大きくなり過ぎた代償
大急ぎで向かったおかげで、なんとか遅刻せずに済んだ。
良かった。ドルーゼにぶち殺されずに済む。
「久しぶりね、ミーシャ」
「お久しゅうございます、王妃陛下、グレナデン伯爵。しばらくお会いすることもできず申し訳ございません。体調不良で休暇を取っておりましたので…」
それに加えて一時期アレキサンドラの愛妾を辞めていた、という事実は伏せておいた。
「まあ…そんなことが…体調はもう大丈夫なの?まだゆっくり休んでいた方が良かったんじゃ…」
「は、はい…なんとか持ち直しました…」
「それなら良いのだけど…無理だけはしないでちょうだいね」
「王妃陛下からのお気遣いの言葉、誠に感謝致します」
嗚呼、リナリア様は本当に聖母のように優しい人だ。同じ血を分けた姉弟でありながら、隣にいる腹黒ドルーゼとは大違いだと深く噛み締める。
感激のあまり、自然と貴族流の丁寧な言葉遣いでリナリア様に感謝を述べていた。
最早泣きそう…という所で、横で見ていたドルーゼが口を開いた。
「体調不良?最近そのような噂が立っていましたが…本当だったのですね。まだお若いのにご病気になるとはお気の毒な…」
ドルーゼにとっては、私みたいな愛妾のことなど心配してないどころか、むしろ死んでも構わない扱いされていると思っていた。だからこそ、心配してくれたのは少し驚きだ。
「もし貴女が倒れてしまったら、ただでさえ目障り…いえ、国王陛下の周りにふしだらで欲の強い女が纏わり付いてくるかもしれません。想像しただけで吐き気がします。貴女みたいに欲がなくて心が清い女性が愛妾でいてくださらないと僕も安心できません。だから早く元気になってください?ミーシャ嬢」
「は、はい…」
「こらドルーゼ、そういう言い方はやめなさい。ミーシャ、フェリシアの相手が終わったらゆっくり休んでね」
前言撤回。ドルーゼは全然心配してくれてなかった。
アレキサンドラが自分の姉に近寄って来ないためにも、愛妾の役目をちゃんと果たせとしか思っていなさそうだ。リナリア様がフォローしてくれなければ、複雑な思いを抱えながらフェリシアの相手をすることになっていただろう。
ドルーゼが腹黒なのは、いつまで経っても変わらない。しかし、なんだかんだ言ってそういう所も慣れてきた。ドルーゼのその姿を忘れるか、死んで二度と見られなくなると思うと、ほんの少しだけだが、寂しいかもしれない。
「ミーシャ!!会いたかった〜!」
後ろから、抱きついてきたのは、私がここに来る目的のフェリシアだった。また背が伸びたみたいで、跪いている私の高さを余裕で超えていた。
「フェリシア様、お久しぶりでございます」
「ずっと来てくれないから心配してたの!もしかしてお父様と喧嘩でもし…」
「喧嘩なんてしませんよ〜?そんなことしたら、私絶対負けちゃいますから!」
危なかった。ここに来なかった時期にアレキサンドラの愛妾を辞めていたことまでそこにいるドルーゼに知られたら、本当に殺される所だ。
「そうだよね〜!ミーシャは宮廷での口喧嘩しか勝てないもん!」
「なんでそんなことを知ってるんですか…」
「だってお父様がそう言ってたから」
自分の娘に余計なことを言いやがったなアレキサンドラめ。口喧嘩以外はボロ負けとでも言いたいのか。それも事実なので、何も言えない。
しかし、フェリシアが来てくれたことで、ドルーゼの圧からやっと解放されることになった。私は、そそくさと遊ぶ部屋にフェリシアと共に移動することにした。
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「今日は何をしますか?」
以前は中庭で追いかけっこするか、人形遊びに付き合うくらいだった。流石にもう6歳を迎える頃なので、そろそろ勉強を教えてほしいって言う年頃だろう。
この子の成長に感慨深いものを、他人でありながら勝手に感じる。
「ミーシャの髪結ばせて!!」
「はーいどうぞ〜」
やはりまだまだ子どものようだ。それでも可愛いので、最早無問題だ。
いつも使ってる赤い組紐を渡すと、フェリシアは辿々しい手つきで私の髪を三つ編みにし始める。
「う〜ん…三つ編み難しい…」
「本当ですよね〜…でも三つ編みは慣れればいつでもできるようになりますよ」
私の場合は、三つ編みはいつまで経っても出来なかった。なので、転生前に三つ編み使った髪型にしたい時は、いつも柚理奈に手伝ってもらっていた。
「私ね、ミーシャと遊ぶのも好きだけど、サラサラの髪触ってる時が一番楽しいの。柔らかくて良い匂いするから!」
「お褒めの言葉をいただけて嬉しいです、フェリシア様」
こんな風に言ってもらえるのは、あとどれくらいだろうか。もうそんなことを言っている時間も無いかもしれない。
記憶を全部消して生きるべきか、好きだと認めて寿命を残り一日にしてしまうべきか。
今日だけで思い出のある人達と会ったことで、未だに決められない。
「……ミーシャ、さっきお母様とドルーゼ叔父様が話してたの聞いちゃったんだけど…最近来れなかったのは具合が悪かったせいなの?」
「っ……」
具合が悪かったとか、アレキサンドラの愛妾を辞めていたからという理由だけでは済まないことが、これから私の身に起こる。
そんなことは、想像もしてないだろう。
この子も、他の人達も。
しかし、子供のフェリシアには少しでも本当のことを言うべきだ。普通なら言うべきでは無いと言われるだろうが、私は子供だからと言って何もかも包み隠すのはかえって良くないと思っている。
意を決して、フェリシアに打ち明けることにした。
「……そうです。実は昨日まで具合が悪くて…医師からは、これから永く生きられないだろうと…」
永く生きられないどころではない。
今の私は、すぐに死んでしまうかもしれない状態だ。
「永く生きられないって……?」
「………もうすぐ…フェリシア様や、貴女のお父様とお母様にも会えなくなるということです…」
自分でも、残酷なことを子どもに教えていると分かっている。改めて説明しているだけだと思っていたのに、今になって胸が痛くなる。
否、まだ死ぬのか、記憶を消すのかすら決められていないくせに、自分には胸を痛める資格なんてない。
自分で自分を諌めるような気持ちになっていると、後ろから暖かいものを感じる。
「……え?」
フェリシアが、私に抱きついていた。
振り向いてよく見てみると、涙を流していた。
「………やだ…ミーシャがいなくなるのはやだ…!」
悲しんでくれるのは嬉しいが、子供のうちのことだ。数ヶ月経てば、その気持ちも薄まり、次第には忘れていくだろう。所詮、遊び相手がいなくなるだけのことだから。
「ッ………私のことで泣いてくださるのは嬉しいです…でもフェリシア様には…お父様とお母様が付いていらっしゃいますし…私のこともいずれ忘れて…」
「そんなこと言わないで!!私はお父様やお母様よりもずっと…っ…ずっとミーシャのことが大好きだもん!!」
「ッ………!!」
私を抱き締めている力が、一層強くなる。
「だから…いなくならないで…!!もうどこにも行かないで…ずっとここにいてよ!!ミーシャ!!」
あまりにも純粋で健気な思いをぶつけられて、涙が次から次へと溢れてきた。
泣くつもりはなかった。死ぬことに対してはずっと覚悟していた上に、そのつもりで生きていたはずだった。
「ッ……ぅ……私も…フェリシア様に会えなくなるのは…っ…嫌ですっ…」
死んでしまったら、もうこの子には会えなくなる。こんな純粋で優しい子を悲しませることになるのは、あまりに辛すぎる。
いっそ記憶を消して、生き延びた方が良いかもしれない。私が消えても、ミーシャ・グレイスという肉体が存在していれば、誰かを悲しませる可能性もあっても、悲しみ自体は少しぐらい減るだろう。
「フェリシア、そんなに泣いて一体どうしたんだ…?ミーシャも…」
後ろからあの人の声が聞こえてきた。フェリシアの泣く声が聞こえたから、様子を見に来たんだろうか。
「お父様…!!ミーシャが…もうすぐいなくなるって…っ…ぅわぁあああん…っ」
フェリシアはアレキサンドラ抱きつくなり、我慢できなくて泣き出してしまう。
「ッ!?いなくなる…!?どういうことだ?ミーシャに何があったと言うんだ?」
「ミーシャが最近ここに来てくれなかったのは…っ…治らない病気にかかったからだって…そのせいで……ぅうっ…!ぐすっ…ぅ…」
「……大丈夫だ。ミーシャのことは私に任せてくれ。フェリシアをあちらに連れて行ってくれ」
「は、はいっ…!!」
心配をかけたくなくて黙っていたことを、全部アレキサンドラに知られてしまった。
私が黙っていたことについては触れず、アレキサンドラは近くにいた使用人に、フェリシアを落ち着かせるために場所を移動させるよう頼んだ。
「っ………ミーシャ…近いうちにまた遊んでくれるよね?」
「っ……もちろん…です…っ…」
出来る可能性が格段に低い約束をしてしまった。しかし、今はこれ以上悲しませたくない。まだこれからどうするかは決めていないため、少しでも希望を持たせておきたい。
連れて行かれる最中もまだ泣き止まないようで、そんなフェリシアを見ていると、またこっちまで泣きそうになった。
これ以上フェリシアを見送ることもできず、私は涙を隠すように下を向くしかできなかった。




