表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
記憶喪失の転生者  作者: 川咲鋏
最終章
76/85

後日譚:人形(前編)

美加理の姉・天音沙月視点

時間軸としては、美加理が転生先で手紙を書いている時です。


8月15日の午前11時00分━━━



蝉がうるさく鳴くお盆の季節に、私は実家の天音家に帰省した。


忙しさを理由にして、5年前のある出来事以来全く足を踏み入れることがなかったため、妙な緊張感を覚える。この家は、昔から上手く息ができない場所だったからだ。


そんな場所で育った私は、両親からやたらと期待を受けて育った。


3歳上の長兄である翔兄さんが、父が全く期待できないような、良くも悪くもバカで呑気だったことが影響し、たまたま長女として生まれただけの私に期待を向けられてしまったのだ。その証拠に、6歳下の妹の美加理のことは、子育てにも慣れ、そこまで気を張らなくても良いと気づいたのか、のびのびと自由に生きることを許していた。


不公平だとは思ったが、あの時まではまだ許せた。妹もそれで過剰に我儘に育つこともなく、厳しくされる私に対して見下す態度を一切取らずに気を遣ってくれていたからだ。

私も勉強を苦に思わない方だったため、親の期待のプレッシャーはそこまで感じていなかった。


だが、私が高校入学すると、その期待はエスカレートした。兄が、エリート主義の父にとっては恥とされる私立短大への入学を決めたからだ。

既に自分で入学金まで払っていたことを知った父は憤り、母は酷く嘆いた。何故こうもバカに育ってしまったんだと、兄を非難していた。バカだとは言うが、兄にとってはやりたいことのために望んで入っただけでしかない。

それでも、既に入学金まで出しているのであれば手遅れのため、両親は短大に入るのを渋々認めた代わりに、兄に対して援助は一切しないことにした。兄もその覚悟はしていたためか、高校入学したばかりで進路が確定する前からバイトに明け暮れる生活を送っていた。


そんな中で、私には有名な国公立の大学に絶対入れという強いプレッシャーがかけられることになってしまった。それも、まだ私自身が進路も何もわかっていない状態だったため、有無を言わせない勢いで決まった。

早くから両親に良い大学に入れと言われ、それに従うことに疑う暇もなかった私は、高一の時点で青春を諦めて必死に勉強し、なんとか合格した。

両親はほっとした顔をし、自分でも頑張った成果が出たことに喜びを感じていた。

県外の国立大学に通うために一人暮らしを始め、大学も無事卒業して大手企業に就職した頃のことだった。


高3になった美加理が、県内の四年制私立の大学に入ると言い出した。理数系が苦手だから国公立は無理とまで言い切る勢いで。

努力を捨てるような理由だと私は思っていたため、絶対に両親は反対すると思っていた。しかし、兄や私の時とは違い、普通に頑張れと応援した。

怒りが爆発した。

心の底から、ふざけんなよと暴れたくなった。

私がどれだけ親の期待に応えてきて、華の高校生の青春をすっぱり諦め、苦労して良い大学に入って、親が望む良い就職先を見つけてきたと思っているんだと、両親や美加理に行ってやりたかった。

それなのに、美加理は私への当てつけのような理由までつけて、私立に入りたいと言った。

何のプレッシャーもなく、苦労をしようともしない美加理のことを、憎く思った瞬間だった。


そんな美加理が、5年前の5月21日に事故で亡くなった。

一人暮らしの彼氏の水瀬真佑くんの部屋で遊んでいた際に、ぶつけた頭の打ち所が悪かったせいだ。

葬儀には、美加理の幼馴染かつ親友の蓮見柚莉奈ちゃんと、その彼氏の水瀬真佑くん、たまたま居合わせた亜紗美さんまで来ていた。

泣き続ける両親を他所に、柚莉奈ちゃんと兄さんは、真佑くんのことを責めた。


「何故咄嗟に助けてやらなかったんだ!」


と、泣きながら怒っていた。


その時、ただひたすら謝るしかなかった真佑くんの表情は、とても痛々しいものだった。

しかし、私は不思議と涙が出てこなかった。

美加理を憎いと思ってからずっと会わず終いだったため、許すこともなく別れが来たせいだ。思い出が甦って涙が出る余裕も、全く生まれてこなかった。


あの5年前の葬儀以来、私は実家に帰っていなかった。

今年もお盆を一人で過ごそうと思っていたところで、母から今まで妹と使ってきた部屋の中を整理するのを手伝って欲しいと頼まれてしまった。絶対に嫌だと言いたかったが、そうすると後で罪悪感を煽るようなことをネチネチと言われて面倒臭いため、帰らざるを得なかった。


嫌なことを思い出して玄関前で立ち尽くしてしまっていたが、いつまでも暑い中で外にいるのも限界だったため、鍵を開けて入った。



ガチャッ


「………ただいま」

「あらおかえり、沙月。珍しいわね、貴女がここに来るなんて」


たまたま玄関前にいた母がそう言ってきたのに対し、そっちが呼んだんだろと言いたくなる。だが、母の性格を考えて我慢した。

母は、良家出身故に基本的にはお淑やかな性格だが、その反面エリート主義が抜けきれない上に、マイペースでかなり忘れっぽい人だ。それでいて、悪意というものが存在しないからタチが悪い。恐らく、私に国公立に行けとプレッシャーをかけたことを忘れ、進路については全て私の意思で決めたと思い込んでる可能性もあるほどだ。

母のそういう"何を言っても無駄"感は非常に厄介で、末っ子の美加理以外には厳格に振る舞う父とは別の意味で苦手だった。


「そうそう、()()()()()()()部屋をそろそろ整理しようと思ってたんだけどね、どれから手をつければ良いか分からなくて困ってるのよ…手伝ってくれる?」

「…………分かった」


ああ、この人は美加理の部屋は私の部屋でもあることすら忘れている。これで認知症とかならまだ許せるが、昔から変わらず元気なのがまた腹立たしい。

こうして私が来なかったら、あの母のことだから美加理のものだと思い込んで全部捨てたかもしれない。しかも、手伝って欲しいと言いながら片付けの再開をする素振りも見せず、今も優雅にティータイム中である。要するに、あの人は私に全部やってもらいたかったのだろう。

そんな母への苛立ちをぐっと堪え、私と妹の部屋に向かった。


妹まで大学に入ったと同時に一人暮らしをしたため、ずっと放置されてきた影響で酷く埃まみれだった。埃の溜まり具合を見て、鼻や身体がむず痒くなってくる。

とりあえず溜まった埃を取り除き、美加理の私物を適当に段ボールに詰め込み、部屋全体に掃除機をかけた。


美加理が死んでしばらくの間、両親は塞ぎ込んで家事も仕事も手に付かない状態で、兄夫婦が様子を見に来なければ家は今頃もっと汚かった。

両親は"美加理の"部屋に近づくだけで、悲しみが甦って、掃除すらできなかったのかもしれない。それでも、私に全部押し付けるのは違う気もする。

様々な不満を抑えつつ掃除機をかけ終え、私は段ボールに適当に詰め込んだものを片付け始める。

漫画や小説、アニメグッズにゲーム、ぬいぐるみがたくさん出てきて、これを全部整理するのかとげんなりする気分だ。

ひとまず、捨てなくても引き取り手はあるだろうものから、仕分けていくことにする。


まずは漫画や小説、アニメグッズにゲームだ。これらは、メジャー向けから完全オタク向けのものばかりで、乙女ゲームのコミカライズやノベライズまで存在している。紛れ込んでいたエロゲーらしきものや同人誌については、見なかったことにした。

勉強ばかりだった私には、その手の趣味が全く理解できない。そういうのが好きな人が職場に居れば、とっとと譲ってしまいたい。

漫画と小説、ゲームソフトを仕分け終えたかと思うと、二次元の美形男子の缶バッチやキーホルダーがぞろぞろと現れる。それらも整理していると、"アレキサンドラ"もしくは"ライヤ"と書かれたキャラに高確率で遭遇する。そういえば美加理はこういう大人びていて穏やかそうな年上系や、無表情がちでクールな男の子が好きだったなと思い出した。

家にいる男性が、モラハラを疑うレベルの厳格な男、もしくは優しくて陽気だが若干アホな男であった影響もあるのかもしれない。


アニメや漫画、それらのグッズ等を二次元コーナーとして一通り仕分け終え、引き取り手がありそうなぬいぐるみや人形を集めることにした。これはそこまで数は多くないから、比較的楽だ。

しかし、アニメから縁遠いと思っていたぬいぐるみには、また"アレキサンドラ"や"ライヤ"らしきキャラの二頭身が現れたり、他作品のキャラのフィギュアまでも現れた。

これらを見て、先ほど片づけた二次元コーナーに逆戻りした気分にさせられる。

理解不能なものであろうとぐっと堪え、ぬいぐるみやフィギュアを整理し続けるしかない。そんな中で、私はある違和感を覚えた。



美加理の私物には、『人形』というものが全く存在しない。



フィギュアのように、ある程度ポーズが固定化されていたり、ぬいぐるみのように人でも二頭身のものはある。

所謂、女児の頃に買うような“ドール人形”というものが、昔からこの部屋には一切存在しなかった。

それに気がついた私は、美加理のことで思い出した。


美加理は、生まれた時から『人形』というものを恐れていたことに。


一回の登場だけで美加理の母にヘイトが溜まったかもしれませんが、この母については作者がどれだけ考えても結局不幸な結末にはならないぐらい無敵ヒロイン補正がかかっているので、そういう人ということで諦めて下さい…笑

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ