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記憶喪失の転生者  作者: 川咲鋏
最終章
64/85

禁忌の記憶

※性被害や虐め等の残酷な描写、トラウマのフラッシュバック描写あり

私が今まで一緒にいた人は、ライヤ・ラズライトという、『花園の天使』に登場する攻略対象のはずだ。

しかし、今目の前にいるのは、前世の彼氏であり、私が死んだ元凶である水瀬真佑だと言っているライヤだ。

誰か、嘘だと言って欲しい。


「いやいや…嘘ですよね?ライヤ様ってば冗談はやめて下さいよ…」

「っ……冗談でそんなこと言うわけないよ。俺だって一年前に死んで天国でのんびり過ごしてたのにさっき急にこの身体になってびっくりしてるんだよ。俺は正真正銘、水瀬真佑だよ」


本当に真佑がライヤの身体に転生していたことが、本気で信じられないというより、信じたくない。

いつから、ライヤは真佑になっていたのだろうか。それ以前に、真佑が前世で死んだ理由は何なのだろうか。


色んな疑問が湧き出て止まらない。


「………なんで…死んじゃったの…?」

「多分、美加理がグランディエと喋ってる間に信号無視の車に轢かれて…気がついたらライヤの身体の中に入ってた」

まるで他人事のように死んだ理由を語る、ある意味客観的な姿勢。落ち着いている時の真佑は大体こんな感じだ。

昔はそういうところも好きだった。影のある雰囲気は、並の同級生男子とは違う大人の色気を感じたから。だが、今は全くそう思えない。むしろ、気味が悪くてゾワッとしてしまう。

「でも俺、美加理が死んでからずっと辛くて…だから事故った時、不思議と死にたくないなんて思えなかった」

私が死んだのは真佑のせいなのに、本人はそのことを全然悪びれる様子がない。

むしろ、寂しいと言って同情を誘おうとするその態度に、沸々と怒りが湧いてくる。

「…………は??何言ってんの?私のことが嫌になって結局亜紗美と付き合ったのに??それで寂しいなんてふざけたこと言わないでよ!!」

「あの時は本当に自分でもどうかしてたんだ…!!でもっ…美加理がいなくなってからずっと後悔していたんだ…!俺には美加理が必要だってわかっていたのに、なんであんなことしたんだって…」

私の怒りなど全然通じていないのか、真佑は悲劇の主人公な自分に酔いしれたように語り出す。


この男は、一体誰なんだろうか。


真佑という名前を借りた別の人間と疑ってしまいそうになる。


「美加理、ゲームのバッドエンドみたいにアレキサンドラに苦しめられてるなら…俺とやり直して欲しい…!!これからは美加理のこと、ずっと大事にするから…!」

真佑が首元に顔を近づけてくる。吐息がかかった瞬間、全身が一気に恐怖に包まれる。

相手は、前世では唯一信じられると思っていたはずの真佑だ。それに、見た目はライヤ・ラズライトそのものだ。

今の真佑は、中学時代に友達だと思っていたのにいきなり手を出してきた奴と、"ミーシャ"を辱めたトニーの姿が、重なって見えてしまう。


首筋を生暖かい感触が這い回り始め、もう耐えられなくなった。


「いや…ぁっ……!!んんっ……嫌だ…っ…離し…て…!!」


怖い。


誰か助けて欲しい。


恐怖から生まれる感情が、頭の中で埋め尽くされていく。自分でも訳がわからなくなるほど恐ろしくて、冷たい涙が頬を伝うのを感じた。


「ッ…………はは……はははッ…!!そうだよ…俺はずっと…ヤラれそうになって怯える美加理が見たかったんだ…!!亜紗美は一切そういうのないから…見れないんだと思うと本当に残念だった…!!」

急に笑い出したかと思えば、真佑の表情が、歪んだ笑顔に変化した。

「ッ!?な……なに…言って……?もしかして付き合ってた時も…そう思ってたってこと…?」

元は恋人同士なのに、真佑がそんな歪んだ考えを口にするのは有り得ない。以前の真佑なら、仮に口だけだとしても、私に怖い思いを一つもさせたくないと絶対に言うはずなのに。


私がどんな過去を持っているかを知った上で、それでも手を出されそうになって怯えて欲しいと、ずっと考えていたとでも言いたいのだろうか。


「当たり前だよ。俺は過去に手を出されかけた美加理が、俺に抱かれるって時にそのトラウマを思い出して怯えて泣く所が見たかったのに…!!それなのに急に態度変わって…俺になら何されても良いなんて言い出してさ…!!俺はそういうの求めてないんだよ!!」

「っ……何、それ……!私がそうしたのは真佑が………ッ」


心の奥底に閉じ込めていたあの記憶が、今になって鮮明に甦っていく。


前世で真佑と付き合い始めて、半年ぐらい経った時のことだった。いつものように、一人暮らしの私の部屋でただゲームをしたり漫画読んでだらだらしているはずだった。

だが、たまたま読んでいた少女漫画で、私は大人な雰囲気のシーンを見てしまった。真佑が隣にいるのに気まずいとは思ったが、どんなものだろうかと少し興味が湧いて、自分から真佑の頬にキスしてみた。

真佑は驚いた顔をしていたものの、少女漫画を見てしてみたくなったと言ったら、「可愛い」と言って向こうも同じようにしてきた。最初は子供同士の戯れ程度だったが、段々と軽く唇にキスするものから、深く口付けたり身体に少し触れる所まで進んでいた。

しかし、いざお互い服の下まで見るとなった途端、当時はまだトラウマから脱する勇気が出なくて、私は上着を脱がされる直前で思わず拒絶してしまった。

折角良い雰囲気だったのをぶち壊して、絶対失望されたと思っても、ひたすら謝るしか出来なかった。そんな私に対して、真佑は言ってくれた。


『こっちこそごめん…!こういうのはお互いちゃんと覚悟が決まってからの方が良いと思うし、その…結婚するまででも全然待つからっ…!」


真佑から絶対に手を出さないと誓われた安心。ただの天然なのか本気なのか分からないが、半ばプロポーズみたいなことを言われた喜び。それらのおかげで、その時の罪悪感は消えて無くなった。


しかし、その数日後、真佑が男友達に彼女とどこまで進んだかを聞かれている所を目撃した。濁す真佑に対して、友達は何かを悟ったように意地の悪い顔をした。

そして、そういう雰囲気で拒絶するなんて彼女としてあり得ない、空気が読めない女などと、心無いことを笑いながら真佑に聞かせていた。

むかつきすぎて殴り込みに行こうかと思ったが、なんとか堪えようとした。拒絶してしまった時に、あの優しい言葉をくれた真佑なら庇ってくれるはずだ。

そう、私は信じていた。



『確かに…空気読んで欲しいとは思う』



私を安心させるために言ってくれたあの言葉は、嘘だと分かってしまった瞬間だった。

真佑は彼氏としてだけでなく、人としても最低なことを言った。当時の私は、今みたいに真佑に失望して、別れてやろうとは考えられなかった。

むしろ、真佑に嫌われたくないがために、行為に対するトラウマを克服したフリをし、真佑を受け入れた。どれだけ痛くても、喜んでもらうためなら気持ち良いフリもした。

空気読めないことをして、怖くても絶対に雰囲気を壊さないように気を遣っていた。


それだけ真佑のためにしていたことを、真っ向から否定された。

何もかもが無駄だったと言われたようで、心に風穴が空いた気分だ。


「俺が感じてるフリされて気づかないとでも思ったのか…?そういう所だよ…!!俺は美加理がそうやって他人の顔色ばっか窺って性格とか変えたりするのが嫌いだったんだ!!トラウマ持ちらしく、ヤられる時は怯えてれば良いんだよ!!!」

「っ……はぁ…っ…はぁっ……!!」


息が苦しくなってくる。

自分が生きるためにしてきたことを全否定され、ずっと塞いでいた心の傷を無理やり裂かれ、その傷口が広がっていく。


「全部お前が悪いんだよ…!!もう泣いても止める気なんてないからな…!!」



"全部お前が悪い"



自分が辛い目に遭った時、毎回言われたことだ。

頭の中で、その時の言葉や光景が勝手にフラッシュバックし始め、次々に再生されて止まらなくなる。


『鈍臭い上に空気も読めないって…天音さんってなんにも出来ないね(笑)』

『なんか言いなよ(笑)そんなんだから嫌われるんじゃないの?』

『なんでそんな簡単なこともできないの!?頭悪っ!!』

『運動会の練習サボろうってみんなの事誘う暇があるなら他のことに頭使いなよ。は?やってないなんて私は信じないから』

『どっちがサボることを持ちかけたかはさておき、貴女がクラスの空気を壊したことに変わりはないでしょ?だからごめんなさいって皆に謝って。先生も一緒にいてあげるから』

『ほーんと、天音さんはダメな子ね』

『皆に言わないからここで脱いでくんない?倉庫だし誰も来ねぇから。あ、言っとくけど全部ね』

『は?二人きりで期待させといて何断ってんの?それはねぇだろ』

『わざわざ俺が相手してやるんだからむしろありがたく思えよ』

『言っとくけど、全部お前が悪いんだからな』


かつてナイフの如く突き刺さってきた言葉達が、今になってまた心を刺していく。開いた傷口に刺さって、痛くて痛くてたまらない。


「ッ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!ぁ…あぁあ……」


自分が人見知りで話すことが苦手で、何事も要領よくできないくせに、こんなことしたらダメだと偉そうに注意したから、周りの反感を買ってしまった。

悪いことに便乗しなかっただけでいじめられ、頭が悪い、鈍臭い、空気読めない、嫌われ者と詰られた。

当時の担任からも、本当のことも知らないくせに自分一人が悪いと決めつけられた。それでも、結局は私が間違えさえしなければ、そんな結果にはならずに済んだはずだった。


もう性的なことを理解し始めた年頃の男子と密室で二人きりになったことに対して、少しも危ないと気づけなかった。だから、友達だと思ってた男子に服の下を見たいと気持ち悪くせがまれ、断ったら襲われかけた。


怖いと言って拒絶したり、しても良いって言っておきながら、喜んでもらうために感じているフリをするのも上手くできなかったから、真佑に愛想を尽かされた。


今、されるがまま首を舐められて胸を触られているのも、トニーに重ねて嫌がって、真佑を怒らせてしまったせいだ。



何もかも、上手くできなかった自分が全部………。



「あぁああ……ぁああッ………!」

「チッ……うるせぇなぁ…気持ち悪い声出すんじゃねぇよ」

「ッ〜〜〜〜〜!!!……ぁああぁああぁあッ!!!!ごめんなさいっ…!!ごめんなさいッ!!!ごめんなさいッ!!!!」


こんなこと思ったらダメだ。

思ったらダメなのに、口が勝手に謝罪の言葉を叫んでしまう。

涙も勝手に溢れて止まらない。この世の全てが怖くて怖くて、惨めな姿になろうと許しを乞おうと蹲ってしまう。

そうでもしないと、真佑はもうやめてくれない気がする。


「もう二度とっ…絶対何も間違えたりしないから許してっ…!!だからっ…だから怖いことしないでっ…!!ちゃんと出来なくてっ…ごめんなさいッ…!!」

「ッ……!?な、なんだよ…!!そうやって叫んだところで誰も助けるわけな……ぐぁあッ!?」


目の前で真佑が誰かに顔を殴られて、床に倒れた。


「てめぇ…お嬢様に何してやがんだ??」

「ライヤ・ラズライト…!!貴様美加理に何をしようとしていた…!?グレイ、今すぐこの男を捕まえて尋問しろ!!」

「そんなん当たり前だっての。おい下衆野郎、クローズの野郎と同じ目に遭わせてやるから覚悟しろ」


聞き覚えのある低い声が、それぞれ聞こえてきた。

グレイとアレキサンドラが来て、グレイが真佑を殴ったらしい。

きっと、私の帰りがあまりに遅いのを心配したサラの代わりに、グレイが迎えに来たのだ。

そこでアレキサンドラとも合流して、今グレイに着いていく形でここに来たのだろう。



私は今、三人に迷惑をかけてしまった。



「ごめん…なさぃッ…!ごめんなさいっ…!!」

「?どうしたんだ美加理…?私はもう気にしていないからそんなに謝らなくても…」

「……愛妾辞めるって言われたのに随分お優しいんだな」

「……なんだと?」

真佑の呟きに反応したアレキサンドラが、静かに怒気を含ませながら聞き返した。すると、真佑は私を見るなり嘲笑を浮かべた。

「本当は…周りの空気も人の顔色も読めないくせに全てわかってますみたいな顔で性格擬態する気持ち悪い女、もう嫌いなんだろ?それなのにまだ許すとか物好きにも程が……ぅぐッ!!うぅッ…!」

「俺の前でお嬢様を侮辱するとは良い度胸だな。良い加減にしねぇと本当に殺すぞ、エセ騎士野郎」

「ッ………!!みか…り…っ…」

「おらとっとと歩け」


真佑は、怒り心頭状態のグレイに連れていかれたようだ。最後の瞬間だけ悲しそうな表情を浮かべていたが、私にとってはそんなこと気にしていられない。


アレキサンドラに迷惑をかけてしまった。

その事実に変わりはない。


真佑の言葉通り、今のことで本当に私のことを嫌いになったかもしれない。上手くできないくせに空気や人の顔色を読もうとする、要領が悪くて臆病で愚かな私を今知られてしまったから。


アレキサンドラに嫌われたら、きっと宮廷の人達を使って虐められる。

アメリやマティルダのいじめが可愛く見えてしまうような、恐ろしい仕打ちがあるかもしれない。


「美加理…何があったんだ…?」

「ッ〜〜〜…!!ごめんなさいっ…ごめんなさいぃ…っ!!もう間違えて怒らせたり…出来てないくせに性格擬態なんて気持ち悪いことしないからっ…!!迷惑かけないからいじめるのだけはやめて下さいっ…!!」


質問に対してまともに答えられない私を、アレキサンドラは何も言わずに見ている。

当たり前だ。いつもは絶対見せないようなみっともない姿を晒しているのだから、きっと不気味だと言われる。


アレキサンドラに罵倒される。


その恐怖で心が塗り潰されて、ひたすら許しを乞うしかできなかった。



「………美加理」

「……っ…!?え…?」


身体が、急に暖かいものに包まれた。


「俺は決してお前にそんな酷いことはしない。神に誓って約束する。俺が傍にいるからもう泣くな…美加理」


酷い醜態を晒しているのに、アレキサンドラは私を優しく抱き締め、慰めるように背中を撫でてくれている。

私のどんなに醜い部分を知っても、この人は私を嫌ったり、いじめようともしない。


アレキサンドラは、本当に私に対し、一人の人間として向き合ってくれている。



抱き締めてくる身体が、いつも以上に温かい。



「うっ…ぅうッ…!!ぐすっ…!うあぁっ…あぁああッ…!!」


アレキサンドラが与えてくれた安心感は、今の私にとってあまりに優しすぎた。

私は、アレキサンドラの腕の中で子供みたいに泣くしかできなくなった。


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