後日譚:人形(中編)
『人形』への恐怖が現れていたのは、美加理がまだ3歳になったばかりの頃だった。
母方の祖父母に訪れた際、祖父母が美加理と遊ぼうとして、可愛らしい人形を持ってきたのだ。だが、美加理はその人形と目を合わせた瞬間、怖がって大声で泣き出してしまった。
母はわんわん泣き喚く美加理を宥めつつも、人形を怖がる理由をいつもの呑気な声色で聞いていた。
すると、美加理はぐずぐずと鼻を啜りながらこう言った。
『小さい子が操られてるみたいで怖い』
その近くで美加理の言葉を聞いていた当時の私は、操るとかどこで覚えたんだぐらいにしか思ってなかった。ただ、祖父母の持ってきたその人形も、当時小学校で流行ってた怖い話の題材にされるフランス人形というやつだった。だからこそ、美加理の言葉については深く考えることもなく、別の理由で恐怖を抱いていた。
その直後に気を遣った翔兄さんが美加理を外に連れ出し、ボール遊びをしてあげたことで、美加理は祖父母にまではトラウマを持たずに済んだようだった。
私はあの日、美加理は単に怖い話に出る人形を本能で怖がっていただけだと思い込んでいた。しかし、その後もホラー要素が少ない有名かつ主に女児人気の人形でさえも怖がり、女児にしては珍しく全く欲しがろうともしなかった。
ただ、柚莉奈ちゃんの家で遊ぶのにはどうしても避けては通れなかったらしいため、欲しがることはなくとも最終的に耐性はできていた。
それでも、フランス人形やそれに似たタイプの人形を好きになることはなかった。その中でも特に等身大サイズの人形を嫌い、それを使った人形劇や蝋人形展だけは絶対に行きたがらないのは、死ぬ直前までずっと変わらなかったようだ。
それにしても、何故美加理はあんなにも『人形』を怖がったのだろう。
美加理が15歳の時、私が実家帰省中のうちにと思い、もう一度聞いてみたことがあった。
すると、美加理はいつもより弱々しい口ぶりで理由を話し始めた。
『……人形ってさ…いわゆる"人の形をしていて動かないもの"ってやつじゃん…?それってあらゆることは何でも誰かの思い通りに動かせるから…言い方変えると"誰かに操られてる"っぽく見える。それが怖いんだよなんか』
いや、人形はそういうもんでしょ。誰かが人形遊びみたいな感じで使ってこそ人形は成り立つんだから。
私がそう反論すると、美加理は呆れたような表情をした。
『……はぁ…頭の堅い姉ちゃんはそう言うと思った。私も昔はなんで怖いのかよく分かんなかったけど、前に人が人形にされて二度と元に戻らなくなるアニメを見た瞬間にそれが分かったんだよね』
何なのその怖そうなアニメは…と思いながらも、それで何がわかったのかを尋ねた。
『ほんとに…そういうアニメの展開みたいにさ、人形にも元々"心"があったら…って考えたらめちゃくちゃ怖い。だいぶ昔に祖母ちゃん家の人形を怖がった理由は多分、そういうのを感じて咄嗟に"人形が可哀想"って思ったのかもしれない。今だと復讐されそう〜…ってのが先だけど(笑)』
最後の一言で、昔の純粋さはどこに行ったんだと思ったが、私はそこであることを思い出した。
アニメでたまに悪役の攻撃で石にされたり、蝋人形か人形にされる話はなぜ普通に見ているのかと。それを聞くと、美加理は歯切れが悪そうに答えた。
『んーー……でも、朝に放送されるヒーローものや魔法少女ものなら人が人形にされても絶対助かるから平気だよ。まあ助からないやつでも…因果応報系ならまだざまあみろとは思える。でもそれ以外は無理!!特に人形にされた経緯が分からなかったり、人形からなんか血とか涙が出てくるやつはもう駄目…』
最後のは聞いてて私でも怖いと思った。昔小学校で流行ってた怖い話でもちょくちょく出てきたもので、あの時の私は一人で風呂に入れなくて美加理を巻き込んでたなぁという記憶が浮かんでいた。
『とにかく…人形は誰かの意思で勝手にそんな姿にされて操られてる感が怖い。はぁ…もうマジでそういう考えるだけで無理……寝るわ』
そんな一言を残して、美加理は布団の中にするっと引っ込んでいった。
あの日以来、『人形』について触れることは一切無くなった。今思えば、人形嫌いは全て美加理らしい理由だと言える。
その証拠として、私が20歳になった頃を思い出した。
あの時から、父方の親戚の叔父さん達からビール持ってこいだのお酌しろだの、母や父方の祖母、叔母達含めた女性に混じって私にまで要求されるようになった。恐らく私が酒を飲める歳になったから、持って来させるついでに飲ませるつもりだったのだろう。
おじさん特有の面倒くさいやつだと思いながらもやろうとした時、美加理がとんでもない発言をかました。
『騒ぐ元気があるならそれぐらい自分でやれよ。姉ちゃんもそんなことやらなくて良いって!』
その発言を聞いて、怒ったのは両親でもなければ、祖父母でもなかった。様々なことをやらされていた、父方の叔母達だった。
お酌要求した叔父さん達は、むしろ「美加理ちゃんきっついね〜」と茶化していたぐらいだ。
叔母達は美加理に対して、お淑やかにしなさいだの、女の子なのにそんな態度じゃ誰のお嫁にも行けない、お嫁に行くために必要なことだからなどと訳の分からない男尊女卑理論で説教した。美加理は美加理で、叔母達から見えないように中指を立てて生返事をしていたため、多分聞いてなかったと思う。
そういう出来事を踏まえると、美加理は"自由"というものを好んでいたのだろう。
昔から姉ながら美加理が何考えてるのか分かりにくいと思っていたが、人形のように意思もないことを装って生きること、『××だから○○○するべき』という決めつけを徹底的に嫌うことだけはそれとなくはっきりしていた。
多分、私は美加理のそういうところで憎しみを抱いたのだろう。
私は、物心ついた瞬間から自由を求めて足掻くことすら許されなかった。進路も、父の望みに対して"人形"のように従うしか選択肢がなかった。
母方の逆玉の輿に乗っかってるだけのくせに同等の良家ぶる父方の親戚に男尊女卑的なことを言われても、妹みたいに言い返すこともできなかった。
私は、心の底から美加理が羨ましかった。
気づきたくなかった事実を痛感させられ、じわりと涙が出そうになる。
形だけ良くても、本質で美加理を超えられない悔しさと嫉妬。本当の自分を見てくれなかった両親への恨み。かつて同じ状況に立たされていても、馬鹿という道化を演じて乗り越えてしまった兄への僻み。
美加理のことを思い出していたせいで、凝縮されていた全ての負の感情が、一気に溢れ出していく。思わず涙まで出てくる。
だが、こんな所で泣けば、呑気な母が聞きつけた際には無神経に理由を聞いてくるだろう。それだけは耐えられないため、涙を拭って私物整理を開始した。
美加理の大学講義関係のものは書き込みの激しいプリントや教科書ばかりで、誰かにあげれるものでもなさそうだった。はっきり言って、捨てても良いレベルだ。
「………流石にこれは要らないか…教科書ぐらいはどうにかできそうだけど…はぁ…書き込みとかあったらもう処分しよ」
めんどくさいと思いつつ、ファイルに挟まれたプリントを全部取り出したり、売れそうな教科書を探すという作業を開始した。




