を殺し、誰かの望み通りに動く。



自らを操る『人形』だ。



私は、黒いフェルトペンを取り出し、日記帳の名前部分をぐるぐると塗り潰した。

この日記が美加理のものだったという事実を、掻き消すかのように。

そのまま内容が綴られたページをちぎり、シュレッダーで粉々にした。


美加理のこの真実は、誰にも知られてはならない。上手くやろうと頑張ってきた本人の努力が誰かに踏み躙られることを避けたいのは勿論だ。

しかし、そんな正義感は半分くらいのもので、どちらかと言うと、これは私の願望でもあった。


"自由"の中にいたはずの天音美加理が、知らぬ間に『人形』と化していたという事実は、絶対にあってはならない。

天音美加理は、最初から"自由"を許されていた存在だ。その裏にあった事実は、今まで抱いてきた羨みという名の憎しみは、あってはならないものだったと思わされる。

それが、たまらなく嫌だった。


無心に日記の全てをシュレッダーし終え、今度こそ美加理の私物整理は完了した。



ようやく全てがすっきりした気分だ。



「おー沙月、帰ってたんだ!おかえり」


兄の翔が、帰ってくるなり元"私と美加理の部屋"を覗き込んで私に話しかけてきた。

どうせ母はこっちに来ないからとドアを開けっぱなしにしていたことを、すっかり忘れていた。今はもう見られてもどうでも良い状態になったから、特に構わないが。

「……ただいま。お義姉さん達も来てるの?」

「後から来るよ。まあ、薄々察してるとは思うけど、子供をこっちに送ったらすぐ帰るってさ」

「うん…気持ちなんとなく分かるわ」

うちの実家は、子供の教育方針に口を出されそうということで、兄嫁に避けられているのだろう。偶然兄が義実家に帰らないことに対して理解のある人で、お義姉さんは恵まれている方だ。

「にしても、もう美加理の分の私物整理したんだな」

「お母さんに頼まれたからね…ほんと物が多くて大変だったよ」

「あのさ…沙月。美加理の私物のことで聞きたいんだけど…」

「え、な…何?」

歯切れの悪い言い方が、妙に引っかかる。

まさか翔兄さんも美加理の日記を見たのだろうか。もしそうなら、もう処分したなんてとても言えない。

何を言われるのだろうかと身構えていると、兄が口を開いた。



「美加理の持ってた漫画とかゲームってもうない?実は俺も欲しいんだけど」

「……………あるよ。もう好きにして。私は本っっっ当にいらないから」

「よっしゃ!ってかこの漫画懐かし!ゲームは子供が大きくなったらあげようかな〜」


翔兄さんは親になっても相変わらずアホだ。そして、素で空気が読めないなりに、なんだかんだ優しいところも何も変わってない。

そんな翔兄さんが美加理の日記を読んでいれば、どんな反応をしただろうか。小さい頃から美加理を虐めた人間(特に男)をわざわざ懲らしめてきた兄のことだ。恐らく、真佑くんへの怒りを甦らせて家に突撃していたのは間違いない。

兄が知る前に処分して良かったと、切実に思った。


「この段ボールに漫画とゲーム色々入ってるから、持って行って」

「ほーい。あ、美加理の私物って色々とやばいもんあっただろ?そういうのってどう対処したんだ?」

「まあ……とにかく見なかったことにしたよ」


兄の半ばデリカシーに欠ける素朴な疑問に、私はそう答えておいた。


今回で美加理の話本編は終了ですが、番外編も真佑の話に関わってくるので、引き続きよろしくお願いします。

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