何も知らぬ少女の裏
レオンとアレン側で起きた話
ミーシャが部屋に戻された後、アレンとレオンは向かい合わせで話すこととなった。
「久しぶりだな、レオン。お前が引き取った娘のことも噂に聞いて気になっていたからずっと話がしたいと思っていた」
「貴方のような御方に我が娘のことを気にかけていただけるとは…我が家としては本当に感謝の言葉も出ません…!」
「そう硬くならなくて良い。以前のように私のことは手のかかる子供と思って接してくれ」
「は、はい。いえですが…何から話をすれば良いのか…」
「あの子を引き取ろうと考えたのは何故のことだ?ディアナ王国の者と東洋から逃げてきた姫との間に生まれた娘だと聞いているが…事情のある混血の少女への好奇心からなのか?」
ただでさえ東洋人との混血というだけで、眉を顰められたり、好奇の目で見られるものだ。その東洋人が訳あって亡命してきた姫君となれば、その邪な目は一層強くなる。
アレン自身、混血に対する偏見は一切持っていない。だが、レオンがそんな訳ありの娘をどういうつもりで引き取ったのかについては興味を抱いていた。
「そんな邪な気持ちで私は引き取ったつもりはございません。あの子は…妻を亡くしたばかりで、生きる意味を無くしていた私の目の前に突然現れたのです。天使が舞い降りたのかと思いましたよ…運命だと感じた私は、孤児だったあの子を"ミーシャ"と名付けて育てることにしたのです」
レオンにとってミーシャは、妻を亡くした悲しみを憐れに思った神が授けた子供と考えており、生きる気力を蘇らせてくれた存在だった。
そして、妻が生前に養子を望んでいたこともあり、妻を亡くして時間も経たないうちに現れたミーシャのことを、他の孤児と同じように侍女か使用人として引き取るのではなく、自分の娘として育てることに決めたのだった。
「確かに天使のように純粋で可愛らしい娘だった。貴方に大事に育てられただけあって…心まで清らかだと感じられる」
「もったいなきお言葉です。記憶を失うまでは病がちだったもので何度も甘やかしてしまうことがありましたから…そのせいでわがままに育ってしまったらと心配だったのです」
「令嬢はほんの少しくらいわがままなのが可愛らしいものだ。また会いたいと可愛いお願いをされたから、忙しくなる前には何度か会っておきたい」
アレンの話を聞いたレオンは、申し訳なさそうな表情で頭を下げる。
「今の話と言い、娘がとんだご無礼をいたしまして申し訳ございませんでした!執事のグレイが気づかなければ、私まで無礼を重ねる所でした…!」
「気にするなと言っているだろう。お前の執事は本当に優秀だな」
「娘のことは記憶を無くしてしまったから仕方ないとはいえ…もう少し今の世の中のことを教えておくべきでした。貴方がディアナ王国の王"アレキサンドラ"であることも」
アレンもといアレキサンドラのことを顔も含めて教える前に、ミーシャがその本人と正体も知らぬ間に出会ってしまった。そのためレオンは、どうしたものかと悩みを抱えることになった。
「………私と出会わせなければ良かった、と思ったか?レオン?」
「っ………」
アレキサンドラは、レオンの心中を見抜いていた。レオンがミーシャを大事に思っていることは、幼い頃から付き合いのあるアレキサンドラでなくとも見ていれば分かるものだった。
全てを見抜かれていたレオンは、反論もできなくなった。
「分かっている…私にはもうミーシャに出会う前から妻がいる上に、今は娘もいることを考えて思ったのだろう?」
「っ……恐れながら、そう考えること自体王妃陛下には申し訳ないことと理解しておりますが…」
「…………謝らなくとも良い…敵派閥の娘であったリナリアを見捨てられず契約結婚として王妃に迎えた私も悪いのだから…」
レオンの懸念は、アレキサンドラが正体を隠してミーシャに会うことそのものではない。
アレキサンドラが既に一年前の即位の時点で妻を迎えているだけでなく、今年生まれたばかりの娘がいることだ。
加えて、王妃であるリナリアは、元々アレキサンドラと敵対するルベウス家派閥に属する伯爵家の出身である。ただでさえ問題が多い状況の中で、ミーシャまで巻き込まれたらと思うと、レオンはとてもアレキサンドラと今後も会わせる気にはなれなかった。
「…王妃陛下のことについては、私は何も言うつもりはありません。ですがミーシャは…血は繋がらずとも大切な我が一人娘です。秘密を抱えて会いに行くこと自体ただのお戯れに過ぎないのであれば…これ以上娘にお会いするのはなるべく控えて頂きたいです」
リナリアやその娘のことも何も知らずに、交流を続けるうちにこの国の王アレキサンドラに好意でも抱いてしまったら、ミーシャが辛いだけだ。
アレキサンドラとこれ以上距離を近づけさせないためにも、レオンはどれだけ時間がかかってでもミーシャにより良い婚約者を用意する考えも持っていた。
「……お前が大事にしている娘がもう少し成長した暁に、私も自ら正体を明かすことにする。ミーシャを危険に晒さないように配慮するつもりだ」
「しかし…!それもいつまで続けられるとは限らな…っ」
「頼む…レオン、しばらく目を瞑っていてはくれないか?ミーシャのことはどうしても森の中で出会ったのが初めてとは思えなくて…ずっと気になってしまうんだ…」
どうしてもすぐに正体を明かそうとしないのは、ミーシャを世間知らずの子供と侮ってのことだろうか。それとも、アレキサンドラに好意を寄せる宮廷女性のやっかみを避けるためなのだろうか。
それにしても、リナリアという妻や娘がいて、成人である21歳の王ともあろう男の表情は、ミーシャと同じぐらいの年頃の少年のようだった。
アレキサンドラは、昔から小さな恋すらも許されなかったが故に、突然胸に湧いた淡い想いを隠す方法を知らない。だから実年齢にそぐわない表情として顔に出てしまう。
レオンは、アレキサンドラのそういう事情を知っているが故に、王として忙しい父親の代わりに見守り育ててきた青年を、これ以上咎める気にはなれなかった。
「っ………はい、承知いたしました」
そもそもの話、アレキサンドラの真意が分からずとも、はなから王に逆らうことなどできない。
というよりもレオンは、ミーシャといい自身の子供のような存在であるアレキサンドラをつい甘やかしてしまう自身の気質に呆れてしまいそうだった。
ーーーーーーーーーー
グレイス家から帰還したアレン…もといアレキサンドラは、ただの散策帰りを装い、ゆっくり玄関ホールにつながる扉を開けようとした。
ギィッ…
「遅かったですね、アレキサンドラ国王陛下。王ともあろうお方がこんな時間まで"国民の生活を知るために"何度も散策をなさるとは…ご立派なことで何よりです」
扉を開けたと同時に、コバルトブルーの髪をオールバックにした男が、腕組みをして黄色の瞳を鋭くさせながら小言を放った。
「っ………そんなに睨むな…どうせお前は全部分かっているんだろう…ラルフ」
「ええ勿論。実の兄弟でさえ誤魔化せても私には誤魔化せませんよ。興味本位でグレイス侯爵の養女を誑かしに行っ…」
「人聞きの悪いことを言うなラルフ。お前だけだぞ…私にそんな無礼な態度で接する者は…」
王であることを関係なしにアレキサンドラに容赦のない態度で接するラルフは、若くしてヴィクトワール公爵家を継いだ長男である。
ヴィクトワール公爵家は、アレキサンドラにとっては父の妹の嫁ぎ先であり、その息子ラルフは従兄弟である。加えて公爵という身分も相まって、ラルフだけはこのような接し方を許されていた。というより、内心ではどう思おうと誰も文句を言えないぐらい、ラルフは恐れられている。
「ただでさえ敵のルベウス家派閥で潰れかけの貧乏伯爵家出身の女と結婚して問題になっているというのにまだ問題を持ち込む気ですか?」
「………先ほどレオンにもやんわり言われたことを一気に掘り返されるとはな…だがあの人はリナリアのことは人助けならばもう仕方のないことだと言っていたぞ…」
「グレイス侯爵がお優しすぎるだけです。リナリア様の弟君にはあくまでサッピールス家の領地内で伯爵家を継がせることと、この婚姻自体は陛下が死んだ後も生活を保障する契約結婚であるとどれだけ説明しても納得できない者が何人おられるとお思いですか?」
そう説教を始めるラルフも、アレキサンドラの結婚に納得がいかない貴族の一人だ。
サッピールス家前当主である前王からは、アレキサンドラには派閥に属している伯爵以上であれば自由に妻を決めさせろという遺志が遺されている。前王を信奉していたラルフは、どんな相手がアレキサンドラの妻になろうと従うつもりだった。
よりにもよって敵側のルベウス家の派閥に属している上に、伯爵は伯爵でも潰れかけで貧乏かつ、両親も派閥の代表格として処されているような家の者でなければ。
問題だらけの出自を持つリナリアを、弟とともに路頭に迷わせたくないという正義感だけで妻にしたことを知った瞬間、ラルフは身分を忘れてアレキサンドラの頭を引っ叩きかけたくらいだ。
それでも王女となる娘が出来たことで、なんとか"もうどうにもならない"という諦めの空気になり、貴族の大きな反感は何とか抑えられた。
ラルフも、玉の輿という形で王妃になったリナリア本人と弟が姻戚として調子付かない様子であることを唯一の救いとして考えようと思っていた。
だが、今度は少年時代の恩師であるグレイス侯爵が引き取った養女に興味を抱いたと来た。その養女であるミーシャ本人は、未だに忌避される東洋人との混血かつ孤児のため、ある意味リナリアよりも問題がある出自だ。
何故こうも問題を抱える出自の女ばかりと縁を持ちたがるのかと、ラルフはアレキサンドラに対して呆れを通り越して怒りすら覚える。
「貴方が女好きというありもしない噂も今では王弟陛下であるグランディエ様の方が目立っているとはいえ…これ以上問題を起こせば…」
「分かっている…要は世継ぎの誕生とリナリアの王妃教育の完了、ミーシャが侯爵令嬢として本格的な社交界デビューをするまで大人しくしていろということだろう?」
「………大人しくする気には到底見えませんね」
「ミーシャが可愛らしい少女というだけならそうするつもりだった…だが…あの子はどうしても気にかかることがある…それを思い出すためにもなんとか見逃してくれないか…ラルフ」
ミーシャについて思い出せないことを思い出すためにも、アレキサンドラは何としてでも会いに行く気は変わらなかった。
ラルフは頑なに大人しくする気を持たないアレキサンドラを見て、ため息を吐く。
「はぁ…ミーシャ・グレイスのことは何を言ってもお聞きにならなさそうなので仕方なく目を瞑ります。ですが…リナリア様のことで問題が起きれば、その時は私も黙ってはいませんからね」
「全く…お前は本当に容赦のない男だな…それでも頼りにはしているぞ、ラルフ」
「当然です。それとその黒髪をさっさと外して下さい」
「分かっているからそう睨まないでくれ」
ラルフの鋭い目つきでの譲歩に、アレキサンドラは少し恐怖しながらも、ラルフほど身を案じてくれている者はいないと考え、期待を込めて肩を叩いて自室に戻った。
自室で肩の力が抜けたとばかりに黒髪のカツラを外すと、襟足の長い蒼銀の髪が露わになる。
「……この髪を見れば…流石に俺が国王だと気づくかもしれないな…」
アレキサンドラの蒼銀色の髪は、祖母の先祖から前王の父に引き継がれており、サッピールス家の人間の一番の特徴だとされている。黒髪のカツラを被っていても、それが解ければ国王アレキサンドラであることがバレてしまう。
ミーシャに全てを話す時が来るまでは、絶対に髪色だけは死守せねばと、アレキサンドラは思った。
「………期待にはちゃんとお応えしますよ、アレキサンドラ様。貴方が裏切らない限りは」




