『花園の天使』、終幕
今回が最終回ですが、前半と後半で分けています。
「ッ………ぅ…」
目を覚ますと、いつもの見慣れた部屋が視界に映る。
ただ眠っていただけなのかもしれないが、私にとっては生き返ったような心地だ。
こうして目覚めることができたのは、本当に"ミーシャ"が自身の心と引き換えにしたからなのだろう。
「ッ………!!美加理…!!」
身体を起こした瞬間に、そばで見守っていたアレキサンドラに抱き締められた。
「えっ…!?ちょっ…」
「あのまま生き絶えてしまうとばかり思っていた…やっと目を覚ましてくれて本当に良かった…!」
本当に不思議だ。
アレキサンドラに抱き締められるだけでなく、優しい言葉をかけられても、前みたいに好きにならないように誤魔化そうと思わなくなっている。
「ほんと…そういうところですよ…貴方って人は絶対の保証もないことを簡単に期待させてくれる…それでいて、貴方自身はそんなつもりじゃないって分かってるから…だから私は貴方のことを本気で好きになりたくなかったんです…」
転生してすぐに死のうと思ったのは、絶対続くとは限らない愛情を常に向けてくれるアレキサンドラに捨てられてしまう未来を味わいたくなかったからだ。
二度も真佑の時みたいな裏切りを受けられるほど、私は強くない。
「期待させるつもりで言ったことは全くない…俺は…」
「ちゃんと分かってますよ。でも…そんなこと忘れるくらい、貴方といると意識して性格擬態することもなくて安心できるから…心から楽しいって思えた…私の悪い所と受け入れてくれる…そんな人は初めてだった…」
だから、起こりうる辛い未来のことをすっかり忘れて、好きになりそうだった。性格擬態をしてしまう私自身も否定せず、むしろ受け入れてくれたアレキサンドラのことを。
それでも、裏切りへの恐怖とは関係なく恐ろしい結末があることも知っていたからこそ、好きになったらダメだと考え、気持ちを押さえつけた。
アレキサンドラを好きだという想いを捨てた時の、もう一人の私と同じように。
そうやって想いを押さえつけて記憶を消しては、またそれを蘇らせてを繰り返すのはもうやめたい。
「………昔の話を聞いてくれた時から、私は貴方のことを既に好きになってたんだと思います…愛した記憶がないなんて言ったくせに虫が良いとは思………んんっ…!」
最後まで言い切る前に、唇を塞がれた。たった数秒だけだが、いきなりのことで顔中が熱くなってしまう。
「……それ以上言わなくて良い。俺が欲しいのはお前の素直な想いだけだ。その口で伝えてくれ…美加理」
「私は……あ、アレキサンドラのことが…………っ!?」
改めて言うのが気恥ずかしく、顔を思わず逸らしてしまうが、すぐに強制的に目を合わせさせられる。
「……呼んでくれ、"アレン"と」
熱い眼差しを注がれて、恥ずかしくなってくるのに、目を逸らせない。否、単純に目を離したくないだけだ。
"ミーシャ"と、私がアレキサンドラに心を惹かれたきっかけである、綺麗な深い青色の目から。
「……アレン、愛してる」
"ミーシャ"に言わせたものじゃない。ましてや、演技も一切していない。
私の本心から出た言葉だ。
愛していると言ったら、また唇を塞がれた。たった数秒なんかじゃなく、何度も口付けられる。
涙が止まらない。
あと1日で、私はアレキサンドラや他の大事な人と別れることになる。
分かっていても、辛いのは変わらない。それでも、好きだって認めたら案外胸の奥が軽くなって、すっきりしている。
これで良かった。
アレキサンドラとの記憶を、消さなくて良かった。
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アレキサンドラは、一晩中私のそばにいてくれた。何もせず、ベッドの中で寄り添っているだけの時間を過ごした。
「……美加理、私はお前が本当に元気な姿を見せてくれるまで、いつでも待っている」
「その間に万が一別の愛妾なんか作ったら許さないですからね」
もうすぐ死ぬことを忘れるために、暗い気持ちを吹き飛ばそうと、軽い口調で冗談を言ってやる。
「ははは…美加理は相変わらず面白いことを言うな。そんなことは絶対ないから安心しろ。それだけの元気があれば長いこと待つ必要もなさそうだな…それまではしばしの別れだ。美加理、また後日会おう」
「うん…」
アレキサンドラが出て行き、扉がバタンと閉まる。
見届けた私は、すぐ机に向かい、紙とペンを取り出した。
まさかこんな早く遺書を書くとは想像もしていなかったが、そんな考えはさっさと取り払う。
私が手紙で伝えたい相手は、欲を言えばたくさんいる。しかし、一度にそんなに書き切ろうとしていたら、本当に伝えたい相手への想いが疎かになってしまう。
だからこそ、一旦三人に絞った。余裕があったら、グレイやフェリシア、アリスにも書こうと思う。
まずはサラだ。いきなり聞き分けの良いおっとりさんから、相手を全力で煽り倒す問題児になってしまった私のことを見放したりせず、一生懸命お世話をしてくれたことへの感謝。何回も心配をかけたことへの謝罪に、グレイと幸せに過ごして欲しいという願い。
私にとっては、歳の近い姉のような存在だったサラ。何回も迷惑をかけてきたが、なんだかんだで許してくれる寛大さが好きだった。
サラへの手紙の次は柚莉奈だ。
柚莉奈は、まだお互いの正体を知らなかった頃からユリアナ・アイリスとして支えてくれた。ユリアナ本人も、大人しくて少々幼い"ミーシャ"をぐいぐい引っ張ってくれたり、虐められていた時は自身が非を被ろうと庇ってくれた。柚莉奈自身は性格も含めて似ていないと言っていたが、私にとっては、二人の優しい所がとてもよく似ていると思う。
柚莉奈に対して、私は次のことを書き連ねた。
また早くこの世で別れることになることへの謝罪と、その理由。そして、結局アレキサンドラを好きになったことと、それはいつからだったのか。
最後に、柚莉奈だけはずっと幸せになって欲しいと、前世の言語でも付け足しておいた。
三時間ほど時間をかけて、サラと柚莉奈への手紙を完成させる。
「柚莉奈のは出来た……今度は………」
それは手紙を書く前に最初から決めていた、ただ一人だけだ。
その人に向けて、ただひたすら書き続ける。昨日言えなかったことや、また会うという約束を果たせないこと。
書きたいことが多すぎて、逆に悩んでしまう。
途中でサラや他の使用人が入ってきてはそれを隠して、ただ本を読んでいたと誤魔化していた。
時間も忘れて、アレキサンドラに対する想いを手紙に書き連ねていく。
書いてる途中で目から勝手に涙が溢れた時は、何も考えずただ拭っていた。
死ぬ覚悟はとっくに出来ていた。
それでも、やはり寂しく悲しい気持ちは変わらない。ここで過ごしてきた自分には大事なものが出来過ぎていたんだと、また改めて気付かされる。
涙を拭いながらアレキサンドラへの手紙を書き終えた頃には、もう眠くて眠くて堪らず、机に突っ伏して目を閉じることしか考えられなかった。
(辛いことはたくさんあったけど……私は…アレンといられて幸せだったよ)
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数時間後…
手紙を書いてるとも知らず、引き篭もって本ばかり読んでいると思って心配しに来たサラは、紅茶を持って休憩を促しにやって来た。
「………お嬢様?全く…こんなところで寝るなんて本当に仕方のないお嬢様ですね…それにしても、どんな良い夢を見てるんでしょうねぇ」
机の上で寝ていることに呆れつつも、サラは起こさぬようにそっと美加理の肩に毛布をかけた。
次回が最終回の後半です




