天音美加理とミーシャ
「もう、大丈夫か?」
「はい……変なとこ見せてすみませんでした…」
アレキサンドラと一緒に部屋まで戻った頃には、恐怖や不安は少しだけ治っていた。
トラウマを思い出してしまったとはいえ、あの情けない姿を見られるのは嫌だった。そのため、少しばかり気まずく感じる。
「……しかしあのライヤ・ラズライトがあのようなことをしでかすとは…人は見かけによらないな」
私もそう思っていた。少なくとも、まだ本物のライヤ・ラズライトだった頃は。
「その…実はああやって揉める前に私の前世の彼氏の真佑がライヤ様の体に転生したみたいで…それで私が本当は天音美加理だって知ったのか、何故か急にあんな感じになって…」
「それで、その真佑とやらに傷つけられてああなったのか…」
「はい…でも前世ではあそこまで酷くなかったんですよ…私と別れて他の女と付き合うって言った時も…」
あの真佑は、もう前世とは違う。そうとしか思えないほどに、人格が豹変していた。まるで、悪魔にでも取り憑かれたかのようだった。
柚莉奈が以前話していた、私の死後に真佑が泣いていたというのは、本当に演技かもしれないと今回のことで確信がついた。それまではまだ本当に泣いていたかもと、少しでも期待しかけた自分に対して良い加減諦めろと叱りたい。
「……一つ聞いても良いか?あの男は何故美加理と別れようとしたんだ?」
「今日あいつと話すまでは…単純に私と違って、純粋無垢で顔も天使みたいに可愛い女の子と付き合いたかっただけだと思ってました」
今なら、そんな馬鹿みたいな理由であった方がどれだけ良かったかと思ってしまう。それ以上の悍ましい理由があったことなど、知りなくなかった。
「でも…さっき揉めてた内容からして、あいつはそういうことする時に私に怯えて欲しかったみたいです。男友達に襲われかけたトラウマを思い出して泣いちゃう私を見たかったのに見れなくて…それで嫌になったんだと思います。それ以前にちゃんと"出来て"いれば、怯える姿を見せなくてもまだ良かったのかもしれないんですけど…」
「っ……お前が過酷な運命を生きていたとは知っていたが…そこまで辛い目に遭っていたとは…」
「当時は今以上に苦手意識が残ってて、それでも真佑に嫌われたくなくて全部受け入れたんです…怖いのも痛いのも全部我慢すれば嫌われないって…」
だが、それが全部無駄だったと知った時は、本当にショックだった。
真佑のことはとっくに好きではなくなっていたはずなのに、過去に本気で好きになった人に全てを否定されたようで、自分でも想像出来ないくらい傷ついた。
「っ……私は…貴方が思ってるほどの人間じゃないんです…!本当に真佑が言ってたみたいに、誰にも嫌われたくないって思ってるだけ…所詮私はずっと変われない臆病な人間で…っ」
もう臆病な自分とは決別したはずだった。しかし、今日の出来事で分かってしまった。
臆病なのが本当の自分で、昔から何一つ変わっていないという残酷な事実を突きつけられた。散々傷つけられたのに、好きだとも思っていないのにまだ真佑にもしかしたらを期待してしまっていた。大嫌いな自分に似ている"ミーシャ"の方が、決して強くなくても、優しくて芯があるということも。
自分の出来なさが悔しくて、それでもしてきた努力を全部否定されたのが辛くて、涙をぐっと堪えるしかできなかった。
「俺は…お前が臆病者とはとても思えない。もしそうだとしたら、ガルシア侯爵令嬢達に言い返そうともしなかった…そうだろう?」
慰めようとしてくれるのはありがたい。だが、本当の自分を分かってしまった今は、全部お世辞に聞こえてしまう。アレキサンドラの本心だとしても、もう全てを信じられなくなっている。
「っ……!!そんなこと言ったって…今ではそれも性格擬態のおかげとしか思えないですよ…それに…記憶が戻る前の方が今より余程ちゃんとしてて…」
「そんなことを言うな。美加理は芯が強くて、誰に対しても心までは屈しない精神を持っている。それは、どんな時も絶対に変わらなかった。それに…お前が人の顔色を伺っているように見えたことは一度もない。むしろサラやグレイが頭を抱えてしまうほど、自由に振る舞いすぎていたくらいだ」
「え………そう見えてたんですか…?」
確かにここに来てからは、前世ほど意識して性格を変えたことはなかった気がする。
ただ、自由に見えていたとまでは思ってもいなかった。
「美加理、お前は自分を過小評価しすぎている。たまに妙な振る舞いをする所もあるが、それすら見ていて可愛らしいと思っている。サラやグレイ、友人達を傷つける者は絶対に許さず、大事に想う優しさ…私に遠慮がなく、他の貴族に屈せず立ち向かう勇敢さ。時折垣間見せる素直な面も、色々な表情を見せる豊かな感受性も…全部美加理の良い所だ」
「え…えぇ…!?」
頭が混乱する。
自分が全然想像すらしていなかったところを、ここまで褒められるのは予想外だ。
「お前は自分を幼少期からずっと変わらない臆病者だと言っていたが、そんなことは絶対にない。現にあの侯爵令嬢達の理不尽な言葉にも強く言い返したり、襲われかけても叫んで助けを求めることができていたではないか。本当に…ここまでよく頑張ってきたな、美加理」
アレキサンドラに頭を優しく撫でられた途端、目頭が熱くなっていく。
傷ついたばかりの自分には、アレキサンドラの言葉はあまりに優しかった。また泣いてはダメだと思った時には、既に涙が溢れていた。
「ッ〜〜〜……!!ふ…っ…ぅ…」
もう涙は枯れるほど出し尽くした筈だ。
まだ流しきれていないものが残っていたのか、それらが次から次へと溢れてくる。
本当はずっと、どんな自分も認めて欲しかった。
人に嫌われて怒らせたりしないために、相手によって性格を変えたり演じるのは、一時の安心は得られてもずっと息苦しかった。その生き方を否定されるのも、辛くて悲しくて、とても虚しかった。
今思えば、出会ったばかりで私を否定せず認めてくれたのは、アレキサンドラが初めてだった。
惨めに泣く姿を見ても、優しく寄り添ってくれたのも、アレキサンドラだけだった。
「今日は泣いてばかりだな…その顔も可愛らしいとは思うが、やはり美加理は笑っている方が良い。だから明日にでも元気な姿を見せてくれ。俺は美加理の元気に笑ってる姿が一番好きなんだ」
ああ、ダメだ。
好きになってはいけない相手だとわかっているのに、前みたいに気持ちを誤魔化すことすらできない。
愛してると言われたら、つい私もだと答えてしまいそうだ。
(この人をこのまま好きになったら…私はっ……ん?なんでアレキサンドラを好きになったら死ぬなんて…馬鹿みたいなこと思ったんだろ…………あれ……またなんか眠くなって………)
目の前が、またぼやけていく。
これは、私の中の"ミーシャ"に意識を乗っ取られていく感覚だ。
最近何度もそれを繰り返し、柚莉奈やグランディエにも指摘されたから、今起きている現象はなんとなく分かっている。
ただ、今は乗っ取ってくれた方が良い。
このままだと、アレキサンドラを好きだと思ってしまいそうだから。
"ミーシャ"が目醒めることに、私は身を任せた。
「………っ…会いたかった…ッ…アレン…っ…」




